今の仕事にモヤモヤする。ここでいつまで暮らすんだろう?
日本仕事百貨の読者には、そんな気持ちを抱えている人も少なくないと思います。
思考の整理がつかず、モヤモヤしたままでも。自信や確証を持てなくても。
少しのあいだ、この村で過ごしてみませんか。

日本三大秘境のひとつに数えられる、宮崎・椎葉村(しいばそん)。
険しくも豊かな自然と、焼畑や神楽といった昔ながらの文化や暮らしが残る小さな村です。
この村の7つの事業者で構成される椎葉村複業協同組合「KATERI WORK」で働く人を募集します。
重要文化財の建物を活用した宿や、キャビアの養殖場、宮崎県産の食材を使った洋菓子店、山奥の豆腐屋など。興味関心と適性を考慮しながら、季節ごとの忙しさに応じて複数の職場で働きます。
週休3日を選ぶことも可能。次のステップを考えるための、期間限定の滞在でもいいし、気に入ればそのまま就職・定住してもいい。
秘境の日常にどっぷり浸かるなかで、自分の進むべき道も見えてくるように思います。
熊本と宮崎の県境に位置する椎葉村。
遠方からもっともアクセスがいいのは熊本空港。それでも車で1時間半ほどかかる。
お隣の五ヶ瀬町に差し掛かると、道端に溶け残った雪がちらほら。さすが、日本最南端のスキー場があるまちだ。

全長2.7kmの国見トンネルを抜けて椎葉村に入る。雪はないものの、曲がりくねった細い山道。どんどん秘境感が増していく。
やがて村役場などがある上椎葉地区に到着。個人商店が並ぶこぢんまりとしたまちなみにほっとする。
複合交流拠点「Katerie」へ。図書館やものづくりラボ、キッズスペースなどが一体となった2階建ての施設。

子連れのお母さんやパソコンをひらいて作業する人など。秘境らしい外の風景とは対照的に、都市のまちなかにもありそうな光景が広がっている。
ここで話を聞いたのが、合同会社ミミスマス代表の上野さん。
ふだんは宮崎市内を拠点にしているため、オンラインでつなぐ。ちなみに、市内までは椎葉村から車で3時間ほどかかるそう。

地域おこし協力隊として椎葉村へやってきて、任期後にミミスマスを創業。
椎葉村への企業誘致や周辺自治体の地域おこし協力隊のサポート、村内に自生する山茶を加工・販売する地域商社事業などに取り組んできた。
そのうちのひとつがKATERI WORK。「かてーり」は椎葉の方言で、お互いに助け合うことを意味する言葉。
通年で雇用するのはむずかしいけれど、忙しい時期には人手がほしい。そんな小規模事業者7社が組合をつくり、協同で正社員として雇用。季節ごとの労働需要に応じて各事業者のもとへ派遣する、という取り組みだ。
上野さんは、この取り組みが事業者の人手不足解消につながるだけでなく、働く人にもポジティブに作用すると考えている。
「農山村の力で、人の可能性ってひらかれると思っていて。自分自身、椎葉で過ごしたことでキャリアが好転したと思っているんです」
前職の銀行員をやめ、椎葉村の協力隊に着任した上野さん。ミッションは農業だった。
はじめの2年弱は、師匠のもとでミニトマト栽培にひたすら向き合う日々。
「農作業そのものも大事でしたけど、それ以上に農家のおじさんや地域住民の方々との対話に、すごく自分は心震えるものがあって」
椎葉村には、人と自然との長い時間軸にわたる営みがまだ残っている。たとえば焼畑は、一説によると縄文時代から続くといわれている。

人口が減り、担い手も減るなかで、こうした営みをどうやって継続していくか。よそ者には何ができるのか。
一度はキャリアを諦めて、逃げるように椎葉へやってきたものの、対話を通じてまだ自分にもできることがあるんじゃないか、という気持ちが湧いてきたという。
「椎葉って、素朴で純な方が本当に多いんですよ。だから嘘をつかなくていいというか。自分を傍に置いて、別の何者かにならなくていい。本来の自分のままで、コミュニケーションをとりながら仕事をする、暮らしてみるっていう時間が、次のステップに必要だったんだと思います」
「椎葉の包容力を信じて飛び込んできてほしい」と上野さん。
およそ2年前の募集では、3名を採用。
現在は全員がKATERI WORKを卒業し、接客のおもしろさに目覚めて就職活動をしたり、農的な暮らしを探求したり。それぞれの道へと進んでいる。
今回はどんな人に来てもらいたいですか。
「ひとつは共感力。各事業者のビジネスに貢献するための組合なので、事業内容に共感していただける人っていうのは、まず大前提かなと思っています」

「それから、人に対して真摯な方。嘘をつかなくていいというのは、裏を返せば変な駆け引きをするような人や、誠実さに欠ける人は合わない。自分自身をオープンにできる方がいいですね」
どの事業者も仕事内容はシンプルで、専門的な知識や経験は問わない。
とはいえ、新しいアイデアや視点を持ち込むことで、事業として大きく伸びる可能性も秘めている7社、とのこと。
モヤモヤを抱えている人だけでなく、この環境を活かして意欲的にチャレンジしたい人にも合うと思う。
「あとは、仕事だけだと受け取れる“椎葉らしさ”が少ないと思っていて。ちょっと畑をやってみるとか、神楽を舞うまでいかなくても見学してみるとか。ライトな関わり方でもいいので、暮らしや文化にも興味関心がある人だいいなと思います」
前任の3名も、最終的には全員が週休3日を選択。休日に車で旅したり、地域でいろんな生業を組み合わせて生きている人と関わったりと、暮らしのなかで得た経験がその後の進路にも大きく影響した。
ミミスマスは上野さんを含めた5名のスタッフ全員が移住者。暮らしの相談にも乗りやすいし、キャリアコンサルタントの国家資格を持つ人もいる。

椎葉村には現役の地域おこし協力隊も20名いて、チャットで気軽に情報交換もできるそう。
秘境ならではの不便さはあるものの、いろんな人と関わりながら、次のステップを模索するにはぴったりな環境なのかもしれない。
続いて、7社のうち2つの事業者を訪ねる。まずは上椎葉地区から車で40分ほど離れた尾向地区にある「豆腐の盛田屋」へ。
工場長の椎葉さんがにこやかに迎えてくれた。

背景がやけにカラフルなのは、もともとこの場所が児童館だったから。
以前は村内の別の地域に工場を構えていた盛田屋。経営上の理由で一度は閉鎖したものの、一昨年からここで製造を再開した。
椎葉さんは前の工場時代から勤めていて、豆腐づくり歴は17年ほどになる。
「こだわりは水です。椎葉って、湧き水がありそうでなくて。山の一番てっぺんから水を引いてきています」
豆腐の材料は大豆と水と、にがりのみ。大豆は、湧き水との相性で選び抜いた2種の国産大豆を使用している。
シンプルだからこそ、奥が深い。

「基本的な豆腐づくりっていうのは、何日かやればきっと、みなさんできるんですよね。ただ、年間通じて一定の味を保つには、春夏秋冬で微妙につくり方を変えないといけない。その匙加減がむずかしいんです」
水温や火入れの時間を変えたり、豆乳を撹拌する道具の使い方を工夫したり。
17年以上の経験がある椎葉さんでも、100点満点の豆腐ができるのは年に1、2回だとか。
「うちの豆腐は一丁500円以上するんで、けっこう高い。そのなかで、お客さんに納得してもらえる豆腐をいかにつくるか。こうだ!っていう正解がないところに、おもしろみがあるんだと思います」

現在のスタッフは椎葉さんともう1名のみ。
KATERI WORKで働く人には、製造補助に加えて、主に事務方の業務を担ってもらいたい。
「つくるのは自分らでなんとでもなるんですが、そのほかの部分が正直追いつかなくて。最近は出荷量も増えてきたので、一緒に支えてもらえるとありがたいですね」
箱づくりや梱包、運送業者への引渡し。豆乳を使った化粧品もつくっているので、その在庫管理もある。
また、年に数回の催事に合わせて、車で1〜2時間かけて会場まで備品や豆腐を運び込むことも。

「もちろん、豆腐づくりに興味があれば教えますよ。つくった豆腐は必ず試食しますし、特典として、できたての豆乳も飲めます。きっと健康になるんじゃないかな(笑)」
お土産に豆腐をいただいて、山を降りる。ふたたび上椎葉地区に戻り、旅館「鶴富屋敷」へ。

源平合戦にやぶれた平家の人たちが逃げ延び、暮らしていた椎葉村。
そこへ源頼朝の命を受けた武士・那須大八郎が討伐に訪れるものの、落人たちの慎ましい暮らしぶりを哀れに思い、農耕を教えたり、平家の守り神である厳島神社を建立したりと保護したそう。
やがて大八郎は、平清盛の末孫にあたる鶴富姫と恋仲に。ふたりは子どもを授かるものの、幕府からの帰還命令を受けて離れ離れになってしまう。
鶴富姫は、生まれた女の子に那須の姓を名乗らせ、その一族が代々椎葉村を統治したと言われている。
…という話を聞かせてくれたのが、那須家33代目の雄次さん。
「33代って、恥ずかしいから自分ではあんまり言わないんです。800年という歴史は長すぎて、実感がないというか」

現存する屋敷は江戸時代に再建されたもの。以前はそこで生活していたものの、国の重要文化財に選ばれて人が来るようになったことから、雄次さんのお父さんが旅館をはじめた。
3人兄弟の末っ子の雄次さん。兄と姉が椎葉を離れるなか、雄次さんはここに残った。
「10代後半を振り返れば、まちで暮らしたい想いがなかったわけではないんですけど、それ以上にこの椎葉が好きだったんですね」
どんなところが?
「夏休みになると、10時ごろに下の川に走っていくんです。友だちと遊んで、帰ってご飯を食べて、昼寝して。冬は雪で遊ぶし、秋はどんぐり拾いにいったり、春は姉と一緒に花の冠つくって遊んだり。そういう暮らしが好きだったのかな。飽きなかったですよ」
地元の食材を使った郷土料理も鶴富屋敷の売りのひとつ。
春の山菜採りや6月の梅ちぎり、秋の柿もぎなど。季節ごとの旬の食材を採ってきて、お客さんに提供するところまで体験できるのは、ここで働く魅力だと思う。

今回来る人に、とくにやってもらいたい仕事はありますか。
「接客ですね。人と関わるのが好きな人だとうれしいです。今働いているおばちゃんは、あまり人前に出たがらない人が多くて。テレビ局の取材が来ても、『いやいやいやいや!』と押されて、結局ぼくがいつも出ているので」
通常の接客はもちろん、取材対応や、雄次さんがしてくれたような歴史的背景の説明なども、自分から積極的に伝えたい!という人だとうれしい。
「旅館はなんでもやるからですね。ほかにやりたいことがあったら、どんどん言ってもらえれば。オールマイティーに活躍してもらいたいです」
今回紹介した事業者以外も、地域資源や土地の歴史に根ざした土着性の高い仕事ばかり。
同じものづくりや接客でも、ここでしかできない経験がきっとあると思います。
秘境の村で、自分のまま、暮らし働く時間をじっくり味わってください。
(2026/1/15,16取材 中川晃輔)


