中国山地に移り住んで750年。江戸時代に全盛を極めた“たたら製鉄”を生業としてから550年。
時代の流れのなかで変遷し、木炭、山、木材事業とその裾野を広げ、出雲・雲南で確固たる地位を築いてきたのが、田部グループ。
現在は、生活に密着した「食」と「住」を中心に事業の幅を広げ、地域の活性化を目指す新たな取り組みにもチャレンジしています。
その一つが、空き家になった古民家を活用し、たたら製鉄をコンセプトにした宿をつくるプロジェクト。
九州や出雲を中心に古民家を活用したまちづくりに取り組む、株式会社つぎと九州とともに、来年4月オープンを目指して動き出しています。
募集するのは、開業から関わる支配人。
1からのスタートになるので経験者が望ましいですが、運営を担うつぎと九州のサポートもあるので未経験でも大丈夫。雇用元もつぎと九州になります。
この地域が持つ歴史、そしてたたら製鉄と縁の深い林業に興味を持つ人なら、やりがいを持って働けると思います。
あわせて、つぎと九州が運営する出雲の古民家宿で働くスタッフも募集します。
島根県出雲市の南にある雲南市。
出雲空港から車で40分ほど走ると、平野からだんだんと山の風景に変わってくる。
到着したのが、「たなべたたらの里」。
当時の蔵やまち並みが残っている地区で、田部グループが事業を行っている地域の一つでもある。
たたら製鉄でつくった鉄を使用した品物を扱う商店の中へ「奥出雲前綿屋 鐵泉堂」。
田部家の歴史も展示されている店内を見ていると、「どうも」と声をかけてくれたのが井上さん。
「株式会社たなべたたらの里」の執行役員であり、地域開発部の部長でもある方だ。
「田部家の歴史は古くて。1から説明すると大変なくらいなんですが、ここを見てもらえば大まかなことはわかってもらえるかと」
田部家の歴史は古く、記録としては鎌倉時代からその記録が残っている。
室町時代に奥出雲を拠点にしてからは、たたら製鉄が主な事業に。最盛期には日本の鉄需要の8割を供給し、現代の技術をもってしても再現不可能な「和鋼(わこう)」を生み出していた。
その後は木炭業に移行しつつ、大正末期からは現在の山陰地方の主要な新聞社やテレビ局のもとになる会社を立ち上げるなど、メディア事業に進出。
食の分野ではKFCやピザハットといった世界的ブランドを西日本で展開。住環境分野では長年の山林・木材・造園外構事業で培ったノウハウを活かし、快適で健康的な住環境を提案。
書き並べきれないほどの事業と功績を残している田部グループ。
今回はこのなかでも、「株式会社たなべたたらの里」が手がける宿事業に関わる人を募集する。
たなべたたらの里は、たたら製鉄の復興による新たな産業創出と地域の活性化事業に取り組む会社。まちづくり事業をしているつぎと九州とつながったのも、そういったご縁からだそう。
「宿にする建物は、むかし社員寮として使っていたんです。地域の活性化を図るなかで、宿泊施設が少ないので、観光客の動機づけや滞在時間の延長のために宿泊施設が必要だという話になって」
「このエリアでたたらの里やフォレストアドベンチャーなど、いろいろなコンテンツをつくっている我々としては、泊まるところも今後必要になってくるだろうと。そこでつぎと九州さんとの事業が始まりました」
宿は現在工事の真っ最中。コンセプトとしては、昔ながらの建材や雰囲気、そして地域の特色を活かしながら、現代にあった設えにすること。
たとえば近いイメージとの宿として、つぎと九州が携わっている「RITA出雲平田 酒持田蔵」がある。
出雲の木綿街道にある、老舗の造り酒屋「酒持田本店」の土蔵を一棟貸しの宿に。日本酒だけでなく、料理を豊かにするペアリング体験や日本酒風呂をたのしめる。
建物が持つ良さはそのままに、その土地だからこそ楽しめる体験を丁寧に組み込んでいるのが、つぎと九州の手がける宿。
「建築的な好みが、つぎとさんと一緒だなと思ったのも大きかったです。僕も古民家は古民家らしく再生するのが一番だと思ったので。つぎとさんに設計をお任せしたら間違いないなって」
「一つ思っているのは、この地域を鉄の聖地にしていきたいってことなんです」
鉄の聖地、ですか。
「最盛期には、全国の8割の鉄をここで生産していたわけで。ここに来てくださったからには、たたら製鉄を含めた鉄のことを知って感じてもらいたい。使っていた道具を飾ったり、ショップでもフライパンとかアウトドア用品とか、幅広いものを置きたい」
「子どもでもVRとかでたたらを擬似体験できるような体験施設もつくりたいと思っています。いろんな企みをしているところですね」
たたら製鉄の復活については、すでに実現している。
今年の6月にも、一般参加型のたたら製鉄を操業。鉄の原料となる砂鉄、炭をつくるための木、炉を築く良質な土など、奥出雲の大自然の恵みを実際に見て、簡単な作業を中心にたたらを吹く体験を提供した。
実際のたたら製鉄では、炉の中に砂鉄と木炭を入れ、ふいごで風を送る。近代的な製鉄と比べると効率は劣るものの、純度の高い鋼をつくれるのが、たたら製鉄の特徴だ。ジブリ作品「もののけ姫」を観たことがある人なら、イメージがつきやすいかもしれない。
「実際のたたら製鉄の様子を映したビデオや道具を見て、たたらの学習をしていただいてから実際にたたら製鉄を見てもらいます」
「一般の方が体験できる製鉄以外に、今年から我々が独自に試験的に始めたのが、三日三晩操業で。炉の温度は1400度くらいなんですけど、放射熱がすさまじいんです。炭を入れるだけでも、皮膚がただれそうになるくらい。ノロっていう不純物も川のように流れてきて」
三日三晩の製鉄は、今後もチャレンジする予定だそう。
「単純に見えますけど、砂鉄、木炭、土、風の化学反応で鉄になるわけですよ。大量に木炭が必要になるし、砂鉄もさらさらさらって均等に入れないとうまくいかない」
「砂鉄を10トン入れれば、鉄は2.5トンくらいになる。事前に炭づくりもしなきゃならないので、準備も大変です。やり終えたときはものすごい感動ですよ。その鉄を使って、ナイフとか靴べらをつくったりして」
今回の宿も、たとえばたたら製鉄の体験をセットにして売り出してもいいし、通常時にも、製鉄場の見学や説明などがあると、よりこの地の歴史にのめり込んでいけると思う。
そして同時に井上さんが伝えていきたいと考えているのが、自然の循環のこと。つまり、木があってこそたたら製鉄ができるわけで、その木を手に入れる林業のことも伝えたいという。
「フォレストアドベンチャーっていう施設をつくったのも、私のなかでは一次産業だと思っているんです。素材を生産する林業もあれば、空間を活用する林業もある。そして大切なのは、森は守るだけじゃなくちゃんと使って、新しく植えていくということ」
「100年の森がすごい、と言われたりしますが、地球温暖化を抑制していこうと思ったら、60年くらいで伐って次の木を植えたほうがいい。漠然と『自然を守ろう、大切にしよう』っていう風潮をあらためたいという思いはあります。適切に『使う』大切さを子どもたちに伝えていきたい」
フォレストアドベンチャーでは、遊びと同時に木育学習もおこなっている。
企業研修でも使われることがあり、「木を使う」という考え方を広げるための力になっている。
「たたらっていうのは、鉄と木の文化。山がどんどん循環されて、人々が住んで山が維持管理されるのがすごく大事なことなんです」
「だからここで働いて定住していただくっていうのは、すごく意味があることなんですよね。まちの人たちの生活も守っているわけですから。宿も、そのなかのひとつの重要なピースになるし、それを一緒につくっていけたらいいなと思います」
今回募集する支配人には、製鉄や林業のことに興味を持っていてほしい。宿泊業の経験はなくても大丈夫。
どうすればお客さんに鉄と木の文化を伝えられるか、どうすれば心地良く過ごしてもらえるか。自分たちで考えながら工夫していくことは求められる。
井上さんもアドバイスしてくれるし、宿の運営についてはつぎと九州もサポートに入ってくれるので、自分で考えながら、そしてときに頼りながら、運営の基礎をつくっていってもらいたい。
とはいえ、実際にどんな仕事をしていくことになるのか。
雲南から出雲に戻り、出雲の木綿街道にある「RITA出雲平田 酒持田蔵」のスタッフ、山根さんに話を聞く。
山根さんは以前、日本仕事百貨での募集記事に応募してつぎと九州に入社した方。
「酒持田蔵がある木綿街道は地元で。経験もあったので、宿の仕事ができるんだったらと思って応募しました」
チェックインは、宿ではなく向かいの酒蔵、酒持田本店のスペースを借りて行っている。その際に酒持田の歴史や、宿泊する蔵についての説明をすることで、お客さんに宿や地域のことを知ってもらう時間をとっている。
夕食はイタリアンか和食料理を日本酒とともに。朝食はお醤油屋さんに協力してもらい、家庭的なごはんを。
10時のチェックアウト後は、片付けと掃除をして、部屋の準備。
少し離れたところに事務所もあり、事務仕事もある。販売料金を設定したり、SNS広報をしたりなど、宿泊客がいないときも仕事は多い。
「地域の人に見守られながら宿を運営できるのが、うちの宿のいいところなのかなと思います。それに、地域の人たちと関わる機会が多いのも、つぎとが運営する宿の特徴なので、それを楽しめる人だったらすごく面白いんじゃないかな」
「新しく入る人も、出雲のやり方を参考にしながら、いい運営方法を考えてもらえたらいいし、なにかあれば遠慮なく相談してもらえたらと思ってます」
どんな人に来てもらいたいでしょう。
「井上さんが話していたように、たたら製鉄や木の文化に興味を持ってくれる人がいいのかなと」
「あとは私の経験的なところだと、立ち上げはわりと大変な部分です。できれば社会人経験がある人だと、物事を順序立てて進めていけるんじゃないかなと思います」
宿を通して、鉄と木の文化を感じる。
出雲の奥地で、いにしえの知恵を活かしながら、現代の課題にチャレンジしようとしている人たちがいます。
今このときだからこそ、つくりあげていく面白いタイミングに出会える。そんなプロジェクトのように感じました。
少しでも興味がある人は、まず訪れてみてください。この場所の空気と歴史にふれるなかで、感じるものがたくさんあると思います。
(2024/7/18 取材 稲本琢仙)