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本棚にはその人が表れる。
経営、哲学、登山地図、世界史、成功、失敗、生き方、「死」とは何か…。
「ほぼ建築の本がないですねえ、こう見ると。大学の専攻が土木で、社会インフラをつくるっていう考えがベースにあるので、いわゆる建築の人たちと根本の設計思想が違うんだと思います。そこがうちの魅力なのかな」
子育ての家代表の小川さんはそう話す。

子育ての家は、その名の通り、子育てを何よりも優先した家をつくってきた会社です。
自社サイトやSNSを通じて発信し、価値観に共感してくれたお客さんの家だけを建てる。そんなスタンスで、北海道から沖縄まで、全国で家づくりをしてきました。
今回は全国どこでもフルリモートで働ける建築士と、拠点のある長崎市でマーケティングや経営企画に携わる人を募集します。
お客さんに対しても、一緒に働く人にも、小川さんは「なぜ?」と問いかけます。
どうして子育ての家なのか? そもそもなぜ、家を建てるのか。その仕事は何のため?
仕事も暮らしも、根っこから考えることを大事にしたい人に合う会社だと思います。
長崎市の中心市街地から、南へ。
船が係留された港町の風景を横目に車を走らせると、15分ほどで「千代の幸団地」に着いた。

どのおうちも庭先に木が茂っていて、窓からの眺めが気持ちよさそう。車を降りれば鳥のさえずりも聴こえる。
この一帯の造成から、47区画すべての設計・施工に携わったのが、子育ての家。オフィスやモデルハウスも団地の一角にある。
おうちのようなオフィスを訪ねると、代表の小川さんが迎えてくれた。

子育ての家の前身は、小川さんのお父さんが立ち上げた工務店。創業して56年になる。
千代の幸団地の開発がはじまったのは1996年のこと。
ただ、不景気が重なったことで、土地も家も思うように売れなかった。
3年で完売という事業計画はずるずると延び、負債は10億円に。一時は廃業寸前まで追い込まれてしまう。
「家の位置付けをあらためて考えたんですよ。家ってなんのためにあるのか? そこで、“家は子育ての場である”っていうふうに再定義して」
家は、子育ての場。
「家族が笑顔で心豊かに、健康に暮らすために家がある。それまでは『モノ』を売っていたんです。そうじゃなくて、『暮らし』の価値観を発信して、共感していただいた方に家を届けようと。これが2000年ごろの大きな転換でした」
また、小川さんの価値観に影響を与えたのが、シックハウス症候群をはじめとする問題。
ビニールクロスのような素材や個室の多い間取りなど、お客さんの要望に応じてよかれと思ってつくってきた家に、さまざまな健康被害を生むリスクがあることがわかってきた。
「社会的な問題と住宅がリンクしているとわかったら、売れればそれでいいじゃんとは思えない。自分の倫理観として、以前と同じような家づくりは続けられなかったというのもあります」
そこから少しずつアップデートを重ねて、現在の形ができてきた。

子育ての家には、いくつかの特徴がある。
材料は国産の自然素材が標準。あえて敷地いっぱいに家を建てず、庭に木をたくさん植えて「森化」する。
2階のリビングの外には広々としたウッドデッキがあったり、部屋を区切る扉が少なかったりと、開放感も大事にしている。
とりわけユニークなのは、間取りが決まっていること。予算や家族構成に応じてS、M、Lの3サイズ展開はあるものの、基本的にはモデルハウスと同じ形の家だけをつくっている。
「一般的に工務店は、どんな家をつくるかを約束しますよね。ぼくらは心身ともに健やかに、子どもがのびのび育つ暮らしを約束して、そこに向かうための商品やプロセスをつくっている。ゴールをどこに設定するかの違いです」
お客さんからすれば、間取りが決まっていることで完成形のイメージが明確になる。おかげで子育ての家を建てはじめてから20年以上、竣工後のトラブルやクレームはないという。

そうした家づくりや暮らしの姿勢を、Web広告や自社サイト、SNSを通じて発信。県外からの問い合わせや受注も徐々に増え、2年前にはついに千代の幸団地の全区画が埋まった。
「価値観が合わない仕事はしません。他社との相見積もりもしない。ちゃんとしたものをつくって、伝える努力も最大限にして、それでも仕事がないんだったら、廃業するだけなんで。このスタンスは20数年ずっと変わらないですね」
さらに今年の4月からは、自社施工をやめた。遠方の現場が増えてきたことや、ベテランの現場監督の退職を機に、企画・プロデュースに専念することに。
地元の工務店と連携することで、全国のどこでも子育ての家を建てられる仕組みを構築。現在は北海道から沖縄まで、27の都道府県で建築実績がある。

これからも日本中で子育ての家を広めていきたい。そのために今回は、フルリモート勤務可能な建築士と、長崎のオフィスでマーケティングや経営企画に携わる人を募集する。
どんな人と働きたいですか?
「単にリモートで働けるからとか、そういう人はちょっと違うかな。こんな事業の考え方、働き方があるんだって。それをおもしろいと思うかどうかじゃないですかね」
都内でフルリモート勤務をしている建築士の千野(ちの)さんは、2児の母。子育てと仕事の両立に悩んでいたとき、子育ての家のInstagramを見たのが入社のきっかけだった。

「建築家としてだけじゃなく、ママ目線からも共感することばかりで。ちょうど建築士を募集していたので、飛び込んだっていう感じです」
都内のアトリエ事務所で12年ほど働いていた千野さん。
以前から森林破壊の問題に関心があり、年に一度はパプアニューギニアを訪ねていたそう。
「オリンピックとか万博とか、大きな工事をすればするほど、合板っていうものを使わざるを得なくて。その材料はどこから来るのかと言えば、東南アジアや南太平洋地域。毎年、目の前で森がどんどんと裸になっていくのを見てきました」
「建築家が『この材を使ってください』って一筆書くだけで、変えていけるものがあるんです。ただ、独立したとて年間に建てられるのは5棟。30年で150棟しか建てられない。自己満足で終わらないためにも、ここで挑戦したいと思ったんですよね」
子育ての家の醍醐味は、「子育てに最適な間取りと素材が考え抜かれていること」と千野さん。
型があることで材料のロスを最小限に抑えることができるし、お客さんにとっても、子育てという貴重な時間を悩むことに費やさなくて済む。
この家を全国に広めることで、千野さんは住宅業界の当たり前を変えていきたいのだという。

素朴な疑問なんですが、間取りが決まっているなかで、建築士はどんな仕事をするのでしょう?
「ちょっと語弊があるかもしれないけど、自分も簡単なんじゃないかと思って入ってきたんです。でも実際は全然簡単じゃなくて」と千野さん。
「地域ごとに法規や気象条件も違うので、使える材料や気をつけるべきポイントもちょっとずつ違います。あとは敷地のなかに家をどう置くかも大事で。たとえば50cm北に寄せるか南に寄せるかで、光の入り具合がだいぶ変わるんですよ」
同じ国産材でも、県をまたぐと100万円近く値段が違うこともあるし、工務店によってつくり方はさまざま。
無数の条件を考慮しながら、お客さんも職人さんも自分たちも、誰にも無理がないように図面や資料を整えていく。
「基本的にやっていることは前職のアトリエ事務所と変わりません。恥ずかしながら、図面は手書きしかやったことがなくて。CADが使えないので、基本的な図面は別の方にお願いしつつ、展開図は自分で手書きしています」

お客さんには、初回に長崎か福岡のモデルハウスを体感してもらい、以降はオンラインでのやりとりが基本。建築士はリモートで働くことができる。
「とにかく設計して、確認申請をとって、見積もりをチェックして。業務が明確なので、リモートでも問題なく働けているかなと思います」
千野さんの拠点は都内の自宅と、会社で借りている近所のコワーキングスペース。お子さんが小さいこともあり、一日平均6時間を目安に働いている。
メンバーは、パートタイムや産休育休中の人も含めて6名。うち、千野さんを含む2名はフルリモート勤務とのこと。
2〜3ヶ月に1回は長崎に全員で集まる機会を設けているほか、代表の小川さんは月一度のペースで東京出張があるので、顔を合わせる機会も多いそう。
「急がないといけないこともあるけど、以前よりも心のゆとりは生まれました。ただ、違う圧力があるというか」
違う圧力?
「ピリッとやろうぜっていう圧はあるでしょうね」と、隣で聞いていた代表の小川さん。
「だって、お客さんの大事な人生を預かってますからね。その意味での厳しさは、ぼくは絶対譲っちゃいけないと思うんですよ」
「目の前のことでバタバタしてると、大ゴケするようなことが起きるんです。何が大事か、冷静に考える時間を持つためにも、スケジュールはあまり詰めないようにしています。もちろん健康管理も大事ですね」
その話を聞いていた、経営企画の伊藤さんが一言。
「健康管理って言っても、勇人さんは『ちょっと走ってくる』っていう距離が30kmとかですよ? 体力がすごいというか… おかしいですよね(笑)」

小川さんの右腕的なポジションで、採用担当やモデルハウスの案内、ローン融資についての銀行とのやりとりなど、幅広く担っている伊藤さん。
新卒で入った広島県庁を1年でやめて、この会社を目がけて移住してきた。
入社してまだ3ヶ月ほど。日は浅いですが、働いてみてどうですか?
「前にいたのが大きな組織ということもあって、裁量とスピード感のギャップはありましたね。あ、ここまで自分で考えてやっていいんだ、って」
お客さんとの連絡はLINEで行い、Instagramのライブ配信も「まずやってみよう」とはじまった。とくに経営企画で関わる人には、フットワークの軽さは求められると思う。
「ただ柔軟なだけではだめで、軸が通っていることも大切というか。わたしが入ってみて実感しているのは、社会インフラをつくる会社なんだなっていうことです」
社会インフラをつくる。
「目の前のご家族の暮らしを叶えるのもひとつのゴールなんですけど、その先につなげていくことがやっぱり大事で。次の次の世代、100年先まで使える社会インフラをつくっているんだって捉えたときに、わたしはこの会社のやっていることがすっと腑に落ちたんですよね」

飛行機から見下ろすまちなみや、通りすがりの家々の灯りに、「この一つひとつに暮らしがあるんだな」と感じることがあります。
そして、それらが集まって社会はできている。
心身ともに健康に、のびやかに子どもを育てられる家が増えたら、社会も少しずつよい方向に変わっていくのかもしれません。
この会社のビジョンに共鳴するものがあれば、小川さんたちにその想いをぶつけてみてください。
(2025/09/04 取材 中川晃輔)


