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ありのまま、黒川

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「ほんとうに光を観れているのかな。」

熊本県の黒川温泉を訪ねて、思ったことでした。

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観光って、土地の光を観ると書くけれども。その光は外の人用にしつらえられたもので、土地に暮らす人にとっては、意外になじみの薄いときもある。

旅行に出て、うれしく感じるときを振り返ってみる。

豪華な部屋でのぜいたくな食事に観光名所巡りもよいけれど。

暮らす人が日ごろ食べているご飯や、ガイドブックには載らないけれど、愛着を覚える場所に出会いたい人もいると思う。

そんな土地の「ありのまま」を届けようとしている宿が、熊本・南小国町の黒川温泉にあります。

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肥後藩主・細川家御用宿としてはじまり、間もなく300年を迎えようとしている「御客屋(おきゃくや)」です。

これから地域と共にある宿をつくっていく人を募集します。

黒川温泉へは、熊本空港から車で一時間ほど。

阿蘇の草原を横切る牛や馬の姿を横目に、車はやがて南小国町に入る。

車窓を開けると、虫の音が聞こえてきた。

収穫を待つ田んぼ脇のあぜ道に座り込んでいるのは、スケッチする子供たち。

若い人がやっているのだろうか、カフェに釜焼きピザ、雰囲気のよいそば屋を目にしながら、黒川温泉へ到着した。

「遠くからよく来てくれました。よかったらコーヒーをどうぞ。」

御客屋で迎えてくださったのは、藍染めのワンピースがすてきな女将の橋本さん。

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もともと旅行情報誌で黒川を担当していた橋本さんが、御客屋にやってきたのはいまから7年前のこと。

荷物を下ろして、話を聞く。

「御客屋は300年近くの歴史がありますが、老舗旅館ではないんです。きのう見えたお客さんも『いなかのおばあちゃんちに帰ってきたみたい』なんて言ってくださって。誰もが気どらず、くつろげる宿でありたいんです。」

いまでこそ黒川は全国有数の温泉地として知られるようになった。けれど、もとは百姓が畑仕事をしながら営む「半農半商」の宿が軒を連ねるところだったそう。

「けっして設備も恵まれているわけではないんです。一時期は温泉宿にぜいたくが求められる時期もありました。けれどわたしたちが大事にしたいのは、おもてなしの心。設備はどんどん価値が下がっていきますが、人はどんどん魅力を積み重ねていけると思うんです。」

お客さん第一で進めることで、訪れたお客さんも満足され、インターネットでの口コミも高い評価を得るようになった。

けれどあるとき、なにかが違うと思うようになる。

「自分が抜けていたんです。まずは働く一人ひとりが楽しみ、しあわせになることを大事にしようと話したんです。お客さんの前でなくても、みんな笑っているんですよ。」

そこでは信頼が大事だと言う。

「『いい接客をしているんだろうな。手を抜かずに料理をつくってくれているんだろうな。』お互いにそう信じています。13室だけの小さな宿だからこそ、働く人の雰囲気は宿の雰囲気になれば、お客さんにも伝わると思うんです。」

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そうしたおもてなしの先にあるのは、宿でくつろぎ、笑顔でチェックアウトしてもらいたいという思い。

「この仕事をしていて一番うれしいのはね、お見送りのときに『ありがとう』って言われることです。わたしたちは宿代をいただいているのに、ありがとうって言われるんです。」

どうしてだろう?

振り返ってみると、自分が気持ちよくお客さんに接すると、お客さんもよい状態になって、笑顔やありがとうの言葉を返してもらえる。そんなよいサイクルがあることに気づいた。

相手ありきで行動すると、ときに自分がすり減ってしまうこともあるかもしれない。けれど、まずは自分から贈りものをすることで、よいものが積み重なっていくのだろう。

一方、宿泊業で働くことには大変さもある。

「仕事の終わりはお客さんに合わせて遅くなる日もあれば、週休2日はなかなか難しかったり。体力的にはしんどいときもあります。」

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「それでも。チェックアウトの際に笑顔のお客さんを見ると、不思議と元気になるんです。」

これから働くのは、どんな人がよいだろう。

「人に感謝されることがじぶんの元気になる。そのことはとても大事だと思います。それから、人に接したい人。ありのままのあなたとして、お客さんに関わってほしいんです。」

ロビーにいくと、さりげなく声をかけてくれる。関わりは人ぞれぞれだけれど、共通していたのは、その人が感じられること。

ここでチェックアウトの様子を見てみる。

最初にチェックアウトしたのは温泉好きのおじいちゃん。

「よくこんなすばらしいところを残してくれましたね。また来ます。」と感謝を伝える顔が印象的だった。

それから子どもを連れている家族がフロントに見えると、お客さんもスタッフも一緒に会話の輪が広がっていく。

若いカップルの帰り際には「玄関で2人の写真を撮りましょうか。」と女将さんがカメラマンになっていた。

5.

お見送りを終えると、今日新たに見えるお客さんを迎えるためのスタッフミーティングがはじまる。

集まったのは20代中心のフロント、接客、料理責任者。

リピーターの方が多いので、前回の宿泊情報もふまえて一組一組「この方はお肉が食べられないので、代わりの料理をお願いします」とか「足が悪い方なので、1階に部屋を用意しましょう」とか。

誕生日を祝いたいお客さんには、手づくりでケーキを出しましょうといったおもてなしもある。

打ち合わせが終わると、各々お客さんを迎える準備に入る。

そして。

いまあらたに、御客屋はもう一つの“ありのまま”を目指しています。

日々黒川のまちを駆け回っているのが、7代目の北里有紀さん。

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「御客屋は、2022年に300年を迎えます。次の400年、500年を見るには、いま働くわたしたちの行動が大事だと思っていて。背伸びせず、持続していこう。そう考えると、この地域と共にあり続けることだったんです。」

「わたしはずーっとこの土地に魅かれているんです。けれど、魅力がまだつかめていなくて。『おいしい水』とか『きれいな夕焼け』といった断片な言葉にはできるけれど、地域全体を表すにはどうも的を得ない感じがします。」

これからは、土地の魅力を棚卸しして、訪れてくれた人にも色々なかたちで伝えていきたい。

「宿の役割ってね、土地に脈々と積み重ねられてきた暮らしを引き継いで、体現していくことだと思います。」

黒川は、30代の若手が中心となり、地域を盛り上げていこうと動きが活発になっているところ。

昨年の夏には、旅館業、役場、農業、林業… さまざまな人が立場の違いを越えて、未来志向で黒川のこれからを話し合う「フューチャーセッションいち黒川」がはじまった。

そしてこの日は、世界農業遺産に認定された南小国町の魅力を伝えるモニターツアーが開催された。

ツアー参加者たちが町内を巡り、最後は瀬の原草原での食事会が開かれた。

用意された食材は、米野菜から、名産の赤牛に山女の塩焼きに豆腐、地元のお母さんがこしらえた漬け物… ほとんどが土地でつくられたもの。

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「すごく豊かな土地なんですね。長い年月をかけて積み重ねてきたものがたしかにある。一方で、いま途切れつつあるのも事実です。私たちがきちんと受け継いでいける最後の世代だと思っていて。」

そこで、この日はつくり手がいなくなっていた漬け物を復活させたり。かつては当たり前に行われていた炭焼きでつくった炭を用いたり。

ツアーの打ち上げでは、日付が変わるまでスタッフのみなさんが話し込んでいた。

なかでも印象的だった会話を一つ。

「実は一番楽しかったのはわたしたちかもしれません(笑)。ほんとうは身の回りに光がたくさんあるんですよね。けれど、地元の人にとっては、ただ生活する場になっていてなかなか見えないんですよ。」

会場となった瀬の原草原も、はじめは何もない草っ原だと思っていたそう。

けれど、赤牛を育てている農家のおじさんが『飼料用の草刈りをした後に見る夕焼けがきれいなんだ』と何気なく話してくれたときに、それが自分たちの魅力だと気づいた。

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「暮らす人からはじまると思います。『わたしの住んでいる地域はこんなにいいところなんだ』って、誇りが持てること。そして、御客屋は地元の人にすすめられる宿になりたいんです。」

ついつい外を見がちだけれど、まずは内が輝くことが大事。楽しそうにしている姿を見て、人も集まってくる。

宿で働くスタッフも、そうした思いを共有しているよう。

福岡出身の畠山さんは、学生時代のアルバイトがきっかけとなり働きはじめた。

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現在の主な仕事は接客と調理。

これから目指しているものがあると言う。

「より土地に根づいた料理を出していけたらと思うんです。それには、自分たちが畑でおいしい野菜をつくるところからはじめていきたい。そうすることで、接客をするときにも、お客さんにより土地の魅力を伝えていくことができると思うんです。」

聞けば御客屋には、畑もあれば、山林もあるのだと言う。

「土がよい。この辺りは寒暖の差も大きくて水もおいしい。とてもいい野菜が採れるんですよ。春には、山で山菜も採れます。いまは管理に手が回りきっていない状況です。活かしきることで、もっともっとプラスにつくり出せるものがあると思っています。」

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今後は、訪れたお客さんに収穫から食卓に並ぶまでを一貫して体感してもらえたら、と考えている。

全員を紹介できないのが残念ですが、ほんとうにみなさん目を輝かせて働いている姿が印象的でした。

一年前には、日本仕事百貨を通して入社した方もいます。現在も活躍しているそう。

一方で、地場の人が多く、行きたいところに向かうにはまだまだ足りないことも感じました。それは、客観的に黒川の魅力を引き出すことや、魅力を人に伝えていくためのデザインやマーケティングといったことでしょう。

これからやってくる人は、宿でのおもてなしを教わりながら、地域にも関わり、御客屋に新しい風を吹き込んでいけたらよいと思います。

まずは自分がこの土地を楽しみ、魅力をさまざまな形でお客さんにお伝えすることからはじまるのでしょう。

あっという間に秋の繁忙期は過ぎ、気づいたら年末を迎えているかもしれません。

冬の間に、地域を伝える取組みをスタッフみんなで考えるのでしょう。

WEBや紙媒体での広報、料理、あるいは体験型のプログラムかもしれません。

そして春には生まれたアイデアを実践していく。

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最後に、御客屋には2つの時間があるように感じました。

日々の時間に加えて、100年後を見すえた大きな時間。

一年一年の積み重ねが、未来につながる場だと思います。

(2014/10/22 大越はじめ)

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