取材の寄り道
静岡・南伊豆編
それは、伊豆急下田駅から車で15分ほどの距離にある、一軒の干物屋さんでの出来事。
その店先には炭火があって、おばあちゃんが火の面倒を見ている。
ぼくらがやってきたことを知ると、おばあちゃんは冷蔵庫からみりん漬けにしたサバやアナゴ、エビなどの干物をおもむろに取り出し、焼きはじめる。
それをみんなで食べては焼き、食べては焼き…。お茶まで入れてくれて、さらに箸が進む。
いつまでいてもいい。食べても、食べなくてもいい。
おばあちゃん曰く、あくまでこれは「試食」だそう。
すぐそばで販売している干物たちはというと、購入して持ち帰るか郵送するかの二択。その場では焼かせてくれない。なぜなら「試食」があるから。
なかには干物に合うお酒を持ち込む常連さんもいる。なんなら、菜箸を受け渡してしまって、お客さん自身で好きな干物を焼くこともある。
会話を楽しみつつ、お腹が満たされるぐらいまで干物を食べ、不思議な気持ちで店をあとに。
「あの時間はなんだったのだろう?」
その晩、宿に集まった人たちと日中の出来事について話をした。テーブルのうえには、もちろんお土産の干物がある。
誰かが「体験が先にあるってすごいことだよね」と言った。
通常は商品や体験の値段が先に決まっていて、それに対してお金を払う。ただ、あの干物屋さんで過ごしたひとときはその逆だ。体験が先にあり、あとから「いくら払う?」と問われるような。もちろん、自分で自分に問うだけで、払わないという選択もできる。
スーパーの「試食」も同じ考え方かもしれないけれど、心意気が根本的に違っているように感じた。だって、おばあちゃんは本当に、まったく、買わせようとしない。
にもかかわらず、40年以上にわたってこの南伊豆の地で商売を続けているというのだからすごい。どんなセールストークよりも説得力がある。
話は戻って。体験が先にあると、最初は戸惑う。でも、値段のつけられていないその体験がじんわりうれしくなってきて、何か返したいという気持ちが湧いてくる。
それは「おいしい」の一言や、笑顔を返すことかもしれない。お土産を買って帰り、別の誰かに伝えるもよし、歌をうたうとか、踊るとかもありだと思う。言ってみれば、なんだっていい。
「もしもお金を使わないとしたら、ぼくは何を返すだろう?」
折に触れて、そんなふうに考えてみたいなと思った。
(知り合いづてにふらりと訪れた、南伊豆の旅での寄り道です)
最近、家で育てている苔庭のもみじから新しい葉っぱが芽吹きました。ああ愛おしい。出張時のために自作の水やり装置をつくったもののうまく作動せず、カラカラになって発見されたときはどうなることかと思いました。諦めずに水やりを続けてよかった。毎日同じことの繰り返しじゃつまらないけれど、決まった日課があるというのはいいものです。ちゃんと、育てていきます。