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熊本空港から車で1時間と少し。
山あいに隠れるようにして30軒の旅館が並ぶ、黒川温泉というエリアがあります。
「黒川温泉一(いち)旅館」というコンセプトのもと、バラバラだった案内看板のデザインを統一したり、黒川のすべての露天風呂に入れる「入湯手形」をつくったり。
地域全体をひとつの旅館と見立てて力を合わせることで、秘境の温泉街は人気を集めてきました。
そんなまちで、新たにはじまっている食のプロジェクトが「Au Kurokawa(アウ クロカワ)」です。
8棟つくられるレストランのうち、最初にオープンするのがパンとコーヒーのお店。ここでパンをつくる人と店舗を運営する人を募集します。
大きな特徴のひとつは、未経験からでも挑戦できること。徳島県神山町で地域の人たちに愛されながら続いてきたパン屋さん「かまパン」の笹川さんが、立ち上げから伴走してくれます。さらに、福利厚生として黒川の温泉は入り放題だそう。
小さな里山で、新たな挑戦をはじめた人たちに出会いました。
まず訪れたのは黒川温泉。
高速道路の出口や空港からも少し離れた山のなかに、30の旅館が軒を連ねている。雨の平日だというのに、歩いて温泉巡りをするカップルや海外からのお客さんの姿も多い。
温泉の中心街から少し離れたところにある旅館「奥の湯」を訪ねると、代表取締役の音成さんが迎えてくれた。
音成さんは「Au Kurokawa」の発起人でもある。今回のプロジェクトはどんな経緯で立ち上がったんでしょう?
「日本中で人手不足と言われていますけど、田舎は顕著で。とくに旅館の働き方は今の時代に合っていないんじゃないかと思うんですよ」
旅館の仕事は、朝食の準備から夕食の片付けまで一日がかり。「中抜け」と呼ばれる3時間ほどの休憩はとるものの、長時間拘束されることが当たり前の世界だった。
なかでも板場の採用はむずかしい。料理人やシェフの高齢化が進み、和食の料理人を目指す若手の数も減っているという。
そこで、旅館に泊まりつつ、食事は近隣の飲食店でとってもらう「泊食分離」ができないかと考えた音成さん。
宿泊プランの選択肢が増えればお客さんもうれしいし、地域のお店も潤う。朝食や夕食を宿でとらないお客さんが増えれば、仲居さんや料理人の長時間労働も改善できる。
ただ、朝晩に営業している飲食店が黒川周辺にはほとんどなかった。
「だったら自分でつくってしまおうと。Au Kurokawaは、そこからはじまったんです」
中心街から歩いて5〜10分ほどに位置する、およそ3000坪の敷地。ここに音成さんは8つの店舗をつくった。
今はまだハコが並んでいる状態で、テナントの募集はこれから。さまざまなジャンル・価格帯の飲食店を誘致して、地域に泊まる人たちの食の選択肢を増やしたいと考えている。
その第一弾として、秋ごろのオープンを目指しているパンとコーヒーのお店で働く人を募集したい。
なぜパンなんですか?
「黒川温泉はインバウンドのお客さんが3割。日本人でも、朝にパンを食べる人が増えていますよね。これからパンの可能性はまだまだ伸びていくんじゃないか、というのがひとつ。それに加えて、神山町のパン屋さんとのご縁が大きいです」
徳島県神山町で8年前にスタートしたフードハブ・プロジェクト。
地域で育て、地域で食べる。食の循環づくりを目指した取り組みで、その一環としてパンとおいしいものを集めたお店「かまパン&ストア」を運営している。
そんなプロジェクトのあり方は、まさにAu Kurokawaが目指したいものだった。
「そもそも黒川という地域は、地産地食を実践していたんです。畑でとったものを、自分たちで食べる。お客さんにもそれを料理してお出しする。“半農半宿”のスタイルが当たり前だったので、何も特別なことだとは思っていなくて」
地域で当たり前に続いてきた営みを、次世代へもつないでいきたい。
そこでAu Kurokawaの敷地内には、コンポストを設置。レストランから出た野菜くずなどを堆肥にして野菜をつくり、ふたたび料理に活かすという地産地“循”のモデルをつくっていく。
また、組み合わせの幅が広いのもパンの特徴のひとつ。
季節ごとの野菜や阿蘇産のハム、ソーセージなどの素材と合わせて惣菜パンに。コーヒーとの相性もいいし、ナチュラルワインやチーズにバゲットを添えれば、宿泊先での部屋飲みのおともにもなる。
パンを起点に、地域の食の豊かさを伝えていけるお店になるといい。
思い立ったが吉日、の音成さん。8軒の店舗を建てたうえに、今度は車で15分ほど離れたまちなかに、移住してくる人のための住宅も建てているのだとか。
最近はオリジナルワインをつくる構想も膨らませているそう。
「ちょっと音成さん、ストップ!」とその話を遮ったのは、お店づくりの進行役を担当している安部さん。
「音成さんの行動力がすごすぎるので、わたしはその手綱を引く係です(笑)。ワインの話はちょっと待ちましょう」
SMO南小国という地域商社に所属している安部さんは、育休中だった昨年の11月に音成さんから声をかけられ、急遽副業としてプロジェクトに関わることになった。
必要なことは、やわらかくもしっかりと伝えてくれる人なので、プロジェクトを前に進めていくうえでとても頼りになるはず。
これから関わる機会も多くなると思う。安部さんはどんな人に来てもらいたいですか?
「急な変更や新しい話が入ってくるのは、ままあることで。それに対して、“おもしろいですね”ってまず一度乗っかれる柔軟さは必要だと思います」
パンづくりに関しては、「かまパン」の製造責任者である笹川さんが立ち上げからサポートしてくれるので、経験は問わないとのこと。
職人気質にひとつのことを突き詰めるというよりは、さまざまなことをおもしろがれる、フットワークの軽い人が合いそうだ。
「音成さんって、この感じで淡々と突き進んでいくから誤解されがちなんですけど、じつは情に厚いんですよ。話もよく聞いてくれるし、関わる人に対してこういうふうに活躍させてあげたいんだよねってことをよく考えていて。誰かがやらなきゃいけないことにも、率先してリスクをとって取り組んでいる。だからわたしも力になりたいなと思うんです」
5年前に東京から家族で移住してきたという安部さん。
「外に出て空気を吸うたびに、ここに来てよかったと思います。季節それぞれの匂いがあって、五感がすごく癒されるというか。生きものとしての喜びを感じられる土地ですね」
冬場はマイナス5度まで気温が下がったり、梅雨にスコールのような雨が降ったり。自然に近いからこその脅威もあるけれど、それ以上に豊かさを感じるという。
「あとは日常的に温泉に入れるようになって、温泉の力を感じています。疲れのとれ方が全然違うんですよ!」
「Au Kurokawaがうまく軌道に乗れば、今後の旅館業のひとつのモデルケースになっていくと思うんです。ちゃんとこのまちで働く人がいて、美しい里山が守られ、営みがつながっていく。そんな地域の未来も一緒に描いていきたいですね」
黒川温泉を訪ねたその足で、続けて神山町へ。宿に一泊して、早朝にかまパンを訪ねる。
まだ辺りが暗いなか、灯りのともる厨房。
生地を切り分けたり、焼き上がったパンを運んだり。スタッフのみなさんは、半袖姿でもくもくとパンをつくっている。
そこへ笹川さんがやってきた。空気がふっとゆるんで、みんなの口角が少し上がる。
「フリースクールのスタッフだった人、新卒で飛び込んできた子、元ピザ屋さん、食べることが大好きなお母さんとか。いろんな経歴のメンバーが集まって一緒にパンをつくっています。高校生もいて、8時になったら高校に行くんですよ」
笹川さん以外の人たちは、パンづくり未経験からのスタートだったそう。
そこからどんなふうに今のチームができてきたんだろう? パンがおおむね焼き上がる9時半ごろ、お隣の食堂「かま屋」の一角で話を聞かせてもらうことに。
パン職人だったお父さんの背中を追って、自身もパンづくりの道へ進んだ笹川さん。3軒のパン屋で経験を積んだあと、日本仕事百貨の募集を通じてかまパンの立ち上げに関わることになったのが8年前のこと。
「日本って今、パンの所在がわかんなくなっちゃってるんですよ」
パンの所在?
「本来パンは、食べて生きていくための糧だったわけですよね。それが今こう、ブランド化されちゃって。誰かが『おいしい』って言ったら、次の日には予約が殺到するけど、一年後にはシーン…みたいな。それも豊かさのひとつだと思うから否定はしないですけど、自分はずっと疑問に思ってきて」
「パン屋としての新しいビジネスモデルとかあり方をつくれるんじゃないかと思って、神山へ来たんです」
たとえば、チーム体制。トップダウンで指示を出すようなパンづくりを、笹川さんはどうしてもしたくなかった。
以前フリースクールで働いていたゴロさんが加わったことで、チームのあり方が変わっていったという。
「彼は一緒に考えてくれるんですよ。『笹川さんが言ってること、どうすればできるんですか?』『朝1時間早く来たらできる』『じゃあやりましょう』って」
わたしはあなたのやりたいことを応援する。だからあなたも、わたしのやりたいことを応援してほしい。
そう言い合えるような関係性が育ってきている。
「最近は自分たちで小麦も栽培していて。ゴロくんはもともと農業に興味があったので、『この時間畑行っていいですか?』『OK、そこはおれがやっとくよ』とか。こういう会話が健康的にできはじめると、売り上げもあがっていくし、さがったときにはみんなでどうしよう?って考えられるんですよね」
Au Kurokawaでも、そんないいチームをつくっていきたい。
これから入る人は、採用されたらまずは神山町のかまパンで1ヶ月ほど研修。黒川へ移ってからも、笹川さんが定期的に現地を訪ねてサポートしてくれるそう。
パンのつくり方はもちろん、それ以外にも笹川さんから学べることはたくさんあると思う。
「こっちでやってきたことを向こうにインストールしつつ、逆に学べることもあるはずで。お互いのスタッフ同士が行き来するような流れもつくれたらおもしろいですね」
神山の「かまパン」でつくってきたのは、日常のパン。地域の人たちが、毎日食べたくなるパンを目指してきた。
黒川でも、地域の関係性のなかから生まれる“地域のパン”をつくっていきたい。
「観光地だから非日常感もあるだろうし、エンタメ要素があってもいい。パッケージとか見せ方も、神山とは当然変わると思っています」
黒川に必要なのは、どんなお店だろう? このプロジェクトはどこへ向かっていくんだろう?
そんな問いに向き合いながら、パンをつくっていくことになると思う。
「どんな人と働きたいかって言ったら、考える人かな。横文字とか借りてきた言葉じゃなくて、自分たちの言葉をつくっていける人」
ひっそりと佇む、里山の温泉街。その一角で、めぐりめぐる日々のパンを焼く人を待っています。
(2024/2/29-3/1 取材 中川晃輔)