料理の仕事と聞くと、なんだか厳しい世界のイメージがあるかもしれません。
長い下積みを経て、ようやく包丁を握らせてもらえる。技術がないと、厨房には入れない。
けれど、もし「音楽やアートが好き」とか「面白そうな場所に混ざりたい」という動機から、キャリアをスタートできるとしたら。

WPÜ(ワンダーパワードユー)は、少し変わった広がり方をしているチーム。
東京・西新井のホテルからはじまり、新宿、そして沖縄・那覇にはミュージックバーをオープン。
場所は違えど、大切にしてきたのは、人と人、場所と場所をつなぐこと。
単なる宿泊や飲食の場ではなく、世界中から集まるゲスト、地域、そして働くスタッフがゆるやかにつながり、互いの個性や熱意が混ざり合って、化学反応が起きる。
そんな場づくりを各地で続けてきました。
今回の舞台となるWPÜ HAKONEも、そのひとつ。箱根・強羅駅の目の前にあります。
館内には作家さんのアートが飾られ、心地よい音楽が流れている。ホテルというよりも、そこにあるカルチャーを通じて人々が混ざり合う、広場のような空間。
そんな場所で今、食のあり方を新しくつくろうとしています。
今回募集するのは、WPÜ HAKONEのキッチンスタッフ。
現在、厨房に立つのは3名。フレンチやイタリアンで経験を積んできたベテランもいれば、一念発起で接骨院から転身した若手もいます。
経験よりも「このホテルで働いてみたい」と素直に思えるかどうかが大切です。
都心から電車に揺られること、およそ1時間半。小田原駅で箱根登山鉄道に乗り換える。
終点の強羅駅の改札を抜けてすぐ、目の前にWPÜ HAKONEが見えた。
中に入ると、まず目に飛び込んでくるのは壁一面のアート。フロントには、次から次にゲストが訪れる。この入り混じる自由な空気感が、とても落ち着く。

取材に訪れるのは、およそ4ヶ月ぶり。
「お久しぶりです。遠いところありがとうございます」
エントランスで、支配人の岩永さんが迎えてくれた。その隣、黒い服に身を包んでいるのが、今回お話を聞く加藤さん。ダイニングの店長を務めながら、ホテルのブランディングチームにも携わっている。

「前回の募集では、良いご縁があって2名の方に入社いただきました。今回は、キッチン。一般的に料理人の募集って、どうしてもハードルが高く感じられてしまうんですけど、うちはちょっと違うよっていうのを伝えたくて」
岩永さんがそう切り出し、加藤さんが頷く。
「この場所で働くことを面白がれるかどうかが大切だと思っています」
加藤さん自身、キャリアは少し変わっている。
学生時代からキッチンスタッフやバーテンダーを経験しつつ、文章を書いていたことも。地元の兵庫に戻ってからは、スパイスカレー屋で働き、料理だけでなくグラフィックデザインにも携わっていた。
「いろんな職場での経験を経て、ここで働いて感じるのは、自身の経験を活かせるところが大きい。新しく入る方にも、この環境を活かして幅を広げて料理を楽しんでほしいと思っています」
話を聞いているこの場所は、夜にはバー営業も行うラウンジスペース。棚には加藤さんがセレクトした、さまざまなラベルのボトルが並んでいる。
「たとえばこれ、長野県の野沢温泉にある蒸留所のジンなんです。箱根も温泉地だから親和性がある。ホテルや人、地域との繋がりを考えながら、楽しんでセレクトしています」

WPÜ HAKONEがあるのは、神奈川や静岡、山梨などのちょうど中間地点。山と海、それぞれの幸が集まる交差点のような場所。
「場所の最大のメリットとして、豊かな地場の食材に恵まれている。インバウンドのお客さまも多くいらっしゃるので、食材や料理を通して、ゲストにどんな体験をしてもらえれば心に残るかを考えています」
いまのWPÜらしさを象徴している一品として紹介してくれたのが、『和風ティラミス』。
写真を見せてもらうと、これはおいなりさん?

「強羅に『勝又豆腐』という老舗のお豆腐屋さんがあって、そこの豆腐を使っているんです。中身は豆腐とチーズを合わせたティラミスで、それをいなり寿司の揚げに詰めています」
日本らしい食体験をしてもらえるよう、ティラミスだけど、お箸で食べてもらうそう。
「海外からのゲストにとって、箸を使って食事をすることもひとつの体験になるじゃないですか。食べたあとに、酒粕を使ったさっぱりしたカクテルを合わせて楽しんでもらうんです」
ただ美味しいものを出すだけでなく、遊び心も一緒に。

メニューは季節ごとに変えていて、開発はキッチンスタッフのみんなで考える。
社歴や年齢関係なく、フラットに。異なる視点からのアイデアに、刺激を受ける。これこそ、さまざまなものが混ざりあう、WPÜらしさなんだと思う。
「WPÜらしい価値をつくるために、まずはリサーチをして、その土地の文化を掘り下げることから始めています。そこに、自分たちなりの視点やストーリーを乗せていくんです」
「かっちりと決めすぎず、余白を残して、そこで遊んでみる。今はその土台ができて、これから自分たちらしさを磨いていく最中です。一緒にお店をつくりあげていく、一番面白い時期だと思います」
支配人の岩永さんも、言葉を添える。
「WPÜではよく『遊ぶ』という言葉を使うんです。自分の経験を活かして、やりたいを形にしてほしいし、そうできる場所でありたい。そこに共感してくれる人が仲間になってほしいですね」
レストランを後にして、奥にあるキッチンへ向かう。
足を踏み入れると、「こんにちは!」とパッと明るい声でみなさんが迎えてくれる。午前中の仕込みはほとんど終わっているみたい。

今回話を聞くのは、奥にいる岸田さんと、飲食業界での経験が豊富な加藤憲一さん。みんなからは親しみを込めて“憲さん”と呼ばれている。
壁にはたくさんのメモが貼られていて、日々試行錯誤している様子が伝わってくる。
さっそく岸田さんに話を聞いてみる。料理の道を志したのは5年前で、それまではまったく別の世界にいた。

「経歴はかなり異色だと思います。もともとは医療系の専門学校に通って国家資格を取り、接骨院で2年ほど働いていました」
転機は、レストランを経営していたお父さんが病気で他界されたときのこと。
「葬儀のときに、父の友人が『お前ら3兄弟の誰かが店を継ぐのを待っていた』と教えてくれて。生前は『大変だから継ぐな』と言われていたけれど、本音は違ったことを知りました。その瞬間、接骨院を辞めて料理をやろうと決めたんです」
調理師学校には行かず、現場へ飛び込もうと思った。アートや音楽にも興味があったことから、いろいろと調べていたなかでWPÜの新宿拠点の求人を見つけた。
「最初は何もわからないので、とにかく質問しまくりました。見よう見真似で、量をこなして。箱根に来てからは2年ほどになりますが、ここでも自分らしく働けています。だから、経験がなくても気持ち次第でなんとかなる、というのは僕自身が一番感じていることですね」
そんな岸田さんと一緒に、厨房に立つのが憲さん。
銀座のホテルでフレンチを学び、イタリアンなどさまざまなジャンルを経験。半年ほど前に、このWPÜHAKONEへやってきた。

「僕の料理人生も、残りそう長くはないと思っていて。その集大成として、今までと違う経験がしたかった。面接では『外国人のゲストが日本に来て一番印象に残った料理はこれだ、と言わせたい』なんて、大きなことを言っちゃいましたけど(笑)」
経験豊富なベテランと、異業種から飛び込んだ若手。年齢や経験の差を感じない、やわらかな雰囲気。
それは、普段からよく話すからだと、岸田さん。
「たとえば僕が『この食材ならこう使うかな』と思っても、憲さんが『こんな調理法もあるよ』と引き出しを開けてくれる。毎日毎日、料理人としてアップデートしている感覚です」
憲さんがレシピや味のベースを考え、岸田さんが「どう見せるか」を提案する。そんな役割分担が自然とできているそうだ。
以前、「野菜をまるごと1個使いたい」という話になったときのこと。
「インパクトを出そうと話し合って、アボカドを半分にカットしてサルサを乗せ、そこにトルティーヤチップスを突き刺す盛り付けにしました(笑)。お互いのアイデアを掛け合わせるのが面白いんです」

もちろん、すべてが採用されるわけではない。魚のフリットに添えるものを考えていたとき、岸田さんは「豪華なかき揚げを添えたい」と提案した。
「でも憲さんと話すうちに、『2人で回すオペレーション的に、揚げたてを出し続けるのは難しいんじゃない?』となって。現実に落とし込みながら、シンプルに野菜を乗せる形に着地させました。やりたいことと、できること。そのバランスをよく話し合っています」
二人の視線は、キッチンの外、地域全体にも向けられている。
最近、岸田さんは車を購入して、行動範囲が一気に広がったという。
「小田原の果物農家さんを訪ねたんです。そこで、キウイの採れたてと、熟成させたものを食べ比べさせてもらって。甘さの濃度が全然違うことに感動しました。スーパーで買うだけじゃわからない、つくり手の話を聞くことで生まれる料理があるなと」
たとえば小田原に住めば、ホテルまでは車で45分ほど。
四季が移ろう山道を登り、だんだんと硫黄の香りがしてくるころにホテルに着く。そんな通勤の時間にも、アイデアは隠れているはず。

「もし新しく人が入ってくれたら、メニュー開発をより活発にしたり、朝食も充実させたり。やりたいことはたくさんあるんです」
これから、さらに変化していくフェーズ。
ふと、気になったことを聞いてみる。
料理の世界を志す人たちは、どんな基準で働く場所を選ぶのでしょう?
長年料理の世界に身を置いてきた憲さんが、少し考えたあとに答えてくれる。
「転職というより、なぜそこを辞めるか、のほうが大きい気がします。学ぶことがなくなったとき、自分が成長できる要素がなくなったときに、人は場所を変えるんじゃないかな」
「ここは制約がなくて、自分の色が出しやすい。原価などの決まりはもちろんあるけれど、それ以外は本当に自由。年齢も経験も違うスタッフの意見がポンと入ってくることで、新しいアイデアに変わる。それが面白いんです」
ふとした雑談や、帰り道にスマホで見た情報が、そのままメニューのヒントになることもある。
ベースにあるのは、「自分が楽しまなければ、お客さんは喜んでくれない」という思い。
「新しく入る人にも、高い技術は求めていなくて。極端な話、経験ゼロでもいいんです。このホテルに流れる、遊び心とか自由な感覚を共有できること、それが一番ですね」
取材を終えて、帰り道。山を下りながら、窓の外を眺める。
行き交う人々、豊かな自然、そして自由な発想で料理に向き合うスタッフたち。
料理の道を極めるだけでなく、感性を磨き、人とつながる。そんな働き方が、ここにはあります。
もし、この景色の中に自分の居場所がありそうだと感じたら。ぜひ一度、箱根の山を登ってみてください。
(2025/12/18 取材 田辺宏太)