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日本一の椿島
200年のバトンを
未来へ渡す

東京から南に140km。伊豆諸島に浮かぶ小島が、今回の舞台です。

東京都・利島村(としまむら)。

人口300人のこの島は、江戸時代から椿の島として知られています。

島の8割が椿の木で覆われ、冬が来ると紅の花が一斉に花開く。農薬にたよらず自然の恵みだけで育った実は椿油に加工され、その生産量は国内のおよそ6割を占めています。

「たった300人が、持続可能な形で日本一の椿産業を牽引している。それってすごいことだと思うんです」

村の農協に勤める加藤さんは、こんなふうに話していました。

今回は地域おこし協力隊として、農協で椿産業を支援する人と、椿油の精油工場で働く人を募集します。200年以上続く椿産業の、担い手になるような仕事です。



日曜日の22時、東京・竹芝桟橋。伊豆諸島行きの大型船に乗り込む。

大きなドラの音を合図に出航した船は、これから一晩かけて島々に人を運んでゆく。

島に到着したのは、翌朝7時半のこと。

港に降り立つと、予約していた民宿の方がバンで迎えに来てくれていた。宿で朝食をいただいてから、歩いて農協へと向かう。

島唯一の集落は、端から端まで歩いても15分ほど。木陰を選びながら信号のない道を歩いてゆくと、ふと遠くに海が見えた。

自然が間近にある気持ちのいい場所。思わず足を止めて、深呼吸をする。

食堂や民宿が集まったところに農協の看板を見つけた。

挨拶しながら扉をカラカラと開けると、小さなお店があらわれる。

食品と日用品が並べられたお店は、昔ながらの商店のよう。店員さんもお客さんも顔見知りらしく、のんびりと他愛のない会話をしている。

「多い日だと1日150人くらい来るんですよ。レジに立つだけで島の2人に1人と話せるって、すごい職場ですよね」

そう話すのは、農協職員の加藤さん。

「うちは農業支援以外にも、店舗の運営や、電気・ガス事業も担っていて。ガスが足りなくなったら店の前の黒板に名前を書いてもらって、僕たちが届けに行くんですよ」

へえ! 距離が近いんですね。

「何せ300人しかいないので(笑)農協がインフラも支えているという状況は、内地の農協と比べてもかなり特殊ですね。島という環境ならではだと思います」

もちろん、農協の軸が農業者支援にあることに変わりはない。

その軸となっているのが、基幹産業である椿産業への支援だ。

ここ利島は、椿の一大生産地。

その歴史は深く、江戸時代の中期までさかのぼるそう。川がなく稲作ができない利島は、米に代わって椿油を年貢として納めていた。

「椿は一本丸ごと生かすことができるんですよ。油は食用や灯用に、硬くて丈夫な幹は道具の柄に。それこそ油が貴重な時代は、椿油の売上の寄付で学校を建てたそうです。収穫の時期には隣の島から人を呼んで、そのまま利島の人と結婚したという家もあったみたいで」

島の椿はヤブツバキといって、日本の固定種。もともと全国に分布していたものの、戦後その多くが伐採されて、今でも産業として残っているのは利島と隣の大島、そして長崎だけだそう。

冬を迎えると一面に椿が花開くこの島は、まさに日本一の椿の島。

「世界的に見ても、これだけ椿産業が発展しているのは利島だけなんです。新しいことを始めたら、必然的にオンリーワンになるんですよね」

実は加藤さん、そんな椿に魅せられて5年前に関東から移住してきた方。

もともとは埼玉の農業法人で働いていて、ステップアップを考えたときに農協の求人を見つけたのだとか。

「利島なんて聞いたこともなかったんですけど、たった300人が、無農薬というサスティナブルな形で日本の椿産業を牽引している。これはすごい、勉強させてもらおうって気持ちで移住しました」

利島は、加藤さんたち子育て世代の移住者が多いのが特徴。15歳未満の人口は60人ほどで、島民の5人に1人が子どもという活気ある島でもある。

「来てみて驚いたのは、子育ての環境がめちゃくちゃいいことですね。みんな娘を『加藤さんちの子』として見守ってくれていて。こんな楽に子育てできるのかと」

「仕事の面で言えば…農業の縮小化という課題は、内地と同じだなって感じました」

椿産業が盛んな利島でも、農家さんの戸数は少しずつ減って現在40戸。背景には、利島ならではの習慣もあるという。

「利島って、伝統的に複業が当たり前なんですよ。普段は漁師をしながら畑を耕して、椿の季節になったら椿農家として活動する農家さんがほとんどです」

椿農家さんは島のあちこちに自分の土地を持っていて、4月から9月にかけて草刈りを、9月から3月にかけて地面に落ちた実を一つずつ手で拾って収穫をする。

「農家さんは、たとえ椿の実がとれなくてもほかの生業で賄うことができる。収穫量を増やすために何かをするのではなく、その年に実ったぶんだけ収穫して結果を受け入れる、という感じなんです」

「去年は台風の影響もあって収穫量が過去最低だったんですけど、農協の僕が農家さんに『しょうがない、そういう年もあるよ!』と励ましてもらったくらいで」

農業というよりも、季節の仕事と表したほうがイメージに近いかもしれない。

「ただ、産業の縮小はそのまま農家さんの収入減につながります。僕らも新しい施策を考えて色々と取り組み始めているところで」

新しく農協で働く人は、そんな加藤さんの右腕として共に仕事をする。

仕事の一つが、基礎データの収集。

農協では2年前から農家さんにお願いして、作業時間と収穫量を土地ごとに記録してもらっている。データをもとに土地の生産力や作業効率を計算して、少ない労力でたくさん収穫できるような提案を考えるのだそう。

「それに利島の椿は200年以上無農薬なので、データの裏付けがあれば有機JAS認証も取得できるんですよ。今は少しずつ周知を広めているところで、データを提出してくれた農家さんの実は高く買い取るなどしています」

そして椿山の整備も、大切な仕事の一つ。

農協は高齢の椿農家さんから、8ヘクタールほどの土地を管理委託されている。週に2〜3回は職員で手分けして草刈りをしたり、実を拾ったりしているそう。

とくに草刈りは夏の仕事。太陽の下、山で機械を動かす重労働だという。

「新しく入る方もしばらくは山の管理作業が主になるので、正直大変だと思います。土地もすごく広いし、島でのんびりというより汗をかきつつ体力仕事という感じでしょうか」

きっと地道に仕事を積み重ねる毎日になると思う。基幹産業の椿で安定した利益を生み出すことは、農家さんのみならず島にとっても重要なこと。

「正直、儲からない産業なんです。でも利島の農家さんはすごく使命感を持っていて。『代々受け継いだ椿の仕事は俺が死ぬまでやるから大丈夫だ』っておっしゃるんです」

「日本一の椿産業を担っている、という意識が強いんだと思います。僕も、農家さんが所得を維持拡大できることなら何でもやりたいなと思っていて」

イタリアから新しい機械を輸入したり、椿油を高く買い取ってくれると聞けば島外の会社にも営業に行ったり。今年度から新たに椿の苗木生産や、農家さん全戸へのヒアリングも始めたそう。

「みなさん、孫や息子のようにすごく可愛がってくれて。家にお邪魔したら、まずお茶が出てきて、お菓子を食べながら数時間話して、夕飯もご馳走になるみたいな(笑)」

「ただ、不安や課題をすぐに解決できる提案はできません。大変だけど一緒に頑張りましょう、と模索を続けていくしかない。だからコミュニケーションの仕事でもあるんですよね」



加藤さんは、椿にまつわる仕事がしたいと島に移住した人。

一方、椿油の精油工場の責任者を務める清水さんは、また違ったモチベーションで移り住んだ人だと思う。

「出身は渋谷です。専門学校時代に利島出身の友だちと出会って、はじめて遊びに来ました」

「それが良かったんですよね。フィーリングがぴったりはまったというか。海も山もあって、お酒が大好きな人たちが住んでいて。この島が楽しくて、何年か通うようになりました」

26歳のとき、島のプール監視員のアルバイトを見つけて試しにひと夏滞在してみたそう。さあ帰ろうというタイミングで、知り合いから『うちで働かない?』と声をかけてもらった。

「独り身のフリーターだったし、じゃあ住んでみるかと。移住というほど熱量はなくて…まあ正直ノリでしたね(笑)」

その後、農協やヘリポートでのアルバイトを経てこの精油工場へ。

工場は、農家さんが集めた椿の実を、専用の機械で乾燥、搾油、精製、ろ過させて、黄金色の椿油にしてゆく役割を果たしている。

利島の椿油は酸化安定性に優れているため、洗剤や石鹸、香粧品の原料になる。のみならず、スキンオイルとして直接肌や頭皮にも塗ったり、食用としても使ったりもできるのだそう。

生産は、温度の管理や材料を混ぜるタイミングなど、人力に頼るところも大きい。今は清水さんとアルバイトの方の二人で回していて、事業を安定させるために今回の募集に至ったという。

「工場は、11月から5月までフル稼働です。冬から春の仕事なので暑さはないですよ。ただ繁忙期は協力隊で定められた週4日のほか、副業という形で農協からアルバイト代をもらって工場に入ってもらう可能性もあります」

昨年は一斗缶を220缶、最も収穫量の多かった年は1600缶も精油したとのこと。

決められた手順に沿って、少人数で着実に精油していく。集中力が必要な仕事だと思う。

「農家さんが一所懸命手拾いしてくれた実を油にするので、緊張感とか責任感はあります。でも製造ラインを丸々任せてもらえるのは魅力的だし、高い品質を守りながら日々つくり続けられるのはいいなって。僕はこの仕事が好きですね」

好き、というのはどういう感覚でしょう。

「うーん… 僕の言葉でいうとすれば、仕事を含めたこの生活ってことですかね」

「油の生産が落ち着く時期は、椿油で石鹸やラー油を試作してみたり、椿油の搾りかすを自分の畑に蒔いて野菜を育ててみたりしているんです。ズッキーニとか、すごくうまいのができたんですよ。ほかの野菜も学校給食に使われるようにもなって」

夏場は工場のメンテナンスや山の管理を最優先にしつつ、時間が空いたら畑を見に行って、仕事が終わったら仲間とフットサルをして。休みになればボンベを背負って海に潜り、誰かの家に集まってお酒を飲む。

そんな日々が楽しいと、清水さんは繰り返す。

「もちろん冬場は忙しいし、毎日遊んではられないですよ。 でも総合的に見て、やっぱりこの環境が好きだなあって思います」

椿産業、伝統の継承、島の暮らし。興味の拠り所がいくつかあれば、生活がより豊かになるのかもしれません。

3年間に限らず、協力隊と村の互いの希望が一致すれば継続雇用の道も。島暮らしの足がかりにしたいという人や、夫婦の応募も大歓迎とのことです。

島の人たちと足並みをそろえて一歩踏み出す。利島の新しい住人を、お待ちしています。

(2019/05/20〜22 取材 遠藤 真利奈)

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