「モミの葉をちぎってみてください」
えっ、ちぎっていいのかな?
針状に連なった葉をちぎり、クシャクシャとこすり合わせてみる。
ふわっと鼻に抜ける爽やかな柑橘のような香り。
葉っぱの匂いを嗅ぐなんて久しぶり。
湖畔沿いを歩きながら植物を紹介してもらう。そよそよとなびく葉っぱに、ジージーと鳴く虫。たった10分歩いただけで、いつもより匂いも音も身体に心地良く入ってくる。

長野県南佐久郡小海町。
「HOTEL MIYAM」があるのはこんな場所です。
松原湖の玄関口にあったロッジ「宮本屋」を改修して、2025年7月にオープン。
全7室のうち、6室は松原湖に面しています。
チェックイン後の約1時間のプチセラピーも特徴のひとつ。
山ぶどうの茎をかじったり、深呼吸したり。
セラピストと松原湖畔を歩くなかで、五感を使い、小海のゆるやかな空気と豊かな自然を感じてもらう。
滞在中の体験を通して自分の身体や環境への配慮に気づき、持続可能な社会に向けてアクションを促します。

今回はサービススタッフの募集です。
業務はチェックイン、清掃、ベッドメイク、レストランのホールなど、サービス全般。未経験でもかまいません。
自分と人の心地よさにアンテナを張り、すぐに行動に移せる人に合う仕事だと思います。
長野県の東部に位置する小海町。
八ヶ岳の裾野で、千曲川が流れる自然豊かな場所だ。「HOTEL MIYAM」は、JR小海駅から車で10分ほどのところにある。

梅雨明け間近の曇り空。
車を降りると、肌に当たる風が心地よくちょうどいい気候。標高約1100mの高原だからだろうか。

臙脂色の扉をワクワクする気持ちで開ける。
「こんにちは!お待ちしてました」
レセプションから支配人の篠原さんが声をかけてくれた。
「今日は涼しいですけど、昨日までは暑くて。暑いっていっても、カラッとして過ごしやすいですよ」
朗らかなお父さんのような雰囲気に、湖のほとりに立つ親戚の家に遊びに来た気分になる。

レストランの席に案内してもらい話を聞く。
オープンしてから、どうですか?
「MIYAMを知り、小海町に初めて訪れる方が多くいらっしゃって、改めてホテルを開業して良かったと思いました」
近くに上田市や軽井沢があるため、小海町を目的地にして若い人たちが滞在することは、そこまで多くなかった。
MIYAMが誕生してからは、InstagramやthreadsといったSNSでの発信を見て小海町を目的地にする人も徐々に増えている。
首都圏でバリバリ働く人が、癒しを求めて。
客層は友人同士やカップル、それから女性ひとりも多いそう。

小海町出身の篠原さん。大学卒業後、地元に戻り、26年間小海町役場に勤務。
役場では様々な部署を経験してきたが、特にまちづくりに携わる部署に長く関わってきた。
「小海町を知ってもらうために、首都圏で開催される観光や移住イベントにも何度も出展しました。でも、いきなり町の認知度は高まらない。知ってもらう難しさを感じましたね」
MIYAMを手がけたのは株式会社さとゆめ。
「ふるさとの夢をかたちに」をミッションに掲げ、全国で地方創生に取り組む会社。2016年から小海町の地域創生に関わってきた。
長野支社長の浅原さんとは、そのころから対話を重ね、ともに歩んできた。
たとえば、小海の自然を活かした事業「憩うまちこうみ Re・Designセラピー」では、BtoBの滞在型プログラムを提供。専門的な講義や実技講習を通じて、正式に認定を受けた住民がセラピストとなり案内役になる。

さとゆめが加わることで、まちのブランディングとともに、地域の雇用も生み出してきた。
MIYAMはこれからきっと小海や周辺の地域を知ってもらうきっかけになる。
行政でどうしてもやりきれないことを民間で叶えたい。篠原さんは、2025年3月に役場を辞め、MIYAMの支配人になった。
「『支配人をやるのは自分なのかも』という気持ちは、心のどこかにありました」
「はじめは接客に悩みました。どことなくよそよそしい感じがして」
だから、これまでの経験や地元だからこその強みを活かした接客に切り替えた。
「よく知る小海町のことを自分の言葉で喋るほうが、ここでやる意味があると思いました」
「おすすめの場所を聞かれたら、よく駅前の定食屋の桔梗家(ききょうや)を案内します。店主が同級生で、『MIYAMのお客様が来たらコーヒーサービスしてね』って言ってあります(笑)」
「篠原さんが住まいもスタッドレスタイヤの提案もしてくれて。住みはじめるのに困らなかったんです」
そう話すのはサービススタッフの河合さん。
新しく入る人は、河合さんと一緒に働くことになる。

新卒から沖縄や鹿児島の地域の風土を活かしたリゾートホテルで働き、より裁量を持って働ける場所を求めて、MIYAMに転職。
ここではお客さんの名前を覚えて呼べる距離感の接客に、やりがいを感じているそう。
「たとえば、チェックイン後に森を案内するプチセラピーはお客さんとの大切な時間のひとつ。10日経てば、つぼみだった花が咲き、実が赤くなり見える風景が変わる。ここの自然を自分の言葉で伝えられたらなって」
子どものころから自然が好きで、大学では環境教育を学んでいた河合さん。この1年で松原湖畔の自然を学び、セラピストとしてもお客さんを案内している。
新しく入る人もはじめはこの辺りの自然を学ぶ機会もある。慣れてきたらセラピストとして案内することもできるそう。

河合さんは唯一の宿泊業界経験者。話を聞いていると何でもこなす印象を受けたけど、試行錯誤することが多いという。
たとえば、SNS広告。マーケティングや広報は未経験だった。
「決まりきったマニュアルはなくて、だからこそ気づいたらまずやってみようというスタンスで働いています」
「開業してすぐの頃、広報まであまり手が回っていなくて。当時は担当もいなかったので、働き出してすぐ手を挙げてやり始めました」
「最近うれしいことがあって!」と河合さん。
「ゴールデンウィークに『静かな松原湖で人混みを避けて過ごしませんか?』と広告を出したら、まさにそれを見て来てくださったお客さんとお話したんです」
ほかにも、年4回泊まれる「シーズナルパス」は河合さん考案。年間パスポートのようなもので、リピーターのお客さんが宿泊する前日に思い切って形にした。
どうしてこんなにチャレンジできるんだろう。
「この場所での滞在を、自分とつながり直す場所にしてほしいんです」
「私自身、ここで過ごしていて、感覚に敏感になる。たとえば冬に外に出ると耳が痛くなるほどの寒さ。そんな経験がうれしくて、ここに来てくれた人も少しでも何か持ち帰ってもらえたらなって」

MIYAMのスタッフは6名。そのうち、サービススタッフは正社員3名、パート1名の計4名。
清掃、ベッドメイク、レセプション、プチセラピー、食事の配膳、予約管理など業務は多岐にわたる。
お客さんが居心地よく過ごせているか。オペレーションはその都度話し合って調整している。
「温泉が混雑しない時間帯に送迎をずらしてみたり、そもそも本当に温泉に行ってもらうのがお客さんのためになるのか立ち返ってみたり。みんなで試行錯誤しながら進めているところなんです」
河合さんは、どんな人に来てほしいですか。
「学生時代のアルバイトでも接客経験がある人だと役に立つかもしれません。おもてなし精神があって、現場のサービスを安心して任せられることが一番大事ですね」
「あとは、課題を見つけて解決する思考を持っている人だといいかな。とにかく自分から動くことが、ここでは大切」
運営体制の整備とともに業務マニュアルの準備も進んでおり、未経験者でも安心してスタートを切ることができるはず。
おなじくオープンから関わる、シェフの宮下さんにも話を聞く。
サービススタッフはシェフがつくった料理をお客さんの元へ運ぶ。

県内出身で、18歳で上京後、都内とパリのフレンチレストランで副料理長の経験を積んだ。家族とよりよい暮らしを求めて、ふたたび長野へ。
「18歳で地元を出たから生産者さんも知らなくて。もうひとりのシェフと、車で回って一つひとつ探していきました」
まとまった注文数がないと、業者に納品を頼むのは難しい。だから、食材のほとんどを自分たちで買いに行く必要がある。
都内だったら年中手に入る食材も、この辺りだと旬の時期しか出回らない。
「今はこの辺の食材の知識も少しずつ増えてきました。焼いたほうがおいしいと思っていた食材が、実は蒸したほうがおいしかったり」
料理の話をすると、顔がほころぶ宮下さん。
MIYAMでは、小海町のある南佐久地域の食材を活かした料理を提供する。

宮下さんはどんな料理が好きですか?
「何を食べているかがわかる、素材を活かした料理が好きです」
「僕の料理は基本的にシンプルだと思います。例えば最近ですと「菜飯」というカブのリゾットがお客さんに喜んでいただけました。お米とカブ。とてもシンプルです」
ほかにも「ほの香」や「みどり」など、メニュー名が印象的。
新しく入るスタッフも、まずは料理を食べてみて、感じたままの言葉をお客様に伝えることができるはず。
シェフは専門職のイメージがあるけど、宮下さんは厨房を出て、草むしりやお客さんの送迎をすることもある。
肩書きを超えて、それぞれの職能や気づきが場を磨くきっかけになる。
一方で、スタッフに現場の裁量が任されているからこそ悩むこともある。
「悩んでいるスタッフには声がけをしますし、言うべきところは言う。立場に関係なく、気づいたことは遠慮なく話し合える関係性でありたいです」
ここの皆さんは自然体で働いているのだろうな、と言葉の端々から感じ取れる。

「季節が変わってくのを肌で感じる。すごくきれいなところなんです」
取材の合間に、篠原さんからポロッと出た言葉が印象的でした。
長年暮らしてきても、なお新鮮に、しみじみとこの景色に感動するのだ、と。
いい環境を、いい食材を、いい場所を伝えたい。
はたらく人たちの気持ちが一つひとつの行動にあらわれて、心地よさを提供するこの場所ができているのだと思います。
(2026/7/13 取材 ナカノヒトミ)