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日々忙しく過ごしていると、感受性が鈍っていくように感じます。
そんなときは、都会の喧騒を離れてみるのも良いかもしれません。
森に入って山菜を見つける。川魚を塩焼きにして食べる。焚き火をして星を眺めたり、温泉やヨガで身体をほぐしたり。
自然のなかに身を置いて数日過ごすことで、心と身体が整っていく。
そんなリトリートプログラムが生まれようとしています。

舞台は、徳島県南部にある海陽町。源流の森から川をたどり、河口のある海までが車で1時間以内に収まる、自然を身近に感じられるまちです。
西日本で屈指の波を誇るサーフィンの聖地として、また日本では珍しいサンゴの群生地があり、夏には産卵を観察できる場所としても知られています。
今回募集するのは、ここでリトリートプログラムを立ち上げる人。まちが本腰を入れて進めており、地域おこし協力隊としての3年の任期後も働き続けることができます。
豊かな自然に囲まれて、暮らしながら働きたい。自然を活用した観光プログラムづくりに取り組みたい。そんな人には、またとない仕事だと思います。
徳島駅で乗り換えた牟岐(むぎ)線の電車は、水を張った田んぼのあいだを進んでいく。
途中、白い装束をまとったお遍路さんも乗車。終点の阿波海南駅に着いたあとは、ともに西へ歩く。山道を抜けて高知に向かうのかな。

駅から15分ほどで、小学校の横にあるオフィスに到着。
まず話を聞いたのは、海陽町役場の観光交流課ではたらく一森さん。
昨年まで徳島県庁に出向して、リトリート事業の構想を練っていた。新しく入る人とは、一緒にプロジェクトを進めていくことになる。

「全然知られてないんですけど、海陽町って実はすごく資源が豊富なんですよ」
まちの中心を流れる海部川は、環境省が認定する「全国で最も水がきれいな川36本」の一つ。水中に潜ると天然の鮎やうなぎ、手長エビの姿を見ることができる。
鮎突きと呼ばれる伝統的な漁法体験、マットに寝転がりゆっくりと川を流れるビーチマット漂流など。さまざまな遊び方ができるそう。
「実際に潜ってみると、透明度が桁違いで、まるで空気のなかを泳いでいるような感覚なんです。ぜひ一度は潜ってみてもらいたいですね」

川の上流では、四国最古の禅寺・城満寺で坐禅体験ができる。別の川には、インドで修行を積んだヨガの先生もいるのだとか。
ただ、素材はあっても、観光地としてのPRがあまりできていなかった、と一森さん。
「私たち地元の人は発信が苦手で。でも、これから先を見据えたときに、この美しい自然は大切な資源だよねという話になって」
「役場が方針を固めたタイミングで、徳島県内の自然資源を打ち出していく動きが県庁でもあって。そこで海陽町にも声がかかったんです」
2年前、はじめての国際便が香港やソウルとのあいだで運行開始したことで、海外から訪れる人も増えている徳島県。
地域課題に伴走する株式会社さとゆめ、大手旅行代理店HISと協定を結び、今後数年をかけて、観光まちづくりを進めている。
柱のひとつにあるのが、リトリートプログラムの開発。
インバウンドはもちろんのこと、日本に住む人たちが徳島に滞在して、その自然に癒されることを目指している。
いくつかのまちを検討して、抜擢されたのが海陽町だった。

まず立ち上げるのは、役場や観光協会、漁協、お寺、ホテルといった関係者からなる「海陽町リトリートプログラム推進協議会」。新しく入る人は、その運営の中心メンバーとして携わってもらう。
「私自身もはじめてなので、いろんな方に教わりながら進めています。新しく入る人と一緒に少しずつ形にできたら」
「新鮮な目でまちを見てもらえたら、観光業の経験はなくても大丈夫です。地元の人が見過ごしている魅力を、たくさん発見していってほしいですね」
続いて話を聞いたのが、NPO法人あったかいよう代表のラフォンテーヌさん。
観光客向けのツアーガイドも担当していて、協議会のメンバーにも加わる予定だ。プログラムの助言や協力者の紹介など、困ったことがあれば助けてくれるはず。

「先日は、舗装されていない昔の登山道を歩くツアーをしたんです。植物の匂いを嗅いだり、動物の足跡を観察したり。黙々と歩いているだけで、自然と心が整っていくんですよね」
「海陽町はPRが本当に苦手ですね(笑)。でも、名前がついていなかっただけで、私たちの日常はリトリートそのものだと思います」
リトリートとは、仕事や日常生活から一時的に距離を置き、心身の癒やしやリセットを目的として過ごす時間や場所のこと。
ヨガや瞑想、自然体験、デジタルデトックスなど。現代では新たな旅のスタイルやセルフケアとして注目されている。
利用を想定しているのは、企業向け研修。つまりは都市部で働いている人たち。
ワーケーションしながら参加できる数時間のプログラムから、合宿で数日間じっくり過ごせるものまで。
訪れる人のニーズに合わせて、幅広いプログラムをつくっていきたい。

プログラムの開発といっても、ゼロから生み出すというよりは、すでに海陽町にある点をつなげていく仕事になる。
「まずは海陽町のことを知ってほしいです。海に行って朝日を眺めたり、そのまま漁港に寄ってみたり。運が良ければ船に乗せてもらえて、それがプログラムにもなるかもしれません」
着任した1年目は、まちの暮らしに慣れつつ、プログラムのアイデアを考える。モニターツアーを開発して、お試しで何度か開催してもらいたい。
2年目は参加者の声も踏まえて、内容をブラッシュアップしていく。
四国や関西、九州など、近くの企業に知ってもらうための広報文を作成したり、観光客向けの展示会に参加したりと、プログラムの参加者も募っていく。
国外に向けたPRもしてほしい。一森さんは明日から1週間ほど韓国へ出張にいくそう。海外の人が何に興味を持っているのか、リサーチするための出張も大歓迎。
「外の世界も見て海陽町の良さを比較しつつ、より良いプログラムを考えてほしいです」

3年目は、事業が継続的に続いていくように、仕組みを整えていく。
法人にするのか、観光協会の一部門にするのか、など事業に応じて検討。自分がつくりたい形と、まちに求められているものをうまく組み合わせることができたらいいと思う。
「まだ手付かずの大自然のなかで、自分と対話する時間を持つ。その豊かさを、海陽町に訪れる人たちに味わってもらえたらうれしいですね」
経験が足りない部分は、株式会社さとゆめの力も借りながら進めていく。
西日本の本部長を務める俣野さんに、オンラインで話を聞かせてもらう。

さとゆめは、東京都奥多摩地域にてJR東日本とともに「沿線まるごとホテル」を手がけるなど、全国で地域創生に関わっている会社。
長野県の信濃町で24年前からリトリートプログラムの企画運営をはじめ、沖縄や山形でもリトリートプログラムを展開するなど、実績は十分。
「リトリートには、メンタルヘルスの改善や生産性向上といった、科学的な効果が証明されつつあります。法人研修としての需要は、ここ数年で着実に増えていますね」
社員のメンタルヘルスや生産性に着目し、予算を確保する企業も増えてきているため、十分な市場ニーズが見込めるそう。
「海陽町はほかのまちでも珍しく、海、山、川すべての自然資源が、いずれも美しい。アクティビティや生物多様性の観点もある。いろんなプログラムがつくれると思いますよ」
「プログラムのつくり方や企業案内など、これまで得た知見も共有します。僕らもサポートに入るので、安心してチャレンジしてもらえたら」
海陽町役場では3年後の雇用も見据えている。腰をすえてじっくりとプログラムをつくりたい人に来てほしい。
海陽町を見てみようという話になり、まちを案内してもらうことに。
車で西にある竹ヶ島に行き、海中観光船に乗せてもらう。
ガイドをしてくれたのが、海洋自然博物館マリンジャムの藤村さん。大阪の専門学校で海の生物について学び、4年前に海陽町へやってきた。

「実習でまちに来たのですが、この海に一目惚れをしてしまって。一名の募集に対して、同じ学校のもう一人と希望を出したところ、二人とも採用してもらいました(笑)」
「暮らしのことも親身に考えてくれて、みなさん優しい方ばかりです。いまは船のガイドからサンゴの飼育まで、なんでもやらせてもらっています」
10分ほど湾内を進むとアナウンスが入り、船底の展望室へ。左右に窓があって、海中の小魚やサンゴの姿が見える。

窓を覗いていると、後ろで藤村さんが解説してくれる。
年に数回、運が良いとウミガメに会えること。低水温により激減したサンゴであるエダミドリイシの保全活動を、地元の人が主体となって行ったこと。その結果、すぐれた景観を保護するために国の海域公園に指定されたこと。
「海底に見えるサンゴ、実は生き物だと知っていましたか? 年に一度、海中で産卵をするんです」

「海陽町では長年の研究で、おおよその産卵日を特定できて。夏の新月の夜には、エダミドリイシの産卵を見ることができるんです。海のなかに星が光っているみたいで、とても神秘的。ぜひ一度は見てもらいたいですね」
早朝の浜辺で、朝日を浴びながらヨガやサーフィンをする。漁港を見学して、水揚げされたばかりの魚を味わい、夜はサンゴの産卵を見学する。
海を中心とした自然のなかで、五感をひらくリトリートプログラムをつくることもできると思う。
海陽町には、海もあれば山もある。マリンジャムを後にして、ここからは役場の大西さんに山を案内してもらう。
すこし汗ばんできたところで、道中の湧き水を一緒にごくっと。冷たい水が身体に染みわたる。

さらに山道を登っていくと、四国最古の禅寺である城満寺に到着。
聞こえるのは、風に揺れる木々の音のみ。数分いるだけで心が落ち着いてくる。
境内では、華道家によるいけばな体験や、茶室でお茶をたてることもできる。静かに内省したり、五感を研ぎ澄ませたりするにはもってこい。
「夏になると、すぐそばの川で鮎を銛で突くんです。そのまま塩焼きにして食べたり、お肉を焼いてBBQをしたり。暑くなってきたらまた川に入るのを繰り返していると、すごくスッキリするんです」
海と川を行き来することで、自律神経を整えることにもつながる。サウナで汗をかいて、そのまま川に入るのも気持ちよさそうだ。
一通りまちを見せてもらった取材の帰り道、海が一望できる温泉に入る。
ぼーっとしていると、いろんなことが浮かんでくる。いまの暮らしや、これからのこと。
お風呂上がりに、今年の初ガツオを食べさせてもらうと、もちっとした歯応えで美味しい。帰るころには、いつもより元気になっている気がしました。
少しでも興味を持ったら、まずは気軽に話を聞いてみてください。
自分の身体で感じることから、リトリートがはじまります。
(2026/05/12 取材 櫻井上総)