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6.18 Thu

働きかたフォーラム2015 in 三重

※このイベントは終了いたしました。

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働く人と出会う。食を味わう。まちや自然に飛び込んでみる。

自ら体験したことは「仕事観」を深め、次の行動につながると思います。

ローカルシフトを考えている方へ。地方の現場から、暮らしかた・働きかたを考えてみませんか。

今回は、三重県で開催される「働きかたフォーラム2015-合宿編-」の参加者を募集します。

■日程
2015年6月18日(木)~19日(金) ※1泊2日
■プログラム
18日(木) 14:00集合 (多気町泊)
※ガイダンス、多気町の現場を訪ねる、交流会
19日(金) 18:00解散

※2コース(熊野コース/南伊勢コース)に分かれて現場を訪ねる、ふりかえり

<詳細・お申込みは「こちら」から>

<プログラム概要>
ステップ1:少人数制・対話重視のフォーラム(5/6(祝):13〜17時)
→おかげさまで終了しました。こちらから「イベントレポート」をご覧ください。
ステップ2:地域に出かけ、魅力や課題を学ぶ合宿(6月18日・19日)→現在募集中です。
ステップ3:きらりと光る小さなお仕事展&フォーラム報告会
※ステップ3は日程調整中です。決まり次第HPにアップします。

今回のコラムは、2部構成です。

1.企画の背景について
2.小さな仕事を訪ねて

1.企画の背景について

主催者の地域資源バンクNIU(ニウ)代表の西井さんに話を聞きました。

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西井さんは、名古屋市でコミュニティビジネスの創業支援に取り組んだのち、2010年に三重県多気町の丹生(にゅう)地区へ移住。地域資源バンクNIUを立ち上げます。

「農山漁村の地域資源に可能性を感じたんですね。都市と農村をつなぐ役割を担い、仕事を創るお手伝いをしようと思いました。わたしの場合は、出身である三重県で勝負しようと思いました。」

「外から見ると三重県は『遠い』かもしれませんね。実は恵まれたところなんです。海もあれば山もある、文化もある、神さまもいます。実は、関西圏からも中部圏からも車で日帰りができるんですよ。」

どうしてフォーラムを企画したんですか?

「三重県にもUIターンの若者がいます。仕事を創ろうとしても、一人ではなかなかむずかしい。まして、家族がいればなおさら大変だったりもする。一番の原因は、うまくつながりをつくれずに孤立してしまうこと。いいものを持っていても、思うように発揮できないのは、非常にもったいないなと。」

「そこで地方を目指す人が、まず仕事観をクリアにできる場を設けています。その上で、地域にある仕事に出会えたらと思います。」

どんな仕事を紹介していくんですか?

「一番伝えたいのは、つながりの中で働く人の姿です。それぞれの場を受け持ち、想いをもって仕事に取り組んでいます。わたし自身、地方に移ったことで見えたんです。」

「たとえば、勢和図書館司書の林さん。図書館を“地域のえんがわ”にしたいという思いから、味噌づくりのワークショップや、カフェを開催しています。」

今回のフォーラムには、どんな姿勢で参加してほしいですか。

「三重県でのUIターンを考えていた人はもちろん。場所は決めていないけれど、本気で暮らしかたや働きかたと向き合う人にも参加してほしいです。三重県は“日本の縮図”だと思うんです。」

「北の四日市は工業地域、大阪寄りの伊賀、商人のまち松阪、ソーシャルビジネスがさかんな多気町、神宮の伊勢、観光の鳥羽、漁業の尾鷲、世界遺産・林業の熊野… 知られていないだけで、多様な顔があるんですね。」

働きかたについても、色々な可能性が考えられるという。

「正社員として転職する人もよいでしょう。起業や創作など、自分の取組みがある人ならば、週3日の勤務という選択肢も考えられます。」

2.小さな仕事を訪ねて

ここからは、三重県で働く人に話を聞いていきます。

ゲストのみなさん
林千智(はやし・ちさと 多気町立勢和図書館司書)
: 1998年の立ち上げから、勢和町図書館にたずさわる。
吉川和之(よしかわ・かずゆき 季刊NAGI発行人)
:伊勢文化舎(タウン誌出版社)勤務を経て、2000年に月兎(げっと)社を立上げ。季刊NAGIでは手仕事、海女、サーキットと幅広いテーマで三重県を紹介。
中川水帆(なかがわ・みほ)
:5年前に東京から三重へ。この春より月兎社で働く。
聞き手 大越元(おおこし・はじめ)
日本仕事百貨・編集者。1985年東京都中野区生まれ。現在も東京に住みつつ、選択肢の一つとして、移住を考えている。

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右から林さん、中川さん、吉川さん、西井さん、大越

会場は、三重県多気町(たきちょう)の勢和(せいわ)図書館前広場。

はじめに、季刊NAGI発行人の吉川さん。

吉川:季刊NAGIは「ふるさとを刺激する大人のローカル誌」として伝統産業、野遊び、住まい、海女… 幅広いテーマで三重に光をあて、暮らす人に向けて魅力を提案しています。

地域の経済循環を生むことが、豊かな暮らしを育む。そう思っています。たとえば “住まい”。大手の住宅メーカーに発注すると三重でも、大阪でも同じような住宅を建てることが多いです。けれど、その土地にあった住まいがありますよね。地場の木材を活用し、地域の工務店が施工する家づくりを提案しています。

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15周年を迎え、この春出版した60号のテーマは「移住者の目線」。三重県に移住した約20人のインタビューと、100人超のアンケートを行いました。吉川さんから見て、三重県はどんなところですか?

吉川:海も山も川もあれば、工業地帯もある。三重県は多様な県だからこそ、統一したイメージを持ちにくいと思います。

伊勢神宮では、神饌(しんせん)と呼ばれる食事をお供えします。ご飯、塩、果物、魚まですべて伊勢神宮で自給されたものです。20年に一度の式年遷宮では、長年伊勢の木材が用いられてきました。地産地消ですよね。

そこには、多種多様な自然資源、人の手や技術や文化が必要です。県外の人にとっては「観光地」というイメージが強いかもしれませんが、現地では、人々の暮らしに根づいた文化が感じられると思います。

外から三重にやってきた人にも話をうかがいたいです。

5年前に東京から移住した中川さん。色々な仕事を経て、この春から、吉川さんと働いています。

中川:アンケートの中には三重県が「ゆるくて」「保守的」といった声もありました。けれど、意外に受け入れる土壌があると思います。ヨソモノに対しても「助けたろ」という気持ちが人一倍強いと思います。

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中川さんはどうして三重に来たんですか?

生まれ育った東京で、やりたいことが見出せなくなったんです。それで旅に出て「地方だな」と思った。わたしの場合は、縁あってたまたま三重でした。でも、住んでみたら面白い場所だったんです。

来た当初は免許がなかったし、すごい田舎には住めないと思いました。いまは伊勢市に住んでいます。10万人の人口に対して、お伊勢参りの年には、数百万人が訪れるところ。おいしいご飯屋さんもけっこうあるんです。日々の移動は自転車ですみますし、おじいちゃんおばあちゃんのつくった野菜も買える。そんなところです。

隣町に住んだこともあります。東京で、新宿区から中野区に移るような感覚だったんです。でも、気候風土が合わなくて。一年で伊勢に戻りました。

気候風土ですか。

三重の人はよく「しゃあない」って口にするんです。

この冬、めずらしく雪が降りました。居酒屋さんが魚を仕入れられない日のことです。居酒屋さんは「雪やからな、しゃあない。あいつ(魚屋さん)もえらいもんや」。お客さんも「今日あるもの食べよ」。それでおしまいです。

吉川:農家や漁師は、雨になれば仕事を休む。離島に住む学生たちは、台風が来ると島に戻らないで泊まる。そうしたことが日常的に残っているんです。

あきらめる、というか。自然相手にわきまえるんですね。

いっぽうで、自然は資源にもなる。

西井:生活においては、たとえば我が家では、薪ストーブをつかっています。

それから仕事にもつながります。NIUでは多気町さんと一緒に、未活用だった里山にマウンテンバイクコースを設営しました。山といえば木材活用が思い浮かびます。少し視点を変えると、マウンテンバイカーにとっては「道」こそ資源だったんです。山の高さもちょうどよく、世界から見てもアクセスがよい。オープン3年目で国際レース開催にこぎつけ、業界では一躍有名になりました。

ふたたび、東京出身の中川さんに聞きたいです。三重に来て、仕事観は変わりましたか?

中川:生活には仕事、家族、地域の付き合い、自然… 色々なことが含まれますよね。東京にいたときは、仕事の比重が高かった。三重に来てからは、ここでの生活を第一に考えるようになった。仕事がすべて、じゃないんですね。

だから「自分の技術を無理に活かさないと」という力みもなくなる。「自分の存在が何かの役に立てばいいな」。それぐらいの気持ちでいます。

たとえば、デザイナーがデザインだけで食べなくてもいい。店頭に立って接客しながら、デザインしたってよいのでしょうね。

中川:わたし、三重で就職活動をしたことがないんですよ。「手が2つ空いていますけど、使う人はいますか?」そんなふうに、人づてで仕事に出会ってきました。

価値観を共有できる人に出会えたら、お土産屋さんでも、出版社でも、伝統工芸の職人でも。結果として何屋さんでもいいと思っています。

西井:それから、お金をえるだけが仕事ではないと思うんです。わたしたちは仕事を通して、もっと色々なものをやりとりしていますよね。

人から何かをもらい、次に受け渡していくことが仕事なのかもしれない。ここに来てそう思うようになりました。“肩書き”にとらわれず思いを持って働く人が、地域にはたくさんいます。

その一人である勢和図書館司書の林さんにも話を聞きたいです。わたし自身、この図書館が移住の決め手でした。「この場があれば、安心して子育てができる」。そう思いました。

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結婚を機に伊勢市から引っ越してきた林さん。自分自身が生き直すことがはじまりといいます。

林:海育ちなので、山あいの風土に馴染めなくて。毎日泣いていたんですよ。あるときふと、勢和が子どもたちのふるさとになることに気づいた。これは泣いている場合じゃないと思ったんです。

そんな折、1997年に勢和図書館を立ち上げる話が浮かびます。人口5,000人の小さなまちで図書館を開く意味はなんだろう、と考えます。そこで“地域のえんがわ”になろうと思ったんです。

えんがわですか?

かつてのわたしのように辛い思いをしているお母さん、一人暮らしのおばあちゃん、ある日突然学校に行けなくなり戸惑っている小学生。誰もがホッとできる場ですね。

オープンして間もない頃、目に涙を浮かべたお母さんが子どもの手を引き、訪れたんです。自衛隊の海外派遣について「将来子どもたちがどんな社会を生きるのか、とても心配なんです」と話してくれました。そこで関連書籍を集め、読書会をはじめます。

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また、ホームレスの方が毎日来てくれたこともあります。「おはよう」と言って、同じ席で本を読む。おかしがたい空気を出されていたんですね。はじめはどう接したらよいかわかりませんでしたが、「いまここにいることで、自分を維持して生きてくださっている」そう思いました。

知らないことって、世の中にたくさんあるんです。

仕事ってお給料をもらうものだと思っていました。でも、ここではお客さんから毎日色々なことに気づかせてもらいます。どう返していきましょうか。

味噌づくりのワークショップも行うと聞きました。

林:旧勢和村が2006年に多気町へ合併されると、まちのアイデンティティが崩れ、みるみる元気を失っていきました。実感のあることをはじめようと思ったんです。「お豆さんかなぁ」という味噌づくりの会を立ち上げます。

お豆さん?

この土地のおばあちゃんたちは、畑でお互いに「お豆さんかなぁ」と声をかけあうんです。「手を抜かずに生きているかね」。そんな意味です。お互いに声を掛け合うことで、支え合って生きてきたんですね。味噌づくりのワークショップは、地域と小学校の共同の取組みになりました。

図書館が地域に飛び出していくんですね。

最後にみなさんから、一言ずついただけますか。

吉川: NAGI60号では、移住先チャートをつくりました。「近所付き合いは好き?」「仕事は、農林漁業と会社勤めのどちらがよい?」項目に答えていくと、自分に合う地域の下調べに、よいかもしれません。

中川:その上で、よければフォーラム前に三重を訪ねてください。車窓を見ながら、電車をてきとうに降りて。いつもは入らない居酒屋ののれんをくぐってみたり、スーパーで買いものをしたり。きっと楽しいと思いますよ。

林さん: 今日もわたしはたくさんもらったな、と思っています。外から来る人たちに、もっともっと教えてもらいたいです。

西井さん:「いなかは困っていそうだから、自分が役に立てそう」と思って訪れると、役割を見いだしづらいかもしれません。すなおに来てみてください。あなたの居場所はきっとある、と言いたい。まずはフォーラムでお待ちしています。

お申込みは「こちら」からどうぞ。

日時
2015/06/18 14:00
会場
三重県

※このイベントは終了いたしました。