「東京ではバンド活動やホテルマンをしていました。草刈りなんてやったことないし、鍬だって持ったことなかった」
「そんな自分が家を直して、米や野菜を育て、薪でご飯を炊いて食べている。収穫した藁でお正月飾りをつくり、獲った鹿の皮は書類ケースにしました。ここには山の恵みがたくさんあって、次は何をしようか考えるのが楽しいんです」
うれしそうに話すのは、飯野裕一さん。
1400万人が住む東京から、およそ100人が住む新潟・津南の秋山郷(あきやまごう)に移り住んで9年目を迎えました。

秋山郷は、新潟と長野にまたがる中津川沿いの地域。日本の秘境100選、冬は3mほどの雪が積もる豪雪地帯としても知られています。
そのため、保存食や祭礼といった文化が色濃く残り、雪下ろしなどの集落活動がいまも盛ん。
豪雪という地理的な制約が、秋山郷の食や生活文化、地域性を育んできました。

秋山郷で、大赤沢集落に暮らす地域おこし協力隊を募集します。
ミッションは、日々の暮らしを手伝い、地域に馴染むこと。仕事というより、ここで暮らすという表現の方が近いかもしれません。
草刈りや雪下ろしといった集落作業に加えて、畑や稲作をしたり、保存食のつくりかたを教わったり。わら細工や木工などにも挑戦できる環境です。
秋山郷があるのは、新潟県・津南町。
東京から新幹線と車を乗り継いで、2時間ほどで到着した。
まず話を聞いたのは、長井さん。2021年から4年間、今回の協力隊の前任として秋山郷で暮らしていた。
退任後は町に移り住み、いまは協力隊のサポート業務と、「ツナンバルHACHI」という飲食店を経営。二足のわらじで暮らしている。

「『暮らしは大丈夫だった?』って聞かれるんですけど、私は不自由なく過ごすことができました。地域のみなさんのおかげだと思います」
「秋山郷の協力隊は、集落たっての希望で。すでに現任は一人いるのですが、活動エリアが広いのでなかなか回りきれず。追加でもう1名募集することにしたんです」
秋山郷は、中津川沿いの約20kmの渓谷地帯に点在する13の集落の総称。新潟県津南町に8つ、長野県栄村に5つの集落が分かれている。
いずれの集落でも人口減少と高齢化が著しく、草刈りや雪下ろしなどの集落作業、お祭りといった季節行事など、地域活動の維持が年々むずかしくなっている。
「すべての文化を残せるとは思っていませんし、入る人に絶対に引き継いでほしいとも思ってなくて。ただ、この秋山郷での暮らしをみんなにも知ってほしいなって」

埼玉に生まれ、東京で育った長井さん。24歳で仕事を辞めて秋山郷へやってきた。
「ないものねだりというか。東京の生活が長かったので、田舎暮らしってどんな感じなんだろうって。好奇心というか興味が大きかったですね」
実際に暮らしてみて、いかがでしたか。
「自分が生きていく上で大事にしたいことが、いろんな所に散りばめられていて。東京では見えなかったものが、ここに来てわかるようになったんです」
たとえば、集落の活動でよくある草刈り。
東京や埼玉にいたころは、誰かがやってくれていることすら気付いていなかった。
「草刈りに参加したとき、これをやってくれる人がいるから、私たちの道や景観はきれいに保たれているんだと気づきました」

むかしは雪が降るとまちから隔絶され、自分たちで暮らしを成り立たせる必要があった秋山郷。車を使えば、30分でまちに出られるようになった現在も、暮らしそのものは住む人たちの手で維持されている。
「除雪車を動かす人がいるから道が通れて、水路の面倒を見る人がいるから水が使える。でも社会って本来そうなっているはずで。生活を自分で成り立たせようとするけど、一人ではできないから分担してるんだなって」
猪や鹿肉をわけてもらったり、野菜を育てることの大変さを感じたり。秋山郷での暮らしを通じて、長井さんはいろんな発見をしたんだと思う。
「人の動きや苦労への想像力が豊かになりましたね。私の人生でいちばんの財産になったと思います」
津南町を後にして、秋山郷へと向かう。
町から南下し、トンネルを抜けて中津川沿いに走ると、両側には苗場山と、鳥甲(とりかぶと)山が。
二つの山の谷間にあるのが、秋山郷だ。山頂に蓄えられた雪解け水が湧き出して、清流となって谷を流れている。
入り口に位置する見玉集落を抜けて、さらに南へ。

「山の恵みは水だけでなくて。身体の芯から温めてくれる鉄泉、美肌に効く硫黄泉など、秋山郷にはさまざまな泉質の温泉が沸いているんです。最奥の切明温泉では、雪景色を眺めながら露天風呂に入れて。秘境ならではの贅沢ですよね」
結東集落から15分ほどで大赤沢集落に到着。新潟側にある集落の最南端で、現在は30名が暮らしている。
出迎えてくれたのは、藤ノ木さん。
協力隊の世話人として、地域活動や暮らしのことから、野菜や米づくりまで、何でも相談に乗ってくれる。

お家におじゃますると、「まずはどうぞ」とお茶と手料理を出してくれた。
「右から、枝豆、生姜の甘酢、きゅうりの漬物と佃煮、黄色と白いのはじゃがいもの膾(なます)です。枝豆は今朝採れたので、甘いですよ」

いただいてみると、どれも滋味深い。おいしくて、ついつい箸が止まらない。
「じゃがいもは千切りにして水にさらすとデンプンが抜けて、シャキッとした食感になるんです。それを油で炒めてお酢で味付けして。黄色いのはカレー粉で炒めてみました」と、奥さんの恵子さん。
秋山郷には「お茶のみ」と呼ばれる文化がある。各家庭のちょっとした料理をつつき、お茶を飲みながら、おしゃべりをするというもの。
並ぶのは、保存食も多い。むかしは雪で数ヶ月閉ざされることもあったため、春から秋に採れる山菜やキノコ、川魚、狩猟肉を乾燥し、塩漬けにして多彩な保存食をつくる文化が発達した。
同じ料理でも、家庭ごとに味が違うそう。恵子さんのじゃがいもの膾も、そのひとつだ。
協力隊も、集落の家庭を回りながら、まずはお茶のみに参加。話を聞くなかで、暮らしの困りごとがあればお手伝いをする。
草刈りを手伝ったり、獣害対策で畑にネットをかけたり。いくつかのお家を回り、お茶のみをして終わる日もあると思う。
そのほかにも、入る人の関心に合わせて、活動時間を当てることができる。
料理に興味があれば、家庭ごとの保存食の技術を学んでもいいし、畑や山菜取りを手伝っても良い。
70歳を超える藤ノ木さんもバリバリの現役。雪下ろしもするし、山にも入る。暮らしのなかで学べることはたくさんあると思う。

「1人来てくれるだけで、ずいぶん違うんです。シーンとしていた家の窓が開いて、明かりが灯るのを見るだけでもうれしい。家や田んぼ、畑も自由に使っていいので。ここで暮らしに興味を持ってくれたら、ぜひ来てほしいですね」
最後に話を聞いたのは、飯野さんご夫婦。
裕一さんは、長井さんの前任の協力隊。9年前、大赤沢の隣にある結東集落に暮らしはじめた。悠子さんは長野で協力隊をしていた。
薪も、肥料も、食べ物も、できるだけ自分たちの手で。秋山郷の人たちが続けてきた暮らしを、なぞるように生活している。

「1年目は、とにかく地域を知ることでした。稲作も苗づくりから収穫までのサイクルを見て学びましたね」
「はじめは何もかも未経験。薪割りだってしたことなくて。それでも回数を重ねると、どんどん良くなっていくんですよね。それが楽しくて。自分もまだまだ成長できるなって」
任期後の収入も聞いてもいいでしょうか。どうされているのか想像できなくて。
「そうですよね、僕も当時は不安でした。食べ物をつくっているとはいえ、車も維持しないといけないし、税金も払わないといけない。ただ、除雪仕事があるのはここの特徴で。冬でも地域の仕事があるので、私たちと猫3匹でもじゅうぶんに暮らせています」

外には、薪のストックが積まれている。薪割りもされるんですか?
「そうなんですよ。うちはあまり灯油も使わないので。暮らしのなかで、薪割りに一番時間をかけているかもしれないです」
割った木々を燃やす薪ストーブの煙突は、2階の寝室を通って外まで伸びている。飯野さんたちも猫たちも、あたたかく冬を越すことができているそうだ。
「お米も薪木で15分。炊飯器を使うよりも早くて、あっという間に炊けるんですよ」
外に積んである、薪のストックも見せてもらう。
秋山郷には「薪ニオ」と呼ばれる、独特の形に薪を積み上げる保管方法もある。集落によっては、高さが2mを超えるものもあるそうだ。

「薪割りもしますが、春はいろんな種類の山菜が出てくるので、一年分採っちゃうんです。都内では高級なものが取り放題。本当に贅沢ですよね」
「仕事はもちろん、自分の暮らしを成り立たせることも大切で」、と裕一さん。
となりで聞いていた、悠子さんも続ける。
「秋山郷の人たちは、自分でなんでもつくるので、壊れても直せるんです。コンクリートを引いて道もつくるし、物置だって建てられる。もし地震で水が止まっても、自分たちで直しにいける。すごいですよね」
「そういう暮らしの技術も、聞けば喜んで教えてくれます。でも、そういう人たちも、私たちが来た頃よりだいぶ少なくなって。あと何軒か残っているあの人がいなくなったらどうしよう、面白い話が聞けなくなっちゃうって」
「津南の木彫」という木工の特産品づくりも、担い手不足から廃業が決まったそう。商品を見せてもらうと、一つひとつに個性があって愛らしい。
インターネットでどこでも販売ができるようになった今。手仕事が好きな人は趣味でもいいし、作家として挑戦する道もきっとあると思う。

ほかにも独自の取り組みとして、となりの十日町市と協働して開催しているのが、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。
大赤沢には、5年前に廃校となった小学校を再生した、山の技術と信仰を学ぶための学校「アケヤマ」がある。
秋山郷の「狩猟文化」、「信仰」、「山の素材と技術」の3テーマで作品を展示。秋山郷で培われた技術を誰もが学べる場として運営されている。
住民も作品づくりを手伝うことがあるので、活動に加わることもできると思う。

「日本全国には土地土地に根付いた文化風習があって。それが消えようとしているわけじゃないですか、すごくもったいないなと私たちは思っていて」
「すべてを私たちで残していけるわけではないけど、地域のいろんなものを残せたらいいなって。得意不得意は補えばいいし、興味の分野も一致してなくていいので。秋山郷の知恵や技術を学びたい人がきてくれたらうれしいです」
豪雪地帯だからこそ、知恵を絞り協力してきた秋山郷。ここでの暮らしは、大変なことも多いと思います。
けれど、それ以上の豊かな暮らしが、ここにはあると思いました。
少しでも気になったら、気軽に問い合わせてみてください。長井さんたちが現地を案内してくれるそうです。
(2026/08/16 取材 櫻井上総)