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都会と地方。会社員と個人事業主。デスクワークと肉体労働。
現代では、多くの人が自分の希望で未来を選ぶことができるようになってきました。
そこで問われるのが、「自分は何をしたいか」、「どう生きたいか」ということ。
人に聞いてもわからないし、誰かが指し示してくれるわけでもない。自分で責任を持って決める。その決断をするために、地域おこし協力隊の制度は良いきっかけになると思います。
舞台は、岩手・洋野町(ひろのちょう)。岩手県の沿岸北部に位置しており、海が見え、山側には高原が広がるまちです。
ここで3年間地域おこし協力隊として働く人を募集します。
職種は廃校の利活用やものづくり、観光推進など、ぜんぶで12種類。自分で選び、3年間取り組みます。
協力隊を支援する民間組織もあり、協力隊の先輩も数多くいる洋野町。ここでどんなふうに生きているのか、話を聞いてきました。
洋野町へは、青森の八戸駅からJR八戸線に乗って南へ。三陸の海を眺めていると、あっという間に目的の種市駅へ到着する。
初夏の暑さがあるけれど、浜風が心地よい。
向かったのは、駅から歩いて5分ほどの場所にある、一般社団法人fumotoのオフィス「スタンド 栞」。空き店舗をリノベーションしてつくった。
取材に訪れるのはもう5度目くらいになるだろうか。
ドアを開けると、「あ、稲本さんお久しぶりです」と、fumoto代表の大原さんが迎えてくれる。
fumotoは、大原さんが5年前に立ち上げた組織。もともと洋野町の地域おこし協力隊だった大原さんが、民間で協力隊をサポートする存在が必要だと感じたことがきっかけで、任期後にfumotoを立ち上げた。
基本の事業は、協力隊の採用支援と活動のサポート。ほかにも、関係人口を増やすための事業など、さまざまな事業をまちから請け負っている。
「関係人口の事業は今年度までやらせてもらっていて。洋野の暮らしと人を知る、をコンセプトにした『ひろのの栞』っていうウェブサイトをつくったり、まちの人に取材した冊子をつくったり」
協力隊は、いまでは20人にまで増えたそう。隣町の協力隊募集の支援をするなど、大原さん自身も着々とできることを増やしている。
「最近は『ふもとのさともの』っていう木工のカップをつくったんですよ。大野木工の職人さんと一緒に、アイスカップから着想して」
洋野町のなかでも大野という地域では木工が有名。大原さんが木工の職人さんと関わるなかで、近年は後継者の課題や、生産量も減ってきているという話を聞き、なにかできないかとプロジェクトが始まった。
「職人さんにもちゃんとした対価を払えるような値段にしています。デザイナーの協力隊にも入ってもらいました。東北スタンダードマーケットのオンラインで扱ってもらっていて。もっと売り先を増やしていきたいと思っているところです」
現在20人いるという協力隊。どんな進路を選ぶ人が多いのだろう。
「今年度に任期が終わる人が9人。農業をしている人は残るし、起業する人もいます。もちろん、どうするか迷っている人もいますね」
「普段からコミュニケーションを取るようにはしてるんですが、今は3ヶ月に一回は一対一でじっくり話す時間をつくっていて。活動の振り返りと、次の3ヶ月の活動予定や将来のことを話しています」
大原さん自身も、協力隊とどれくらいの頻度で話すべきか、距離感をどう保つかなど、5年間試行錯誤してきた。
「一人、去年の3月で卒業した人がいて。最後の面談をしたときに、もうちょっと目標の明確化や振り返りをしてもらえたらありがたかった、って言っていて」
「自分でできる人もいるので難しいんですが、なるほどなと思って。今年度は一対一で話す時間をつくるようにしました」
3年という時間を有意義に使うためにも、具体的になにをするか、次の3ヶ月でどこまでやるか。
壁打ちできる相手がいると、地域で活動する上で心強い。
「協力隊が来てくれることによって、これまでまちになかったいろんなことが生まれたと思うんです。たとえば、香港料理の教室を開催したり、空き家の改修をしたり。まちの外に依頼していたデザイン系の仕事も、fumotoで受けることができている」
「一つひとつは小さくても、こういった事実が積み重なっていくと、まちも変わっていくと思うんです。だから、続けることが大事ですよね」
大原さんは、どんな人に来てもらいたいですか。
「なんだろう… たとえば定年して第二の人生でなにかやりたいとか、新卒の人が相談してくれるとか。とりあえず移住したいっていう人もいる」
「どれもダメじゃない。地域の人と柔軟にコミュニケーションして、真剣に仕事と向き合う。それができていればいいと思うんです」
役場の人や地域の人たち。コミュニケーションがうまくいかないという例はいくらでもある。それでも、相手の意見をちゃんと聞いて、まずは受け入れる。
大原さん以外にも協力隊の先輩はいるし、卒業してから定住する選択をした人も5人ほどいるそう。いろいろな人の意見やアドバイスをもらいながら暮らせるのは、fumotoがある洋野町の強みだと思う。
続いて向かったのが、オフィスから車で5分ほどの「北三陸ファクトリー」。
海が一望できる部屋で話してくれたのが、北三陸ファクトリーの渋谷さん。元協力隊で、ウニ養殖や品質管理の仕事を担当している。
埼玉出身の渋谷さん。高校卒業後は宮崎の大学に進学し、海洋生物について学んだ。
「地域の人から『昔は生き物いっぱいいたけど、今はぜんぜんだな』みたいな話を聞いて。すごく自分ごとに感じたんです。自然資源を破壊しない水産業に携われたらいいなって考えるようになりました」
渋谷さんが注目したのが、ウニ。宮崎などに生息しているウニは、岩に穴を開けてそこを棲家にしている。岩ごと食べて削ってしまうので、まわりの海藻が育たなくなってしまう。
「岩を削っている光景が衝撃的で。海藻を守るためにはどうすればいいかって調べるうちに、ウニ養殖に興味を持ったんです。そこで出会ったのが、北三陸ファクトリーでした」
北三陸ファクトリーでは、ウニの「再生養殖」という方法を確立。陸上養殖やエサの技術を独自に開発し、天然とほぼ変わらない味のウニを育てることに成功した。
「会社の人にオンラインで話を聞いて、まずはインターンという形で現地に行って。協力隊になってからは、洋野町のことをまずは知ろうと、漁師さんとかいろんな人に話を聞いてまわりました。そのあと無事就職できて今に至ります」
渋谷さんのように、洋野町で働きたいと思っている人にとっても、協力隊の3年間は人脈や居場所づくりに役立つ時間になる。
「暮らしていて思ったのは、季節を感じやすいこと。ヤマセが吹いたり、雪が積もったり。冬は寒くてつらいですが(笑)。飽きないなって思います」
「協力隊もいろんなミッションがあるので、一人でガンガンやるタイプでも、人と協働したい人も。やってみたいことに合わせて選べるんじゃないかな」
スキルや経験というよりは、このまちでどう暮らし、どうありたいか。それを考えて動ける人であれば、3年間を有意義に過ごせそうだ。
それは外国の方もおなじ。続けて話を聞いたのは、現役の協力隊であるトムさん。香港出身だそう。
留学で日本の大学に来て、その後地域おこし協力隊として洋野町にやってきた。
「見学に来たときに日の出を見たんですよ。それがすごくきれいで。あと、人が多くないところに住みたかったので、それがちょうどよかったです。八戸までも30分くらいだから、不便さもないですし」
活動内容は、主に食に関すること。今年は洋野町の産品を使って、香港料理をつくる料理教室をひらいた。
「乾燥椎茸とひき肉でハンバーグみたいなものをつくって、焼くんじゃなくて蒸します。味付けはそのままか、醤油とかをお好みで。香港の家庭料理で、肉餅(ヨッペン)って言うんですよ」
トムさんは就労ビザで日本に滞在しているため、自分のやりたいことをしながら、引き続き洋野町に関わっていたいと思っている。
「ぜひ一度来てみてください。言葉で表すのは難しいから、自分の目で、まちを見たほうがいいと思います。そのなかに、きっと好きになる理由があると思うので」
最後に話を聞いたのは、木工の協力隊の山田さん。今年の4月から洋野町で暮らしている。
大阪生まれの小豆島育ち。美術大学を出たのち、新卒で洋野町の地域おこし協力隊になった。
「働くならものづくり系がいいなと思って。仕事百貨はいろんな求人があって記事も見やすかったんですよね。東北のほうに住みたいって思ったときに見つけたのが洋野町でした」
どこに興味が湧いたんでしょう。
「うーん… 自分に合うかもっていう直感ですかね。空も海も広くて、人もやさしい方たちが多いんです」
「みんなせかせかしてないんですよ。ちょっと余白がある感じがわたしには合っていて。実際に働いてみても、楽しくやらせていただいています」
つくり方を考えたり、調べたり。完成した姿を考えて、手を動かして、失敗しながらも完成に近づける。
自分の手で触り、体を使ってつくるのが、一番大事なことであり、楽しいところ、と山田さん。
いま手がけているのは、竹とんぼ。大野木工の指導者である人の図録を見たときに、竹とんぼが載っていたのがきっかけだった。
「めちゃくちゃかっこよかったんですよ。その次の日くらいから竹とんぼをつくり始めました」
山田さんが持っている竹とんぼを見ると、羽の部分がとても薄く加工されていて、昔、おもちゃ屋で見たような竹とんぼとはちがう感じ。ひねりも絶妙だ。
「ひねりをいれたり、削って薄くしたり。競技用の竹とんぼなんかは、めちゃくちゃ羽が薄い。透けるんじゃないかってくらい。簡単そうに見えて、すごく奥深いです」
今月末のクラフト市で、木工の器と一緒に販売するそう。その後はろくろを使う練習をして、竹とんぼ以外のものをつくっていく予定だ。
「来る前は不安が大きかったんですけど、みんな明るく喋りかけてくださって、安心して働かせてもらっています」
「あとは都会から離れているので、自然の情報量が心地いいですね」
自然の情報量?
「車で滝を見に行ったり、海に行ったり。自然で遊べるところが多い。産直とか道の駅とかいろんなところに行って、見たことないものを食べたり、知らないものを見たり。そういう生活が楽しいです」
話がひと段落したところで、「飛ばしてみますか!」と外へ。
まずは山田さん。さすが、飛ばすのも上手い。
「コツは、1、2、3!って感じです!」
わかるようでわからないコツを胸に、ぼくも飛ばしてみる。
「1、2、3!」
手から飛び出した竹とんぼは、空へ高く飛び出していった。
空へ舞い上がる竹とんぼを見て、洋野町の地域おこし協力隊のことを思い出していました。3年間知識と経験を得て、それぞれの未来へ飛び立っていく。
どの職種でも良いと思います。まずは洋野町の空気を感じて、人に会って。
肌に合うなと感じた人は、洋野町での体験を活かして、高く高く、飛び立ってほしいです。
(2024/6/18 取材 稲本琢仙)