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建築や空間デザインの会社へ取材に行くと、必ずと言っていいほど、事務所に大きな本棚がある気がする。洋書や写真集、ビジネス書、漫画がずらりと並んでいる事務所もあった。
そのなかでもよく見かける雑誌のひとつが『月刊 商店建築』です。
建築のなかでも、住宅ではなく店舗設計に特化した記事を届け続け、今年8月号で800号目を迎えています。
今回募集するのは、この『商店建築』の編集者。
20代〜30代のスタッフが多く活躍する編集部。編集経験よりも、建築やデザインに対する強い関心や熱意を持った人を探しています。
新宿駅西口から、ビル街を歩いて10分ほど。大通りから一本路地へ入ったところに、『商店建築』編集部の入るビルがある。
エレベーターで4階へ。
63年前、『商店建築』の創刊とともに発足した株式会社商店建築社。今は住宅建築を紹介する『I’m home.』の編集部も加わって2誌を発行している。
広告や書店への営業部などを入れてもひとつのフロアにおさまるほど、コンパクトなオフィスだ。
まず話を聞いたのは、編集長の塩田さん。
正直、編集者の方に取材をするのは緊張します、と打ち明けると「リラックスしてください。ゆるいところですから」と優しく迎えてくれた。
「大学で建築を専攻していたときから、設計課題よりレポートのほうが得意だったんです。本を読むのも好きだったし、伝える仕事を通じて、建築に携わる人の手伝いができたらいいなと思って」
創業者である先代の社長はもともと編集者ではなく、自身で工務店も経営していた一級建築士。
インテリアデザインという言葉が広く普及する以前から、専門家たちの糧になるような情報を伝え続けてきた。
塩田さんが「宝の山を見せましょう」と案内してくれたのは、茶封筒がぎっしり収納されたラック。中身はすべて、これまでに掲載された紙焼き写真やポジフィルムなど。
室内には数十年前の号もたくさん保管されている。
モダンな店舗家具の登場、80年代のディスコ特集…。商業施設の変遷は、その時代ごとの世相を反映している。
「月刊誌なので、そのときどきに新鮮なものを取り上げる。それが蓄積されるとアーカイブの役割を果たせる。それは、創刊時からずっと変わらないコンセプトだと思います」
途切れることなく伝え続けてきた、建築の文脈。
塩田さんから見て、最近の商店建築にはどんな特徴があると思いますか。
「たとえばホテルだと、高級業態よりも少しカジュアルなところに活気がある気がします。ドミトリーやカプセルホテルのように、数千円で泊まれるけど、すごく工夫されているスモールホテルっていうのが多いんです」
「京都の町屋を改装したり、尾道の駅の上からまちを眺められる空間をつくったり。この土地に来たなっていう感じを味わえるような」
「あとは、アパレルブランドやショップなど、別業態の人たちがおもしろいホテルをつくることも増えました。ショールームやショップに宿泊スペースが併設されているような。常識にとらわれず、いろいろ実験的なものが生まれていると思いますね」
なぜ今、こういう施設が生まれるのか。
ホテルのニーズを例に考えても、観光のあり方、旅に求めるスタイルの変化、価値観の変容など、いろいろ見えてくるものがある気がする。
建物を通して映しだされる時代のかたち。建築に携わる人たちは、そこからインスピレーションを得て、また新しいものを生み出していく。
「この雑誌は、僕たちの個性や強いオピニオンを出すよりも、ニュートラルな立場で事例を紹介していくものなんです。僕は編集長だけど、公園の管理人のような役割にも似ていると思っていて」
公園の管理人?
「みんなのための場を預かっている感覚というか。出版ってもともとpublicと語源が一緒ですよね。この編集部で長くいい仕事ができるのは、社会の役に立つために雑誌をつくるという倫理観のある人なんじゃないかと思います」
現在編集部には、塩田さんのほかに5人の編集者がいる。
企画を考えるところから、取材依頼、自分で原稿を書くこともあれば、エディトリアルデザインの打ち合わせ、校正まで。
入社して3ヶ月も経てば、経験や年齢にかかわらずそのすべての役割を担っていく。
「この仕事に必要なのは、まず建築とかデザインに対する強い興味と、人の話を聞く力。僕たちの仕事って、コミュニケーションにかける時間がすごく長いんです。取材、打ち合わせ、建築の設計者との雑談から企画につながることもあるし」
撮影に行くときも、どんな意図でその写真が必要なのか、プロのカメラマンときちんと話して決めていく必要がある。
住宅写真とは違い、朝や夜に撮影に行くことが多いのも『商店建築』の仕事ならでは。
そこには、雑誌をつくる編集者やカメラマンのこだわりがあるという。
「床や壁、内装がどんな素材でできているか。それが伝わるように撮るには、日の出か日没のタイミングが一番いいんです。ホテルとかだと、室内だけじゃなくて景色もきれいに撮りたいので、泊りがけで行ってチャンスを狙う。そういうのがすごく楽しくて」
いいものをつくろうと思えば思うほど、働く時間は長くなってしまうかもしれない。
それでも建築や空間デザインが好きで、それに傾けられる十分な情熱があれば、こんなに熱中できる仕事もない気がする。
「さっき、ニュートラルな視点が大事だって言いましたけど、自分が興味を持てることを一生懸命やっていれば、無理に個性を出そうと力まなくても生き生きした記事はできてくるんです」
「パン屋でバイト経験のある編集者がベーカリーカフェの特集をつくったときは、機材の配置まで詳細に紹介して。みんな結構おもしろいアイデアを出してくれますよ」
今年の3月号で「マテリアル」というテーマで企画を提案したのは、入社4年目になる編集者の伊藤さん。
マテリアルというのは、家具や内装に使われる建材のこと。
この企画のきっかけになったのは、神宮前にある「ナガエプリュス」のショップに出会ったことだったそう。
錫製のパネル壁を使った空間は、光が柔らかく反射されて落ち着いた明るさに包まれていた。
「最近はラグジュアリーにつくりこんだ空間より、土壁や石、陶器などの素材の特性を生かして演出されたお店が増えてきているような気がします」
「ニューライトポタリーさんっていう照明メーカーのオフィス兼ショールームには、和紙職人・ハタノワタルさんが和紙貼りをして壁をつくっていて。この号で紹介するときは、京都にあるハタノさんの工房にも取材に行きました」
もともと家政学部で建築を学んでいたという伊藤さん。
空間の手触り、質感、あかり。
あらためて考えてみると、「マテリアル」という切り口には、伊藤さんのバックグラウンドがよく表れている気がする。
工学や芸術、歴史、いろんなアプローチができる建築という分野。編集者によって視点が違ったりすることもありますか。
「そうですね。マテリアル特集のときも、私は素材感にフォーカスしてみたいっていう気持ちから提案したんですけど、編集部で話しているうちに『そういう素材感にこだわっている飲食店って多いよね』っていう話になって」
「だから、マテリアル特集の号は前半で『レストラン特集』、後半で『オリジナルマテリアル』っていうふうに企画が膨らんで。最初の企画は誰か一人が考えたものでも、毎号みんなでつくっているという意識のほうが大きいです」
一人のアンテナでは捉えきれないことも、6人いれば多くの事例を集めることができる。
編集部には、それぞれが集めてきた情報を業種ごとにストックするホルダーがある。
そこにファイルが入りきらなくなると、「そろそろ特集やろうか」というタイミングなのだそう。
すでに決まった特集の編集だけでなく、リサーチのためにまちに出たり、下見や内覧会に行ったり。
懇意にしている設計者に会いに行き、雑談がてら新しい案件の話を聞くのも大切な仕事。
「この仕事はたしかに忙しいんですけど、会社にこもりっきりっていうわけではないので。カフェでお茶を飲むのも下見だし、取材もおもしろい話を聞けるっていう楽しみのほうが大きいです」
そう話してくれたのは、入社3年目の平田さん。
「取材に行ったら、時間のゆるす限りいろんなことを聞きます。もちろん、すべてを誌面にできるわけじゃないんですけど、載らない部分も決して無駄じゃない。深掘りしていくことで、その人の考えがどういうふうに建築に結びついているかを考えていけるので」
そんな関心が高じてスタートしたのが「デザインの根っこ」という連載。
建築家やデザイナーを取材して、小説や映画など、それぞれの好きなものを紹介する。
「建築事例はその人の『アウトプット』の部分ですけど、そもそも何を考えてこれをつくったのかっていう『インプット』についてフォーカスしてみたいと思って。でも『あなたは何を大事にしてデザインをしているんですか』って聞いても、答えにくいですよね」
「だから、小さいころに見た風景とか、映画のワンシーンとか、何でもいいので好きなものについて教えてもらうんです。好きなものの話だったらみんな前のめりで話してくれる。リラックスした瞬間に見えるものを明らかにするのが、この連載の醍醐味だと思うんです」
やっぱり、影響を受けたインプットの部分を聞くと納得しますか。
「なるほど、って思うことは多いですね。そうなるためにはまず僕自身が、その方のつくっている建築とか『アウトプット』の部分をよく知っておく必要があるというか」
過去のバックナンバーから、同じ設計者の事例を調べたり、著作や作品集があれば読んでみたり。
ある建物単体ではなく、そこにある文脈を読み解いて伝えることが編集者の役割でもある。
「単純にカタログみたいなものではなくて、この建築の奥に何があるのか。社会との結びつきまで考えられるような誌面になったらいいなと思うんです。そのためには、僕自身が社会で生まれる新しいものに敏感でいないといけないし」
「自分が興味を感じることが誌面になって、この雑誌を見た人がそこから何かを生み出せるなら、こんな幸せなことはないと思います」
800号記念となった2019年8月号の編集後記に、編集長・塩田さんのこんな言葉がありました。
「いくら時代が変わっても、小誌のミッションは変わりません」
「これからも、皆様の“知恵袋”になれるよう精進します」
脈々と、刻々と。
商店建築の「いま」を伝えることが、これからの建築の可能性を広げているのかもしれません。
(2019/8/23 取材 高橋佑香子)