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「ひきよせて結べば草の庵なり、とくればもとの野原なりけり。ここに居たいだけいたらいいし、帰りたくなったら帰るのもいい。『わくわくする生き方』に出会えるといいね」

ぷりぷりのむきエビが2尾も乗っているタイカレーをほおばりながら、松場大吉さんの話を聞くうち、ここで1、2年はたらき暮らすのもいいなと思った。

仕事と暮らしのちょうどいいバランスに出会うのは、かんたんじゃない。

やりがいはあるけど労働時間が長いとか、給料はよくても息をとめて仕事をしてるとか。仕事は就いてからわかることも多く、学生時代に見えなかった自分が見えることもある。

かといって、生活もある。一度走り出すと、なかなか立ち止まりにくい。そんなとき、環境を変えてみるのも一つの選択肢。

世界遺産・石見銀山のある島根県大田市(おおだし)。ここにある「石見銀山大田ひと・まちづくり事業協同組合(ひとまち)」で、いろいろな仕事を組み合わせてはたらくマルチワーカーを募集します。

正社員雇用となります。勤務時間は月に135時間からの希望制。1、2年を目安として「ちょうどいい仕事と暮らしのバランス」をつくっていくことが多いよう。その後は派遣先へ転職する人も、長くひとまちではたらく人も、リズムを整えて地元へ帰る人もいます。

先の長い人生だからこそ、こんな選択肢もきっとあります。

 

飛行機、バス、電車を乗り継いで、大阪から島根へ向かう。乗り遅れたら大変だから、朝から緊張していた。

通勤ラッシュに息を止めて空港へ。飛行機は5分遅れで出雲空港に到着した。バスへの乗り継ぎ時間がない。駆け足で乗り込んだバスも5分遅れでJR出雲市駅に到着した。ふたたび駆け足で電車に飛び乗ると、5分遅れの出発を告げるアナウンスが流れた。乗客一人ひとりに語りかけるような、温度のある声。

島根に来たのだと思った。

約29,000人が暮らす大田市の玄関口にあたる大田市駅で電車を降りる。改札の向こうで「ひとまち」理事長の松場大吉さんがニカッと笑う。大柄で白髪でまるで山みたいな人。

「お昼を食べよう」とまちの食堂へ向かう。4人がけのテーブルに向かい合わせで座り、タイカレーをいただく。せかせかとインタビューに入ろうしたら「どんなことに興味があるの?」と逆に質問を受ける。気づくと、自分の関心ごとを話している。そこから、会話が広がっていく。

松場さんは、手づくりの人生を歩む人だ。大田市大森町の出身で、大学在学中に結婚。新卒で製菓メーカーに就職したときには、父親だった。営業職として全国を歩いた。

その後、大森町にて妻の松場登美さんと「BURA HOUSE」「群言堂」という暮らしのブランドを創業。

群言堂を150人がはたらく企業に育てるかたわらで、大森町にある廃屋同然の古民家を再生し、まちづくり法人も立ち上げてきた。

針仕事と古民家とまちづくり。いずれも、東京へと人が流れていくなかで、忘れられたものだった。それらを一つひとつ拾い、紡いで、結んで、補い、事業に育て、ひととまちに光をあてている。

「『儲かりにくいことをする』ことでわくわく感があるんだ」

2023年に群言堂の経営を譲るタイミングで、縁あって「ひとまち」を立ち上げることとなる。

これは、総務省がはじめた「特定地域づくり事業協同組合」を活用したもの。

ひとまちの理念に共感する企業が集まった。人とコミュニケーションをとりたい人も、もくもくと手を動かしたい人もはたらけるよう、飲食、観光、商社、教育、製造… と業種も幅広い。

派遣先は、松場さんとの話し合いをもとに提案される。自分一人では思いつかなかった選択肢につながることも。

これまでの3年間に、移住者から地元のメンバーまで18名が組合へ正社員として就職。マルチワーカーとしてはたらいたのち、7名が派遣先へ転職。

ひとまちの事務所は、神社の社務所を借りている。家賃収入があることで、神社は境内の手入れと祭行事が行えるようになった。

松場さんが、ひとまちを営む上で大切にしていることは?

「企業利益第一主義ではなく、人間性第一主義。人材派遣業を通じて組合が儲ける事業ではないんだ。収支はトントンでいい。大切なのは、みんなが楽しくはたらけること。はたらく一人ひとりが、わくわくする生き方に出会えたらそれでいい」

「わくわくする生き方」に出会えるかどうか。それは本人のがんばりだけでなく、環境によるところが大きい。松場さんはそう考える。

群言堂の経営に勤しんでいた50代に、滋賀の近江八幡を訪れることがあった。たまたま立ち寄った美術館で、一枚の絵に圧倒された。美術教育を受けてきたとは思えないけれど、言葉を失う力を感じる。障害のある人が描いた絵だった。

「無用の用という言葉がある。人間はみんな役割を持って生まれてくるんだよ。あなたを引き出せるひとやまちと出会えるかどうか」

 

ここからは、ひとまちへ飛びこんだ人と企業を訪ねてみる。



大田市出身の田平(たびら)さんは、インフラ系の企業で3年間働いたのち、2025年4月にひとまちへ転職。今は大田市の3つの企業ではたらいている。月曜は「飲食」、火・水曜は「商社」、木・金曜は「観光」といったイメージだ。

「ひとまちではたらくようになって9ヶ月。楽しいです。もうしばらくはいろいろな業種業態を見て、視野を広げていきたいです」

45分間のインタビューで4回「楽しい」と口にした田平さん。ひとまちの仕事が楽しくて仕方ないみたい。楽しい理由は、仕事を通じて生まれるつながりにある。

田平さんが週に一度はたらく「ベッカライ コンディトライ ヒダカ」。店頭には、島根県内のゆたかな食材を用いたパン、バウムクーヘン、アイスクリームなどが並ぶ。

営むのは、ドイツではたらいてきた日高さん夫妻。晃作さんがパン、直子さんが製菓のマイスターを取得したのちに移住した。

おいしいものが大好きな田平さんは、晃作さんから生産者さんを紹介してもらうようになる。休日になると産地を訪れるなかで、地元のゆたかさに出会っていく。

「もともと大田がすきで学生時代から大森町にも来ていましたが、はたらきはじめてつながることの連続です」

お客さんとして過ごすだけでは見えてこない、地域のバックヤード。そこに自分が立ってこそ見える風景に気づいた。

そして今、田平さんは風景のつくり手となりつつある。もう一つの派遣先である抹茶の商社。そのつながりからヒダカの店頭に抹茶のパンが並ぶと、うれしくてたまらなかった。

「こういうつながりを、独り占めしているのはもったいない。地元のみんなに知ってほしい。次の人につなげていきたくて」

高校卒業後は地元を出る同級生も多いなか、田平さんは仕事をつうじた出会いをいかしたプロジェクトを構想中。

 

田平さんのインタビューが終わると、近くの「お食事処 おおもり」で一休みした。気持ちのいい接客だなと思っていたら、その人もひとまちの職員だった。

ひとまちの輪は続く。その向かいにある「いも代官ミュージアム」では、長野県出身の佐藤さんがはたらく。

入り口は、ひとまちでのマルチワーク。デザインの仕事から転職して、ミュージアムで週2日はたらきはじめた。デジタルアーカイブのプロジェクトに関わるなかで「週2日では足りない。自分の人生をかけてじっくり取り組みたい」と思いを深めていった。

そこで2025年4月からミュージアムの職員に。事務所の机まわりには楽器や、ひとまち時代にはじめた学芸員資格の勉強資料や、線香づくりに用いる植物が並んでいて、多方面にわくわくしていることが伝わってくる。

ミュージアムを文化施設と読み替えて、マルシェを企画することもある。わくわくはたらく理由を「仕事に人がつくのではなく、人に仕事がつくからだと思います」と話してくれた。もともと佐藤さんの頭の中にあったことが、まちやひとと出会うことで、リアルに溢れ出しているのかな。

 

さらに、ひとまちの輪は市内各地にも広がりつつある。訪ねたのは、大森から車で40分ほどの大田市三瓶(さんべ)町。

ふもとで牛の放牧も行われる三瓶山(さんべさん)、中国地方で一番の湯量のある三瓶温泉、島根在来種が育つわさび園と、魅力の光が溢れているエリア。

三瓶町への入口を、観光からじわじわ広げるのが地域限定旅行業の「さんべツアーズ」。

立ち上げたのは、長尾さん。関東での生活を経て、2012年に大田へ帰ってくると、さんべ開発公社へ転職した。ここにも、ひとまち職員が派遣されている。

千葉県で生まれ育った鈴木さん。大学卒業後は地元の旅館ではたらいていた。大森町への旅行をきっかけに、2025年4月にひとまちへ転職。

早朝の雲海の上でヒダカのパンなどが味わえる「天空の朝ごはんin三瓶山」の企画運営を手がけている。

鈴木さんは、どんなことを考えているのだろう。

「三瓶町はすごいんですよ。『すごい風景のなかにいるけど、今は仕事中だよな…?』って思うときがあります。将来のことは決めていないけれど、さんべツアーズの仕事を続ける自分も、ここで新しい仕事をつくっていく自分も。きっといろいろな未来があります」

「ひとまちに限りませんけど、『ずっとここにいないといけないんだ』と思うと逃げたくなる。だけど『いつ出て行ってもいいよ』と言われると今日を大切にできるし、まだまだいたくなる。縛り合わないはたらき方ができたらいいなと思います」

長尾さんが続けた。

「ぼくも、もう何年かかけて宙ぶらりんな動きかたへとシフトしていきたい。一人ひとりが、楽しくはたらいているのがいいな」

インタビューが終わると、松場さんとともに出雲空港へ。大森町で新たにはじめるプロジェクト調査のため、伊丹空港へ飛び、神戸を経て、埼玉まで向かい、島根へ戻る予定だそう。

雲の上で、こどものような笑顔をして話していたことがあります。

「人間、わくわくしてるのが一番いいんだ。わたしは25歳のときも、73歳の今もずっとわくわくしてて、このまま75歳まで突っ走る。『成功しそう』というんじゃないんだ。パンの耳かじってでも、未来計画がなくても、今日をわくわくしてたらいいんじゃないかな」

インタビューを終えた2週間後に、もう一度大森町を訪ねました。なんとなく、新年をここで迎えてみたかったのです。

大晦日のことでした。ひとまちの事務所がある井戸神社を訪ねると年齢も、仕事も、家族構成も、出身地もバラバラのみんなが集まり、やきいもを食べながら、2026年の抱負を述べていました。

新しい一年がはじまります。

(2025/12/19 大越元)

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