こんにちは。日本仕事百貨の森田曜光です。
取材で日本各地を訪れると、都市部にはない豊かさを求めて地方へ移り住んだ人たちに出会います。
農を営んだり、地域活性化に励んだり、ローカルビジネスをはじめたり。やっぱり苦労も多いようだけれど、みんな決まって楽しそうで、とにかくいい表情をしている。
単にお金を稼ぐために働くというより、仕事も暮らしも全部一緒になった生き方をしているからかもしれません。
そんな姿に憧れてか、いつか移住をしたいと考えている人は増えているように思います。
ただ、何をきっかけに移住先を決めるかは正直難しいところ。いろんな地域を知れば知るほど迷いが出てきます。
そこで今回は、兵庫県豊岡市をご紹介します。
豊岡といえば、城崎温泉やコウノトリも住む街として知っている人もいると思う。
実は、日本一の「かばんの街」でもあります。
豊岡へ来てみませんか、と声をかけてくれたのは、豊岡のかばんづくりを盛り上げようと活動をしている方々。卸・製造・材料商など、さまざまな役割を担う人たちが協力しながら、ものづくりに関わってみたいという移住者の受け入れをしています。
実際に豊岡を訪ね、かばんづくりに携わる人たちに話を伺いました。
豊岡のかばんの起源は、西暦27年にまでさかのぼるといわれています。
昔からここで暮らす人々は農業のできない冬場に柳を編み、「柳行李(やなぎごうり)」と呼ばれる柳のカゴをつくっていたのだそう。
インフラの発達した江戸時代には、大坂や江戸にも豊岡でつくられた柳行李が流通し、産地として発展していったといいます。
そんな豊岡のかばんの歴史について教えてくれたのは、かばんの卸業を営む木和田株式会社の木和田泰司さん。
「私が4歳くらいのときにも柳行李はまだ一部扱っていましたよ。チッキといって、鉄道で柳行李を各地方へ出荷していたので、豊岡駅へミゼットに乗って連れて行ってもらったのを記憶していますね」
柳の“カゴ”から“かばん”へと変化したのは明治時代。3本の革バンドで締め、トランクのような形をした「行李鞄」がはじまり。
それから時代は移り変わり、技術の発展とともにかばん素材が進化。現代で使われているようなナイロンや塩化ビニルレザーでつくるかばんが登場しました。
昭和に全国の学生の間で大流行したという「マジソンバッグ」は、豊岡で何百万個もつくるほどだったそう。そのころからかばんの一大産地でした。
「ただ昔は、大量生産で安いものをつくるのが『豊岡のかばん』というイメージだったと思うんです。それで90年代に入ってバブルがはじけたころから、仕事が急激になくなってしまって」
そう話すのは、かばんの製造業を営む株式会社ハシモトの橋本和則さん。
中国など海外からやってくる安価な輸入品の影響もあり、途端にものが売れなくなってしまったという。
「そこが大きな転換期でした。日本社会が裕福になって求められるもののレベルも上がっていくなか、これからは質のいいものをつくっていこうと。そういう意識にみんな変わっていったんです」
革を取り入れたような新しいかばんをつくったりと、製造会社は商品開発にチャレンジ。大手かばんメーカーからの受注もあって、豊岡全体でかばんづくりの品質がさらに向上していった。
そうして生産量だけでなく、製造技術においても日本で指折りの存在になった豊岡。
ただ、つくるかばんの9割以上がOEM。かばんは売れても、豊岡の名が広まったわけではありませんでした。
かばんの産地として、自分たちの力で生き残っていくために。
製造会社で組織された兵庫県鞄工業組合が、10年前に「豊岡鞄」という新しい地域ブランドを確立。
はじめての企画に挑戦し、オリジナル商品をつくりはじめました。
「ブランドを維持するために、自分たちで審査会を設けました。技術面など厳しい審査を通ったものだけが『豊岡鞄』を名乗れる。審査会のメンバーは同業者ですから、指摘されるとやっぱりみなさん悔しい思いをする。そうやって前向きに切磋琢磨しています」
そんな豊岡鞄は使い勝手がよく、長く使っても丈夫なかばんとして評判を得ています。
いいものづくりを追求し続けた結果、いまでは全国の大手百貨店で取り扱われるようになった。これからは海外展開も視野に入れているそうです。
「次世代の経営者の育成のために、製造や卸の会社が共同で経営塾もはじめました。社長たちが業界について沸点高く討論することもあるんです。豊岡のかばん業界はみんなで一生懸命よくしていこうという気概があるんですよね」
さらに豊岡市の支援を受け、商店街の空き店舗を利用してかばんに特化した施設をオープン。オリジナルブランドの豊岡鞄やパーツを販売するショップや、かばん職人を養成するスクール「Toyooka KABAN Artisan School」を展開しています。
また、製造業を行う十数社が集い、縫製者を育成する「鞄縫製者トレーニングセンター」を開設しました。
かばんのすべてがある豊岡だからこそ可能だったことかもしれません。
Toyooka KABAN Artisan Schoolと鞄縫製者トレーニングセンター、どちらも毎年定員を大きく上回る応募があるほど人気で、ほとんどが市外からやってくるといいます。
田中真奈さんも、そのうちのひとり。
鞄縫製者トレーニングセンターを経て、1年前から株式会社ハシモトで働いています。
出身は兵庫県西宮市。
服飾系の専門学校に進学し、かばんや帽子などファッション雑貨について学んでいました。その後、商品企画の会社に入社したものの、理想と現実の違いに悩まされたそう。
「その会社は流行をひたすら追ったものをつくっていて、安いばかりで品質はあまりよくないものでした。かわいい生地を選んでも、その値段が高かったら安くて無難なデザインを採用されることもあって」
その後いくつかの仕事を経て、東京にあるアクセサリーパーツ専門の会社に就職。4年勤めたところで東日本大震災が起こり、東京にいるのが不安に感じるようになった。
地元へ帰り、そこでたまたま見つけたのが豊岡の鞄縫製者トレーニングセンターの求人でした。
トレーニングセンターでは最初の2ヶ月間ミシンの縫い方を教わり、あとの1ヶ月間は豊岡の複数の企業でインターンとして実際に仕事をします。
その後、一番品質に厳しくものづくりをしていると感じた株式会社ハシモトに就職した。
ただ、かばんを縫う仕事は思っていたより奥深く、はじめは難しいことだらけだったそう。
「たとえばミシンでダダダって縫うときも、この1点に針を落とさなきゃいけないということがある。機械ではなくて、生地を手で滑らせる微妙な感覚で調整するんです。ひと針が狭ければ生地を引っ張るように」
「生地の表の糸だけでなく、裏の糸も綺麗に見えるように両面のバランスを取ることもあって。素早く丁寧に作業できるようになるのがいまの目標ですね」
田中さんが思う、このお仕事のよさは何ですか?
「私はもともとつくることが好きなので、ミシンに触れているだけで面白いんです。会社では自社商品を企画する話も出ているけれど、そっちには正直興味がなくて。この仕事について、自分は本当につくるのが好きなんだって気がつきました」
「だから、ものづくりが好きだったり、自分がつくらなくても何か関わりたいという人にとって、この街はすごくいいと思うんです。お子さんを育てながらずっと働かれている方も多くて。初心者でも、私のようにいろんな仕事を転々としてきた人でも、興味があれば受け入れてくれる街だと思います」
いま豊岡では県外から若者が集まり、田中さんのようにかばん産業の仕事に就く人が増えています。
けれど、それ以上に豊岡を出て行く地元の若者の数が多いのが現状。かばん業界も人手不足に悩まされ、仕事を断っているのだそう。
そこでもっと多くの若い人に豊岡へ来てもらおうと、豊岡市はU・Iターン者を受け入れるプロジェクトを進めています。
先頭を切って指揮しているのが、中貝宗治市長です。
「なぜ若い人が外へ出て行くのか。それは『地方は貧しくてつまらない』と思われているからと考えています。所得格差はあるし、素敵なお店は少ないし、一流の芸術・文化に触れる機会も圧倒的に少ない。だから大学を卒業して帰ってくるのが、都落ちのような気がしてしまう」
「それは地方で暮らすことの価値そのものが低いと思われているということ。豊岡に暮らすことの価値を再発見・再創造する必要があります」
そこで掲げたのは「小さな世界都市」の実現。世界中でグローバル化が進み、どの街も似たような顔になっていくなか、豊岡固有のものを磨き上げていこうというもの。
インバウンドが急激に増えている城崎温泉では、舞台芸術に特化したレジデンス施設「城崎国際アートセンター」を開設。世界中から演出家やダンサーなど有名アーティストが集まるようになり、作品の制作・発表が行われています。
「これまでいろんな取り組みをしてきて、この街にはチャンスがいくらでもあると感じています。それはこの街に住む一人ひとりにとっても同じことだと思う」
「東京の中では1300万分の1であり、大企業の中では数千分の1でいる。そのなかで自分の存在価値を実感できるかというと、多くの人にとって難しいのではないかと。豊岡なら、まさに日本の最先端のかばんづくりに携われる。仕事を通して、暮らしを通して、自らの存在意義をつくり上げるチャンスがある。豊岡へ来て、その価値を自分でつくり上げてほしいです」
(2017/2/28 森田曜光)
8つのかばん関連企業が日本仕事百貨で人を募集します。縫製や商品管理のような手に職の仕事から、企画や営業といった職種まで。さまざまな形でかばんづくりに携わることができるので、ぜひ記事をご覧ください。
豊岡市のことやかばんIターンプロジェクト について詳しく知りたい方は、下記webサイトをご覧ください。
・「豊岡かばんIターンプロジェクト」ページ
・「飛んでるローカル豊岡」ページ
また、豊岡市かばんIターンプロジェクトの動画もよろしければご覧ください。