コラム

好きこそものの上手なれ

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これはしごとゼミ「文章で生きるゼミ」に参加されたウィルソン麻菜さんによる卒業制作コラムになります。

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釣りをしない人でも見とれてしまう美しさ。

1本の竹からつくられる和竿には、芸術品のような美しさがあります。

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カーボン製の釣竿と区別して「和竿」と呼ばれる釣竿は、江戸時代から作られてきました。今は数少ない職人たちの手で一本一本つくられています。

今回、和竿をつくる職人「和竿師」としてはたらく早坂良行さんに会いにいってきました。

 

神奈川県横浜市。開発がすすんでいるという東戸塚駅から、バスでおよそ15分のところに早坂さんの竿屋「汐よし」はあります。

緊張しつつもドアを開けると、店内には所せましと竹と釣竿が並んでいました。ひろがる竹のにおい、カチャカチャと竹が合わさる音。ドアの外とはすこし違う空気が流れています。

売り場の奥には座敷があって、そこに早坂さんは座っていました。

職人らしい風貌に、優しそうな笑顔が印象的です。

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26歳で和竿師として独立してから40年。

ご自身も釣りが大好きなことが伝わってきます。

「釣りとサッカーがあったから、悪くならないでこられたのかもしれないっていうくらい」

そう笑う早坂さんが釣りに出会ったのは、幼少期。近所の小さな池で、フナやザリガニを釣って遊んでいたそうです。小学校4年生のときに母親の田舎で、ミミズを掘り起こしてコブナを釣ったことを今でも思い出します。

「普段からは想像もできないほど、どんどん釣れて。そのときかな。はじめて『おお、釣りってこんなに楽しいのか』って気持ちが芽生えたのは」

中学生になると、仲間たちと連れ立って海釣りへ出かけるようになります。横浜の海、現在のマリンタワーの先あたりで釣りに夢中になっていました。

はじめて釣竿をつくり始めたのも、そのころから。

「子どもにとっては、やっぱり釣竿は高いんですよ。高くて買えないなら、自分で作っちゃおうかと思って」

当時、釣りに通っていた船宿の人から、作り方を教わってつくった自分だけの釣竿。もっとよく釣れる竿をつくりたい。その後も釣具屋の店員として働きながら、ああでもないこうでもないと釣竿をつくっていく。

どんどん改良を加え、自分だけの竿づくりを究めてきました。

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早坂さんは材料の竹から自分で選びます。昔は竿づくりに適した竹を切ってくれる人がいたけれど、今はそういう人もいなくなってしまったそうです。すこしでもいい竹を求めて、情報が入れば自分でそこまで行ってみる。

「同じ太い竹でも、竿になるものとならないものがある。例えるなら『ただの太った人』と『横綱になれる人』は違う、ということなんです。まわしを締めればどちらも横綱に見えますけどね、ぶつかればパワーの違いがわかっちゃう」

その「横綱」を見つけられるようになるまで、早坂さんは何本の竹を見てきたのだろう。

広い竹藪のなかで、一本ずつ竹を見ていくのは気が遠くなる作業のような気がした。

竹を選ぶときの基準を聞いてみると、「この強さだね」と即答。数匹釣ったくらいで曲がってしまっては「あそこの竿は、高いだけだよ」と言われてしまうことを、早坂さんは和竿師としても釣り師としてもよく知っている。

「私の竿はね、大事に使ってもらえれば5年でも10年でも使える。『この竿だけでもう何匹も釣ってるよ』っていう人が現場にいるから、他の人が欲しいなぁとなってね、じゃあ次のボーナスでってお店に来てくれるわけです」

注文を受けてから、まずは竹を選び出す。それだけでお客さんを半月待たせることもあるくらい、じっくりと時間をかけて竹と向き合う。これだと決めても、数日経つと違うような気がして選びなおすこともあるといいます。1本の竹から、どんな竿でも作れてしまうのかと思うと、実はそうではないのです。竹の個性を見極めて、それに合った釣竿をつくる。

「たとえばね、この竿はスズキ用。スズキは餌を一気に飲み込まないで、食いついて弱らせてから飲み込むんですね。柔らかい穂先の竹を使わないと、最初に食いついたときに竿の硬さが魚にも伝わってしまう。だから太かったり硬い竹はダメですよね。そういうものはタイなんかに向いている」

こういうことがわかるのは、早坂さんご自身が釣りをしているから。自分が「こういう竿なら」と思ったものを設計して、作って、そして使ってみる。実際に使ってみることで、釣り師として竿の評価ができる。穂先の柔らかさや、竹の耐久力はどうか。1年中ずっと釣りをしている早坂さんは、どの時期にどの魚が、どうすれば釣れるかがわかっている。そんな釣りのプロがつくる竿で、魚が釣れないわけがない。

早坂さんの和竿師としてのこだわりが詰まっている藤巻きや変わり塗は、芸術品の域だ。

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握る部分には籐と糸を巻いてから漆を塗って仕上げている。普通のシンプルなつくりに比べて、見た目もきれいだが滑り止めという実用性も兼ねている。

凝っているのは、変わり塗のデザイン。

貝殻を砕いて降りかけてみたり、色や削り具合を変えてみたり。なかには、貝殻でカワハギの模様がほどこされたもの、波模様になっているものもある。ひとつひとつに個性が表れ、受け取ったひとにとって「自分だけのオリジナルの竿」になる。

「美術で食っていけるようなセンスはないですよ。これも、自分が好きだからできたことでしょうね」

 

子どもは二人。無理に後を継げとは言わないそうです。

「好きじゃなきゃできないって、自分が一番わかっていますから。釣りや竿を、無理やり好きにならせることはできないもの。彼らには、彼らの人生があるからね」

ずっと「好き」を追い続けてきた早坂さんだからこそ、好きでもないものを極めるのが難しいとわかっています。だから子どもたちにも好きなことをしてほしいといいます。それと同時に、釣りが好きなひとには自分ができることをしてあげたい。

「釣りが好きだと言ってくれるひと、話を聞きたいと言ってくれるひとがいる限り、教えてあげたいね。弟子でも、そうでなくても、自分の竿づくりは出し惜しみしないで伝えるつもりでいますよ」

一緒に釣りへ行ったり、親子釣り教室に参加するのも、釣りの楽しみを知ってほしいから。

「私はザリガニ釣りから始まって、海釣りの楽しさも教えてもらいながらここまで来た。だから今度は自分が、子どもたちに『釣りって楽しいんだ』って伝えていきたいね。小さなきっかけで、海や魚、自然が好きになってくれたらいいと思う」

「だから『こわそうな親父だなあ』なんて思わないで、お店まで来てもらえたらうれしいよね」

その笑顔を見ると「こわそうな親父」だとは全く思えない。

壁には、早坂さんと仲間たちの釣り写真がたくさん。

「和竿のおかげで、こんなに大きな魚が釣れたよ」という報告写真もある。

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釣りや和竿に対する、あふれる熱意。

早坂さんと一緒に釣りをしたら、きっと誰もが釣りを好きになってしまうはず。

「好きだからできる」

早坂さんは何度もそう繰り返しました。

好きなことだから、ここまで追求できる。好きなことだから、こんなにも続けられる。

いきいきと話す早坂さんを見て、一生をかけて情熱をそそげるものに出会うすばらしさを教えてもらえたような気がしました。

(2017/04/17 ウィルソン麻菜)