求人 NEW

ケーブルテレビを通じて
残そうとしているもの
それは、日常を生きる村民の姿

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

幼いころ、兄弟で遊んだ情景を思い出しながら語る姿。100歳をお祝いされたときの朗らかな表情。

足を運び、直接会って話を聞くからこそ出会える、人の有り様を撮り続けてきたケーブルテレビ局があります。

岐阜・東白川村が運営する「東白川村CATV」です。

村の人口はおよそ2300人。信号は一つあるだけで、コンビニは一つもない。

一方で、豊かな森林や美しい川、地歌舞伎をはじめとした地域の文化が、今も暮らしの傍にある。

そんな山あいの小さな村だからこそ大切にできることがあると、取材を通して感じました。

今回は、村のケーブルテレビ局で、取材から映像編集までの番組制作を手がける、地域おこし協力隊を募集します。

 
東京から新幹線で名古屋へ。在来線を2回乗り継ぎ、白川口駅へ向かう。

飛騨川沿いを走る列車に揺られ、1時間ほどで到着。

白川口駅から東白川村へは、車でおよそ20分。車窓からは深い緑色をした山々と、斜面に広がる茶畑が見える。

この日は村役場のすぐそばにある宿に泊まった。

夜遅く、部屋の明かりを消して布団へ横になると、鈴虫の鳴き声や水路を流れる水の音が際立って聴こえてきた。

翌朝、村役場へ。

最初に話を伺ったのは、地域振興課・課長の桂川憲生さん。東白川村CATVを立ち上げた方。

まずはなぜ今回、人を募集することになったのか尋ねてみる。

「2006年にケーブルテレビ局を開設して。以来、自主放送番組『ほっと茶んねる』の制作など、自分たちで運営を行ってきました。村の人たちにも親しまれているので、これから先も受け継いでいってほしいと考えているんです」

テレビ放送の完全デジタル化に伴い、東白川村では、新しい受信設備が必要となった。そこでケーブルテレビの導入を決めたのがはじまり。

一般的に多くの自治体では、ケーブルテレビの運営を民間企業に委託するケースがほとんどだという。なぜなら、そうすることで自治体の負担が軽減できるから。

そんななか東白川村は、あえて自分たちで運営していくことを選択し、地域に密着した番組づくりをしようと考えた。

「地方のケーブルテレビによくありがちな、行政情報を告知するだけのものにはしたくなくて。視聴者である村民とのコミュニケーションにつながる番組をつくりたかったんです」

村民とのコミュニケーションにつながる番組づくり。

いったいどういうものだろう。

紹介してくれたのは、『1/2967の物語』という番組。

「東白川村では『白寿』という、村の人たちの若いころの体験や、そのときの思いの丈を綴った冊子が発行されていて。当時の様子が分かる写真を映像で流しながら、『白寿』に載っている文章を朗読ボランティアグループが読んでいくという番組です」

「私自身、この番組制作を通じて、『ご近所に住むおじいさんおばあさんはこんな苦労もしてきたんだ』『こんなことを考えてきたんだ』とか。その人の気持ちやたどってきた道に触れることができた。以前より一層、身近な存在として感じるようになったんです」

『1/2967の物語』の制作を経て、桂川さんのなかで目指す方向性がはっきりしていったそう。

「私たちはケーブルテレビを通じて何をしていきたいか。それは、村に生きる人たちを記録すること」

人を記録する。

「今この村に暮らしている人、そして亡くなった人も含めて、村の人たちが日々どんなことを考え、どんな気持ちでいたのか。映像で伝えていきたいと考えているんです」

今新たに取り組んでいるのは、これまで放送してきた番組のアーカイブ化。

東白川村出身で村を離れている人も、インターネット上で楽しめる仕組みになっている。

2019年からの運用開始を予定しているとのこと。

同じような事例はなかなか聞いたことがない。

桂川さんはこのほかにも、前例のないユニークなサービスをつくってきた。

たとえば、『Forestyle(フォレスタイル)』という、国産ヒノキ材による家づくりを行うインターネットサービス。

間取りや費用をインターネット上で簡単にシミュレーションでき、さらに村が工務店・建築士と施主の間に立っていいマッチングにつなげていくというもの。

村にあるものを活かしながら、変化を起こしていくような取り組みだと思う。

いったい何が桂川さんを動かしているのだろう。

「そうですね。思い出すのは、隣に住んでいたおばあさんのことで」

おばあさん、ですか?

「はい。家族と離れ、独りで暮らしていたんです。村に仕事がないために、息子さんは地域の外に出て働かざるを得なかったから」

「そのおばあさんは下手をすれば、『おはよう』とか『おかえり』とか、些細な言葉さえ誰とも交わすことなく、毎日過ごすわけです。そんな寂しい思いをする人がいないように。村に仕事をつくろうとする根っこには、そんな考えがありますね」

 
桂川さんの思いに共感し、東白川村CATV全体を取りまとめているのが、古田雅彦さん。

幼いころからカメラが好きで、村で電気屋さんを営みつつ、個人的に結婚式のカメラマンをすることもあったそう。

11年前に桂川さんから声がかかり、東白川村CATVの番組制作を一任された。

「番組は、365日放送しています。これまで村民に愛される番組づくりを目指してやってきて。熱さだけが取り柄なんです」

語り口調は穏やかだけど、うちに熱を秘めている、そんな方。まるですべての番組が頭の中にインプットされているかのように、一つひとつどんなことを考え制作したのか紹介してくれる。

この日は番組の取材があるということで、同行させてもらうことに。

高齢者訪問という村の行事を取材するそう。

その年に米寿を迎える人と100歳以上の人のもとを今井村長が訪ね、表彰するというもの。

機材を車に積み、撮影現場の福祉施設へ。

到着後、古田さんは準備をしつつ、取材対象となる方や施設の職員さんと自然に言葉を交わす。笑顔も見られ、和やかな雰囲気だ。

出演するみなさんの準備が整うと、撮影スタート。

今井村長が一人ひとりにお祝いの言葉をかけながら賞状を読み上げていく。

その様子を職員のみなさんも静かに見守っている。

表彰を終えると、CATVの番組タイトルコールをしてもらい、今度はカメラを回しながらおばあさんへインタビューする。

「100歳おめでとうございます。長寿の秘訣はなんですか?」

そんなふうに声をかけてみるものの、おばあさんは恥ずかしいのか、しおらしく笑って、なかなか言葉は出てこない。

そこでご家族や職員の方にも普段の様子を聞いてみると、ごはんもしっかり食べられるとのこと。

古田さんの取材を見ていて感じたのは、自分がほしいと思う答えを相手に求めるのではなく、その場にいる人たちとのやり取りの中で生まれる、等身大の言葉や表情を大事にしているということ。

 
取材を終えた古田さんに、あらためて話を伺う。

「東白川村CATVを担当するまで、映像制作の経験はほとんどなかったものの、カメラに親しんできたこともあり、多少自信はあったんです」

けれどもテレビ局での研修で、その自信は打ち崩された。

「番組制作って、ただ画を撮ればいいということではなくて。ナレーションも含めて成立するもの。最初のころは『君の文章は事実を書き連ねているだけの日記と同じだ』と言われ、何回もダメ出しされましたね」

苦い思いをしながらも悔しさをバネに、どうしたら人の心に届く番組をつくれるかと考え、工夫してきた。

「『地方のケーブルテレビだからこんなものか』と思われたくないんです。メジャーな放送局にも劣らない、いい番組をつくりたい」

「いい番組って、人の想いを伝えるものだと、私は考えています」

そんな言葉を象徴するような映像がある。

終戦から72年を迎えた昨年8月15日。サイパン島で命を落とした東白川村出身の青年が最期まで身につけていた日章旗を、遺族のもとへ届けるため、元アメリカ海兵隊の男性が来日した。

たくさんの寄せ書きがされた日章旗の持ち主を捜し続け、ようやく迎えられた機会だった。

返還式には多くの取材陣が集まり、式の様子はその日のうちに報道されたそう。

しかし古田さんは、同じように放送しなかった。

「翌日、ご遺族の兄妹が家に集まるということで、その様子を取材させてもらうことにしたんです。公の場ではかしこまった言葉になってしまいますよね。兄妹3人で揃っているときのほうが、自然な会話が聞けると思って」

古田さんが撮影した映像には、亡くなったお兄さんとの思い出話をしながら、昔を懐かしむ兄妹の姿が映る。

楽しそうに話していた妹さんが、ふと、返還された日章旗を眺めて「戻ってきやええなと思うわ兄さん」と言葉をもらした瞬間まで、古田さんは捉えていた。

「制作する人間が、自分の意図で物語をつくりあげてはダメだと思う。そのとき自分が聞いた相手の言葉や、目にしたありのままの姿。そういうものをしっかりと映す」

「そうでないと、見る人に想いが伝わらないと思うんです」

現在59歳の古田さん。新しく入る人には、腰を据え、長く受け継いでいってほしいと考えている。

「CATV番組で伝えたいことは、人々の気持ちや心のうちという普遍的なものです」

「これまで一定のクオリティのものをつくってきた自負はあります。ただ、社会情勢やコミュニケーションツールはこれからも大きく変化していくと思います。そうした変化に応じて、新しい発想で一緒に番組をつくってくれる仲間がほしいですね」

映像制作の経験がない人でも、最初はテレビ局で研修を受けることになるので、基礎的な技術は学べるそう。

実際に番組制作をするようになると、次は何に苦戦すると思いますか?

「話を引き出すことですね。積極的に話してくれる人もいれば、話すのが苦手な人もいます。その人なりの言葉で話してもらうのも、なかなか難しい。話しやすい環境をつくることもとても重要です」

取材の時間だけでなく、普段から地域の行事や人に関心を持って関わってきたからこそ、古田さんは心地よくインタビューできるのだと思う。

担当する業務の中にはアナウンサー業務もあり、村の人たちに顔を覚えてもらうきっかけになるという。

それから、村には活動中の地域おこし協力隊が5名、さらに任期を終えてからも村に暮らしている人たちもいる。

きっと地域の人を紹介してくれるだろうし、彼ら自身の活動や考えを聞くことも、番組づくりの種にできるはず。

村でのささやかな日常風景や、村の人たちの想いを残していくことが、自分にとっても村にとっても、かけがえのない宝物になっていく。

番組制作を通じて育んでいくのは、そんな時間かもしれません。

11月3日には、東京で説明会もあるそうです。

少しでも興味を持った方は、会いに行ってみてください。

(2018/09/19 取材 後藤響子)

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