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高校生のころ、周りにどんな大人がいただろう。家族や学校の先生。放課後通ったお店の店員さん、近所のおばさん、おじさん。
もしそこに、こんな大人たちもいたらどうだったかな。そんなことを考える取材となりました。
福島県・只見町(ただみまち)。
周囲を切り立つ越後山脈などの山々に囲まれた小さな町です。町には色濃く自然が残っていて、暑い夏と豪雪の冬が交互にやってきます。
そんな町にただひとつの県立高校が、只見高校です。
生徒数はゆっくりと減り続けていて、このままでは統廃合されてしまう可能性もある。そこで町はおよそ15年前から、魅力ある学び舎にするためさまざまな取り組みを重ねてきました。
その流れを汲んで、2年前に誕生したのが公営塾の「心志塾(しんしじゅく)」。学校以外の学びの場が少ない生徒のために、日々の学習のサポートや進路相談に乗っています。
今回は心志塾で働く講師スタッフを募集します。
只見町へのルートはいくつかあって、この日は特急とバスを乗り継いで向かうことに。
片道5時間と長い道のりをゆっくり進む。11月の終わりの町は紅葉も終わって、もうすぐ雪が降り始めそう。
町の玄関口である駅から歩いて5分ほど。心志塾の扉を開くと、すでに生徒が机に向かっていた。
こちらに気づいて迎えてくれたのは、講師の渡辺史さん。
お会いするのは今回で2度目。明るく正直に話してくれるので、こちらも思ったことを伝えられるなあと会うたびに思う。
「ゼロから塾をつくって、本当によくやってこれたなって思います。今も力不足に感じることは多いですけど、生徒たちは本当によくついてきてくれて」
「最近はとくに、私がしっかりしなくちゃって気持ちが強くなりました」
東北大学に在学中、東日本大震災を経験した史さん。震災ボランティアをきっかけに子どもの教育支援に携わるようになる。
そのなかで、さまざまな理由で勉強したくてもできない子どもたちの存在を知ったそう。証券会社に就職後もボランティアを続けるなかで、心志塾の立ち上げスタッフの募集情報を見つける。
「只見の子は、地理的な条件で学びの場や情報を得るチャンスが少ないんだと知って。私が行くことでその格差を解消できるなら、やってみようと思ったんです」
開講初日は5人ほどだった塾生も、現在は24人に。
塾に来る生徒の目的は、学校の授業の復習からテスト勉強、受験対策まで幅広い。それぞれ自分で勉強を進めて、わからないことを講師に質問するスタイルになっている。
史さんは、そんな生徒の進路相談に乗ることも多い。
「学校のテストは暗記でしのげても、受験ではそうはいかずに焦る子はすごく多いです。ただ町がゆったりした雰囲気だからか、なんとかなるだろうって気楽に捉えているようにも感じますね」
「どうしても情報が少ない地域なので、生徒は大学も仕事も狭い範囲でしか選べていなくて。だからこの塾では、こんな道もあるよって示せたらと思っています」
たとえば、と教えてくれたのが昨春卒業した生徒のこと。
その子は進路選択の時期になっても進む道をなかなか決められず、揺れ動いていたそう。
「『友だちはあの大学に行くから私も行こうかな、でも公務員もいいかも。やっぱり大学もいいな…』って様子でした。本当にやりたいことを尋ねたら、しばらく考えて『困っている子どもを助けたい』って教えてくれて」
そこで史さんは関連する大学や学部を調べて、いくつか提案することに。
「たとえば経営学部では人を育てる組織論が学べるし、経済学部なら貧困の子どもにも触れる。医療福祉を学べば、福祉の面から困っている子どもたちを助ける術を勉強できるよって」
「その子も真剣に聞きながら、この道を選んだらどうなるだろうって考えて、質問もしてくれました。最終的に、文理関係なく学べて世界的な視野も持てる経営学部に挑戦することになりました」
晴れて合格して県外に進学。休みを使って、史さんに大学生活を報告しにきてくれたという。
「そうやって卒業生がときどき近況報告をしに来てくれるのがすごく嬉しくて。実習やバイトが忙しいとか、彼氏ができたとか(笑)みんなすごく充実しているみたいで、諦めないで本当によかったって思います」
生徒と真剣に向き合ってきた史さん。最近では、プライベートの悩みを相談しにくる生徒も増えてきたのだとか。
「話を聞いてほしいから塾に行きます、って言ってくれる子もいます。学校生活、部活の悩み、はたまた恋愛相談までいろいろです」
「学校の先生とも、親とも違う大人でありたいと思っているので、何かあったときに私を思い出してもらえるのはすごく嬉しい。ここまで頑張ってきたご褒美かなって思っています」
楽しそうに振り返る史さん。この塾で働くことを、どう思っているんだろう。
「そうですね…もちろん苦しいときもあります。今は講師2人で手いっぱいで、本当はやりたい地域を舞台にした授業もまだできていません。とくに数学は力不足で、受験レベルまでサポートできていない。それが原因で足が遠のいてしまった子がいるのも事実です」
塾を頼りにしてくれる子が多いぶん、責任も重い。
また、塾の人材採用には地域おこし協力隊の制度を活用しているため、最長で3年という任期の期限がある。
「私も少しずつ将来を考えはじめていて。どうしても今の1年生は卒業まで見られないので心苦しいです。でもそんな状況でも、ここには私を必要としてくれる子どもたちがいるんですよね」
「私はその子たちを守りたいし、少しでもサポートしてあげたい。この次もそんな道に進めたらいいなって思っています。子どもへの想いや愛情を教えてもらった場所だと思っています」
そんな心志塾のもう一人の講師が浜津さん。前回の日本仕事百貨での募集 をきっかけに、この夏にやってきた。
「本当にふらっと見つけて、面白そうだなと応募しました。大学を卒業して、どうせ働くなら今まで考えたこともなかった教育という道に一度触れてみようかなって。すみません、大した理由じゃなくて(笑)」
実際に入ってみて、どうでしたか?
「そうですね…想像していたように田舎でした。とはいっても今はネットで何でも調べられるし、質の高い授業も見られる。だから実際のところ、只見の子も勉強にはそんなに困っていないはずだと思っていました」
「けど実際はそうじゃなくて。そもそも勉強する習慣がなかったり、大人に言われて来るという生徒もいたり。どうすればやる気を出せるかってところから考える必要があったんですよね」
これまで誰かに勉強を教える経験はまったくなかった浜津さん。来た当初はとても苦労したそう。
「とくに数学は一度挫折しているので、今も必死に勉強しています。教えるって本当に難しいです。まず生徒のわからないところをきちんと掴めないと、何をどう説明するのかも決められない。ただの話し相手ではいけないし、とにかく毎日頑張らなきゃって」
何もできない自分がいる意味はあるのだろうか、と思い悩むこともあったという。
「でも、ここで逃げたら結局何も変わらないなって。今は、自分のいる理由を見つけようと思いはじめているかな」
自分のいる理由。
「自分だけができることっていうんですかね。自分がどれだけダメでも、史さんがいる。だから塾に来る人はいると思います。ただ、それに甘えていたら、本当に自分がいる意味がなくなってしまう。それは嫌なんです」
「自分はゼロからのスタートなので、そのぶん生徒と一緒に勉強したり考えたりできる。今はそこを大切にしようかなって思っています」
ときには生徒から『説明がよく分からない』と言われることもある、と苦笑しながら教えてくれた。
「裏表がない生徒たちなので、ストレートに言葉を投げられることもあります(笑)そこは自分も素直に『もう一回考えてみるわ』って」
「やっぱり生徒と接するなかでできるだけ力になりたいって思いも出てきて。自分はこの場所にいたいから、今はとにかくやれることをやるしかないですね」
そんな心志塾に通う生徒の一人が、3年生の優花さん。
突然のお願いにもかかわらず、一つひとつ丁寧に答えてくれた。
只見高校を選んだのは、友だちやお姉さんの影響だそう。一方で同じ学年には、町外の進学校へ進学する人も多かった。
「その子たちは中学のときから夢が決まっていて、すごいなあって尊敬していて。町の外に行く子も頑張っているから、只見に残る私たちもちゃんといい成績とろうねって応援しあっていました」
心志塾に通いはじめたのは、部活動が落ち着いた今年の春休みから。町には塾がないので、ずっと前から興味を持っていたそう。
「友だちが『分からないところは1対1でずっと教えてくれる』って言っていて、受験生になったら行こうって決めていました。先輩が多くて緊張したけど、史さんが毎回話しかけてくれて。学校では先生に人気が集中しちゃうので、分からないところはここで教えてもらうことが多いです」
講師のお二人とは、どんな話をするんですか?
「史さんは、ペンが止まったら『大丈夫?』ってすぐに来てくれて。明るい人だから私たちのテンションも上げてくれます。すごく楽しい人で、みんなで史さんのお誕生日会をしたこともあるんです」
「浜津さんは…最初は大丈夫かなあって(笑)でも一緒に問題を解いてくれて、わからないところもずっと調べてくれる。頼りになるなあって今は思っています」
春には町役場で働くことが決まっている優花さん。
面接や小論文の練習はもちろん、第二志望の大学受験についても史さんに相談をしていたのだそう。
「日本史と現代社会、試験でどっちを選ぶか悩んでいて。学校からは両方受けることを勧められていたんですけど、史さんは『現社のほうが成績がいいから、そっちに絞ってちゃんとおさらいしたほうがいい』って言ってくれて。頑張るきっかけをもらいました」
受験勉強をしながら、就職対策を重ねる日々。
無事に第一志望の役場に合格したときも、真っ先に史さんのところへ報告しに行ったのだとか。
「自分より史さんのほうが喜んでくれて、すごく嬉しかったです。史さんがいてくれてよかったなあって。話も聞いてくれてアドバイスもしてくれて、本当に私の大事な人です」
優花さんの言葉からは、史さんとこの塾に対する信頼の気持ちが伝わってくる。
きっと史さんも、じっくりと生徒と関係を築いてきたのだと思います。最初は浜津さんのように、壁にぶつかってもがくこともあるはず。
それでも自分なりに目の前の生徒に向き合い続けようとする姿を、生徒はきっと見ているのだと思います。その先で、いつか生徒にとって大切な大人になるのかもしれません。
(2018/11/28 取材 遠藤真利奈)