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「ルートにもよりますけど、車で30分もあれば一周できちゃうと思いますよ」
どこかの離島の話かな?と思うでしょうか。いえいえ、違います。
福岡市や北九州市、久留米市といった都市部から、いずれも車で1時間ほど。福岡県の中央あたりに位置する糸田町(いとだまち)は、県内で2番目に小さい町です。
面積はおよそ8㎢。地元の人は「運転していて、気づいたら隣町に出ている」と冗談混じりに話します。

この町で活動する地域おこし協力隊を3名募集します。ミッションはそれぞれ、農産物の6次産業化、ふるさと納税の推進、小中学生の体力向上です。
自由度の高い環境なので、地域に貢献する視点を持ちながら、自分の興味関心とかけ合わせて仕事をつくっていくことができます。町のコンパクトさも、見方を変えれば「どこにでもアクセスしやすく、顔がきく」よさがあるかもしれません。
8月末には、移住前に糸田町の人たちに会える2泊3日のツアーも企画されています。どんな人たちが暮らしているのか、まずは知ってもらえたらと思います。
糸田町という町名の由来は、「いとよき田」。1300年以上にわたって清水が湧き出し、豊作が続いたことから、こう呼ばれるようになったとか。
水の張った田んぼのあいだを車で走っていくと、多目的施設「いとよーきた」が見えてきた。

向かって左側の建物は、糸田のおいしいものを扱う「ふれあい市」。地元でとれた野菜を販売する朝市や、こども食堂なども定期的に開催している。
右側はレンタルスペースになっていて、事前に予約すれば誰でも利用可能。予約がないときは、地域おこし協力隊がデスクワークをしたり、イベントで使ったりする拠点になっている。
ここでまず話を聞いたのは、今回の募集の窓口を担当している株式会社DEN農の河端さん。

糸田町出身の河端さんは、糸田町役場や福岡市役所で働いていたことも。
まちのことをよく知りつつ、外からの目線も持っているので、協力隊にとってはよき相談相手になってくれると思う。
「糸田町って、知名度がまだまだ低いんですよ。面積が小さいからか、県内でもあまり知られていない。今回の募集をきっかけに、まずはこのまちのことを知ってもらいたいなと思っています」
今回募集する協力隊は3職種。
1つめは、6次産業化。地元の農産物を活用して、加工品の企画・開発やリニューアル、テスト販売などを行う。
ふれあい市や道の駅では、地元のお母さんたちを中心とした「加工部」のみなさんがジャムや味噌、お弁当などを販売している。なかでも「おかつ味噌」は、毎年完売する人気商品。糸田町産の米と大豆、赤穂の甘塩のみを使用し、一年熟成させてつくっている。
前任の協力隊も一緒になって、パッケージや売り方の見直しには取り組んできた。その流れを引き継いでもいいし、新しいものを企画してもいい。

2つめは、ふるさと納税の推進。
例年の寄附額はおよそ4000万〜5000万円と、近隣自治体と比べて糸田町のふるさと納税はあまり盛り上がっていないのが現状。町内の事業者をまわって関係性をつくり、返礼品を発掘・企画・発信していく人を求めている。
「主だった産業はないんですが、福岡県内に3軒あるスッポン養殖場のうち2軒がこの糸田町にあったり、全国から注文が入る胡蝶蘭の栽培所があったり。珍しい事業を展開している事業者さんはいくつかありますね」
スッポンに、ラン。たしかに珍しいですね。
ほかにも、アメリカで個展もひらく焼きもの工房「無双窯元」、原寸大のバイクもつくれる木工所「WOODS・MAN」、新鮮な黒毛和牛の小腸のみを目利きしているホルモン店「しんかい」など。
大きな産業こそないけれど、それぞれの分野でいいもの・おいしいものを生み出している人たちが糸田町にはいる。
一つひとつを丁寧に発信していけば、寄附額を増やしていけるポテンシャルはまだまだありそう。

そして3つめは、小中学生の体力向上。
糸田町の小中学生は体力テストの成績があまり思わしくないそう。そこで、子どもたちが楽しみながら運動習慣を身につけていけるように、小学校体育の授業支援や、放課後運動教室の企画、中学校の部活動補助などに携わってほしい。
また、休日は小学校の校庭が開放されるため、土日いずれかは見守りをするのも仕事のひとつ。
3職種のなかでも前例の少ない役割なので、自分からやりたいことを見つけて意欲的に動ける人がいい。体育の教員免許を持っている人はもちろん、大学でスポーツや運動指導を研究してきた人、体力向上にまつわる事業を立ち上げたくて実践の場を求めている人などが合うかもしれない。

地元出身の河端さんから見て、どんな人がこのまちに合うと思いますか?
「自分もそうでしたけど、糸田の人って、初対面だとちょっと遠くから見ているようなところがあるんです。でも仲良くなれば、こっちが遠慮するくらいよくしてくれる。自分から一歩踏み込んで関わっていける人がいいですね」
そんな河端さんの話とは対照的に、はじめからにこやかに話を聞かせてくれたのが植高(うえたか)さん。地域のお母さんたちを取りまとめて、ふれあい市などを運営しているパワフルな方。
とくに6次産業化の協力隊にとっては、一緒に活動していくパートナーのような存在になると思う。

「子どもも巣立って、もうお金もいらないというか、そういう歳になりましたので。地域の役に立つならと、すべてボランティアでやっています」
道の駅併設の加工場でのジャムや味噌づくり、朝市のおばちゃんたちのお世話、こども食堂の運営など、さまざまなことに取り組んできた植高さん。
活動を通じて思っていたことがある。
「糸田町って、いいところはいっぱいあるんですけど、人のつながりが見えてこない町だなって感じていたんですよ。加工場のお手伝いを呼びかけたり、回覧を出したりしても、ほとんど反応がなくて」
誰かが扉をガラッと開けて入ってくる、帰ったら野菜が玄関に置いてある、といった“田舎あるある”も、あまりない土地柄なのだそう。近隣の田川市や飯塚市、福岡市内や北九州市といった都市部へのアクセスがよく、外へ働きに出ている人が多いことも関係しているかもしれない。
「そんななかで『庭先かんきつプロジェクト』がはじまって、ちょっと流れが変わったように感じているんです。呼びかけ方次第で、やっぱり振り向いてくれる人はいるんだなって」

庭先かんきつプロジェクトは、民家の庭先になりっぱなしの柑橘を活用して、町の新しい特産品やコミュニティをつくろうという取り組み。
地域おこし協力隊の松木さんが発起人となって、昨年4月に立ち上げた。

プロジェクトをはじめるきっかけは、なんだったんですか?
「いくつかあって。1つは加工部のお母さんたちが、マーマレードの材料を近隣のまちから仕入れていると知ったことですね。あとは協力隊の2年目に、このレンタルスペースが町の人から知られていないし、使われもしていなかったから、何かしなきゃと思って。毎月第2日曜日にワークショップをひらこうと決めたんです」
初回で扱ったのが、梅の実。
町の人に「使いきれないから」と譲ってもらった梅を使い、みんなでシロップづくりをした。
「ある人にとってはいらないものも、ちょっと工夫をすれば、誰かにとっていいな、ほしいなと思えるものになると、そのときに感じて」

柑橘は糸田町の特産というわけではないものの、庭先でよく見かけていた。なかにはとりきれず、道にたくさん落ちているお家も。
そこで“いらない柑橘を寄付いただけませんか?”と呼びかけると、あちらこちらから声があがった。
集まった柑橘を使って、今度はアロマオイルをつくったり、シロップにしてウォーキング大会でふるまったり。皮剥きやアロマ抽出の作業も、みんなで進めればワイワイ楽しい。
プロジェクトのメンバーとは、LINEのオープンチャットでやりとりしているそう。
「プロジェクトの一環で庭先に植えた柑橘の花が咲いた、大きくなってきたとか。みなさんよく投稿してくれています。虫がついたと聞いたら、自分なりに調べて対策をお伝えしたり。もともとコミュニティづくりに関心があったので、地域のつながりもつくれたらと思って取り組んできました」

千葉県出身の松木さん。地域に関わる仕事がしたくて、3年間の修行のつもりで糸田町の協力隊に応募した。
7月にひらく卒業展が終わったら、地元の千葉に戻るという。
かんきつプロジェクトは、どうなるんでしょう?
「今までの形では続けられないので、一区切りつけようと思っています。何年か後にでも、こんな活動あったね、やってみようって人が出てきたときのために、引き継ぎ資料はちゃんとつくって残しておくつもりです」
そんな松木さんの話を隣で聞いていた植高さん、「わたし、その考え方がすごくいいなと思って」と続ける。
「何かはじめると、使命感に押しつぶされそうになるじゃないですか。ところがね、響子ちゃんと知り合ってそういう考え方もあるんだって気付かされたの。自分をがんじがらめに縛らないで、一旦終わってもいいし、また誰かがはじめてもいい」
「70年間生きてきて、いっつも何かに追われてる感じだったから。選択肢が増えてとっても気が楽になりました。だから、彼女と出会えて本当によかったと思っているんです」
この3年間で、お互いにとっていい関係性を築いてきたんだろうな。

これから協力隊になる人も、活動を通じて地域に何ができるか、考えながら3年間を過ごしてほしい。
「やっぱり地域おこし協力隊なので、“地域のために”っていう意識はベースとして必要なんじゃないかと思います」と松木さん。
「そのうえで、自分のやりたいことを持っている人がいいですね。わたしは着任当初、“地域の人のやりたいことをサポートする”みたいな目標を立てていたんです。でもそれって、やりたいこととして成り立っているようで、違ったなと思っていて」
糸田町の協力隊は、自由度が高い。松木さんの場合、特産品開発というミッションは提示されていたものの、具体的な仕事内容は決まっていなかった。
「着任して1回、町内の方々に紹介していただいたんですけど、あとは自分で考えてっていう感じで。人脈も社会人経験も、ほとんどない。すがるような気持ちで植高さんたちの加工場に毎週通ったんですよね。お手伝いさせてください!って。そこからいろんなことがはじまっていきました」
3年の任期は、あっというまに過ぎていく。
地域にも、自分にとっても実りある時間にするためには、とにかくいろんなことを試して成功も失敗も経験していく行動力が必要だと思う。

8月30日〜9月1日には、糸田町を訪ねる2泊3日のツアーが企画されています。
このまちの人たちと出会い、体感するなかで芽生えるアイデアもあるかもしれません。まずは気軽に参加してみてください。
(2025/06/19 取材 中川晃輔)


