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「いただきます」の原点から

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1年、365日。

本気で向き合い続ければ、何か新しいことをはじめるのに十分な時間だと思います。

一人前になるまで10年かかると言われる和食の世界。その入り口に、正しく立ちたい人を募集します。

舞台は人口およそ2300人の離島、島根県海士町です。この島でとれる食材だけを使って、和食を学ぶ「島食の寺子屋」。その三期生を探しています。

技術を身につけるだけでなく、料理人としての心構えやあり方、その原点を形づくるような1年になると思います。経験はまったく問いません。

 

鳥取・米子空港に降り立ち、電車に揺られること15分で境港駅へ。

そこからフェリーを乗り継いで、3時間ほどで海士町の菱浦港に到着する。台風の接近が少し心配だったけれど、波もおだやかで終始快適な旅路だった。

港から車を走らせること8分、まずは離島キッチン海士へと向かう。

その名の通り離島の料理が楽しめるレストランで、東京や北海道、福岡にも店舗がある。

出迎えてくれたのは、前回の日本仕事百貨の記事にも登場した杵築(きずき)祥子さん。島食の寺子屋を卒業後、島出身の方と結婚して、現在はここで料理人として活躍している。

「本当に、日本仕事百貨さんの“せい”で人生が変わってしまいました(笑)」

まずは島食の寺子屋の1年間のプログラムがどのように進んでいくのか、少し記憶をさかのぼってもらいながら聞いてみる。

「カリキュラムは大枠のものしかなくて。食材の切り方や魚のさばき方など、基礎的なことを教えていただきつつ、何よりも海や山に行くことが最優先です」

海や山が最優先?

「たとえば、島の方から『もずくが生えてきたから採りに行くよ』と声をかけてもらったり、梅を収穫して干したり、栗を拾ったり。毎日、食材を得るところから自分たちで行うんですよね」

島食の寺子屋には、「その日を形にする」というコンセプトがある。

その日、島でとれた食材だけを使って料理する。島外から仕入れたものは一切使わないので、生産者と直接やりとりして食材を手に入れなければ、厨房に立つことすらかなわない。

「あれが足りないから買いに行こう、ってことができないので。逆に言えば、魚を仕入れるために漁師さんの船に乗せてもらったり、自分たちの畑でつくった野菜を収穫したり。そういった“現場”での体験は、料理人としてかけがえのないものだと思います」

季節にも大きく左右される。

「一番苦しいのは5月とか12月で。5月は山菜や筍の時期が終わり、夏野菜も出てこない端境期なんですよね。島中走り回って、何かないかなって探して」

厨房の中だけで過ごす日は1日もない。自分の足で歩いて、泳いで、草をかき分けて。五感で感じた旬がそのまま料理に表れる。

「島全体が職場であり、遊び場であり、食材の貯蔵庫というか。暮らしていて入ってくる情報すべてが料理につながるんです。島食の寺子屋も、日々楽しい脱線が続いていく感じですね」

器との組み合わせや色合いも含めて、島の“今”とリンクした料理をつくっていきたいという杵築さん。

今度柿の実がなったら、あれをつくろう。景色のなかに黄色い花が増えてきたから、器のなかにも黄色を足してみよう。

そんなふうに、旬の時期にやりたいことをまとめたリストをつくっているそう。

「でも、思っていたよりも早く旬が終わってしまったり、いざその季節になってみると別のやりたいことが出てきたりして、なかなか実現しないんです」

「それから、すごく欲張りになりました」

欲張り?

「島の外に行くと、『どうしてこの季節の料理にミョウガが入っているのだろう?』とか考えてしまうようになって。いつも旬のものだけを食べていたいし、もっと季節のものを教えてください!って、島の方にも言って回るようになりましたね」

「旦那さんも海が好きで、魚の食べ方とか海の状態がどうとか、家でもそんな話ばかりしています。常にノートを手元に置いて、そうなんだ!とか言いながら、教えてもらったことを書き留めて」

365日、料理のことばかり考える毎日。そんな日々が楽しいのだと教えてくれた。

一夜明け、翌朝。

講師の佐藤岳央さんと、昨年の4月から島食の寺子屋に参加している研修生のおふたりとともに、食材調達に同行させてもらうことに。

車を少し走らせて、畑に到着。3人はそのなかをずんずん進み、トマトやナス、大きなスイカなどをひょいっと収穫していく。

「ここは島の農家さんの畑なんです。ご本人がいないときでも、どれでも好きなものをとっていっていいよ、ということになっていて」

え、そうなんですか!?

「その代わり、お米は何割り増しかで買わせてもらっています。これも信頼関係があって成り立っていることですよね」

すごい関係だなあ。はじめて訪れる身としては、了承のうえとわかっていてもドキドキしてしまう…。

研修生のおふたりも「最初は泥棒みたいな気分でした(笑)」と笑いながら、必要なものを必要な分だけ、収穫。

そこへ町内で農園を営むドイツ人のムラーさんが現れ、トラックの助手席に積まれたズッキーニの花を見せてくれた。素揚げにするとおいしいそうだ。

まだ実の小さなシークヮーサーも、かじってみる。強い苦味とともに、かすかな爽やかさが鼻に抜けていく。

「この苦味も、もしかしたら何かの料理に使えるかもしれない。市場には出回らない味を知れるのも、この環境ならではなんです」

ああ、昨日の夕方に杵築さんが話していたのはこういうことか。少しずつ実感が湧いてきた。

海や山に入っていくことが最優先。日常の人間関係が、料理につながる。

たしかに、この経験を積んでいるかどうかによって、その後の料理人としての心構えも大きく変わりそうな気がする。

収穫を終え、今度は梅の天日干しへ。少しの休憩をはさんで、寺子屋の厨房にたどり着いたのはお昼過ぎのこと。

ここから料理の実習がはじまる。

佐藤さんは、最初に「今日は何をつくるの?」と尋ねたあと、厨房内を歩き回ってふたりの様子を観察する。研修がはじまって4ヶ月が経つので、今は作業中にあまり口を挟まないようにしている時期なのだとか。

その隣についていきながら、話を聞く。

「とにかくここでは、自然を感じるっていうことが一番で。自然をよく見なさいということは、いつも言っていますね」

「たとえば山椒を採りに行ったとき。遠くからドッコドッコ聞こえるなと思ったら、放牧されている牛が駆け下りてきて、周りを囲まれて。どうしよう…とりあえずしゃがむか、って(笑)」

そんな経験、なかなかできないですね。

「でしょう?料理にはどんな経験も必ず活きると思うんです。しかも島っていうのは、そうそう気軽に出入りできないですから。寝ても覚めても料理のことばかり考えて、すべてが料理に還元される。そんな生活です」

卒業生の杵築さんは、「島全体が食材の貯蔵庫」だって言ってました。

「貯蔵庫だとしたら、いつもすっからかんですよ(笑)。食材も、メニューも決まってない、翌日の漁があるかもわからない。そんなギリギリのラインを越えていかなきゃならない。厳しいときもあります」

「それでも基本的には、楽しくやろうぜっていうのが一番にあって。自分が美味しいと感じたか、どれだけ満足したか。その感性を磨いていくという意味では、芸術に近いかもしれませんね」

実は佐藤さん、取材後に講師を退き、現在は島内にあるマリンポートホテル海士の総料理長に就任している。後任は、京料理「北白川 ともえ」出身の料理人、鞍谷浩史さん。今は島のあちこちを訪ね歩き、食材の研究を進めているところなのだとか。

希望者は、実践研修の場としてホテルのキッチンで働くこともできるし、2021年のリニューアルに合わせて、卒業後にオープニングスタッフとして採用されることもあるという。

佐藤さんと鞍谷さんの両方に学べるという意味で、指導層はますます厚くなっているとも言える。

「寺子屋は10年かかる事業。彼女らが世に出て、それぞれの場所で活躍して、ようやく評価につながる話なので。まだまだこれからです。もっと多くの人にこれを体験してほしいなと思いますね」

 

そんな話をしているうちに、研修生のふたりの料理が完成。

すかさず佐藤さんがそれぞれの盛り付けや趣向にコメントしながら手を加え、ふたりは手持ちのノートにペンを走らせる。

大人になってから「先生」という存在ができるのはどんな感覚なんだろう?

落ち着いたタイミングで研修生のふたりに聞いてみた。

答えてくれたのは、西本有理さん。

「何かわからないことがあったときに、身近にすぐ聞ける方がいるのはありがたいことだなと思いますね。インターネットや本で調べることもできるけれど、先生自身の経験を通したアドバイスをいただけるのは心強いです」

もともと離島キッチンの福岡店に勤めていた西本さん。本格的に和食を学びたいと思い、島食の寺子屋に飛び込んだ。

「まな板の上の技術だけを学びたいっていう人には合わないかな。海でもずくをとったり、山に入ってわらびをとったり、とにかくなんでも楽しめる人。自分を変えたい人も、いいと思います」

 

島食の寺子屋に参加して、自身の変化を感じているというのが和泉香さん。

「わたしは虫とか嫌いですけど、そんなことも言っていられないので。藪にも入っていけるようになりました(笑)」

魚屋で働いていた和泉さん。包丁づかいや魚のおろし方など、1から見直していったそう。

「最初は全然魚屋の癖が抜けなくて、わたし大丈夫かなって思っていました。頭では理解できるけれど、形にできないことがもどかしくて」

料理や食材に触れる経験をしてきた人であっても、そこで身につけた常識はひとまず脇に置いて、新しい気持ちで向き合うことが必要なのかもしれない。

「料理は昔からずっと好きで、いつかちゃんと勉強したいなと思っていたんです。自分の成長にお金をかけるなら、今しかないなって気持ちもありました」

目の前の料理に没頭して、気づけば夜の9時になっているような日もある。和泉さんも西本さんも、そんな環境を楽しんでいるみたいだ。

とは言っても、毎日切れ間なく料理のことを考え続けるのって大変じゃないですか?

「たしかに、自分のペースを崩さない強さも持っていないと大変かもしれないです。授業以外でも、島の行事とか飲み会も多いので」

「わたしたち、いい感じにマイペースなんです」と和泉さん。休みの日の夜は、防波堤に寝転がって星を眺めたりもするそう。

「すごく静かなんですよ。レジャーシートと枕を持って行って、何時間もずっと、星ばっかり眺めて」

「誰にもバレてないと思ってたら意外とバレてたよね。寺子屋のふたりが寝てたぞって(笑)」

大人になって1から何かを学ぼうと思っても、中途半端になったり、何かと理由をつけてやめたりしがちな気がします。

でも、本当に心が向かっていくことなら、いつからはじめたっていい。やり遂げた先に、また次の一歩も見えてくるかもしれない。

和食の世界への入り口は、ここに開かれています。

(2019/8/6 取材 2020/2/16 更新 中川晃輔)

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