コラム

世界仕事百貨
フランスで働くひと
食を通じた“箸”渡し

これは日本仕事百貨の「文章で生きるゼミ」に参加した内野紀惠さんのコラムです。内野さんはフランスにファッションとパッションを学びに留学中。フランスで出会った、仕事に情熱を注ぐパッショニスタの方々を紹介していきます。今回はボルドーで日本のおにぎりを販売している七生さんを紹介します。

七生と申します。ボルドーに住み始めて3年目、現在私は毎週日曜日に川沿いのマルシェで日本のおにぎりを販売しています。

人気のおにぎりは具材が揚げナスを甘辛い味噌とバジルで和えたもので、小麦アレルギーの人はもちろん、ベジタリアンのお客さんもたくさん来てくれます。

フランス料理っていうとお肉料理がドン!って感じですけど、和食って少しずつ色々な素材がバランス良く入っているし、野菜だけで組み合わせるおかずっていっぱいあるじゃないですか。

だから最近は野菜のお惣菜も販売し始めました。揚げ浸しのように揚げてコクを出すものなんかは、サラダとは全然違う野菜の食べ方で、現地の人にすごい喜んでもらえますし、リピーターも多いんです。

仕事は週一回のこのマルシェだけだし、まだ慣れないこともあるから他の日はほぼ全部この準備に当てているんです。

玉ねぎを炒めるのに1時間以上かけたり、材料もワインやバターを使っていたりするので、本当はあの値段じゃ出せません(笑)。

それでも日本の食文化を紹介できるのは嬉しいし、私の料理を通じて日本に少しでも興味をもってもらえたら嬉しいなと思ってやっています。

それに、そうやって思いを込めてやっていると気づいてくれる人がいるんです。「お料理教室をうちでやってください」とか「ケータリングをお願いしたいです」などのお話もいただくようになって。思いを込めて丁寧にやるって大事だなってすごく思うんです。

私は小さい頃から口下手で。

人を家に呼ぶときや人に感謝したいときには、料理を振る舞ったり可愛いクッキーを贈ったり、言葉にできないぶん、料理で気持ちを伝えてきたように思います。

喋れなくても、食を通じてコミュニケーションできるなら、それでいいなと昔から思っていたんです。

私はフランスの独立記念日に生まれたので、両親には誕生日の度に「きっとフランスと縁があるんだよ」と言われてきました。

それでなんとなく大学ではフランス語を専攻して、1年間語学留学にも行っていました。

卒業後は普通の会社に入って仕事をしていたんですけど、3年経った頃にフランスでワーホリができるようなったんです。

卒業後もフランス語はずっと勉強していましたし、語学だけじゃなく料理もちゃんと学んでみたいなと思って会社を辞め、もう一度フランスに渡りました。

行き先はニース。フランス料理って言ったら普通はバターやクリームをたっぷり使った北のフランス料理のイメージだと思うんですけど、私は地中海のオリーブオイルやハーブ、ニンニクを使ったヘルシーな料理に興味があったので、南仏のニースにしました。

それにパリの大人な感じにはちょっと馴染めないなと思っていましたし、海や山など自然あふれるニースが自分にはとても合っていたと思います。

ワーホリじゃなくても、日本の有名な料理学校に通って留学に行くことはできたんです。でも私は教科書的に型にはまってしまうのがちょっと嫌でした。もっと家庭料理っぽい身近なものを習いたいと思っていたので、働きながら自分で学ぶことにしました。

日本でもアルバイトをしたことがなかったのに、星付きレストランに飛び込みで履歴書を持っていって働かせてもらったり、おうちで開かれる小さなお料理教室に通ったり、そんな1年間を過ごしました。

帰国後はフランス語を活かせる仕事をしたいと思って日本にあるフランスの証券会社で働きましたが、最初から「私の夢はお料理の先生なんです」と言っていたので、17時には帰らせてもらっていました。

退勤後は会社近くのワインスクールでソムリエやチーズの資格の勉強をして、週末は自宅で料理教室も開きました。そんな7年間で忙しかったですね。

35歳でなんとなく会社を辞めようと思っていた頃、いろいろな雑誌や会社からレシピ掲載のお話やイベントの依頼が来るようになったんです。

トントンと話が進むので、「これは神様が会社を辞めなさいと言っているんだわ」と思い、長く勤めた会社を辞めてからはお料理一本でずっとやってきました。

結婚を機にボルドーに移住しました。旦那さんは考え方がヨーロッパ的なんですよ。

日本出身でアイルランドに帰化した人で、私みたいな”ザ・昭和な女”とは考え方が全然違うんです。「専業主婦ってなに?」って言うんですよ。

でも仕事をするにしてもボルドーで何をしようって考えたときに、せっかくなら日本食をボルドーで紹介するようなことをしてみようかなと思ってマルシェを始めたんです。

ボルドーには和食レストランもあるんですけど、日本人がやっている所って少ないし、美味しかったとしても、ちょっと違和感があるんですよね。だから自分でも、日本人としてのアイデンティティを生かして、日本を感じられるごはんを発信したいと思って。

今度広いお家に引っ越す予定なんですけど、それは念願の自宅でのお料理教室を開催するためなんです。今はそれにとてもワクワクしています。

文章で生きるゼミは伝えるよりも伝わることを大切にしながら文章を書いていくためのゼミです

次回は、2022年8月31日から全5回、毎週水曜日の夜になります。詳細はこちらから。