コラム

10年、20年先の
地域の未来に種をまく

日本仕事百貨では長年、働く人のところを訪ね、話を聞き、1本の記事としてまとめてきました。

さまざまな話を聞くなかで気づいたのは、どんな場所にも、自ら営みをつくり、思いや信念を持って自分の仕事に向き合い続ける人がいるということ。出会う前には想像もしていなかったような生き様に触れ、取材のたびに驚き、時に感動します。

自分が生まれ育った場所にも、そんな働く大人たちがいて、いろんな仕事をしている。

地元を離れる前や、仕事を選ぶ前の学生時代に知っていたら、今とは少し違う道を歩んでいたかもしれません。

「高校魅力化プロジェクト」は、学校と地域社会が協働し、魅力ある高校・地域づくりを目指すプロジェクト。日本仕事百貨でもこれまでに、各地に広がる高校魅力化の取り組みを取材してきました。

今回は京都府・与謝野町で取り組む人たちの姿を紹介します。

目の前の高校生に向き合うことが、今と未来の地域に種をまくことにつながる。

高校魅力化プロジェクトという取り組み、教育や地域との新たな関わり方の選択肢があることをぜひ知ってほしいです。

 

京都駅から電車で、北へ北へ進むこと2時間ほど。

有名な天橋立を通りすぎ、日本海が見えてくると、まちの入り口である与謝野駅はもうすぐそこ。丹後(たんご)半島の付根に位置する与謝野町は、海と山が近く、そのあいだに挟まれるように町がある。

高校魅力化の舞台となるのは、宮津天橋高校加悦谷学舎(かやだにがくしゃ)。

加悦谷学舎の前身、加悦谷高校は、「地域のこどもたちを地域で育てる」という考えから地元の人たちが力を合わせてつくった学校。

与謝野町が一丸となってまちに高校がある意味、この場所での教育の在り方を改めて考えなおし、2019年から高校魅力化プロジェクトの一環として、高校魅力化コーディネーター(以下高校コーディネーター)が置かれることにとなった。

その後の少子化による高校再編の流れをうけ、となりの市にある宮津高校と統合。2019年には、京都府立宮津天橋高等学校がうまれ、そして今の加悦谷学舎の形となった。

 

「高校をまちに残したいって気持ちがすごく強いんです。高校再編のとき、どうしたら存続できるかって考えて、まちの教育委員会が中心となって取り入れたのが高校コーディネーターの制度でした」

そう話してくれたのは、高校コーディネーター業務を与謝野町から委託されて運営している、一般社団法人まちの企画部の代表、川渕(かわぶち)さん。地域のつながりを生み出すまちづくり事業をしています。

「行政が前のめりでいてくれているから、学校、地域からの理解もあって、いい関係のなかで高校コーディネーターの仕事に専念できる環境が整っています。ここからの3年は、さらにステップアップしようというタイミングなんです」

昨年度1年をかけて、まちの教育委員会と高校魅力化のビジョンづくりをした。

「高校魅力化っていうとつい視点が高校に集まっちゃうんですが、『どんな地域にしていきたいのか』ってところに目線を揃えていきました」

「大学がない与謝野町は、高校卒業時点で8~9割の生徒は地域からでてしまう。加悦谷学舎での3年を終えて、大人になった彼らの住む場所の選択肢となるよう、卒業生や地域の人とのつながりを深めていきたい」

 

実際に高校コーディネーターとして働くのはどんな感じなのだろう。

カフェで待っていると、高校コーディネーターをつとめて3年目の稲本さんがやってきた。

「この前のマフィンめっちゃ美味しかったです」と楽しそうに話し、カフェのスタッフさんとも顔見知りのよう。

「この仕事は半分趣味というか。まちのこんなに近い距離に、こんなに面白い人がいるんだから、高校生たちにも紹介したい!みたいな気持ちで」

「先生じゃない立場から高校や授業に関わるので、まちの人と知り合って、つなげるのを私自身が楽しんでいることが一番の価値だと思うんです。趣味のようにやっていないと、高校生も楽しくないじゃないですか」

加悦谷学舎では、地域探究の授業のコーディネートをメインに、キャリア教育のプログラムつくりや進路指導の補助、年に数回授業を受け持つことも。

地域探究の授業は、各学年、週に1回1時間または2時間。

まず1年生でフィールドワークをして地域への理解を深める。2・3年生で、自分の興味関心から地域でやってみたいことを考えチームをつくり、企画から実施までを取り組む。2026年度からは、1・2年生が地域探究の授業を受ける形にカリキュラムに変更になるそう。

授業自体は先生が担当。稲本さんは教室内での活動をサポートしたり、地域の人へ見学のアポとりをしたり、実際に訪ねることがあれば同行もする。

日々の仕事は、目の前の高校生や先生、地域の人とコミュニケーションを重ねていくようなものがほとんど。

実際にはどんなプロジェクトがあるのだろう。

たとえばとあげてくれたのは、与謝野町にある樹齢1000年以上といわれている「千年ツバキ」とそのまわりにある自然豊かな公園ではじまったプロジェクト。

よさの三四の森の会という森林整備をしている地元の団体の活動に高校生たちと参加したときのこと。

「ある高校生が探究の授業で、『千年ツバキの遊歩道が、気持ちのいい場所だからもっといろんな人に来てほしい』と言ってくれて。このテーマに賛同する子たちでチームを組み、地域の方と相談しながらマップや看板づくりをしました。そこから『ツバキング』って椿をモチーフにしたキャラクターまで生まれたんです」

「キャラクターをつくる才能って普段の授業だと発揮できる場がすごくすくない。イラストを描いてくれた本人もこの活動をきっかけに、自分の力を活かしてキャラクターのバリエーションを考えたり、ハンコをつくったり。次から次へとアイディアを出して、とても楽しそうでした」

探究学習の時間は、授業科目だけでは測れない才能や、やりたいことを引き出すことができる時間。

「高校生たちがすごいのは、『やりたい』って言えるんです。コンセプトも企画も、みんな高校生のなかから出てきて。私はこの声が実現できるよう少し手を貸すだけで、高校生たちの力でいろんなことができていく」

このツバキングのプロジェクトは、観光協会と役場の人にも相談して、MAPを印刷配布するところまでをできないかと画策しているところ。

ほかにも、スポーツ大会の企画、地元で獲れるジビエの商品開発、地域のものを活かした石鹸づくりなど。廃校となった小学校を活用したイベントは、地元の事業者も参加し、450を超える人が来場する大盛況なものとなった。

「高校生もまちや地域に対して思っていることがたくさんある。でもそれって誰に言っていいのかわからない」

「探究活動を通してまちや行政の人と直接関わると意見も言えるし、大人たちもしっかりと話を聞いてくれる。自分の話を先生でも家族でもない大人がちゃんと聞いてくれて、それに対してリアクションをもらえたという経験は、高校生にとってすごく貴重で。そういう社会と関わった経験をもった人たちが、未来をつくっていくんじゃないかって思うんです」

やりたいことを地域の人たちが受け止めてくれた経験は、将来何かをはじめようとするとき、高校生にとってこの経験はお守りのように、自分ならできると背中を押してくれるものになると思う。

高校コーディネーターは、学校、地域、行政をつなぐハブとしてそんな経験を支える重要な存在。

プロジェクトに伴走しつつ、高校生と向き合うことを両立させるのは大変そう。

「最初の1年ははじめてのことばかりで大変なこともありました。加悦谷学舎の職員室に席があるのですが、まわりの先生の話が気になって集中できなかったり、授業をどうつくっていいかわからなかったり」

塾に、部活に、勉強にと、高校生も忙しい。もちろん高校生1人ひとりにじっくり関わるとなると時間はいくらあっても足りない。

「学校や行政といった大きな組織と、1人の高校コーディネーターが仕事をしていくって大変なこともあります。問題があったとき、誰に相談したらいいのだろうとか」

「そんなとき、頼りにする人がいて。川渕さんと、もう一人『与謝野町マスター』というか行政側のハブになってくれている井﨑さんという方がいるんです。行政として委託する側ではあるのですが、高校コーディネーターの事業を私たちと一緒につくっている気持ちでいてくれる方なんです」

 

そんな井﨑さんに会いに役場へ。与謝野町出身で、教育委員会社会教育課課長補佐としてまちの教育分野に力を入れる、この事業のキーマン。

「稲本さんが持ち上げてくれたけれど、実際はそんなことなくて。高校生が地域の人に会いにいくときの運転手なんかをしています。地域のお祭りや少年野球で高校生を小さいころから知っているので、親戚のおっちゃんみたいな気持ちで見守っていますし。高校生と話すのが楽しいんです」

「高校の現場では稲本さんたちが一生懸命やってくれている。僕は行政側のコーディネーターとして、同じチームとして進めていく感覚。これから入る人とも、チームの一員としてサポートできればうれしいです」

役場のなかでも高校コーディネーターは知られる存在となってきた。行政や地域からも、イベントや商品開発を高校生と一緒にしたい、というような声も徐々に上がってくるように。

「年齢や立場も関係なく、高校コーディネーターや高校生と一緒にまちの未来をつくっている感覚がありますね」

「そのためにまちの計画と結びつけて、計画をつくったり補助金を取ってきたり。できることならなんでもしたい、という気持ち。僕自身、島根大学の地域魅力化コーディネーターを育成する講座を受講した経験もあり、その知識も踏まえて、ビジョンやこれからの高校コーディネーターの企画を作成しているんです」

与謝野町の高校コーディネーターの委託事業期間は3年。計画通りにばかり進むものではないし、一朝一夕で結果が出るものではない。

「ここからの3年は、卒業生とも継続的につながっていけたらと考えています。卒業生が高校を訪問すると、生徒たちが目をキラキラさせて喜ぶんです」

「そういう機会は高校生にとっても、卒業生にとってもいい刺激になる。まずは数人から継続的に関わるコミュニティづくりに取り組んでいきたい。5年後、10年後、僕らがつくってきた学びのなかで育った子どもたちたちが、まちの参画者になってくれていたら、いいまちになっていくんじゃないかなと思います」

 

「井﨑さんが祭りのお囃子を教えていた高校生は、スポーツ大会を企画していて。週末にプレイベントをするからって今日はその備品のチェックを自発的にしてくれてね」「あの子もちゃんと取り組んでいるな」と、取材のあとも、高校生たちの話題を楽しそうに話す3人の姿が印象的でした。

まちの高校生にとっても、楽しそうに働いている大人が身近にいることはきっといい刺激になる。

プロジェクトを通じて、小さな未来の種が徐々にまちに広がっているのだと感じました。

10年後、20年後、当時の高校生や関わった地域の人が、地域の営みをつくってくれているかもしれません。

(2025/03/27 取材 荻谷有花)