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「日本酒をつくりたい。理由はこれしかないんです」なぜこの仕事をすることになったのかをたずねると、びっくりするほどまっすぐな答えが返ってきた。

ここで酒づくりをつづける富久千代酒造で蔵人、そして事務を担う人を募集します。経験は問いませんが、憧れだけでは続かない仕事かもしれません。
ただつくりたいから。ひたむきに酒づくりをする人たちに出会いました。
福岡空港から電車を乗り継ぎ1時間半。途中からは海の近くを走っているのに、山がとても近いことに気づく。
九州と聞くと焼酎のイメージが強いかもしれないけれど、多良岳山系からの水に恵まれたこの土地では古くから酒づくりが行われてきた。
肥前浜駅には6軒もの酒蔵が軒を連ね、その古い街並みは国の重要伝統的建造物群保存地区にも選ばれている。

「鍋島をつくりはじめてからは売上も落ちて、給料を下げざるを得ない時期もありました」
そう話してくれたのは飯盛(いいもり)さん。酒蔵の代表と聞いて、勝手に無口な方を想像してたらとても気さくな方で、杜氏として酒づくりも行っています。

飲食店でも、当時は銘柄で選ばれることはなく「酒」としてメニューの1つに並んでいるような状況だった。
「銘柄で酒を選ぶ市場を開拓していくしかないと思いました。地元の酒屋さんを訪ね、賛同してくれる人たちと一緒に考え生み出したのが鍋島です」
おいしい飲みかたやその銘柄にあう料理の提案、蔵開きをして知ってもらうこと。地道な積み重ねで、少しずつファンとなる市場をつくってきた。
「小さな蔵元と小売店さんが『鍋島』という銘柄を立ち上げて成功すれば、あとに続く若手の酒蔵さんの勇気にもなりますよね」

器ひとつとっても、しっかりとした陶器でつくられたお猪口から、ワイングラスでいただくようなこともある。
「地元の食べものと相性がよかったり、空間や器、自分の体調によっても感じる酒の味は違ってきます。日本では冠婚葬祭やお祭りなんかでも日本酒を飲む。ある意味、日本の文化でもありますよね」

「味としてはフレッシュ、ミネラル感のあるもの。米の力を信じて、自然な酒づくりをしています。使うお米も毎年まったく同じわけではないし、発酵は微生物がするものですから。毎年少しずつ、つくり方や味も変わっています」
銘柄がしっかり立っている酒だから「変わらない味」を目指しているのかと思っていたので、少し意外だった。
酒づくりが落ち着く夏場にはほかの酒蔵を訪ねるそう。そこで学ぶことや市場のトレンドも、ポリシーに合えば取り入れている。柔軟に考えながら、理想の味を追い求めているのだそう。
「意識してつくり方を変えても、どれだけお酒の品質に反映されるかはわかりません。相手は生きものなので、20年やっていても1つの正解が見つかるわけではない。それがむずかしくて、たのしいところなんです」
この奥の深い世界に足を踏み入れた若い蔵人2人にも、話を聞くことになった。
酒づくりをしたいと思った理由を聞いたとき、2人そろって「つくりたかった。それだけなんです」と答えたのがとても印象的だった。
宮崎さんは昨年の9月に入社。大学では酵母や微生物の研究を行い、パンの工場で10年働いた。

前回の日本仕事百貨の募集を見て、ピンときた。それ意外に理由はなかった。
働いてみて、どうですか。
「米や水を運ぶので、毎日筋肉痛です。少しずつやらせてもらうことも増えてきて、今は感覚を持つのが大変だと感じているところです」
感覚、ですか。
「気温や湿度、米の状態で仕込みの方法が変わってきます。積み重ねて覚えていくしかないのかなと思っています」

宮崎さんが主に任されているのが、精米した米を水に漬け、必要な量の水を吸収させる洗米と浸漬という行程。
今まで蓄積されてきたデータを参考にしながら、気温や湿度だけでなく、米によっても異なる吸収率を見計らっていく。
その米を蒸したら、麹と酒母づくり。発酵させて醪(もろみ)をつくり、1ヶ月ほどしてから搾り、瓶詰めを行っていく。
それぞれの担当はあるものの、少ない人数でつくっているから、時期によってさまざまな仕事をしていくことになる。
「ひたむきに酒づくりをしている蔵人の一人」と紹介されたのが堂満さん。今は仕込み全般を担当している。

発酵がどのように行われていくのかを丁寧に説明してくれる。その様子からも、本当に酒にまじめに向き合っている姿勢が伝わってくる。
「お酒ができたときに味見をします。甘みがあるとか、酸味が出たとか。おいしいと思う酸味もあるんです。『どうしてこうなったんだろう』と考えます。それぞれの仕事がつながっているので、どこに原因があるのかを話しながらフィードバックをし合うんです」
1つの行程の小さな違いが味にでる。お互いに正直な意見を交わし、一緒にいい酒づくりを考えていく。

伝統的な酒づくり、と聞いてイメージするものよりも、かなり柔軟な関係なんだということが、会話を交わす姿からも伝わってくる。
堂満さんは、どうして酒づくりをしようと思ったんですか。
そう聞くと、宮崎さんと同じように少し困った表情を浮かべた。
「日本酒をつくりたい。そう思ったんですよね。…基本的には好きだからかもしれませんけど」

「農学部だったので1次産業や2次産業に関心があります。今は第3次産業ばかり大きくなって、日本はもっとちゃんとしなくちゃいけないんじゃないかとは思っていました。海外と勝負できることを考えたときに、伝統や文化、高付加価値をつけることなんじゃないかって」
そう考えてきたことが、酒づくりへの熱につながっていったそうだ。
次に紹介いただいたのが白武さん。
商品ができた後の出荷、発送の管理を担当している方。ふんわりと優しい雰囲気があるようで、芯の通った安心感もある。

その後、コンピューターの基盤づくりをする会社で事務をしていたときに、1つのものを全員でつくっていく製造業のおもしろさを感じたそうだ。
「富久千代酒造ではお酒づくりのはじめから出荷まで、全部ここでやるのがおもしろいと思いました」

「注文を受けて発送の準備をします。お酒の種類も多いし、生酒だったら冷蔵庫へ行って出すところからなので、力仕事もありますね。集荷のトラックがくる時間がきまっているので、それに間に合わせるためにバタバタすることが多いんです」
取材中もよく電話がなっているし、ひっきりなしにトラックがやってくる。
「いそがしいのは月はじめです。今日はこれでもゆったりしたほうなんですよ」
そう笑っていたけれど、取材の後も社内で走り回っている姿を目にした。

毎年3月には周辺の酒蔵とともに酒蔵開きを行っていて、たくさんの人が蔵を訪れる。
「私は販売の担当なので、どんな流れでやるかは自分で考えます。普段の仕事もそうですが、基本的には任せてもらえるんですよ。あとはお客さんが行列になって収集つかなくなってしまうのをどう改善しようか、とか」
それも担当なんですか?
「いえ、違います(笑)けれど仕事が舞い込んでくることが多いんです。だれもやらないと良くなっていきませんからね」
飯盛さんやほかのメンバーがこぼしたことを落とさずに拾っていくような、そんな役割なんだろうな。
事務スタッフとして入る人も、白武さんと同じようにさまざまなことを任されることになる。瓶詰めやラベル貼りなど、酒づくりに駆り出させることも少なくないそうだ。
「注文された内容と、こちらが出荷できるものの調整をとるのが大変だと思います。関わる人たちの間をまるく収められるようになるといいですね」
本人の希望があれば、ゆくゆくは輸出の担当を任せたいと考えているところ。とくに英語が使える必要はないけれど、話せるのであればふらっと蔵を訪れる外国人観光客への対応もしてもらいたい。

最後に飯盛さんに、鍋島のおいしい飲みかたを聞いてみた。
「嗜好品ですから、楽しんで飲んでもらえればいいんですよ。メーカーが『こうしてください』って言うと、温度帯や合うおつまみも限定されてしまうんですよね。好みですから」
そう言いつつ、おすすめの飲みかたをこっそり教えてくれた。話を聞いているだけで、口の中がおいしくなってくるような感覚になる。
淡々と繰り返すようで、毎日のように試行錯誤が繰り返されている。
ひたむきに働く。
この言葉がよく似合う仕事です。
(2016/6/25 中嶋希実)