※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。
自分のつくりたいものと、売れるもの。ものづくりの仕事に関わるなかで、そのギャップを感じたことがある人もいるかもしれません。
今回紹介するcoromo-cya-yaの店主、中臣美香さんもそんなジレンマを経験しながら、自分のお店をつくってきました。
吉祥寺にあるcoromo-cya-yaは、タルトや紅茶を味わうカフェと、シャツのコーディネートを楽しめるショップをひとつの空間に展開するお店。
好きなことと、ビジネス。譲れないこだわりと、思いやり。緊張感と、居心地の良さ。
coromo-cya-yaの中で息づくバランスは、好きなことを仕事にするために欠かせないもの。カフェという業態を目指す人に限らず、ヒントや魅力に感じられる部分があると思います。
今回は、このカフェで働く人を募集します。カフェをマネジメントから考えてみたいという人に、伝えたい話です。
吉祥寺駅から、井の頭公園方面に歩いて3分ほどのところにある古いビル。階段を上がって2階のcoromo-cya-yaを訪ねる。
コンクリートのひんやりとした踊り場を抜けると、開店準備中のはずの入り口が少し開けてあるのが見えた。さりげない気遣いに気持ちが緩む。
coromo-cya-yaは、お店の半分がタルトと紅茶をメインにしたカフェで、もう半分がシャツと、シャツのコーディネートにあう衣服を扱うショップ。
お店に来るのは今回で2回目。半年ほど前に取材させてもらったときは、店主の中臣美香さんに服の話を聞かせてもらった。
優しい雰囲気だけど、挨拶はハキハキと。美香さんはやはり凛としている。
美香さんは、子どものころから服づくりが身近にあって、アパレル業界で働いた経験もある。
「私は新卒でシャツメーカーに就職しました。早く洋服の仕事がしたかったから、最初はすごく新鮮な気持ちでした。それが、だんだん自分がイメージしていたアパレルの世界とのギャップを感じるようになっていったんです」
自分の美意識とは関係なく、売れるものが優先される仕事。
このままでは、ずっと好きだった洋服を嫌いになってしまう。そんな不安から仕事を辞め、アルバイトとして世田谷にあるカフェで働きはじめる。
「自分が淹れたドリンクとか、仕込みに関わった食べ物とか、そういうものを目の前でお客さまに食べてもらえる。それでみんなニコニコして帰っていく。素晴らしい光景が目の前に起きている!みたいに感じたんですよね」
「今になって思うんです。そんなふうに、買ってくれた人の姿が見えて、お客さんとの距離がもう少し近ければ、アパレルの仕事も楽しめていたかもしれないなって」
一度、好きだった洋服の世界を離れたからこそ、気がついた仕事のやりがい。
「つくって届ける」という共通の目標のもとに、シャツとタルトや紅茶をひとつの空間で楽しめるお店がスタートした。
coromo-cya-yaでは、調理をしているキッチンからお客さんの様子が見える。
カウンター席はないけれど、ショーケースを覗きながら会話ができるくらいの距離感だ。
「お客さまとお話しするときは、相手にとって重くならないように気をつけています。言葉にすればするだけつくり手の言い訳に聞こえてしまうし、お客さま自身が楽しむ時間も大切にしたいから」
ただぼんやり過ごすだけでなく、ひとりで考えごとができるような落ち着いた雰囲気。
きび砂糖で丁寧にソテーしたリンゴのタルトと紅茶を味わいながら、ちょっと気持ちを切り替えるための時間を過ごせる「とまり木」のような空間にしたいと美香さんは言う。
個性豊かなカフェが多く、いつも人で賑わっているイメージのある吉祥寺。
一方で同じような業態の入れ替わりは激しいという。
coromo-cya-yaが、自分たちの納得できるサービスにこだわりながら経営を維持してきた理由のひとつは、美香さんのパートナーでコンサルタントの仕事もしている、中臣幸次さんの存在が大きいと思う。
「お客さまのニーズ重視でトレンドに流されると、1年後には自分たちのやってきたことが恥ずかしくなる。逆に自分たちのこだわりを追及しすぎると、日々の変化に対応できずにギャップが生まれてしまう」
「職人でありつつ、サービスマンでもあるということを両立できなければいけないんです」
中臣さんたちも、自分たちが伝えたいことを表現できるお店になるまでには、かなり試行錯誤があった。
最初は、お客さんが一人もいないところからのスタート。売上を維持するために、グラタンやハンバーグなどランチメニューも多かったという。
「今6年目を迎えて、リピーターも増えました。5年かけて、やっとお客さまに『タルトと紅茶のお店』として認められるようになったっていう実感がありますね」
中臣さんが次に考えているのは、これからの5年でお店をどう成長させるかということ。
タルトというカテゴリの中で季節ごとの変化を出したり、焼き菓子などテイクアウトできるフードを充実させたり。
いろんな目標はあるものの、coromo-cya-yaが10周年目にどうなっているかは、これから入る人次第だという。
「カフェもサービス業なので、人ありきなんですよ。スタッフがこんなことをやってみたいという目標を持ってポジティブにチャレンジすることで、お店も成長できる。だから、積極的にメニューやサービスについて提案してくれる人が入ってくれたらいいですね」
「もし、スタッフが成長して『コーヒーとガトーショコラのお店をやってみたい』という目標が生まれたなら、coromo-cya-yaとは別の業態で、その子が店長になって新しいお店を出してもいいと思います」
飲食の基礎がある人なら、マネジメントのことなど次のステップにつながる経験ができる。カフェを自分の仕事にしたいと考えている人にとっては、きっと吸収できることの多い職場だと思う。
ただ、少数精鋭で運営している現場だけに、一からここで勉強するというのは難しい。今回の募集では経験者を中心に考えたいとのこと。
「経験っていうのは年数のことではなくて。レシピ開発やスタッフのオペレーション改善のような、お店全体のことを考えて仕事に向き合った経験のことだと思っています」
「未経験だけどカフェが好き、という気持ちだけでは難しい。ただ、別の業界での経験を活かしてカフェでこんな提案をしたいとか、お客さんとして利用しているときでも、そのお店のレシピや、オペレーションを想像するような視点を持った人なら、会ってみたいですね」
メニューのこと、サービスのこと。
ここで働くことがスタッフの資産になるように、伝えられることは何でも共有したいと話す中臣さん。
オープンな姿勢はお客さんに対しても変わらない。
「私たちには、企業秘密っていうものがあまりないんです。レシピについても、聞かれればお答えしていますし、調理場も丸見えだし、隠すことはないんです」
自分たちが「こう見せたい」という部分だけでなく、どこを見られても恥ずかしくない状態を保つために。
coromo-cya-yaでは、見えない部分まで整えておくことを怠らない。そのために大切にしていることのひとつが、朝の掃除。
鏡や窓を磨いたり、掃除機をかけたり。お客さんの目につくところだけでなく、キッチンの中、さらにはお店の外、ビルの共用部分も空間の一部としてきれいにしていく。
1時間15分かけて掃除を済ませ、お客さんを迎え入れる気持ちを整えてから、お店の1日ははじまる。
そんなお店づくりをオープン2年目から支えてきたのが、坂本さん。今はメニュー開発も含め、キッチンの中で中心的な役割を担っている。
学校で製菓の基礎を学んだ美香さんや、飲食の経験者であるほかのスタッフとは違い、坂本さんは未経験からこの仕事をはじめた。
最初は家で練習したり、本を見ていろんなつくり方を研究したり。今では、自分から提案をすることも増えてきた。
「ただおいしいだけじゃなくて、記憶に残る味を目指していて。濃い味付けではなく、素材の味や彩りを生かしたり、ハーブのようなアクセントを効かせたり。一手間加えているけど、やりすぎない。それがcoromo-cya-yaらしさですかね」
坂本さんが考えて実現したメニューのひとつが、夏に食べたくなる「さわやかなサンドイッチ」。
サンドイッチというと手軽な定番メニューのようだけど、食材のフレッシュさとパンの食感を両立させるのは難しい。
さらに食欲の落ちやすい夏場にパン、というハードルもあった。
坂本さんはまず試作として、ハード系のパンにローストビーフを挟んだものを中臣さんに提案。ところが、反応は良くなかった。
「お通夜みたいな味って言われたんです(笑)。おいしいけど、ちょっとしみったれた感じがするって」
お通夜みたいな味ってなんだろう。
ライ麦パンが黒っぽい色だから?硬い具材を咀嚼するために口が塞がってしまうから?
考えながらも、坂本さんは立ち止まることなく次のアイデアに取り掛かる。
「難しいのはわかっていたので、最初からいろいろ考えていたんです。中臣さんのリアクションを見ながら、これでどうだ、これでどうだって、提案していくのは楽しかったですよ」
坂本さんが次に提案したのは、柔らかいパンに、スモークサーモンや紫玉ねぎ、ブロッコリーやディルの入ったマッシュポテトを挟んだサンドイッチ。
お皿にライムも添えられて、見た目にもさわやかなcoromo-cya-yaの新しいメニューが完成した。
実はこのサンドイッチ、完成したあともパンの食感などを少しずつ変えながら、お客さんの「今食べたい」という気持ちにマッチするように改良されているのだそう。
「中臣さんや美香さんから教わることは多いです。これから、ほかのお店を経験された方が入られたら、お互いにアイデアやノウハウを交換しながら、coromo-cya-yaの空気をつくっていけたらいいですね」
最後に中臣さんに、これからのcoromo-cya-yaのことを聞いてみた。
「私たちは、掃除や素材の下ごしらえも丁寧に、つまり『一手間かける』ということを大切にしてきました。一方で、最近は来てくださるお客さまの方が、よほど手間をかけてくださっているんじゃないかと思うことがあって」
ふらりと立ち寄ってくれるだけでなく、県外からタルトを食べに来るなど、自分からアプローチをしてくれるお客さんも増えている。
「そうやってわざわざ来てくださる方に、今度は私たちが何かをしなければいけないと思うんです」
最近では、遠方に暮らす家族の誕生日に食べさせたい、という強い希望を持ったお客さんのために、宅急便でタルトを送ったこともある。
本当に崩れずにタルトが届くか、気を配ることも多く、半年前から準備してようやく実現した。だから、通信販売を実用化するのはまだ少し先になりそうだという。
お客さんの期待に応えたいという優しさと、自分たちの納得したものでなければ届けられないという責任感。
そのなかで見つけた誠実な答えが、少しずつcoromo-cya-yaの世界を広げるきっかけになっていくのだと思いました。
(2019/1/7 取材 高橋佑香子)