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「たとえば、70歳のお祝いで宿に来てくれたお客さんがいたとして、それがもし最後の旅行だったら、って考えてみる。そうすると、最高のおもてなしをしてあげたいって思うんです」
相手のことを想像して、自分ができることをする。
仕事百貨で何度か紹介している南房総のお宿・紀伊乃国屋。その気持ちは、宿の中で働く人にも向けられるものでした。
今回は、あたらしいお宿「ゆうみ」で働くスタッフを募集します。
これから紀伊乃国屋に入ってくる人を育てていけるような、土壌になるような方に来て欲しいと思っています。
東京から高速アクアラインを通って、1時間と少し。インターチェンジを降りると目の前に東京湾、左手に鋸山が見えてくる。
鋸山に向かって車を走らせ、細い脇道に入ると砂浜が目に飛び込んできた。
海の向こうには富士山。その海を一望できるところに建っているのが、紀伊乃国屋で4つめになる新しいお宿の「ゆうみ」。
入り口で車の来るのを待っていたスタッフが、「おかえりなさいませ」と迎えてくれた。ほっと気持ちがゆるんで、「約束をしていた者です」と告げる。「2階へどうぞ」とにっこりしてくれた。
中へ入り2階のロビーへと上がると、海に面してテラス席が広がる。
後ろにはバーカウンター。お客さんも海を眺めながら、一息ついてるみたいだった。
「今日は残念ながら雨ですが、晴れの日はとってもいい夕陽がみられるんですよ」
教えてくれたのは、入って1ヶ月になる江澤さん。
ロビーのソファへ案内されて、コーヒーをいただきながらお話しを伺う。
「僕はここが地元なんですけど、ここに来るまでこんな場所があるって知らなかったんです」
江澤さんがここに来たのは、紀伊乃国屋の社長である蛭田さんに会いに来たときが初めて。
もともと人と接するのが好きで、パチンコ店で働いていた江澤さん。
けれど、やりがいを見つけられなかったそう。そんなとき、時々会う地元の友達から紀伊乃国屋で働きはじめたという話しを聞いた。聞いているうちに、どんな仕事だろうと興味をもつように。
「ちょうどゆうみがオープンするころで、スタッフを募集していました。友達に声をかけたら、その子を通じて社長が『俺に電話をしてこい』って言ってくれたんです。『話だけでも聞いてやるぞ』って」
電話越しでもつたわってくる社長の蛭田さんの人柄に惹かれて、「ここで頑張ってみたい」と思った。
「面接でここへ来たとき、すごくいい天気だったんです。地元なんだけど、ちょっと感動してしまって(笑)ここで働けたら楽しいだろうなあと思って、決断したんです」
じっさいに入ってみて、どうでしたか。
「頑張ったら頑張った分だけ認めてくれる会社だと思います。社長がずっと目の届く範囲にいるわけじゃありません。けれど社長に話しをしてくれる支配人だったり、上の人がしっかり見てくれる会社ですね」
江澤さんは入って1ヶ月だけれど、一つ一つ仕事ができるようになると、段階を踏んで任せてもらえることが増えてきたそうだ。
「あれやっておけよ、って放っている感じではなく、お前ならやれるから頑張ってくれよ、っていうニュアンスで教えてくれるんです。適度な責任を与えられることで、信頼されているなって感じます」
上の人がしっかり自分を見て、教えてくれたり頑張りを認めてくれる。そのことがモチベーションになっているのだそうだ。
「お客様はいろんな方がいらっしゃるので、同じ対応をしてもすべてのお客様に満足いただけるとは限らないんです。基本的な流れはありますが、臨機応変さは見習わないとなあって。そのへんの判断はまだ難しいですね」
接客の基本は守りつつ、自分で考えて工夫していく。
まずは、相手が求めていることを想像して、自分のできることをする。
簡単なことじゃないけれども、支配人からは「もし70歳のおじいさんにとってこれが人生最後の旅行だったら、どんなおもてなしをしたいか」という考え方を教わったそうだ。
「ああ、確かに、って。その人にとって、本当は最後じゃないかもしれない。だけど、そう考えると単純に仕事をがんばろうじゃなくて、『楽しんでもらいたいからがんばろう』って意識に変わったんです」
ゆうみでは、お食事の提供はお客さんごとに担当のスタッフがサーブをする。そのときにする会話が、江澤さんの楽しみなのだそうだ。
「うちはアンケートがあるんですけど、そこに『江澤くんの対応が素晴らしかった。また利用するときは江澤くん担当で』って書いてあったときは、嬉しかったです」
楽しんでもらいたいからおもてなしをする。お客さんが喜んでくれたら、うれしくなる。すごくいい循環が生まれているなあと思う。
江澤さんにはもうひとつ楽しみがあるそうだ。
それは、社長の蛭田さんに会うこと。
「社長がちょくちょくゆうみに来るんですけど、その度に一人一人に声をかけていってくれるんです。肩を叩いて『頑張ってるかー!』って」
プライベートでサーフィンに誘ってくれたり、スタッフ同士の関係をよくするために「俺につけといていいから友だちと飯食ってこい」と知り合いのラーメン屋さんを紹介してくれたり。働いているスタッフのこともよく考えてくれている。
「人柄には惚れてますね」とちょっと恥ずかしそうに教えてくれた。
上の人が自分たちのことを考えてくれる。だからスタッフは安心してお客さんのことを考えて仕事に集中できるのかもしれない。
ここで、蛭田さんにもお話しを聞くため「紀伊乃国屋 別邸」に移動した。
こちらは「大人の休日」をコンセプトにしたお宿。落ち着いた空間に、部屋付きの露天風呂が静かに水音を立てていた。
紀伊乃国屋は、蛭田さんのご両親がはじめたお宿。継いだ蛭田さんがいつも考えていたのは、「お客さんをどれだけ喜ばせられるか」ということ。
元が民宿だったこともあって、ロケーションも施設もままならなかった。そこで、相手の喜ぶことをとことん想像し、できるかぎり工夫を重ねていった。
例えば、料理。
当時は蛭田さん自ら買い付けに行き、想像もできないくらい盛りだくさんでおいしい料理を提供してお客さんを喜ばせた。するとお客さんがリピーターになってくれたり、口コミでよさが広まっていったという。
「紀伊乃国屋」に始まり、「ひるた」「紀伊乃国屋 別邸」「ゆうみ」と大きくなっていった。
今でもお客さんが喜んでくれることを追求することは変わらない。
ここ別邸では雰囲気を保つために、空室があってもお子様連れのお客様をお断りすることもあるのだという。
「稼ぎたいですけど、稼ぐのとお客さんの満足度って全然違う話なので、そこはセーブしてます。利益を追求した途端におかしくなっちゃうので。泣きそうになることもけっこうありますけど、そこは本当に踏ん張ってます」
大きくなっても、スタンスは変わらない。しかし、会社が大きくなって、見えてきたことがあるそうだ。
「いま、会社全体が大きく変わってきているんです」
今まではひとりひとりの名前やある程度の性格まで把握できていた。けれど人が多くなって、自分一人でできる範囲に限界を感じはじめる。組織の体制をつくれるように自分も変わっていかなければならないと思いはじめたそうだ。
「来年の春に、新卒の子たちが来るんです。その子たちにそれぞれのお宿で仕事を教えられる人たち、受け入れる仕組みが必要だなと思っているんです」
教える人がいないと不幸になっちゃうから、と蛭田さんは続けた。
「働いている人たちが楽しくないと、サービス業っていいサービスできないですから」
それはお客さんのためでもあるし、働くスタッフたちのためでもある。
以前、腕のいい料理人に来てもらったときに、どんどん人がやめていってしまったのだそうだ。
よく観察してみると、腕はいいけど融通の利かない板前さんとお客さんの要望の間で、サービスの人たちが板挟みになって苦しい思いをしていたことが見えてきた。
「そこが旅館がうまくいかなかったり、人が定着しない最大の理由なんだと思うんです。うちはそういうことがないように徹底していきたいと思っています」
スタッフ間の人間関係は働く上で大事なことのひとつ。
蛭田さんは今回、今いる人たちだけでなく、これから入ってくる人たちにも目を向けている。
前に経営の先輩から「新卒がやめるのは100%会社責任」だと厳しい指導をいただいたことがあるそう。
「けど、そうだよなあって。見ている人がいないと、すごくかわいそうなことをしちゃうので。責任ある仕事を任せながら、ちゃんと後ろから支える。そうすれば、ちゃんと育っていくと思うんです。そんな土壌をつくりたいなと思っていて」
蛭田さんが全員を見ることができなくても、先輩が見てあげられるような体制をつくればいい。そういう意味では、じっくりと腰を据えて、人を見られる人だといいかもしれない。
「感じるものってあるじゃないですか。合ってるかはわからないですけど、この子はこういう感じかなって。だから見るようにはしてるんです」
感じるもの。
「相手がもっている素質。それをどう伸ばしていったらいいかな、とか。江澤には『お前が下の人たちに認められるかどうかが指標だよ。上からお前が上だよっていうんじゃなくて、下の人から江澤さんがいうことはしょうがないよねって言われるような仕事をしてくれ』と言っているんです」
「きっと彼にとっては大変かもしれない。けど、それをする代わりにお前の上にいきなり人を持ってきたりはしないよって」
ほんとうに愛のある人だなあと思う。社長に会えるとちょっと嬉しいと言っていた江澤さんの気持ちがわかる気がした。
頑張ってくれているスタッフは他にもたくさんいる。成果を上げてくれるスタッフにお給料やポストをあげたい。そんな思いが半分と、自分のロマンが半分で「ゆうみ」を運営することに決めたのだと蛭田さんは教えてくれた。
「人のことだけは、よく見て、よく考えて、よくしてあげないと。この仕事はそれがもうすべてだから」
働いてる人が楽しんでいないと、この仕事は続けられないのだという。
相手のことをよく見て、よく考えて、行動する。
それは相手がお客さんでも、スタッフでもおなじこと。紀伊乃国屋では、そんな「いい気分」が循環しているように感じました。
この輪をつくっていきたい方はぜひ一度、紀伊乃国屋を訪れてみてください。
(2015/12/21 倉島友香)