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鹿児島あなどるなかれ

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

日本のお茶の産地といえば、どこを想像しますか。

「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」

関東ではこのようにうたわれ、この歌にある三地域をあげる方が多いかもしれません。

そんななか、国内生産量トップクラスを誇っている場所が他にあることをご存知でしょうか。

その場所は鹿児島県。

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生産量国内2位でありながら、多くをブレンド用の茶葉として出荷してきた鹿児島県のお茶。

知名度が低い理由には、鹿児島という名前を全面に出さずに販売してきた経緯があるかもしれません。

今回ご紹介するのは、鹿児島ブランドのお茶をこれから世界へむけて売りだそうとしている和香園です。

保守的なイメージのある鹿児島で、ついに動きだしたお茶業界。新しいことをおそれずに海外と会社をつなぐ人を探しています。

鹿児島空港から大隅半島方面へ車を走らせること1時間半、和香園のある志布志市に到着。

目の前に美しい茶畑が広がり、思わず車を停めて写真を撮った。

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「お昼ご飯は、うちのレストランで食べてくださいね」

取材前にそう伝えられ、わくわくしながら待ちあわせの場所で待っていると、取締役の堀口大輔さんが現れた。

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大輔さんは現社長を父親にもつ次期社長にあたる人。さっそく会社名のちがう名刺を3枚渡される。

堀口製茶、和香園、TEA∃T(ティーエット)。

お茶の栽培・製造をしている堀口製茶と、包装・小売りをしている和香園。立ち上げたばかりの新ブランドがTEA∃T。すべて社長は同じだから、ひとつの会社と思ってもいいかもしれない。

和香園が新たにつくったレストラン「茶音の蔵」に移動して、お話をうかがった。

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「鹿児島県の人は都会から遠いことに甘えて、自分からモノを売り込むのが苦手なんです」

「だけどそれでは駄目だから、和香園として小売りに力を入れていかないと」

大輔さんがこう話すのには理由がある。

くらしの変化や、震災の影響で、和香園が売りにしてきた一番茶の需要が減りつづけているからだ。

堀口製茶は大手飲料メーカーに茶葉を卸していたり、日本で一番大きな工場を持っている。

でもこれからは販路を自分たちでも見つけていかないと生き残れないと感じているという。

お茶をつかった料理を出すレストランや、新ブランドを立ち上げたのも鹿児島・和香園の認知度をあげるため。

最近は県外からバスツアー客を迎え入れたり、海外に販路をひろげようとしている。

これから入社する人は営業推進部に配属され、いずれ海外事業を任されることになるのだそう。

お茶たっぷりの食事を終えると、大輔さんといっしょに営業推進部のある和香園の事務所に移動した。

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営業推進部は現在4名。

いそがしく働くみなさんの横で、大輔さん自身のことを聞いてみる。

東京の大学を卒業後、飲料メーカーの伊藤園に入社した大輔さんは、国内や海外の契約畑で栽培、製造の指導をしていた。6年前に、父親の突然の要請で志布志にもどってきたのだそう。

「社長は、コテコテの薩摩隼人ですよ。恥ずかしがり屋で口下手で、思い立ったら即行動。言葉よりも行動が先なんです」

その日社長が社内にいないことを確認したうえで話をしていると、聞いていた周りの人たちが笑いながらうなずいてくる。

「これは社長のスタイルでいいこともあるんですよ。けれど、私が入ったころは人も増えてフォローが必要な時期にきていました」

フォローというと?

「栽培・製造の仕事は1年前にいろいろ決めておかないといけない。お茶は1日、2日のズレが取り返しのつかないことになるんです。事前の人事や肥料の受発注を計画的におこないました」

いままでそういうことはされていなかったんですか?

「田舎の会社だから、非効率なままやれてきてしまっていたんです。私は一度外にいたから、改善点がよりクリアに見えましたね」

この数年は、アイディアマンでパワフルな社長と現場で働く従業員とのつなぎをしつつ、計画性のある会社への組織化を目指してきた。

そんな社長のもと、和香園ではすでに10年ほど前から細々とイギリスにお茶を卸しているのだという。

「始まりは知り合いの紹介でした。化学農薬だけに頼らないという方針でやってきた茶畑のおかげで、海外に卸せるようになってきたんです」

堀口製茶で目指している”完全無化学農薬”による茶葉づくりも社長のアイディアなのだそう。

日本ではさほど求められていなかった20年前から独自に無化学農薬への取り組みを始めた堀口製茶。いまでもその方針は貫かれている。

「最近メーカーと開発したのが、蒸気で草を枯らす『スチームバスターSL』です。ご覧のとおり蒸気機関車のように黒くして、汽笛も社長のアイデアでつけてあります。見学にくる子どもや海外の人にもウケがいいんですよ」

世界に一台だという機械の写真を見せてくれた。

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「一見むちゃくちゃなことを言っているように見えても、社長には頭とお尻は見えているんですよね」

そう話す大輔さんの目には、父親への尊敬がうかがえます。

日本では安心安全で売ることができる茶葉でも、お茶の栽培をしていない海外では、残留農薬基準値が違うために売れないことがある。

求められる前から、社長が飲む人のためにこだわって目指してきたものが、これからの堀口製茶と和香園を支える柱になっているのだ。

九州の南端で、ひそかに先進的なことをしていたことに驚きつつ、出してもらったあらびき茶をいただく。

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茶葉そのものをいただいているような美しい色と、複雑でやさしい味。

「自分にないものは知恵を借りながら、まだまだ私のなかでも和香園としてやりたいことがたくさんあるんです」

社長と次期社長の強みがうまくブレンドされて、これから和香園が発信するプロジェクトの精度はあがっていく気がします。

海外の販路をいよいよ世界的に拡大するために営業推進部に部署をつくったのは1年ほど前のこと。

いまは一人で海外推進を任されている、下平さんにもお話しをうかがいました。

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志布志の高校を卒業後、すぐに海外へ留学したという下平さんは、語学力を活かして神奈川で電子部品の海外営業をしていたそう。

医療機器の開発に携わった際に、機械でできることの限界を感じて1年とすこし前に志布志にもどってきた。

予防医療としての食、英語を使えるという条件で転職を考えたとき、うまくかみ合ったのが和香園の仕事だったという。

「茶畑はあったのでつくっているのは知っていました。お茶の会社として、これだけ大きな会社でこの志布志から海外に打って出ているというのは、おどろきでしたね」

志布志出身の下平さんでさえ最近まで和香園の仕事の内容を知らなかったそう。

海外推進というと、普段はどんな仕事をしているんでしょう。

「業者に出すカタログの修正だったり、バスツアーや試飲会などでつかう資料作成をやっています。あとは商品につけるラベルづくりをしたり。県内にある小売店にお茶をとどけに行くこともありますよ」

「業務全体を見ると、ルーティーンというより突発のものが多いように思いますね」

なんだか、想像とちがう気がします。

「営業推進部は営業の後方支援と、新規事業を立ちあげるときのプールという位置づけでもあるんです」

じゃあ、海外推進としてはまだこれからなんですか。

「そうですね。いまは海外にむけての仕事は10%にも満たないと思います。海外の企業とメールでやりとりをして、輸送費を調べたりインボイスなど税関にだす書類の作成をしています」

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これからはいる人はまず、事務や雑務といわれるような仕事をすることになる。海外相手の仕事はまちがいなく待っているけれど、部署の立ち上げ途中だということを覚悟しておいたほうがいいと思います。

下平さんは自信満々にこう続けます。

「間違いなくこちらから打って出れば海外でお茶は売れると思っているんです」

間違いなく?

「いまTeaと言ったときに海外市場で日本茶が占める割合は3%。スターバックスがお茶の会社を買収するような動きがあったり、海外で日本茶の伸びしろはまだまだある。うちはこだわってつくっているという自負があるから、ニーズはあると思います」

力強い下平さんの言葉には訳がある。

最近では海外のバイヤーが堀口製茶に視察におとずれたり、和香園として直接外国に行って売り込みを始めているというのだ。

「国際貿易機構をとおして視察にいらしたある国の会社に、日本食の展示会をかねて訪問しました。お茶を飲んでもらいつつ相手のトップに化学農薬を極力使わない取り組みを説明して。日本に来たときはそこまで食いついていなかったんですが、こちらから行った際にはいい反応をいただけました」

現在進行中のお話で具体的なことは言えないけれど、今年もいくつか海外に行くことは決まっていると教えてくれた。まだまだ未成熟なところもあるけれど、徐々にビジネスをつくっている。

「いまはいろんなサンプルを海外のお客さんに出しています。ここ数年で日進月歩すごい勢いで動いています。新しいことをやりたい人にはぴったりだと思いますよ」

新しい事業が同時進行ですすんでいる会社だから、与えられた仕事だけをしているようではもったいない。

「僕はここに来るまで、輸送輸出関係はしたことがなかったんです。でもここでは自分で一から勉強しないといけない。そうやって得るものは自分の武器になると思います。ほかの大手の会社で経験できないものが、ここでは間違いなく経験できるんじゃないでしょうか」

熱く話してくれる下平さんがニコっと笑う。

「僕は厳しいですよ」

田舎の会社だと思ってあなどっていたら痛い目をみてしまうということ。

大変なことも多いかもしれません。

ただここは鹿児島。仕事でつらいときは、営業推進部の人たちや大輔さんがお酒の席で話しを聞いてくれると思います。

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鹿児島から日本のお茶を世界に売り出すことで、いつかそれが逆輸入され、日本のお茶文化の再興につながるかもしれない。

なんだか面白い予感がします。

のんびりした田舎まちだけれど、あなどるなかれ。

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ここで、世界を相手にしたビジネスが始まっています。

(2016/2/15 遠藤沙紀)