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山からはじまる産業革命
すべてが0になる土地で
未来を自分の手で掴みとる

「ここは、およそ700年の周期でまっさらになることが約束された土地なんです」

峠から向こうに広がる浅間山を眺めつつ、きたもっくの福嶋さんはそう話す。

まっさらになる。それは、浅間山が大きな噴火を起こすことによるものです。

きたもっくが営むキャンプ場「スウィートグラス」や製材所、養蜂の施設やツリーハウスなど、人の手でつくられたものはもちろん、周囲に広がる森やそこに暮らす生きものたちも。すべてが一度、0になる。

おかげで大資本が入らず、過度な開発を逃れてきた背景がこの土地にはあります。若い森の新緑の美しさ、温泉や焚き火の暖かさ、雪の降る静かな時間。浅間山が、そして噴火があってこそ、この場所に見出せる価値もある。

それらを一つひとつ拾い上げ、磨いて事業にしてきたのが、きたもっくという会社です。

今回は、自社で所有する山の木々や、このフィールドそのものを資源と見なして、さまざまな形で活かしていく地域資源活用事業部の仲間を募集します。

主に建築の施工管理や設計・デザイン、職人仕事ができる人を求めているとのこと。とはいえ事業の幅は本当に広いので、何か一緒にできることがないか、想像を膨らませながら読んでみてください。

 

きたもっくがフィールドとする浅間山の北麓・北軽井沢までは、軽井沢駅から車でおよそ30分。渋谷マークシティから高速バスも出ていて、これに乗ると4時間弱で到着する。

この日はキャンプ場「スウィートグラス」に一泊させてもらい、次の日から取材ということになった。

翌朝。コテージの脇まで、福嶋淳平さんが車で来てくれた。そしてさっそく山へ。

「まずは各事業地を見ていただこうかなと思って。手袋はありますか? 寒いですよ」

林道の入り口で車を乗り換えて、道なき道を進んでいく。

ここはきたもっくが2019年に取得した240haの山。3つの山にまたがるエリアのため、近くにある峠の名前をとって二度上山(にどあげやま)と呼んでいる。

26年前にきたもっくを創業したのは、淳平さんの父・誠さんだ。

採草地に木を植え、5棟のロッジを構えるところからスタートしたキャンプ場にはじまり、冬には欠かせない薪ストーブの施工、その燃料である薪の製造・販売。養蜂や温泉の活用、アーボリカルチャーの考え方にもとづく自伐型林業や、地産材を使った建築まで。さまざまな事業を展開してきた。

「夏には新しく製材所が完成する予定です。山を案内するところから、一連の事業を見て回る産業観光のツアーもはじめたいし、ヤギを飼って耕作放棄地の除草も進めていきたい」

これまで産業廃棄物として扱われることの多かった小径木や枝も、地元の福祉作業所の人たちと磨き上げてハンガーにしたり、創業100年を超える老舗家具メーカー「飛騨産業」と協働して椅子の背もたれに利用したり。

どんどん事業の幅が広がっていますね。

「たまに『なぜそこまでやるんですか?』と言われることがあって。たしかに、事業ごとの収益でみれば、キャンプ場をはじめとした宿泊観光業が主です。ただ、人と山との持続可能な関わりをつくるには、ここまでしないと循環が成り立たないんですよ」

循環が成り立たない。

「たとえば現代の建築業界では、外材を安く輸入してカットして、組み立てて建築にするのが合理的だと語られるわけです。でも外材が入ってこなくなったらどうするんですか、と。現に資源は枯渇しはじめていて、ロシアは原木の輸出を停止しようとしています。外部に依存していたら、日本の建築文化や木材文化は急速に失われてしまう」

だからこそ山に入るし、自分たちでキャンプ場の宿泊施設も建てる。

最近は、原料調達・加工・流通・販売まで、地域内で一貫して行う「35km自給経済圏」というモデルを実現できないかと考えているそう。

「目先の効率やトレンドを追っても、50年100年というスパンで見たときにそれが合理的かどうかわからないよね、というのが我々の考え方です。どうしたら持続的な産業や文化を育み、生活を営んでいけるか。この山際に住む我々だからこそ見出せる視点や価値、手法があるはずで。そういったものを今後も具現化し続けていくんだろうなと思っています」

すべてに共通する合言葉は、「自然に従う生き方」を意味するフィンランド語の“ルオム”。アルバイトを含めると100名を超えるスタッフ一人ひとりが、それぞれの立場から、人と自然との適切な関係をつくるための挑戦を続けている。

そんななかで、今回主に募集したいのは、建築の施工管理や設計・デザインを担える人。大工や左官などの職人仕事に携わる人も求めている。

とはいえ、地域資源活用事業部の取り組みは幅広い。一連の循環への関わり方は人によってさまざまだし、業界の常識が通用しないこともある。

その幅広さや不確実さを、一緒におもしろがってくれるような人に来てほしいという。

 

まさにそんなふうに、この環境での仕事を楽しんでいるのが石田さん。

きたもっくが管理する築100年の洋館。その一室で、ストーブを焚きながら話を聞いた。

「監督として、現場の指示と作業をさせてもらってます。みんなに動いてもらいつつ、自分でもバリバリやりたくて。どんどん突っ込んでいくタイプですね」

“極度のあがり症”とのことだけど、仕事の話になると目が輝いてくる。ものづくりが本当に好きなんだろうな。

その原点を尋ねると、こんな話を聞かせてくれた。

「自分の実家が、何百年も続く農家なんです。うちの親父は辞めちゃったんですけど、爺さんはほんとの農家だと思っていて。百姓っていうだけあって、なんでもやったんですね。畑仕事はもちろん、ものを直したり、つくったりだとか。昔話のような生活を送っていました」

「そんな爺さんを見ていたから、たくさんのお金は必要ないっていう感覚が、子どものころからあって。なんでも自分でやることが、ひとつの道としてありなんだと思ったんですね」

大学でプロダクトデザインを学んだあと、森林組合で働いたり、家具屋さんに弟子入りしたり、自然公園でガイドをしたり。

その時々の直感に従い、渡り歩いてきた石田さん。

そしてあるとき、二度上山の峠から、西側の浅間山一帯を見た。

「うわ、なんだここ…すごい場所があるな!ってワクワクして。そこに結構有名なキャンプ場をやっている会社があるぞっていうことで、求人に応募してすぐ会いに行ったんです。社長とも話をさせてもらって、ぜひ働きたいと言ったら、じゃあ明日から来い!って(笑)」

3年ほどキャンプ場のスタッフとして働き、施設のリニューアルや修理を通じて、徐々にものづくりの大事なポジションを任されるようになっていったという。

隣で聞いていた福嶋さんは、石田さんたち施工スタッフの役回りを「無茶振りを受け止めて形にする仕事」と話す。

「たとえば山に行って、『この木、ちょっと建築に使ってくれない?』ってオーダーがくるわけです。一般的に言えば、いやいや、何言ってるんですか!みたいな話で。それを、70過ぎの手刻みができる棟梁がチームにいて、『おぉ、こりゃすごいのぉ』とか言いながら、なんとかおさめていく」

スウィートグラス内に昨年新しくできた暖炉グリルコテージ「グルマン」。その吹き抜けに渡された梁も、まさにそんな流れで設置されることになった。

1週間の突貫工事。いざクレーンで入れてみると、少しはみ出してしまったものの、それも庇の棟木として活かすことに。

現場合わせで進めていく方法は、かつての宮大工のよう。

「その流れがしびれるんです」と、石田さん。

「規格にないものをつくるのはもちろん大変なんですけど、絶対そっちのほうがおもしろい!と思うから、やるんですよね。一気通貫でやっているからこそ、扱いづらい原木でも活かすことができるし、捨てられちゃうものも宝になる」

「うちの現場には、言われた通りにやればいいとか、やっつけ仕事の人はいなくて。健康的であったかくて優しくて、ときに厳しくて筋が通ってる。みんなの“いいものをつくりたい”って想いを信じられるから、安心して現場に臨めるんです」

現場ごとにチームとして経験を積み重ねて成長していくので、これから仲間になる人も、過去の経験が活かせるとは限らない。

現に、地域資源活用事業部のみなさんの経歴は、元競輪選手やミュージカル俳優などさまざま。新たに入社が決まっている人も自衛隊の偵察部隊出身で、そのあとには木製のギター職人さんが入ってくる。

得意分野や専門性を持ちつつも、新しい経験や知識を得たら、どんどん自分を更新していけるような人がいいと思う。

 

最後に話を聞いた鈴木さんも、異色の経歴の持ち主。

以前は外資系のネットワーク機器メーカーの営業担当で、バリバリ売り上げていたとか。本人は「口下手なセールスマンです」と笑う。

「チャレンジするのが、割と当たり前というか。大企業ながら変化を恐れない会社だったんです。ある意味すごくいい環境で。ただ、自分は将来この分野で成長したいのか?と考えたときに、ちょっとベクトルが違うなと思って」

鈴木さんの価値観に影響を与えたのは、2011年の東日本大震災。

金銭的な豊かさや、都市での暮らし。当たり前に信じてきたものの脆さを痛感した。

昨年からのコロナ禍を通じて、似た感覚を抱いている人もいるかもしれない。

「ぼくのなかでは、“持続可能”っていうのがすごく重要なテーマで。ここでなら、できることがたくさんあると思ったんですよね。自分自身も成長できるし、もっと言うと、ゆくゆくは日本全体がよくなることにつながると思っていて」

おお、日本全体。それは、どういうことでしょう?

「日本は国土のおよそ7割が森林なので、全国どこでも通じるものはあるはずで。まだまだ道半ばだけど、そのモデルとなる事業の一部を担っているんだ、という自負は強くあります」

ごく身近な話と、地域や自然や社会の話。一瞬びっくりするような、異なるレイヤーの事柄が会話に自然と出てくるところは、きたもっくで働くみなさんの共通点のように感じる。

それがただの絵空事ではなく、じっくり聞いていくと納得できるのは、「循環」がちゃんと成り立っているから。そして、本当に実現できると信じているからだと思う。

「何をやるにしても先生がいないので、自分たちの経験値を合わせて試行錯誤しながらつくっていくむずかしさはあると思う。最短距離では進めないし、何度も失敗するけど、回り道も全部成長につながるので。そういうもんだって思える人がいいですね」

地域資源活用事業部の取り組みをまとめたポータルサイト「あさまのぶんぶん」には、こんな言葉が掲げられている。

「山からはじまる産業革命」

これまた大きな話だけど、きたもっくなら本当に起こせそうで、ワクワクしてくる。

未来を自分の手で掴みとりたい人へ。ここに、その仲間がいるかもしれません。

(2021/1/5 取材 中川晃輔)
※撮影時はマスクを外していただきました。

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