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「お客さんがお金を払ってくれて、さらにありがとうって言って帰っていくんです。こっちがありがとうっていう関係なのに。ここはお客さんに恵まれている宿なんだと思います」そう話してくれたのは、旅館わかばで働いて1年目の仲居さん。とても楽しそうに仕事のことを話してくれるのが印象的でした。
九州でも人気の温泉街、熊本・黒川温泉。
その一角にある旅館わかばで募集するのは、仲居兼フロント係、そして調理担当として働く人。
経験の有無よりも、大切なのは目の前にいる人に向き合い、日々の仕事で喜びを感じられる素直な気持ち。
旅館わかばは一緒に働く人、そしてお客さんとの関係が、人を育てている場所なんだと思います。
黒川温泉に向かうには、熊本空港や福岡空港から直通のバスが便利。
バスには落ち着いた雰囲気のご夫婦や子連れの家族、さらにアジアや欧米などから来ている外国人観光客など、さまざまな人が乗り合わせている。
黒川温泉は25軒の旅館が集まる温泉街。小さな町のなかで異なる泉質の温泉が湧き出ていて、湯巡りを楽しみに日帰りでやってくる人も多いんだそう。
細い山道を進んでいくバスでウトウトしていると、1時間ほどで終点の黒川温泉に到着した。
バス停からすぐの階段を降りたところに、旅館わかばはある。
整った庭と囲炉裏を通り過ぎていくと、「ようこそ、こんにちは」と仲居さんたちが出迎えてくれる。
玄関には雪駄が並んでいて、浴衣姿で一休みしているお客さんの姿。THE温泉旅館の雰囲気に、なんだか気分が高揚してくる。
フロントで貸切温泉に入る時間の予約を済ませ、お茶を1杯いただきながらひと休み。
落ち着いたところで、代表の志賀さんに宿について話を聞かせてもらうことに。
「ここは父親がはじめた旅館で、僕は3人兄弟の末っ子です。小さいころから勉強があんまり好きじゃなくて、『じゃあ将来は旅館を継げばいい』なんて言われて育ちました。だけど最初の仕事は、理学療法士だったんです」
6年ほど熊本市内の病院で働いていたという志賀さん。当時はお兄さんやお姉さんに宿を任せていた。
ある日ふらりと帰ってきたら、宿を売却するかどうかを決める家族会議が開かれていたそうだ。
「運営していくのが大変だったみたいで。急に『お前がやったらどうや』って話になったんです。迷ったんですけどね。なにもせずに売るっていうのはちょっともったいない気がして、帰ってくることを決めました」
「ちょうどそのころから、黒川温泉がメディアに出て話題になっていったんです。ほっといてもお客さんが来るようになったんですね。とにかく目の前のことを回さないといけない。やるって言ったからにはどうにかしたいって、訳もわからず、とにかくがむしゃらでした」
必死に働き続けた志賀さんは、戻ってきて1年ほどで体調を崩し、入院せざるを得なくなってしまったそう。
そのとき、自分がいなくても従業員がみんなで支え合っている姿を目の当たりにしたという。
「あ、いなくても回るんだって。そこからは肩の力を抜くようになりました。もしかしたら、抜きすぎちゃってるかもしれないんですけど」
そう話しながら笑う志賀さん。やわらかく、ちょっと掴みどころのない感じは、周りに頼もしい人たちがいるからこその雰囲気なのかもしれない。
志賀さんは今、宿の運営のほかに、黒川温泉全体のことを考える旅館組合にも深く関わっているそうだ。
「黒川温泉は旅館単体よりも、みんなで一緒に旅館街を盛り上げていこうってことを30年くらい前からはじめてるんですよね。景観を良くするために木を植えたり、旅館を巡ることができる”温泉手形”を発行したり。地域が一体になってお客さまをもてなす仕組みをつくってきたんです」
街の通りは廊下、旅館は客室。そんなふうに街全体をひとつの宿に見立てた取り組みが功を奏し、一時期は日帰り客を規制せざるを得ないほど人が溢れていたそうだ。
今は一頃のブームも落ち着いて、これからの旅館、街のありかたを模索しはじめたところ。
「うちはずっと年配のスタッフで回してきたんですけど、若い子が入ってくるようになって、ベテランのスタッフが引退したんですね。ただその後、若い子が続かなかったりして、派遣スタッフに頼る時期もありました」
今、5年以上仲居として働いている人は2名。そこに2人の外国人マネージャーと新卒1年目の仲居が5名加わり日々の運営をしているところ。
「人が大切なんだと実感する時期を過ごして、成長しあえる組織づくりを考えるようになりました。みんなで話す機会をつくったり、研修制度を整えたりしているところです」
旅館、そして温泉街全体の未来を考えて、最近は旅館組合が開催する英会話教室やチームづくりの研修にスタッフも積極的に参加している。
まだまだ課題はあるものの、マネージャー層が軸になって、いい雰囲気のチームができつつあるそうだ。
話を終えると、時刻はちょうど夕飯時。
配膳で慌ただしくなりはじめた廊下を抜け、今日泊まる部屋に案内してもらう。落ち着いた雰囲気の部屋で待っていると、担当の方が料理を運んできてくれる。
「クラフトビールや地元のお酒もございます。ごゆっくりどうぞ」と満面の笑みで案内してくれたのが、仲居リーダーを務めている孫さん。出身は中国で、今は日本の文化を学んでいるところなんだそう。
「私のお母さんが若いときに大阪で働いていまして。日本はいいよ、と聞いて留学しにきたんです。旅行が好きで、最初は添乗員になりたくて。でも旅館も楽しいですよ」
「今29歳なんですが、将来は日本で料理屋さんをやりたいです。そのためにも接客や日本の文化、おもてなしを勉強しています。部屋食のお客さまだとこうしていろんな話ができて楽しくて、更にがんばろうって思うんです」
そう言いながら「遠慮せずにどうぞ」と大盛りのご飯を運んできてくれた孫さん。そんなに?と笑いながら会話がはずみ、ついつい箸も進んでしまう。
ここに来て2年目で仲居チームのリーダーになった孫さん。新しく入る人には孫さんとともに仲居チームを引っ張っていってほしい。
「まだまだ日本の文化や言葉づかいもわからないところがあります。それでも後輩のみんなは、私たちの仕事を見ていますから。一緒に相談して、一緒に考えながら働ける人が来てくれるとうれしいです」
「仕事でのルールはありますけど、細かいマニュアルはありません。ホテルのようにキッチリしたところではなくて、リラックスしてもらえる旅館ですから。それぞれが自分で考えて、自分らしい接客をしているんです」
楽しい食事のあとは、貸切温泉へ。
昼間は人が行き来していた通りも静かになって、川の流れる音を聞きながら、ゆっくりと温まらせてもらった。
仲居チームの朝は7時から。
12時までに朝の配膳や掃除を終わらせ、3時まで昼休憩。その後お客さんが到着次第、それぞれの担当について21時すぎまで働くことが多いそう。
「本当は朝番、遅番でシフトを組めるといいんですけど。拘束時間が長くなってしまうところが、なかなか改善できていない課題のひとつです」
そう話してくれたのは、総支配人の田邉さん。現場で働きながら、仲居チームを含む宿全体の運営を担っている方。
「目の前の人に感謝される宿泊業にずっと憧れがありました。家族もいるから好きなことばっかりできないなって踏み切れずにいたんですけど、友人がわかばを紹介してくれたんです」
田邉さんがここで働きはじめたのは7年前。落ち着いていて頼りがいのある雰囲気だけれど、働きはじめて1年ほどで、一度わかばを離れたことがあったそうだ。
「黒川温泉がちょっと下火のころで、時期によってはお客さんがぜんぜん入らなかったんです。僕、子どもが3人いるので、この仕事は厳しいかもしれないと思って、ホテルに転職したんです」
そうだったんですね。どのくらい離れていたんですか。
「実は2週間で戻ってきました。転職先で働いてみて、わかばで働く人やお客さんの温かさがわかったんです。場所によって人がぜんぜん違うんだって、身にしみて感じたんですよ」
「仲間が温かいとやっぱり仕事もしやすいし、接客の仕事は働いている側の雰囲気がお客さんに伝わりやすいんですよね。一度離れてみたことが、僕にとっては覚悟を決めるターニングポイントになりました」
宿の仕事が肌に合っている様子の田邉さん。印象に残っているお客さんについて尋ねると、6年前に香港から来てくれた方を思い出して話してくれた。
「まだ海外の方が少なかった時期で、初めて訪れる場所だからすごく心配されていたんです。バスの予約をこちらでとったり、雪が降ったら迎えに行きますって事前に連絡をしたりして」
「着いたときにはもう僕の名前を覚えていて、お土産まで持ってきてくれて。今でもSNSでつながっているんです。そういう関係ができるのが、すごくうれしいんですよね」
田邉さんは日々、どうしたらお客さんに喜んでもらえるかをいちばんに考えているという。
自分のしたことを、目の前の人が喜んでくれる。
時間に追われがちな宿の仕事のなかでも、相手からの感謝に気づき、相手を大切にできる素直さがある。それが、ここで働いている人たちに共通していることなのかもしれない。
新卒1年目の梅崎さんも、お客さんとの些細なやりとりから、素直に喜びを見つけるのが上手な方。
一人で話すのはちょっと恥ずかしい、ということで、若女将と一緒に話を聞かせてくれることになった。
「お子さんと一緒のお客さまには、写真撮りましょうかって声をかけるようにしてます。あとで旅行を振り返ったときに、宿のことも思い出してもらえたらいいなって」
「お客さんと話がはずんで『うめちゃん』って呼んでもらったり、一緒に写真を撮ってもらうこともあるんです。私、嫌だと思うお客さんってあんまりいないんですよね」
すると、横で聞いていた若女将。
「以前はクレーム対応が多かった時期もあるんですよ。今はそういうことがほとんどなくて。みんながお客さまと話して、その場で対応してくれるのがいいんでしょうね。本当に、いい子が集まってくれているんです」
「えー、そんなことないですよ」と照れ笑いしながらも、楽しそうに仕事の話をしてくれる梅崎さん。
2人を見ていても、ほかのスタッフと話していても、この旅館の人たちはとにかくよく笑うのが印象的だった。
お互いへの信頼感、お客さんからのありがとうという言葉、そしてよく笑うこと。
それが安心して働ける土壌となって、いい旅館、そしていい温泉街へと広がっているように感じました。
日々の小さな喜びを感じられる、素直な人に似合う仕事だと思います。
(2019/9/26 取材 中嶋希実)