求人 NEW

染色の原理を解き、
また新たな挑戦へ
進化する染色工場

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

「要望されたものをただ染める仕事ではなく、半歩、1歩進んだ価値を提案するには、何をしたらいいのか?」

「染色と対話して自分で考える。そういった小さな積み重ねこそが、新しい歴史に生まれ変っていくんです」

そう話すのは、丸桝染色4代目代表の松川和広さん。

時代の変化に合わせて成長してきた下町の工場が、さらなる挑戦に向けて次世代を募集します。

丸枡染色は創業117年の老舗染色工場です。

分業制が多い染色業界の中、頑固に一貫生産を貫いているのが特徴で、自社ブランド展開など新しいことにもチャレンジしていこうという姿勢も持っています。

今回は染色加工の職人と営業、そして総務の募集です。テキスタイルの企画職も募集するので、興味のある人は続けて読んでみてください。

 

柴又は映画『男はつらいよ』の舞台にもなった町。

古くから製造業が盛んで、小さな工場がいたるところに点在し、下町の風景が今も色濃く残っている。

丸枡染色もそんな柴又で続く町工場のひとつ。

「柴又は、かつて嶋俣(しままた)といわれ、川が分岐して島のような地形だったことが由来になってつけられた地名なんです。江戸川や中川など豊かな水がある土地として昔から染色に適した場所だったんですね。実際わたしたちの工場でも、昭和34年頃までは染色した着物を江戸川で洗っていたそうです」

そう教えてくれたのは、4代目代表の松川さん。

創業当初は、着物メーカーの専属工場として江戸友禅の着物を染めていた。

和服が衰退して洋服への転換が進みはじめると、Tシャツやセーターの素材となる丸編みニット生地をほかの工場に先駆けて染めるように。

時代の変化に合わせて成長していく。そのDNAは、昨年に4代目社長になった松川さんにも受け継がれている。

「もともと染色をしていた家業に興味なかったんですよ。急に父に手伝ってほしいと相談され入社したのがきっかけで」

そう言って軽快に笑う松川さん。

美大を卒業後、美術作家を目指しながら別の仕事をしていたけど、丸枡染色で働くうちに染色の奥深さに夢中になっていったそう。

ただ同時に、日本の繊維業界の厳しさも見えてきた。現在日本で販売される衣料品のうち国内産はわずか2%と言われている。

「そこで、3代目の父が着物から洋服に転換していったように、時代の感性に寄り添う染色を提供していけるようにと考えて、ニットだけではなく織物の染めやプリントの企画をはじめました」

新たに生地の展示会に出展するところからスタート。もともとあった工場の高い染色技術に松川さん独自のアートやデザインの視点が活かされた。

「ニットから織物まで染めるバリエーションが広がっただけでは、誰も興味を持ってもらえません。生地は風合い重視で仕上げることが腕の見せ所という染色業界の価値観とは反対に、生地を紙のように固くしてみたり、若手社員と新しい実験や試行錯誤を繰り返しました」

「アイディアだけで終わらず実現できたのは、知識と技術のある職人たちが一緒になって知恵を絞り出してくれる、その環境があったからだと思います」

開発した技術を応用して、2011年に工場発の自社ブランドを立ち上げた。

最初に打ち出したのは『monomatopee(モノマトペ)』

独自の特殊加工によって、綿の生地はまるで紙のような硬い質感に。折り紙のように立体的に表現できるスカーフやポーチなどのプロダクトを展開している。

monomatopeeに次いで、ニットの染色で培った柔らかな薄手のプリントの技術を活かしたストールづくりに挑戦。

今や丸枡染色を象徴する色鮮やかなストールブランド『marumasu』が生まれた。

現在、国内・海外のミュージアムショップやセレクトショップなど、世界中に取引先ができ、2016年には自社ブランドの直営店を銀座に出店した。

ただ松川さんの表情を見ていると、手放しでは喜べないという様子。

「20人ほどの小さな会社なので、自社ブランドを立ち上げたときに染色・プリントの営業をセーブしたり、テキスタイルの企画販売の仕事をいったんストップせざるを得なくなってしまって」

「時代の変化に合わせてギアを入れ替えたっていう意味ではよかったかもしれないけど、続けていればまたいろんな展開ができただろうなって、ずっと再開したい気持ちはありました」

でも、自社ブランドを集中して強化しているのなら、いっそのことそちらに絞ってもいいのでは?

「たしかにそれも一つの手だと思います。ただ、自分たちだけでは特定の範囲内でしか物事を生み出せません。やっぱり僕らが経験したことのないような仕事をお客さんからいただくことで、技が磨かれて人も育っていく。外からの仕事も続けていかなきゃいけないと思うんです」

前回の募集で入社した人の中には、残念ながら既に辞めた人もいる。銀座にはじめてお店をつくり、工場とお店の働き方や在り方を模索していたときだった。

「いろんな要因が重なったこともありました。この募集では、いつか右腕のような存在になってくれる人がいたらいいですね」

今回募集するのは、今後の丸枡染色を担う次世代の人材。

総務は、松川さんともやり取りしながら庶務と経理の仕事に携わる。経営のことも一緒に相談できるような人に来てほしいという。

営業や染色現場ではどんな仕事をするのだろう。

「染色やプリントの仕事は、すべてがオーダーメイドです。ファッション産業の生地を染めることが中心なので、サイクルが早い。そして染色の奥深さは、同じ素材を同じように染めても、2度目は違いがでてくること」

同じ素材なのに?

「天然繊維だと、生地の素材が収穫された時期や畑の違いによって差があるんです。そういうところから生まれる誤差を修正して同じクオリティーにします」

「さらにレディースだから肌触りをよくしたい、メンズだからしっかり丈夫にしたいといったお客さまの要望やニュアンスまで受け取って、加工するんです」

担当者やブランドによっては濃い目の色がよかったりするなど、好みの差があったりする。

営業は表層的なことだけでなく、感覚的なところまで読み取って、現場に伝えることが大切。

「営業は現場と互いに相談しながら、二人三脚でゴールを考える。顧客と現場の架け橋になり、納期や価格の調整をしながらもっと良い素材になるものづくりのきっかけをつくっていくのが醍醐味です」

 

現場のことについて、今度は工場長の斉藤さんに話を伺った。

斉藤さんの後ろに見えるのは、液流染色機という業界では広く浸透している機械。

いわば洗濯機と似たような仕組みで、この中で反物を縦回転させながら水洗いや染色ができる。

「染色では時間・温度・pHという三大要素があって、これをしっかり管理しないと色の再現性が得られないと言われています」

丸枡染色では昔からデータの数値化を徹底してきたので、経験の少ない人でも過去の似た事例を参考にして仕事を進めることができるという。

とはいえ、松川さんが話していたように、生地の状態や季節の違いによって誤差が生まれるので、そこは経験や感覚でカバーしていく必要がある。

斉藤さんはこの道30年の大ベテラン。18歳のときから丸枡染色の現場で働いてきた。

「僕がこの仕事で一番重要だと思うのは、経験の長さとかではなく、原理を知るっていうこと」

原理を。

「ええ。どういう理屈で染まるのか。染色の化学的根拠、染料の重量や素材の特徴まで、一歩踏み込んで分析して論理的に理解するように、職人たちに話しています」

よく染色加工は単に色をつけるだけの仕事と思われるそうだけれど、生地の表面だけを染めたり、生地の風合いを変える加工を施すなど、実は複雑で繊細な職人仕事。

生地や染料について知識を蓄えるだけでは足りないのだと思う。染色の原理まで熟知していれば、より良い仕上がりをお客さんに提案することができる。

「単なる一作業員として言われたことをやるんじゃなくて、つくり手としてしっかり関わり合いを持ちたいという希望があります。自分の発想が反映されていいものができれば、それほどうれしいことはないと思うんですよね」

それはきっとお客さんにとってもうれしいこと。ただ、斉藤さんは当たり前のように普段からそうした仕事をしているので、そのよさがお客さんに伝わっていないこともあるという。

現場の高度な技術力をどのように伝え、付加価値をつけていくのか。代表の松川さんは、会社としてのブランディングも今後見直していきたいという。

 

最後に、現場の若手として伊藤さんを紹介してもらった。

服飾の専門学校を卒業後、古着屋で販売の仕事をしていた伊藤さん。今は無地染めの担当で、プリントの現場も少し手伝いはじめているそう。

昔から音楽やファッションが好き。ファッションに関わるものづくりがしたいと、丸枡染色に加わったという。

「最初に工場見学したときに感じたことは、職人さんの働いている姿が絵になるというか、佇まいがカッコよくて。それで働いてみたいと思って」

いざ働いてみると、想像以上に化学や数学の世界で驚いたそうだ。

とても繊細で緻密な仕事でありながら体力仕事でもある。

「染色って季節やその日の気温で変化するし、機械ごとに癖もあったりするんです。それが難しいところでもあり面白いところで、話し合って詰めていきます。だから、こんなもんでいいやって言う人は向いてないかなと思ってて」

うまく染まらないことはあるんですか?

「ときどきありますよ。お客さまから僅かな差でNGを出されて悔しい思いをすることもある。でも誤差を修正して仕上げて、最後はドヤ顔してやろうみたいな(笑)一発でバッチリ染まったときにはゾゾゾって鳥肌が立つんですよ」

伊藤さんの夢は、自身が転職するきっかけにもなった写真のように、絵になる職人になること。

柴又は東京とは思えないほど落ち着いていて、歯車の回る速度がゆっくりしているように感じる。

それでいてすぐに都心へ行って情報を集めにいくこともできるので、じっくりと物事に向き合えるいい環境だと、代表の松川さんは話していた。

きっと地道な作業もあるだろうけれど、じっくり続けていくことで、自らの成長が丸枡染色の発展につながっていく。

そう実感できる仕事だと思う。

(2018/5/17 取材 森田曜光)