求人 NEW

建築エリートじゃなくていい
形を超える
ハッピーな場づくり

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

建築をめぐる環境が、少しずつ変わってきているように思います。

古民家のリノベーションや空き家のDIY。新築以外の選択肢が増えて、経験がなくてもいろんな人が建築に関われるようになりました。

これから先は、地域とのつながりや仕掛ける力をもった建築事務所が必要とされていくのかもしれません。

スターパイロッツは、個人宅から公共施設まで大小さまざまな建築を手がける設計事務所です。

代表の三浦さんは、こんなふうに話していました。

「建物をつくって終わりというよりは、何をつくるか決まっていないところから相談に乗って、できたあともなるべく伴走する。そのほうが楽しいんです」

今回は、設計と施工監理を担うスタッフを募集します。

建築学部の卒業者であれば、経験は問わないそう。もちろん新卒の方も歓迎です。



東横線・学芸大学駅の改札を抜けて、賑やかな商店街を進んでいく。

ゆっくり歩いて5分ほど。住宅街の一角に、スターパイロッツの事務所を見つけた。

入ってすぐの空間は、よく使い込まれた長机が印象的な打ち合わせスペース。仕切りの奥からは、スタッフの話し声が聞こえてくる。

「今は、僕と妻をいれて7人が働いていて、5人が設計スタッフです。そうだ、あとで娘たちが学校から帰ってくるのでご紹介しますね」

そう話すのは、代表の三浦さん。

このビルは三浦さんのご実家で、今は家族で住んでいるそう。

「10年ほど前に父が亡くなって、母にこのフロアを賃貸してもらいました。当時独立して3年目くらいだった僕も、机一つで引っ越してきて」

「少しずつ仕事や仲間が増えていって、フロア丸々僕たちのオフィスになりました。今は、このくらいの規模がちょうどいいなって思っています」

取材前のメールからも感じていた通り、気取らない雰囲気で話しやすい方。

この仕事を選んだきっかけを聞いてみると、話は高校時代まで遡った。

「家庭教師のお兄さんが建築学科に通っていて、家に遊びに行くとドラフターや模型があったんです。超面白そう、僕も建築学科に行きたい!って」

ロンドン留学を経て、建築の博士課程を修了。大学時代の恩師でもある古谷誠章さんの設計事務所NASCAでは、数十億円規模の公共施設を担当していたそう。

華やかな経歴に、申し分ない成果。三浦さんはいわば“建築エリート”だった。

「一通り仕事ができるようになると、だんだんと自我が芽生えてきて。専門雑誌に作品が載って一人前だ、なんて思って独立したんですね」

「ただ、現実はそううまくいかなくて。独立したはいいけど、仕事が全くなかったんです」

建物をどんどん増やす時代が終わり、空き家が増えていく。時代の変化のなかで、従来の建築論が通用しなくなる未来も感じていた。

「それに」と三浦さん。

「当時の僕はせっかく相談がきても、一所懸命話を聞いているようで、自分を世の中に売り込む方法ばかり考えていて。今思うと、結構嫌なヤツだったんです(笑)」

「ここをシェアオフィスにしたのは、そんなときだったんです。建物オーナーの母に相応の家賃を払おうとすると、間貸しするしかなかった」

500万円の借金をしてシェアオフィスにリノベーション。1年後にはさらに500万円を借り入れて、2階にハウススタジオをオープンした。

自分でお金を投資して、場所をつくり稼いでいく。その経験が、本業の設計にも影響するようになったそう。

「お客さんは、見た目のデザインさえ良くなればいいんじゃない。期待や不安、いろんな気持ちを抱いて依頼してくれてるんだってわかるようになりました。それなのに自分のことだけ考えてちゃダメだよなって」

「目の前の人の状況や本当に求めていることを全力で想像して、自分なりに考えて形にしていくことで、結果的に造形とは違う個性が出るかもしれないなって」

それは一体どういうことだろう。

すると「たとえば」と三浦さんが一枚の写真を見せてくれた。

「これは岡山県の西粟倉村にある、村唯一の保育園で。3年前にプロポーザルで受託して、去年完成したんです」

林業の村として知られる西粟倉。三浦さんは案を考えるにあたって、まず現地の友人に村の製材所などをくまなく案内してもらったそう。

「自分で動き回るよりも、村の事情がよくわかるんですね。林業の村といっても昔のように大木は取れないこと。一方で、この村だからこそ手に入る資源があるってこと」

この村だからこその資源?

「たとえば傷物の丸太や、フローリングに使われる木材の切れ端。加工場に行くとゴミ箱の横に積んであったりするんですよ。僕らからすれば『それ捨てるの、ちょっと待った!』って感じで」

「むしろそういうものを上手に使って建築をつくったほうが、地元の人や、未来の林業を担う子どもたちにとってもすごくいいなと思ったんです」

その一つが外壁。傷物の木材をやすりがけせずに貼ることで、木そのものの手触りを残すことに。フローリング材の切れ端もつぎはぎして、レンガのようなデザインを施した。

「ただね、この村の魅力は材料だけじゃなくて。面白い人たちがいっぱいいるんですよ」

「デザイナーや宿のオーナー、若い起業家…なるべく色んな人と友だちになって、一緒につくっていったんです」

一緒につくっていく。

「たとえばクラスプレートは村内のデザイナーにつくってもらったもので。他にもオリジナルタイルをつくって、別の場所で使用されるたびに売上の一部が村の森林組合に寄付される仕組みもつくりました」

「お披露目のイベントも、村の予算が出にくいとわかると、つい熱くなって『僕が自腹切るからやろう!』って宣言したりもして(笑)」

実際に三浦さんたちは、保育園のオープニングとして『森のこみち市』と名付けたイベントを開催。当日は、村のさまざまな人たちが園内に小さな露店を出店したそう。

「こんな使い方もしていいんだよ、というお手本になればと思いました。そこまでやるほうが絶対楽しいじゃないですか。会社というよりも一人の人間として、いい関係を長く築けたらって思っています」

これまで手がけた公共施設の中には、指定管理者の株主として継続的に経営に関わっているものもあるという。

話を聞いていると、三浦さんは建物を建てるだけでなく、完成までの過程や、将来そこで生まれるできごとも含めてデザインしているように思う。

「素材や人、風景を紡ぐ感覚なんです。納まりやプロポーションは当然考えるけど、そこを売りにはしたくなくて。その場所でしかできないつくり方や、本当にその人やその場所が必要としていることを、丁寧に素直に考えてあげたいなって」

「だから今回の募集も、学歴や賞歴には全然興味がなくて。人を喜ばせるのが好きな人に出会いたいです」

求めているのはじっくり腰を据えて一緒に働いてくれる仲間。建築に向き合うのと同じように、信頼し合える関係を築いていきたい。

「会社を大きくしたいって思いは全然ないんです。ただ、スタッフはかつての僕みたいに、いずれ独立を考えるときが来ると思う。そんな入れ替わりを見据えて、仕事を覚えながら後輩を育ててもらいたいなと思っています」



そんな三浦さんと一緒に働いている一人が、宿利(しゅくり)さん。

「今年で6…いや、7年目だったかな。社歴は僕が一番長いです」

建築の専門学校を卒業し、アルバイトを経て入社。最初に取り組んだのは、住宅数棟の設計だった。

「はじめは実務的なことはほとんど分からなくて。でも三浦は『君はどう思う?』ってちゃんと話を聞いてくれて。ガチガチのルールはないし、自分なりにいいと思った理由を説明できれば通してくれました」

入社から1年後、長野県木島平村の道の駅『ファームス木島平』の工事現場に常駐して、監理業務をすることに。

「工事が始まってすぐ『じゃあ行ってきて』って(笑) 村内に家を借りてもらって通いました。やっぱりわからないことだらけですごく大変でしたね」

「まず現場で飛び交う専門用語が全然わからない。でも聞くに聞けなくて、見当違いなことを言ってしょっちゅう叱られていました。しっかり考えたつもりで書いた図面も現場の職人から詰めの甘さを指摘されたり、大雪で工期が読めなかったり…」

現場の責任者として、その場で判断を求められることも多かった。

たとえば天井。和紙のような素材の布を貼り付けようとしたところ、布がたわんでしまったそう。職人と何度も意見をぶつけ合って、なんとか完成させた。

「何でもかんでも三浦に聞くんじゃなくて、自分で考えて決めなさいと言われます。待っていても誰も何も教えてくれません。僕は、自分で調べて、考えて判断できる経験は大きいなって思っています」

実は宿利さん、近い将来、構造や設備設計を学んで独立したいと教えてくれた。

「三浦みたいに、意匠設計の他にも強みがほしいなって。と言いつつまだもう少しいるので、ここにいる間にもっと自分の間口を広げたいですね」



最後に話を聞いたのは、もうすぐ入社2年目を迎える大森さん。「緊張しいなんです」と言いながらも、丁寧に話してくれた。

「大学院で就職を考えたときに、大きな組織じゃなくて小さなアトリエ系に行きたいなと思ったんです。ここはデザインだけじゃない幅広さを感じて、面白そうやなって」

「入ってすぐ、郡山の元ラーメン屋さんをコミュニティスペースにリノベーションするプロジェクトを任せてもらいました。最初は何から始めたらいいのか不安でいっぱいで」

お施主さんや地域の人たちと頻繁に打ち合わせをして、意見や要望をヒアリングした。その都度、三浦さんや先輩たちにアドバイスをもらいながらCADやパースに落とし込んでいったそう。

「お子さん連れの方でも気軽に使える場にしたいと伺ったので、厨房はステンレスよりも可愛らしいタイルを使ったほうがいいなとか、テーブルの配置や大きさはどうしようとか」

現場にも週に3日は滞在して、現場の監理を行った。

建物を解体してから急遽図面を描き直したり、職人のアドバイスをもとに施工方法を変更したり。夜遅くまで残って作業した日もあったという。

華やかなイベントを開催することもあるけれど、日々の仕事は設計と現場監理がほとんど。最初の数年間は、地道な努力を重ねていく時間なのかもしれない。

「やっぱり体力も必要だし大変でした。でも初めて知ったことも多くて、忘れられないプロジェクトになりましたね」

先日無事に引き渡しを終えて、オープニングイベントにも参加したそう。

「スターパイロッツも出ませんかってお声がけいただいて。1ヶ月前から自分で考えて、子どもも楽しめるように鯉のぼりづくりのワークショップをすることにしたんです」

「皆でわいわいできるといいなあって楽しみにしていて。やっぱりお客さんと一緒に考えたものがずっと形に残る仕事って、いいなあと思いました」



取材を終えると、三浦さんの娘さんと犬が一緒に帰ってきて、私たちのもとへ駆け寄ってきた。

三浦さんは「よくスタッフに遊んでもらっているんですよ」と教えてくれた。

「建築オタクよりも、人好きが向いているかもしれないね。超一流じゃなくてもいいので、子ども向けの企画もパーティの演出もできるっていうような人に来てほしいです」

建築に軸足を置きながら、まちや人にも前向きに関わっていく。そんな奥行きをもった仕事だと感じました。

(2019/04/16 取材 遠藤真利奈)

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