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町家継ぐ宿

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

今、日本中で伝統的な建築物が取り壊されつつあります。

奈良市の中心市街地南東部に残る、「奈良町(ならまち)」と呼ばれる地域も例外ではありません。

江戸時代から昭和初期にかけて建設され、かつては町人の店舗併設住居として軒を連ねた「町家(まちや)」も、今ではひと月に一軒ほどという速さでその姿を消しているといいます。

居住者の高齢化やライフスタイルの変化、建物自体の老朽化など。止めようのない理由もあるけれど、歴史的な町並みが消えていくのは寂しい。

そこで声をあげたのが、2歳から奈良町の町家で育ったという藤岡俊平さんです。

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「設計事務所を持つ父の影響もあり、東京で設計士をしていました。昔は新興住宅がうらやましくて、新しいものづくりがしたかったんです」

「けれども東京に出てみて、ようやく奈良のよさ、古い建物のよさを感じはじめて。あらためて伝統的な建物に関わりたいと思い、こちらに戻ってきました」

しかし、どれだけ改修しても町家は減るばかり。危機感を抱いた藤岡さんは、学生アパートに建て替え予定だったある町家の再生プロジェクトを立ち上げます。

「建築設計事務所としてなにができるのか。わたしたちは伝統的な住宅を今の暮らしに合わせる改修を行ってきました。わたしたちのつくる、これからの伝統的な家、そしてそこでの暮らし方をいろんな方に知ってもらいたいと思っています」

そうして2011年の秋にはじまったのが、「奈良町宿・紀寺の家」です。

今回はここで働く人を募集します。

最寄りの近鉄奈良駅からは、徒歩で20分ほど。

少し距離はあるけれど、商店街や細い路地をゆったりと散策しながら向かう。

週末ということもあり、老若男女問わず多くの人で賑わっている。そのうち3割ほどは、外国の方が占めていたかもしれない。

しばらく歩くと雰囲気が落ち着いてきて、少し先に紀寺の家が見えてきた。

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「うちは『いい宿ですね』とは言われないんです。それよりも、『こういうところに住んでみたい』とおっしゃる方が多いですね」

紀寺の家では、隣接する5棟の町家を1戸貸ししている。

そのうちのひとつ、「角屋の町家」に入ってみると、そこにはベッドや欧風の椅子があったり、床暖房が完備されていたりする。ただ、不思議と違和感はない。

「町家のよさを残しつつ、新しい家に住んでいる方も住みたいと思えるような暮らしを提案するよう心がけています」

たとえばお客さんが実際に家の購入を考えるとき、新築だけでなく紀寺の家のような住まいのカタチも選択肢に入るかもしれない。

「町家暮らしを体験することで、伝統的な住宅に対する価値観が少しでも変わっていけば。そしてお客さん自身の生活に、なにか持ち帰ってもらえるものがあればうれしいです」

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オープン当初には、こんな声もあった。

「町家のガラス戸は、風が吹けばカタカタと音が鳴ります。直そうとしていたところ、『自宅にはない音で心地よかった。またあの音を聞きにきます』とおっしゃる方がいたんですね」

昔から町家で暮らしていた藤岡さんにとって、これは新鮮な気づきだったそうだ。

「お客さまから教わることは多いですね。普段はなかなか出会えないような方もいらっしゃいますよ」

宿をはじめたころは、“優等生的な考え方”に偏っていたという。宿泊施設として、もっと旅館のようなサービスを行ったほうがよいのか迷う時期もあった。

けれども、それではふつうの“いい宿”になってしまう。

紀寺の家は町家暮らしを体験してもらう場。

お客さんとの関係は、一般的な「おもてなし」とは少し違うようだ。

「お茶を淹れて差し上げるのではなく、お客さんがお茶を淹れて楽しむ。好きな場所に布団を敷く。わたしたちが岡持で運んだ朝食を、お客さん自ら配膳して食べる。そんな喜びを感じていただきたいんです」

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「ぼくはいつも、何かを決めるときには『紀寺の家のフィルターを通そう』と言っています」

「自分たちの好きなように、いいなと思えるものをつくる。自分たちが楽しくないと、結局続かないんですよね」

米づくりも、友人を集めて2〜30名で植える。外の人も巻き込みながら一緒に楽しむことで、毎年恒例の行事になりつつあるという。

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フロントや各部屋に設置されているアート作品も、紀寺の家のフィルターを通す。

「掛け軸や生け花の意味って、心を安らげることなんですね。そこさえ外さなければ、町家に現代アートがあってもいいと思うんです」

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「ただ、基礎を知ることは大切です」と藤岡さん。

「茶道と一緒で、まずは型を覚えてほしい。自分でお茶会を開催して、選ぶ器や見立てにその人らしさが表れてくるのは、それからだと思います」

「お客さまを迎えるための準備から、掃除、調理、接客まで。全部を経験してもらいます。分業すれば効率がいいという考え方もあるでしょうが、全部をやってみると、その分建物やこの仕事に愛着が湧いてくるんです」

続いて、井岡友美さんにもお話を伺います。

丁寧な言葉選びと明るく通る声が印象的な方です。

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奈良市出身だけれど、奈良町のことはほとんど知らなかった。

営業と服飾の仕事を経て、公務員を目指していたとき、日本仕事百貨の企画したフォーラムでたまたま藤岡さんと出会ったそう。

「当時は安定した仕事を、という考えもありました。ですが、俊平さんはすぐ近くでとても面白そうなことをしていて、実際にいってみたらすごく素敵な場所で」

「やっぱり自分の思うように生きていきたい、という感覚を思い出したんです」

そうして紀寺の家に飛び込んでから、もう3年目になる。気づけば、現場責任者を務めるようになっていた。

「この2年間を振り返ると、わたし自身の価値観や考え方、好きなことまで大きく変わりましたね。日々小さなことの積み重ねですが、刺激的でとても楽しいです」

「体力は必要だと思いますよ。イメージとしては、密着ドキュメンタリー番組の、アイドルの舞台裏みたいな感じです(笑)」

町家暮らしを提供する宿だからと言って、働く人も暮らすようにゆったりしているわけではない。表からは見えない大変さがあるようだ。

1日の大まかなスケジュールを教えてもらった。

「8時に朝食をご提供する場合は、6時半には出勤します。11時のチェックアウトまでに洗い物や予約対応。11時から13時まで掃除をして、ここで1時間の休憩を入れます」

「14〜15時の1時間でお部屋の足りない備品の補充をして、町家へお迎えする準備を整え、16時のチェックインに向けて路地に水を打ったり、お花をしつらえたり、冬場は手あぶりの炭をおこします。21時までは交代でいつでもチェックインできる準備を整えて、お客さまをお待ちします」

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お客さんを待つ間も、買い出しにいったり、翌朝の下ごしらえをしたり、洗濯してアイロンがけをしたり。気を抜ける時間はあまりないという。

「こうした基本的な宿の流れに加えて、自分の感性を磨き、新しいことに挑戦することを大事にしていて。そのひとつが、毎日更新しているブログなんです」

ホームページには、何気ない日々の気づきを写真とともに綴ったブログが掲載されている。

「外に向けて発信するというより、自分たちに向けて書いています。四季の移ろいや町家のことなど、慌ただしくしていると見過ごしてしまうことを、改めて見つめる機会になっているんです」

ブログを書くことで得た気づきが、日々の振る舞いやお客さんとの接し方に表れる。

さらに、井岡さんは宿の近くの町家を借りて暮らしているため、そこでの気づきも活きているという。

「来客時に箸置きが人数分なければ、庭の椿の葉を箸置きにしたり。床の間があるので、竹で花入れをつくって季節のお花を掛けたり。手元になくても、自分でつくれないかと考えるようになりました」

「そうすると、暮らしを楽しむ知恵がついてきます。もうなんでもつくれそうな気がしてきますよね(笑)」

たとえば、紀寺の家の制服は井岡さんが服飾の経験を活かしてつくったもの。

スタッフみんなで持ち寄った私服を部屋一面に広げ、イメージを共有。デザイン案をもとに全員で生地を選びにいき、最後は井岡さんが形にしていった。

ほかにも、パンフレットや年賀状などはすべて、スタッフのみなさんでつくっているという。

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「紀寺の家はどんどん成長しています。それに合わせて、自分も成長していかなければなりません」

「スタッフもみんなすごいエネルギーで日々動いているので、成長したいという気持ちがないとつらい環境になると思います。逆に、よしやるぞ!という人であれば、一緒に引っ張っていってくれる人たちばかりだと思いますよ」

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そんな環境に昨年から飛び込んだ伊藤るいさん。

おふたりと違い、埼玉県の出身です。

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実家は住宅街のなかにあったものの、祖父母の家によく遊びにいっていたところから古いモノへの憧れが芽生え、補修の職人に。

しかし、関東では古い建物がすでに少なくなってきており、厳しい現実を目の当たりにしたという。

転職を考えるなかで、日本仕事百貨を通じて紀寺の家を知ったそうだ。

「伝統的な家をただの箱として使うのではなく、『これからも本気で住まいとして残していく』というコンセプトがしっかりとあって。すごく響いたんです」

実際に働いてみて、どうですか?

「わたしは世界が広がりましたね。調理でも、お皿にきれいに盛って、お客さまがおいしい!と言ってくださるレベルのものを提供する側になるなんて、思ってもみなかったです」

「ブログでは、草花について書くことが多くて。『もう新芽が出てる!』とか、『そろそろ咲きそうだな』というふうに、少しずつ変化する姿を追って、季節の移り変わりを感じることが多くなりました」

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小さな変化を感じながら、何事にも丁寧に接することの大切さを学んだという伊藤さん。

このまちの人について、こう話す。

「近所の方がとても親切なんです。わたしは長屋に住んでいるんですが、雨が降ると外に干している洗濯物を心配してくれたり、お菓子をおすそわけしてくれたり。いつも気にかけてくれているのを感じます」

「買い物にいくと、常にお店の人との会話があります。今までならスーパーで済ませていたけれど、お茶屋さんや八百屋さん、豆腐屋さんや文房具屋さんと一軒一軒回って。地域の一員として関われている感じがしますね」

ここで働いていると、次第に暮らしと仕事の重なりが大きくなっていくような気がする。

どちらか一方といわず、全部楽しみたい人にきてほしいと思います。

最後に、藤岡さんから。

「“暮らしをつくる”というのは、クリエイティブな仕事だと思っています。楽しみながらやれる土俵がここにはあるので、自分たちが納得できるものを、一緒に考えてつくっていきましょう」

(2016/7/28 中川晃輔)