inu合同会社のディレクター・藤本美紗子さん。
彼女のもとにはいろいろな相談が届きます。
依頼人は、国内外のメーカーから、建築家、映画監督、プロダクトデザイナーなどのクリエイターまで。

なぜ藤本さんに相談がやってくるのか?
このインタビューを通して、それがわかったような気がします。
inuは、クリエイティブコンサルティングオフィス。
今回募集するのは、コンテンツクリエイターとパーソナルアシスタント。
コンテンツクリエイターは、SNSのプレゼンやWebのグラフィックデザインなどおこないます。グラフィックの勉強をしていれば、経験は問いません。
パーソナルアシスタントは連絡やスケジュールの管理などを中心とした仕事。
日本と世界をつなぐ業務が多いため、英語を使える人が望ましいです。
まったく違う業界からでも、インテリアや建築、アートに知見がなくても。
疑問があればためらわずに聞いて、前のめりに進む力があるなら、inuの仲間になれると思います。
目白駅を出て、7分ほど歩く。大通りから一本入って、住宅地のなかへ。

敷地内にギャラリーがあり、池をぐるりと囲むように部屋が並ぶ建物。その1室がinuの事務所だ。
おじゃますると、コーヒーミルを挽く藤本さんの姿が。いい香りが漂ってくる。
近況を尋ねると、こんな言葉が返ってきた。
「変化があるときって、なにかご縁につながるときでもあるから」
取材のタイミングで、6年間取り組んできたプロジェクトが一区切り。

過去も大切にしながら、未来を見つめている。水産部でトレーダーをしてからデザイン業界へ辿り着いた、藤本さんの生き方そのものが表れた言葉だ。
「新卒で大手の総合商社に入りました。コーヒーや紙パルプの部署に希望は出しましたが、配属は水産部。初めの2年半は経理、そのあとの3年は原料マグロのトレーダーでした」
出産を機に仕事について考え、商社を辞める。
そのときビジネス用SNSで声をかけられたのは、異業種のテキスタイル会社。
「食品会社が現実的な転職先かなと考えていたのに、デンマークのテキスタイル会社からのオファーが届いて。『ちゃんと履歴書見てるのかな…』と思いましたね。聞けば日本支社のカスタマーサービスを探していて、鮮度が命であるマグロをやっていたなら、腐らない布もできるでしょ?ってことだったみたい」
「面接のプロセスで見た事例がとても綺麗で記憶に残るものでした。それに、子育て中の私にも理解を示してくれたのが大きく、この会社に転職を決めました。」
入社すると、責任者であるカントリーダイレクターと二人きり。
「デンマークの働き方は時間内にベストエフォートを出すこと。どんどんやってさっさと帰りなさい、みたいな感じでした」

当初任されていたショールーム以外のこともやっていき、33歳でカントリーダイレクターに。
「周りに若くして女性でその役職に就いた人がいなくて。日本とデンマークのリーダーシップの違いとか、相談できる人がいなくてかなり苦戦しました。私の度量も不足していたなと今でも思うところがあります」
なぜ抜擢されたのかと思いますか?
「目標の数字に対してイベントをどう打つか、それぞれのスタッフが得意なことをどう活かすか考えたからですかね」
国内メーカーが主力で販売している布と比べて、約10倍の値段がする自社製品。それをどのように売っていくか。
藤本さんは期待されている以上のことを実践していく。
「毎月、取引先の工場にストックを確認しに行っていました。どのテキスタイルがなぜ売れているのかを分析すると見えてくるものがあったんです」
さらにお客さんから布を選んでもらうために、さまざまな工夫をしていく。
「新作がこんなプロジェクトに使われた、こんな案件があったなど、クライアントにとって役立ちそうな情報をメールや電話で発信しました。取引先が今ほしいものはもちろん、3年後や5年後を考えていましたね」
「ある家具メーカーには、彼らが普段使っているテキスタイルの色や素材を分析しながら、商品をより良く見せるためにおすすめできるものを提案していました。お取引をしたい方々の展覧会には、かならず顔を出していました」
求めること以上に考えて動き回る藤本さんの姿は、周囲から信頼されていく。
会社がどんどん大きくなり退職を考えていたとき、5つの取引先から「何か提案してくれない?」と相談を受ける。
とことん考えて、さまざまなアイデアを実践する仕事ぶりを見てくれていたのかもしれない。
「これからは業務委託で働こうと、2020年にinu合同会社を立ち上げました。そのまま動物の犬を意味していて、忠犬ハチ公のように一度依頼していただけたら忠実に仕事します、いっしょに散歩するように歩みます、みたいな意味です」

藤本さんの肩書きは、あくまでディレクター。
「先入観なく、フラットな立場で相手と向き合いたいんです。代表やクリエイティブディレクターだと、気軽に相談できないかもしれない。だからずっと肩書きは変えていません」
「ホームページもつくっていなくて。知り合い経由の仕事も多いし、会社を広げる予定もなかったので。なるべくお客さんのために時間を割きたいんです」
しかし、どれだけお客さんに時間をかけても、悩みのすべてが解決することはない。
「解決に近づいても、世界はどんどん変わっていく。だからずっと伴走します。基本的に3年ほど契約して、ひとつの課題が解決したら、また次の課題を探していく」
いま伴走しつづけているのは、給湯器やガスコンロを製造販売するリンナイ株式会社。国内でガス機器トップのメーカーだ。
2025年にオープンしたショールーム〈Rinnai Aoyama〉の場づくりからコンテンツ提案、オウンドメディアの編集まで手がけている。

2年前、Rinnai Aoyamaのクリエイティブディレクターから電話がかかってきた。
「家具メーカーのレセプションでいろんな設計事務所の人と喋っていて、その姿が印象に残ったそう。デザインや性能など総合力で世界と戦っていける商品を広めたい、お客さんに体感してもらいつつ設計事務所やプロの人にも認知してほしい、という相談でした」
デザイン案を見せてもらうが、もっと何かできると考える。
「プロに広めるには、何度も来てもらえる場所にしなきゃいけない。それにはタイムレスなデザインが向いてる。ケース・リアルの二俣公一さんに電話したら『リンナイ、使ってるよ』と言われて。それはまさにショールームのメイン商材だったので、この人だ!と感じました」
Rinnai Aoyamaは二俣公一さんによるデザインで、リンナイブランドの良さがより伝えられる場所になった。
「クライアントにとって何が最善か、誰と仕事して、私たちに何ができるのか。私が働くうえで意識していることかもしれません」
「こんなことをしてほしいという要望の、ずっと先を見つめます。相手より相手のことを考えることが好きなんでしょうね」
相手より相手のことを考える。
オフィスや店舗のデザインを手がける建築設計事務所・SAKUMAESHIMAでも、藤本さんの姿勢はぶれない。

「手伝ってよと言われて事務所に行ったけど、幸せそうにみんなで働いてて。私にできることないなと感じながら、何かするわけではなく3ヶ月くらい遊びに行っていた。そうしたら、だんだん彼らのことが見えてきて」
SAKUMAESHIMAの、何が見えてきましたか?
「かっこいいオフィスデザインをやっているなら、その仕事をより良く見せていくようにWebサイト、写真のディレクション、メーリングリストなど、彼らの仕事周りをアップデートすれば良いのではと思ったんです」
「彼らには『ストリート』な匂いがありつつも、毎日飽きずに使いつづけられる良いデザインを提案する力がある。そこで、アートディレクション・ウェブデザインをdesegnoさんに頼むことにしました。desegnoさんによるディレクションの基、今もメーリングリストなどを発行し続けています」

現在まで4年ほど、竣工写真のディレクション、それを説明する日本語と英語のキャプションの作成なども関わっている。
「広島・呉の船会社から『船着場にカフェをつくりたくて、誰かいない?』と相談されて、SAKUMAESHIMAを紹介しました。雑誌やTVにも取り上げられるようなカフェになったんですよ」
相手の想像以上にすてきな道案内ができるのは、藤本さんのノウハウがあるから。
「頭のなかに過去のケースが溜まっていて、この感じならこれが合いそうってわかる。だから時間をかけずに本質に辿り着くことができます」
「クリエイターにはストレートに伝えるけど、大企業の場合は、担当者さんとチームになるような気持ちで、どのように物事を動かしていくか、時間をかけて進めていきます。アプローチは変えていますね」
相手に合わせて進めるなかで、ひとつだけ貫いているものがある。
「距離感は、関西のおばちゃんみたいにしています。いつもちょっとおせっかいなのかも(笑)」
「なんでも大丈夫ですと言う人や太鼓持ちしたりする人だと、どこか不安になると思うんです。お客さんが本当にほしい言葉ってなんだろうと常に考えていて。それが時に耳が痛い話もあるってことかな」

本音で話してくれる人には、本音で話したくなる。
嘘のない藤本さんの言葉は信頼できるから、誰しもが相談したくなると思う。
現在inuで働いている5名のほとんどが業務委託。そのうち2名が卒業するため、新しい仲間を探している。
「コンテンツクリエイターは、グラフィックデザイン、カメラマンの提案やキャプションの作成などクライアントのInstagram・オウンドメディア・ニュースレターをお願いしたいなと思っています」
「パーソナルアシスタントは、毎日届くメールやDMの対応、打ち合わせの調整、文章の作成や荷物の発送などを任せたいです」

藤本さんのそばで、デザインのほかに何が学べるのだろう。
「お客さんに対してひたむきに考えるから、企画力とプロデュース力は確実に身につくと思います。あとは作戦を実行して、うまく着地させる力も。なかなかこの3つが一気にできる場所は珍しいんじゃないかな」
「インテリアや建築の知識がなくても、知らないとはっきり言えたり、質問できたり、恐れずに話してくれると。私、ビビられがちなんですけど、対等に会話ができる人がいいな。さまざまな目線を持つ仲間からいろんなことを学べたら嬉しいです」
「ピュアにこの世界を楽しんで、いいものを分け合える仲間として来てもらえたら。いっしょにスコップで土を掘ってみて、泥水だと思ったらチョコレートじゃんって笑い合えたらすてきじゃないですか」

同席していたシゴトヒトの代表・ナカムラケンタも、取材が終わるころには「僕も相談したい」と話していました。
藤本さんの考えや人との接し方から、学ぶことは多いと思います。
今日も「ちょっと聞いてよ」とあらゆる相談が届いているはず。
悩みごとの一歩先まで、ともに考えられる人を待っています。
(2026/01/30 取材 ナカムラケンタ、久保泉)


