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まちの文化を育む食

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

「本物のあるまちにしていきたいんです。本物を求める人が集う場所には、いい食事が必要ですよね」

すぐ近くの海からあがる魚介、地元で大切に育てられた野菜、引き継がれてきた技でつくられる器。そして水の豊かな山に育てられる米と、うまい酒。

訪れたのは佐賀県鹿島市。ここには食に関わる人にとって、贅沢な環境がそろっているように思います。

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鹿島には、この春からはじまったアトリエ兼ギャラリーに併設するカフェスペースがあります。今回はこの場所にテナントとして入り、地域に訪れる人を食でもてなす店をはじめる人を募集します。

真摯に食と向き合って、周囲と協力しつつ自分で店の切り盛りをしていくことが求められます。

歴史を感じる街並みが残るこの場所では、新たな文化が芽吹こうとしているところ。

いつか地域に根ざした店を構えたい。そんな人にとっては、食を通じてはじまりに立ち会えるいい機会だと思います。

福岡空港から1時間半ほど。電車を乗り継いで、肥前浜に向かう。

無人駅の改札を抜けると、駅前には金時という定食屋が1軒営業している。

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ちゃんぽんがおいしいと、地元の人たちが通う店なんだそう。

肥前浜には6つの酒蔵が軒を連ね、街並みが国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている。

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酒蔵通りと呼ばれる道沿いには、茅葺き屋根の家や重厚感のある瓦がぎっしりと並ぶ蔵、趣のある洋館も入り混じって並ぶ。

どこからともなくお酒の甘い香りがただよう中、街並みを見にきた何人かの観光客とすれ違った。

通りに入ってすぐの場所にあるのがHAMASHUKU KURABITO。もともと酒蔵だった場所を改装しているので、中に入るとしっかりとした梁が目に入ってくる。その下にすっきりとした空間が広がり、作品が展示されている。

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まず話を伺ったのは、ここの仕掛け人でもある飯盛(いいもり)さん。富久千代酒造の代表で、杜氏として今も酒づくりを行っている方。

富久千代酒造のつくる「鍋島」は、2011年にIWC(国際ワインコンテスト)の日本酒部門で最優秀賞に選ばれたこともあり、この銘柄を知っている人も少なくないと思う。

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飯盛さんは東京で働いたあと、蔵を継ぐため27年前にこの場所に戻ってきた。当時は小さな蔵元にとって、とても厳しい時期だった。生き残っていくため、地元の酒屋と協力しながらつくったのが「鍋島」。

「当時この辺りでは日本酒の銘柄を選んで呑む、ということがありませんでした。小さくても、わかって呑んでくれる市場を開拓するところからはじめたんです」

鍋島のファンになり大切に育ててくれる人たちを少しずつ増やしながら、ここまでやってきた。

「故郷に錦を飾る。地元の人に愛されて、誇りに思ってもらえる酒をつくることをずっと考えてきました」

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富久千代酒造では、ほかの酒蔵とも協力しながらさまざまなイベントも行ってきた。

試飲や見学をしながら酒蔵を巡る「鹿島酒蔵ツーリズム」には、毎年7万人を超える人が集まるんだそう。

鍋島をたのしみにしてくれる人たち、そしてまちのことを一緒に考えていく人たち。飯盛さんは地道に、でも1歩ずつ、あたらしい文化をつくってきた。

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次のステップとして飯盛さんが考えているのが、ここにさらなる文化を根付かせていくこと。

前回の募集でお話を伺った熊本さんとともに、10年ほど前から構想を練ってきた。

「イベントに人が訪れるだけではなく、普段から文化的に関心の高い人が訪れてくれる、本物のあるまちにしたい。そんな人たちに鍋島も飲んでいただきたい。そこでまず取り入れたのがアートなんです」

アートイベントを単発的に行うのではなく、若いアーティストが制作、発表をできる場をまちにつくる。作品を目的に訪れる人たちがここにある酒や伝統に触れることで、あたらしい関係がつくられていく。

そんなきっかけの場所としてつくられたのがHAMASHUKU KURABITO。今は美術家の川崎泰史さんが中心になって運営をしている。

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1つ1つ、質問の意図を確認しながら話をしてくれる。とてもやわらかい口調で話をしてくれる合間に、強い意志を感じる方。

「祖父は船大工、父は漁師だったんです。だから自営業で生きていくことにはあまり抵抗がなかったのかもしれません」

美術の道を目指すことになったのは高校3年生のとき。大学では工芸について学んだ。

「工芸って美術の中では少し外れてカテゴライズされている感覚があったんです。そんな中で出会ったコンテンポラリーアートの世界に憧れるようになりました」

世界でも活躍する作家の事務所に就職。仕事をしながら、自分でも作品を続けていたそう。

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「仕事はやりがいがありました。けれどずっとそこで働くことには違和感があった。それで、自分でやってみようと思ったんです。まわりにアーティストがいる環境がいいと思って、別府に移りました」

大分の別府にはアーティストの活動を支援するNPOがあったり、芸術祭が行われるなど、若いアーティストが暮らすにはいい環境が揃っている。

ここで自分の作品を販売しつつ、芸術祭に参加しながら生計を立て3年ほど過ごした。

別府から佐賀に移るきっかけはなんだったんだろう。

「作品を売ることだけで生活をしていないと、残っていけないという危機感があったんです」

「今、全国各地で芸術祭がありますよね。若手のアーティストにとっては、とてもありがたい機会になっています。けれど東京オリンピックが終わった後、今と同じ規模で文化政策にお金が回ってくるのは難しいのではないかと思うんです。そろそろ作品をつくって生計をたてられるように動かないといけないと思って」

そう考えていたとき、地元である佐賀でアーティストの募集をしている日本仕事百貨の記事を見て、ここにやってきた。

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ここでは午前中に富久千代酒造で酒造りを行い、午後はHAMASHUKU KURABITOをアトリエにして作業する生活を送っている。週末にはカフェの営業をしていて、コーヒーやピザなどの食事も提供も1人で行っている。

「ここでは何でも自分でやらないといけません。以前より行動力があがったと思います」

「別府にいたころの自分がみたら『なにやってるんだ』って思うほど、いろんなことをしてますね。君はなにになりたいんだって(笑)けれど安心していられるようになったんです」

安心、ですか。

「美術の世界で勝負していると、いつふるい落とされるかわからない。けれど今は酒づくりもできるし、ピザも焼ける。とって変われる人がいないことに安心をしている気がします」

作家としてそれがいいことなのかわからないけれど、と続けて話してくれた。

「制作のスピードもあがったし、自由になってきた感覚があるんです」

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ここでの経験は、作品にも大きく影響しているそう。

「僕は作品の原型を粘土でつくります。粘土は可塑性がある、押せばその分へこみます。自分が頭で思っていることと、粘土に伝わる力が違うことがあるんです。考えていることとは違う表情を手がつくる。ここで制作するようになってから、その許容範囲が広がった気がするんです」

アートと料理。つくるものは異なるけれど、川崎さんが影響を受けてアウトプットに反映されてきたように、つくる食事も少しずつ変わっていくことになるかもしれない。

「美術家と言ってもどんな職業なのかわからない人もいますよ。全部丁寧に説明する必要もないと思っているので、必要に応じて伝えています」

最近は川崎さんが制作する様子を、小学生がのぞきにくるようになった。向かいの商店の奥さんは、実は絵を描くんだと打ち明けてくれたんだそう。

飲食のスペースが充実していけば、地元の人もより気軽に集える場所になっていくかもしれない。

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立ち上げの準備から関わり、オープンしてから4ヶ月。地元の人たちとも関わりをつくっていきたい。

「移住してくる人もいるし、まちに関心のある人が増えていることは感じます。けれどそれぞれ関わり方をまだ模索している最中なんじゃないでしょうか」

当初はワークショップなどのイベントをすることも考えていたけれど、なかなか時間をつくるのが難しい。美術家としての活動にももっとじっくりと時間をつくりたい。

そこで今回、本格的な飲食店の経営を委ねられる人を募集することになった。

ギャラリーに隣接するカフェスペースはシンプルな空間になっている。インテリアにもよるけれど、20席ほどとっても余裕はあるように感じる。厨房スペースに揃っている機器はそのまま使っていいそうだ。

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取材に行った日は定休日。それでも鹿島を訪れていた海外からの観光客が少し休憩したいと訪ねてきた。

今は観光でここに訪れる人が立ち寄る店が少ないので、できれば営業日も増やしていきたい。

「ただ料理をたんたんとつくるのではなくて、人を連れてくる工夫も自分からできるほうがいいと思います。一緒に盛り上げていかないと。うまくいかなくても、誰のせいにもできませんからね」

飯盛さんにも、どんな人に来てもらいたいか聞いてみる。

「地元でおいしい野菜をつくっている方もいます。有明海のいい魚もある。地場のものを使って欲しいです」

近くには有田焼や波佐見焼など、器の産地もある。イタリアンでも和食でも、つくる 料理のジャンルは問わないそう。お酒くらいは鍋島と一緒にたのしんでもらいたい。

「いいものがまわりにありますから。それぞれを紹介しながら、訪れる人をもてなしてくれるような人がいいと思います。富久千代酒造の社員食堂のような場所にもできたらうれしいです」

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帰りがけ、向かいの奥さんに声をかけてみると「すごいよね、いいものつくってて」と川崎さんのことを自慢気に紹介してくれた。

あらたな文化が少しずつ馴染みはじめているのを感じます。このまちを訪れる人の思い出に残る食をつくっていく人からの連絡をお待ちしています。

(2016/7/13 中嶋希実)