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なぜこの町はうまくいくのか

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北海道・厚沢部(あっさぶ)町。

道南の豊かな自然に囲まれたこの町には、高校がありません。

町に唯一の厚沢部中学校。3年生で進学を考えている子は、隣町の高校へ行くか、函館や札幌に下宿しながら高校生活を送るか、ひとつの大きな決断をすることになります。

高校に行くのは何のため?将来どんな生き方、働き方ができるのだろう。

受験を前にすると点数や偏差値が気になって、高校を出た後のことまでなかなか考えられなくなってしまう。生活を変える大きな決断だからこそ、ちゃんとその先の可能性を伝えておきたい。

そんな厚沢部町に、この秋、中学生向けの公営塾が発足します。

まだはじまっていないプロジェクトなので、まずは机を教室に並べるところから。塾の先生として子どもたちの指導をしてくれる人たちを募集します。

教員資格は必須ではありません。厚沢部町と共同で運営を行う株式会社Prima Pinguinoが、指導が不安な方には研修制度を用意しています。

町の人たちは、これからはじまる塾について、どう思っているのだろう。

町のことを知るために、厚沢部を訪れてみました。


函館空港に降り立つ。最近は新幹線もできたので、本州とも近くなった。そんな函館からバスで1時間半ほどの場所に、厚沢部町がある。

バス停に降り立つと、遠くでカッコウの鳴き声が聞こえた。

東京が梅雨入りした翌日の6月上旬、北海道の風はさらさら気持ちよくて、意外と暖かい。札幌ほど雪も降らない場所なんだとか。

メークイン発祥地と言われる農業の町で、キャッチフレーズは「素敵な過疎のまち」。過疎、というとなんとなくネガティブなイメージがあるけど、素敵な過疎とは一体なんだろう。

不思議な気持ちで町役場を目指す。


迎えてくれたのは町長の渋田さん。今回の公営塾設立の発起人でもある。

なぜ公営塾が必要になったのでしょう。

「田舎だから塾がないのは仕方ない。そんな不公平ってないと思うんです」

渋田さん自身もこの町で子育てを経験した一人。高校受験のために、函館の塾まで毎晩車で送り迎えをしていたそう。

今は、町内にも塾はいくつかある。ただ、一度に2〜3人しか受け入れられない個人塾だったり、習熟度別の指導ができなかったり、都市部のように誰もが自分の学力に合わせて学べる環境はなかなか得られない。

学びの機会を求めて、外に出て行く子どもたち。過疎状態のこの町にとって、それはある意味危機的状況なのではないだろうか。

「子どもは地域の宝物なんだよ」

「もちろん、Uターンで農業を担ってくれたらうれしいけど、それより個人個人が目標を達成することのほうが大切だよ。子どもたちにはちゃんと進学の機会を与えて、広い世界で活躍してほしい」

渋田さんは、地元の子どもたちが必ずしも、町の農業を背負う必要はないと考えている。

町が公社として運営する、“有限会社厚沢部町農業振興公社”。やがて来る後継者不足に備えて、26年前に発足した会社だ。

当時は、自治体が会社を運営することは極めて稀だったそう。

「農家が借金を抱えるのは、農機具を買うから。そうならないために大型機械はこっちで買って、安い単価で農作業を請け負う。だから、厚沢部の農家は他の地域に比べて豊かな経営ができる」

主要産業が安定すれば、町の財政も豊かで健全になる。まるで地域という会社を動かす経営者のよう。ここ何年かで財源も増えて、歳入がゼロになっても2年分の蓄えがあるんだとか。公社も赤字になったことが1度もないそう。

限られた財源は、特に福祉や教育に当てて来た。

たとえば、高齢者向けの給食サービスなどをはじめて、最近は中学校の向かいに、新しい給食センターもできた。

「都会に出た子どもたちが、そこで仕事に就ければそれでいいし、もし迷ったときにはいつでも帰ってこられるように、故郷をずっと豊かな農村として守ってやりたいんだ」

早くから農業対策に着手した厚沢部町。最近では、その安定した農業経営の中で新しい生活をはじめたいと、町の外から若い世代が移住してくることもある。いい循環が生まれている。

「東京からサラリーマンを辞めてくる人もいる。農家からやり方を学んで一緒に働いて、歳をとって引退する人から、畑を受け継ぐ。そういうバトンタッチもできるんです」

他にも厚沢部町は、地域おこし協力隊の受け入れに、北海道内でいち早く手を挙げた。3年の任期を終えた隊員たちの多くが、今もこの町に残って働いている。

中には、この町で出会った人と結婚した人もいるそうだ。

外から来た人の定着率の高さにも、行政としての工夫がある。厚沢部町には“ちょっと暮らし住宅”と呼ばれる、短期滞在型の賃貸住宅があり、家具など一式を借りながらまずは「ちょっと」暮らしてみる、というトライアルが可能になっている。

移住で心配になりやすい住宅の問題。今回、公営塾の指導に当たる人も、町役場で相談に乗ってもらえる。

「町民の生活を保障するためには、行政も会社経営と同じように運営を考えていかないといけない。そうやって一緒に育てた子どもたちが町の外で活躍して、俺の町はいい町だって言ってくれたらそれでいいんだよ」

厚沢部出身の人だけでなく、外から入って支えてくれる人もいる。人口流出を食い止めることだけが、過疎化対策ではない。

“素敵な過疎”の意味が少し分かった気がした。


町役場を出て、となりの文化施設「あゆみ」へ。ここの一室が当面、公営塾の活動の場になる。

今年度いっぱいはここで活動し、来年度以降は町内の別の建物を整備して本格的な運営へ引き継いでいく予定。


実際に町で暮らす子どもたちは、普段どんな生活をしているんだろう。中学生の子を持つ親御さんに、普段の様子を聞いてみた。

役場で働く太田さんは、中学3年生の男の子を持つお母さん。太田さん自身も厚沢部町の出身だ。

「中学生はとにかく忙しいんですよ。平日も6時半まで、土日も部活して。そこから遠くの塾に通うってなると負担も大きいし。親としてはまず、そんな中で受験勉強をどうするかっていうことが気になりますよね」

厚沢部中学校の部活動は、野球部、バレー部、吹奏楽部など全部で6つ。全校生徒が、必ずこのどれかの部活動に所属して活動することが決められている。

部活動が6つ、というと選択肢が少ないようにも感じるけど、たった一つでも新しい部活を増やすと、他の部活のメンバーが減ってしまう。生徒数が少ないので、誰かが一人欠けるだけで、演奏ができない、試合ができないなどチームでの活動ができなくなってしまう。

他のスポーツや芸術などの活動をしたい子は、学校と部活以外の時間で町外の団体に通う。

それはたしかに忙しいかもしれない。

厚沢部町の農家で生まれ育った太田さん。中学生のときは町外に出ることしか考えていなかった。

「とにかく外に出てみたかったんです。勉強するなら外に行かせてやるって親に言われていたから。勉強して、高校大学と町外で過ごしました」

念願叶って、函館に進学した高校時代。親元を離れて自由を謳歌した。

「でも、やっぱり高校生が一人で生活するって大変なんですよね。勉強以外に洗濯とかいろんなことやらなきゃいけないし」

受験を控える中学生は、高校に入ることで頭がいっぱいになってしまいがちだけど、本当に考えなければいけないのは、これから始まる高校生活のことや、その先にある大学進学のこと、将来のこと。

初めて進路を選択する中学生たち。狭い町の中で、本当に必要な情報が得られているのか、心配する親御さんもいる。

「インターネットでなんでも調べられるかもしれないけど、何が本当かわからないでしょ。やっぱり子どもたちには知らない世界を見せてあげたいし、やりたいことに向き合う時間をつくってあげたいですよね」

「子どもの相談に乗りたいと思っても、私は私の経験でしか話せない。大学で英語を勉強したいって言われても、その先にどんな仕事があるのかとか、リアルなことは教えてあげられないんですよ」

外から来る人との出会いが、将来を考えるきっかけになるかもしれない。

「大学ってこんなところだよ」「世の中にはこんな仕事があるんだよ」

お兄さん、お姉さんのように接してくれる先生がいる公営塾。受験勉強だけじゃない学びを提供できたらいいかもしれない。


太田さんの同僚で、同じく役場で働く石井さんにも話を聞きました。

石井さんは札幌出身で、もともと遺跡の発掘調査などを仕事にしていた。仕事の都合で厚沢部に移住してきたのは13年前。

「厚沢部に来たばっかりで、まだ知り合いがいないとき、朝5〜6時とかに自転車で回っていたんです。それで、職場に初出勤してみたら、『お前朝早くからどこに行ってたんだ』って言われてびっくりしましたね」

「知らない人が来ると、みんな気になっちゃうっていう文化はあるかもしれないですね。今なら僕もちょっとわかりますけど(笑)」

コミュニティの中に、入りにくかったですか?

「いや、都市部と事情が違うことはもちろんありますけど、自分から入っていく姿勢があれば大丈夫じゃないですか?町内会の仕事を手伝ったりしていれば、だんだん町の人だって、認知されてきますよ」

「そんなに難しくないですよ。簡単な事務仕事とか、ちょっとしたことでいいんです」

農家を中心とした町だけど、役場には、石井さんのほかにも町外から移住してきた職員も多い。

地域おこし協力隊、海外からの農業研修生など、小さな町ではあるけれど、同じ気持ちで町の中に入ってきた人はたくさんいる。

最初はそんな人たちに相談しながら、少しずつ町の中に入っていけばいい。

厚沢部町、初の公営塾は今、秋に向けて開講準備中。

町としても初めてのことだから、今何が必要なのか、その方向性を探っているところでもある。

今年度はおそらく、公営塾の活動を軌道に乗せることと、差し迫った中三の高校受験対策が主な仕事。一つの山を乗り越えた来年の春、また次の展開を一緒に考えていくことになると思います。

ゼロから塾をつくることを、不安に感じるかもしれません。ただ今回は、従来の公営塾とは異なり、任期の制限がないので、少しずつ成果を形にしていけるはず。

地域の教育のこと、そして北海道の暮らしのこと。ちょっと考えてみようという気になったら是非、7月8日(日)のしごとバーへ足を運んでみてください。

これまで多くの高校魅力化プロジェクトに関わってきた、株式会社Prima Pinguinoの吉家さん、その北海道担当の岡本さんが話に来てくれます。

この求人のことはもちろん、地域教育のこと、気軽に話しに来てください。

(2018/6/7 取材 高橋佑香子)

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