ファッションは好き。
ただアパレルは斜陽産業と言われてしまうと、働くのはちょっと悩む。
アパレルメーカーのneuthingsは、自分たちの目を養い、ちょっと変わった、それでいて人々を惹きつける独自の商品やお店での体験をつくり続けてきました。

東京の渋谷と吉祥寺、大阪、京都に直営店「YEANAY(イエナイ)」を構えていて、今回5店舗目として神戸にお店をもつことに。
今回は、神戸の新拠点と、関西や東京にある店舗を流動的に支えていくスタッフを募集します。アパレル業界の経験は問いません。
話を聞いて思うのは、ほかのアパレルや接客の募集とは少しようすが違うということ。答え合わせをするように、読み進めてみてください。
大阪で服を買う場所といえば、駅から南下して堀江やアメリカ村のあたりを巡るイメージ。
今回向かうのは、大阪駅から歩いて西のほう。グラングリーン大阪など、新しい商業施設ができたばかりの、開発が進むエリア。アパレルのお店があるというのは、少し意外に感じる。
たどり着いたお店は、中がよく見えるガラス張り。
店内に入り、洋服を見ながら、あるものに目が留まる。
古い木製の棚に置かれた食品サンプルのサンドイッチ、犬のおもちゃや用途のわからない木片など。ギャラリーのようなかっこよさと、どこか変な空気が入り混じっていて面白い。

「うちの店、どれも駅から少し離れた変なところにあるんですよ。あえてここを目的地として来てくれるお客さんが多いんです」
迎えてくれたのは、代表でありデザイナーの米永さん。
「ブランドにはブランドの人格があるように、お店にはお店の人格がある。自分たちの洋服と一緒に、自分たちの“目”で選んだものを並べる。そうすることで、価値の伝わり方も変わってくるんです」

neuthingsは、「NO CONTROL AIR」と「FIRMUM」「DDUD」という3つのブランドを自社で展開している。
いずれもゆったりとしたシルエットのユニセックスの洋服で、素材とテイストによってラインが分かれている。米永さんが着ているNO CONTROL AIRのギンガムチェックシャツも、空気をふわりとまとっているような、軽やかな印象。
服づくりは、建築を学んでいた米永さんならではの、少し変わったアプローチからはじまるという。
あらかじめ完成図を描くのではなく、布を体に当てたときの垂れ方や、重力、そして人の骨格などをじっくり観察する。そのうえで、まるで建物を設計するように服の形を組み立てていく。
特定の誰かの体型に合わせるのではなく、人と布の物理的な関係性からつくられるため、着る人の身長や体格、性別が違っても、服のほうが自然と体に馴染んでくれる。
「うちの服は、強気な服ではないんです」
強気な服?
「たとえば、あえて猫背気味に見えるように、背中側にゆとりを持たせたり、肩のラインを少し落としたりして設計しています。丸まった骨格に合わせて布側に空間を準備してあげると、肩が前に入っても窮屈じゃないし、むしろそのゆとりが綺麗な落ち感に変わる」
「そんな、日々胸張って生きてられないじゃないですか(笑)。身体や心にちょっとしたコンプレックスを抱えながら生きている人に寄り添うような、弱い服をつくりたいんですよね」
気になってラックからどんなアイテムを引っ張ってきても、米永さんの考えがにじみでるようなデザインが施されている。

米永さんが服づくりを始めたのは1998年。大学生のころにプリントTシャツをつくって卸し始めたのがブランドの原点。その後、2003年にお店を立ち上げ、少しずつ成長してきた。
長らく卸売を軸にしてきたものの、コロナ禍を機に、自社で直接届ける小売の力をつけていこうと舵を切り、現在は東京と関西で直営店を展開している。
お店が変化していくなかで、扱うものも服だけにとどまらなくなった。
ジュエリーから始まり、ヴィンテージの時計、古物、さらには最近立ち上げたばかりの香りのブランドまで。米永さんの好奇心と目で選び抜かれたものが、ブランドやお店を構成している。
「センスって生まれ持ったものだと思われがちですが、僕は日々のトレーニングで鍛えられるものだと思っています。目を鍛え続けると、無数のガラクタのなかから光り輝く宝物を見つけ出せるようになる」
「正しい価値観なんて明日にはひっくり返るかもしれないからこそ、つねに自分の目を新しくアップデートしていくことが大事だと思っています」
その姿勢は、この冬にオープンする神戸の新店舗にも表れている。
これまでは大阪に在庫用の倉庫を借りていたけれど、「ただ置いておくだけでは価値を生まない」と考え、解約。
そして神戸の新長田に拠点を移し、物流倉庫と店舗、そしてギャラリーが一体となった新しい場所をつくることに。

三宮から距離もあるし、普通ならアパレルショップを出店しないような立地。けれども、自分たちの見立てる力を信じて、あえて攻めの姿勢で乗り込んでいく。
「僕は新しく入る人には必ずこう伝えるんです。『アパレルは斜陽産業です。明日会社がダメになるかもしれない。そしたら一緒にラーメン屋をやりましょう。それでもいいですか』って」
「服のことだけに凝り固まっている人は、うちではやっていけないと思います。でも、目を鍛えていれば、たとえ服が売れなくなったとしても、ほかのものから価値を見出して売ることができる。ここで働きながら目を鍛えることは、一生ものの価値になるはずです」
目を養うことで、思いがけない自分の可能性がひらいていく。
15年勤めた前職を辞め、ここで新しい働き方を見つけた上中さんも、そのひとり。

アパレル業界はまったくの未経験。美術系の学校でジュエリー制作などを学んだのち、ランドセルメーカーで働いていた。
「仕事は楽しかったけれど、15年も経つと業務範囲が固まってしまい、何か新しい挑戦をしてみたいという気持ちが膨らんでいきました」
ちょうどそのころ、以前から好きで通っていたYEANAYへスカートを買いに行った。スタッフの丁寧な対応に感動していた矢先、Instagramで日本仕事百貨の求人記事を見つける。
「YEANAYはいつ行ってもすごく尖っていておしゃれな空間だったので、未経験の私なんて場違いじゃないかと気後れしていました。でも、求める人物像のところに『細かい作業を丁寧にできて、几帳面で真面目な人』と書いてあったんです」
「それなら、私にも自信がある。そこだけなら戦える!と思って(笑)、勇気を出して応募したのが4年前のことです」
実際に入社してみると、良い意味でのギャップがあった。
想像以上に接客・販売以外の業務が多く、お店に立っている時間よりも、座ってデスクワークをしている時間のほうが長いくらい。
毎日パソコンを持ち歩いて京都と大阪の店舗を行き来しながら、お客さんからの問い合わせ対応、オンラインショップの梱包・発送作業などをこなす。

さらには、メールマガジンの執筆、展示会の設営、アトリエから突発的に振られる内職のような作業まで。
「本当にいろんな仕事があります。毎日違うお客さまと出会うし、一人の時間は自分のペースで深く集中して、もう一人のスタッフと一緒の時は会話を楽しみながら進める。私のように、いろんなことを並行してやるのが楽しめる人にとっては、この上なく面白い職場だと思います」
今では自分でコーディネートを考え、ブランドの服を着て写真を撮り、SNSやオンラインショップで発信している。
これも、米永さんやほかのスタッフから「抜群に服が似合う」と褒めてもらったことがきっかけだった。

「言われるまで、自分では1ミリも気づいていませんでした」と笑う上中さん。まわりからの言葉に背中を押されて発信をはじめてみると、思いがけない反応があった。
「遠方でなかなかお店に来られないお客さまから、丁寧なメールをいただいたんです。いつもSNSを見ていて、可愛い服がたくさんあって、いつかお店に行くのを楽しみにしています、と書いてくださって」
「そのメールを読んで、私のほうが元気をいただいて。毎日のコーディネートの撮影が報われたように感じました。自分が気づいていなかった部分が、誰かの喜びに繋がっているんだと実感して、すごくうれしかったですね」
最近では、関西エリアの売上分析やシーズンごとの発注オーダーといった業務も任されはじめている。
「数字の読み方を教わって全体を見るようになると、『この服、どうしてこんなに売れているんだろう?』って、新しい問いや発見にぶつかるんです」
「働く領域がどんどん変わっていく。それが私には合っているし、毎日が新鮮ですね」
隣で聞いていたスタッフの八尾さんも、つづける。
「まさか仕事の半分以上が時計屋さんになるとは夢にも思っていませんでした」

高校時代から服が好きで、大型アパレル店やセレクトショップなどで経験を重ね、2017年に入社した。接客のほか、長らく店舗の売上や在庫管理といった運営の仕組みづくりも担ってきたのち、現在はヴィンテージ時計を扱う「古拙時計」の責任者を務めている。
「季節に合わせて花を選んだり、ヴィンテージの小物を集めたり、休日には作家さんの器の展示へ足を運んだり。服に偏っていた興味がどんどん広がっていって。ただものを置くだけでも、どう価値を引き立てようか、とことん考えるクセがつきましたね」
その姿勢を見ていた米永さんから、数年前に時計の事業を任されることになる。
「デザイナーの米永は、ゼロからイチをつくるのは得意。その先で、価値あるものの見せ方を変えて、さらに価値を高めて届ける仕事が自分には向いているんだって、気づきました」

そこから、ヴィンテージ時計の歴史やつくられた時代の背景を猛勉強。得た知識をもとに、時計一つひとつのストーリーからイメージを膨らませて、店内の古物と組み合わせた写真をSNSで発信。地道にファンを増やしていった。
先日、東京・銀座で開かれたヴィンテージ時計のイベントでは、これまで以上の大きな反響があったという。
「スイスから旅行で来た方が年代物の手巻き時計を買ってくださったり、20代の若い男の子たちが真剣に悩んで選んでくれたりしたんです」

「ただ時計の知識を伝えるだけでなく、見せ方の工夫が結果につながった気がしていて。お客さまに響いていく瞬間は、言葉にできないほど面白い。アパレル業界にずっといたけれど、ここにきて新しい自分の扉が開いたような気がします」
ゆとりを持たせて設計された服が、着る人の体に自然と馴染んでいくように。
目を養っていくうちに、自分でも気づかなかった新しい可能性がひらいていく。
アパレルという枠にとらわれず、変化を楽しみながら働いてみたい。そんな人は、ここでの仕事を楽しめるはずです。
(2026/08/14 取材 田辺宏太)


