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いいものには、それを確かなものとする何かが潜んでいる。ただ、「いいものだ」と世の中に周知されていればいるほど、それ以上突き詰めずに受け入れていることもあるかもしれません。
だからこそ、自分で本当の価値を知りたいと思えるものは、きっとその人にとって大きな意味を持つのだと思います。
いい音色の本質を知りたいと思う人に、届いてほしい仕事があります。
1700年ごろ、弦楽器職人のアントニオ・ストラディバリによってつくられ、今なお名器として知られる「ストラディバリウス」。
300年以上、誰にも再現されることのなかった美しい音のする楽器を、人々は“神秘”と評してきました。
でも、そこにはきっと何かがあるはず。
秘密を解き明かそうと、40年以上弦楽器と向き合ってきたのが、窪田博和さん。株式会社シャコンヌを創業した方です。
今年4月、窪田さんがつくったバイオリンの音色は、ついにストラディバリウスの音色とほぼ一致するという結果にまでたどり着きました。
いい音を求めて。そして、いい音を響かせる楽器を演奏家たちに届けるために。
技術を受け継いで、弦楽器の修理や製作、販売を手がけていく人を募集します。
新幹線で名古屋に到着し、地下鉄に乗り換える。伏見駅から白川公園方面へ向かって歩くこと5分。
大きな球体が目印の科学館の向かいに、シャコンヌの本店はあった。
ビルの2階が楽器の保管室を兼ねた展示ギャラリーと、お客さんが自由に利用できるサロンで、3階は店舗兼工房。11階も工房となっている。
案内してもらった2階で、創業者の窪田さんが迎えてくれた。
窪田さんは中学生のころから音楽が好きで、高校生になるとオーディオにも興味をもち、大学時代はオーケストラでチェロを弾いていたそう。
次第に、バイオリン職人を志すようになる。
いちばんの憧れは、名器を生み出した弦楽器職人・ストラディバリ。
「1挺何千万、何億円という値段がついて、多くのソリストたちが使いたがる。でも、後世の人たちがいくらつくっても同じものができない」
「そこには何か秘密があるだろうと。それを知りたい。もしかしたら自分がその秘密を見つけられるんじゃないかという想いが、若いころはあってね」
そう話す窪田さんだけど、実はバイオリン製作を専門に学んできたわけではありません。
違う道を選んだことが、のちに今の仕事へとつながっていく。
卒業後は貿易会社に勤めた。そのころ、大学時代の先輩からもらった音楽雑誌のなかで、ヨーロッパの弦楽器オークションを知る。
「古い楽器が何ポンドで買えればそりゃあいいなと。どうしても楽器に携わる仕事がしたくて、ディーラーになろうとヨーロッパへ渡りました」
何のノウハウもないところから、とにかくオークションに何度も通った。
そのうち、弦楽器の修理者や製作者との出会いもあり、オールドバイオリンに対する見方が深まっていった。
だんだんと目利きになり、安くてもいい楽器を見つけられるように。
そうやって、年に3回行われるオークションでオールドバイオリンを仕入れては楽器を解体して修理し、販売する。そしてまたオークションに参加する。
繰り返すなかで、窪田さんはあることに気づいた。
「現代のバイオリンのつくり方は、ストラディバリウスと同じ形にするために板の厚みを計り、それに合わせて削っていくのが一般的です。でも、木には木目が詰まっていたりふくらんでいるところがあったりするから、厚みは同じでも板の強度は部分部分で違う。同じ厚みに揃えればよくなるかというと、そうじゃないはずなんです」
実際に、楽器の板面を指の関節で叩いてみると、ふくらみの大きいところは高い音がして、反対にまっすぐなところは、同じ厚みでも低い音がした。
「ポンポンポンと叩いた音の音程が揃うように削っていったら、できあがったときにすごくいい音が鳴るようになって」
「なぜストラディバリのつくった楽器はいいのか。それは、音程を揃えてつくっていたからだとわかったんです」
目に見える形ではなく、構造から見直す。
窪田さんの考え方には、本質を求める芯の強さと柔軟さがあるように感じる。
さらに、考えるだけでなく、粘り強く手を動かしていく。
「木は生き物だから、削ってもしばらくすると酸化して硬くなります。すると音も変わる。だから一度で完成させるのではなく、また戻って音程を揃えていく。辛抱強くそれを繰り返すんです。厳密で騙しがきかない分、難しいところだね」
粘り強さは、ニスを塗る工程にも表れている。
使うのは、松ヤニを煮込んだものを油で溶いてつくったニス。
これも、煮込む時間や油と混ぜる比率など、無限にある組み合わせからベストなものを研究していった。
さらに下地に4回、仕上げに3回ニスを塗っては、その都度、太陽光のもとで乾かす作業を繰り返す。
手間がかかっても改良を重ね、今年4月には新たな発見もあった。
それが、音程を揃えて削った板の表面に、軽石を擦り合わせて粉を落とし、トクサという植物で擦る方法。そうすると表面がセラミックのように固くなり、薄くても板の強度が上がるのだそう。
できあがったバイオリンの音を研究者と協力して測定したところ、なんとストラディバリウスの音とほぼデータが一致した。
ここに至るまで、窪田さんはどんなことを感じてきたのだろう。
「うーん…。これはね、たまに『やった!』という喜びがある。でも、ほとんどが自分を否定するしかなくなるので」
否定するしかない。
「まだこれじゃないだろうなって。いつも途中にいる感覚。今でもそうです。木はだんだんと硬くなっていくもので、それが音にも影響します。300年前と今のものとでは、同じとは言えないんだよね」
「だから、とにかく今できる、いちばんいい音の楽器をつくること。そのとき、自分のつくったものに対しての評価が過大にも過小にもならないように、真実がどのぐらいのところにあるか、自分で考えていないといけません」
いい音を生み出すことに対しても、自分の仕事の精度に対しても。本当のことを求める姿勢は一貫している。
今、意識は次の目的へと向かっているそう。
「もうじき69歳になりますから。これ以上いじりだして、下手すると最後につくった1本が一番いいなんてこともありうる(笑)。自分としては、それではなんの責任も取れないように思っていて」
「うちでつくる楽器だと、弓が触るだけでふわーっと音が鳴る。そういういい楽器を、質を落とさず量産できれば、クラシック音楽が長く続いていくことにつながる。さらにいいものに変えられる余地を残しつつ、あとは若い人たちに技術を受け継いでもらいたいです」
窪田さんはシャコンヌとは別に、演奏家たちがオールドバイオリンに触れられるよう、できるだけ価格を抑えたレンタル事業も行なっている。
「演奏するのが好きな人の“いい音で弾きたい”という気持ちは、世の中の流れにかかわらず残ると思うんですよね。だから、その気持ちに応えられるようにちゃんとやっていかなきゃいけない」
窪田さんはどんな人に来てほしいですか。
「職人としてきちんと、いい調整・いい修理の仕事ができるようになるのは、簡単なことではありません。とにかく、一生の仕事にするしかないものだと思うので、情熱を持てるかどうか。でも、それだけの価値はあると思います」
シャコンヌには窪田さんのほか、現在12人の職人さんたちがいる。
そのなかで、職人のたまごとして育ちつつある人に話を伺いました。
小川桂範(かつのり)さんは、今年4月に新卒で入社した方。
もともと、大学院までの6年間、学生オーケストラでコントラバスを演奏していたそう。
自分の進路について悩みはじめたとき、偶然、日本仕事百貨でシャコンヌの求人記事を見つけて応募した。
「経験もなかったので自信はありませんでしたが、内定をいただいて。ただ、最後に窪田さんから、『やる気はあるか?』って聞かれたんです。そのとき、プロの仕事に対する覚悟が自分にはあるかなと、少し考えてしまって」
「悩んだけれど最終的には、音楽に携わる仕事がしたかったこととタイミングが決め手になって、この仕事を選択しました」
現在は研修期間中。最初は、必要になる道具のことを教わるところからはじまったそう。道具を正しく使うためにも、購入した状態のまま使うのではなく、細かな調整をして仕込むことが大切になるという。
最近では、指板や駒というパーツをつくっているとのこと。
「当たり前にできるように思えて、やってみると、面をまっすぐにするというだけでもすごく難しいです。先輩方が求めるレベルに一発ではなかなかできず、今いちばん苦労しています」
それもそのはず。たとえば、楽器本体と必要なパーツの面と面を隙間なく合わせられるかどうかは、カンナで削った木の薄皮1枚分の差で変わってしまうという。
「一枚分削りすぎれば使えなくなってしまう可能性があります。精度に対する感覚は、今までの人生でつかったことがないほど厳密なものです」
まだうまくできないことも多いけれど、職人の先輩たちは、わからない点を聞けば親切に教えてくれるそう。
「観察するのがいちばんとも言われます。それでも、まだ入社して数ヶ月なのに、窪田さんが駒のつくり方を2日間つきっきりで教えてくださったりして。本当にやろうという気持ちさえあれば、学んでいける環境だと思います」
学びながら自分でつくったものが、実際にお客さんの手に渡る。緊張感を持ちつつ、モチベーションになっていると、小川さん。
技術を磨く一方で、会社にある本を読んだり自分で調べたりする時間をつくって、楽器や弓の知識を蓄えているそう。
職人の系譜やつくられた年代・地域と、それぞれの特徴。さらに楽器の種類といろんなメーカーの弓の違いもある。奥が深い分、覚えることはたくさんある。
店舗や展示会でお客さんと接する場面も多いので、営業という点でも、ものの歴史や鑑定するということに興味を持てることが大事になるようです。
大変そうにも感じるけれど、窪田さんからすると、「尽きることがないから、いつまでたっても飽きない」のだそう。
「いい音」というものに向き合いたい。
そう強く思う人にとって、地に足つけて取り組める環境がここにはきっとある。
そして自分が真剣に向き合った分、いい音で奏でられる音楽が、広まっていくのだと思います。
(2017/8/22 後藤響子)