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巨大な岩、30年の沈黙
かつての廃墟が
文化になる

栃木の宇都宮と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、やはり餃子でしょうか。

今回の舞台となる「大谷グランド・センター」を手がける井上さんは、少し違う角度からこのまちを見ています。

「50万人都市ではあるけれど、いわゆる観光地がない状態なんです。『餃子を食べる』というコンテンツが目的になっている。そうではなくて、この景色が見たい、ここに行きたいと思えるような“場所”をつくりたいんです」

大谷町は、かつてフランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテル旧本館の建材としても使われた「大谷石(おおやいし)」の産地。

まちのあちこちに岩肌が露出し、地下には巨大な採掘場跡が広がる独特な景観は、映画のロケ地としても有名です。

そんな岩山のひとつに、抱きつくようにして建つ建物があります。

ここは、かつて「山本園大谷グランドセンター」として多くの観光客で賑わった場所。

しかし時代の変化とともに閉業し、30年以上もの間静まり返っていました。地元では有名な廃墟だったそうです。

そんな場所が2026年1月、アートスペース、レストラン、パティスリー、カフェが一体となった複合施設として生まれ変わりました。

今回は、カフェ・パティスリー・レストランで働くスタッフを募ります。

運営するのは、地元の印刷会社である株式会社井上総合印刷。

廃墟だった場所が、なぜ今、再び息を吹き返したのか。そして、この場所はこれからなにを目指すのか。

まずは、このプロジェクトを率いる井上社長に話を聞きに行きました。

 

宇都宮駅からバスに乗り30分ほど。「大谷観音前」で下車。

すぐ目の前、巨大な岩山の中腹に埋め込まれているように、大谷グランド・センターはある。

入り口は、木々や竹林が迫る階段を上がった先。

エントランスに入り、階段を登る。

すると視界が一気に開ける。ワンフロアに広がるレストランとカフェスペース。

高い天井に、むき出しのコンクリート。壁の一部は、ゴツゴツとした岩肌がそのまま建物の内壁になっている。

昔の骨組みをそのまま活かしていて、荒々しさはあるものの、冷たさは感じない。むしろ、長い時間を積み重ねた石の質感からか、空間全体に落ち着きがある。

オープンキッチンでスタッフと話していたのが、今回のプロジェクトを手がける、井上総合印刷の井上加容子社長。

こちらに気づくと、笑顔で迎えてくれた。

「すごい場所でしょう。このフロアは、もとは大きな宴会場だったんです。わたしたちが最初に来たときは、植物が生い茂り、ハクビシンや野良猫の住処になっていたんですよ」

井上総合印刷は、宇都宮に根づく印刷会社。

どうして廃墟となった建物を再生することになったのだろう。

「印刷会社というと、紙に情報を刷るのが仕事だと思われがちです。でもわたしは、地域の文化や歴史を伝え残すことこそが、本来の役割だと思っているんです」

これまでも、宇都宮市街地の空き店舗を改装してカフェをつくったり、大谷エリアの古民家でお蕎麦屋さんを始めたりと、地域のためにできることを形にしてきた。

そんなときに出会ったのが、かつて大谷の観光の中心地だったこの場所。

「昭和40年代、高度経済成長期に建てられた『山本園大谷グランドセンター』の跡地。当時は周辺にホテルや旅館が10軒ほど立ち並んでいて、多くの人でにぎわっていました」

「閉業してからは、30年以上も廃墟になっていて…。地元では心霊スポットなんて呼ばれるほど、暗い場所になってしまっていたんです」

井上総合印刷は縁あってこの施設を取得。老朽化も進んでいたため、取り壊して更地にする選択肢もあったけれど、井上さんは残すことを選んだ。

「今の建築基準法ではかなり難しい、岩山と建物が一体化したような構造。よく見ると、 当時の石工さんの情熱がところどころに宿っているのを感じて、これを壊してしまうのは、あまりにも惜しいと思いました」

すべてを新しくつくり変えるのではなく、建物が持つ力強さや、職人の手仕事が感じられる跡を残しつつ、現代に合わせて磨き上げる。それが、この場所の最適解だと感じた。

構想から9年。行政との折衝などさまざまな課題を一つひとつクリアして、ようやく形になった。

「リノベーションを進めるうちに、止まっていた心臓がドクン、ドクンと動き出すようで。建物が生き返っていくようでした」

井上さんの案内で、フロアを回る。

1階にある常設展示室は、かつて浴場として使われていた場所。今はアーティスト・YOSHIROTTEN(ヨシロットン)によるインスタレーションが行われている。

大谷の岩や植物、光をスキャニングした映像作品が、石肌をなぞるように動いている。ゴツゴツとした石と、ざわわとうごめく光。眺めていると、浮遊感を感じる。

常設展示のほかにもギャラリーのような空間があり、今後はさまざまなアーティストの企画展も予定しているそう。

2階には開放的なレストラン・カフェフロア、そして屋上からは大谷のまちを一望できる。

館内を見渡すと、客層は実にさまざま。アート作品を熱心に撮影する若い人もいれば、レストランで食事を楽しむ年配の方もいる。

オープンして間もないけれど、県外からの観光客も多く訪れているそう。

ゆくゆくは地域全体で芸術祭のようなイベントを仕掛けたり、周辺の土地を活用して新しい施設をつくったり。ここをスタート地点として、大谷町を盛り上げていきたい。

単なるおしゃれな商業施設ではないし、歴史を保存するだけの博物館でもない。話を聞けば聞くほど、まちおこしの側面大きいように感じる。

「その通りです。ここを再生させることで、大谷をもう一度明るい場所に変えたかった」

「もともと大谷町には、多いときで100万人以上の観光客が訪れていました。それが減少し、今は70万から80万人まで戻ってきた。大谷町への観光客120万人を目指しているので、この場所と一緒にそこへ向かっていきたい」

施設が盛り上がれば、地域全体の活性化にもつながる。

「自然の美しさや建物の力強さ、そして美味しい料理や素晴らしいアートもある。でも、それだけでは完成しませんよね。最後にお客さまの記憶に残るのは、そこでどんな時間を過ごしたか。つまり、サービスなんです」

「『この場所で働きたい』『地域を盛り上げたい』という想いを持つ人に、先人の残した歴史や、この空間の世界観を伝えてほしい。何年後、何十年後のこのまちがどうなっていくか。そんな未来も見据えながら、一緒に働けたらうれしいですね」

 

井上総合印刷の社員で、現場の責任者である千徳(せんとく)さんにも話を聞く。

物腰の柔らかい、おだやかな方。ホテルの専門学校を出て、サービス業に携わってきた経験もある。

「昨年12月のプレオープン、そして1月のグランドオープンを経て、お客さんは増えている。けれど、スタッフの数はギリギリで、全員でなんとかカバーし合っているのが現状です」

その状況を変えていくためにも、お客さんやスタッフ全体を見て自ら動き、かつスタッフに的確な指示を出すことのができるチーフの役割を今回募集したい。

メニューの監修には、東京の人気店“LIFE”のオーナーシェフ・相場正一郎さんと、世界チャンピオンに輝いた経験を持つ“MAISON GIVRÈE(メゾンジブレー)”のオーナーパティシエ・江森宏之さんが入っている。二人とも栃木県出身のトップランナー。

料理やスイーツのクオリティは間違いない。あとは、どんな世界観で、どんな想いでユーザーに届けるか。

今回は、できれば飲食店でのホールやマネージャー業務の経験もある人を歓迎したい。ただ必須ではないし、この場所はまだ走り出したばかり。

決まった正解がないからこそ、これから一緒につくりあげる余白もある。お客さんに喜んでもらうために、自分で考えて行動できる。そんなホスピタリティがある人であれば、存分に活かせる環境だと思う。

「私自身もサービス業での勤務経験があるので、相談には乗れると思います。目の前のお客さんに喜んでもらうこと、その積み重ねが、結果として大谷というまちの活気につながっていく。一緒に悩みながら、この場所をつくっていけたらいいですね」

 

ダイニングのオープンキッチンで、テキパキと調理を進めているのが藤田さん。これから新しく入る人と、現場を一緒につくっていくメンバーのひとり。

藤田さんは栃木出身。調理学校を出て、県外のホテルでダイニングスタッフとして働き、地元で挑戦したいとここのオープンに合わせて戻ってきた。

「前職はホテルで宴会料理などを担当していたので、食べている人の表情を見る機会が少なくて。ここでは『美味しかったよ』って声をかけてもらうことも多く、お客さまの顔が見えるのがうれしいです」

「20代で、これだけの規模のレストランでスーシェフとして挑戦できることは珍しい。自分にとっても挑戦でしたが、日々自分で考えて動くことが楽しい。とてもやりがいを感じています」

ここで、藤田さんイチオシのピザをいただくことに。

地元の特産品であるヤシオマスを生のまま乗せている。あっさりしていて、すごく美味しい。

いまは監修してくれている相場さんからアドバイスをもらいながら、自分たちでメニューを育てていく段階。今後は地元のネギを使ったサラダやランチプレートなど、新しいメニューもどんどん出していく予定だ。

サービススタッフも、お客さんの声を拾って藤田さんと一緒に新しいメニューを考える機会もあるはず。

「キッチンもサービスも関係なく、みんなで助け合っていきたい。役割にとらわれず、一緒にお店を良くしていこうと思える人なら、きっと楽しいと思います」

 

最後に、ショーケースに並ぶケーキをつくっている齋藤さんにも話を聞く。

以前は神奈川にある江森シェフのお店で7年間働いていて、大谷グランド・センターの立ち上げにあたり、製菓部門の責任者として声をかけられた。

齋藤さんもまた、ここ地元の栃木に戻り、新しい挑戦をはじめているひとり。

「すぐ近くの農家さんから、採れたてのいちご『なつおとめ』を仕入れていて。ここではその日のうちにタルトにできるんです。このスピード感で、生産者さんの顔が見える距離にいられるのは、この場所ならではの魅力ですね」

今後は、地元の桃やマンゴーなども使っていきたいという。

地元の食材を使うことは、地元の農家さんを支えることにもつながる。

「7年間培ってきたことを、この場所でしっかりと発揮したい。今後は少しずつできることを増やして、ゆくゆくはジェラートも出していきたいと思っているんです」

 

美味しいものを食べるだけなら、便利なまちなかのお店でもいいのかもしれません。

でも、ここでの食事は少し違う。顔を上げれば、岩肌が目に入る。口にするのは、この土地の水や土で育ったもの。

景色も、歴史も、料理も。全部ひっくるめて「大谷」を味わっているような感覚になります。

料理の説明にとどまらず、そんな背景にある物語も一緒に届けていく。

働く人自身も、この場所が持つ空気感を面白がれれば。次第に、このまちの新しい景色がつくられていくはずです。

(2026/01/13 取材 田辺宏太)

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