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金持ちじゃなくて
糧持ちになりたい
海と生きる百姓のまなざし

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

どんなふうに働いて生きていこうか。

就活や転職にあたって、いろんな想像をすると思います。

そのなかで、自給自足の生活をちらっとでも考えたことのある人は、わりと多いんじゃないでしょうか。

さまざまな事情から「自分にはできない」と思っていたけれど、心のどこかで望んでいる。そんな人にこそ、この仕事を知ってほしいです。

山口・長門で、塩づくりを軸に農業や飲食店の運営など、さまざまな事業を展開する株式会社百姓庵。今回はここで働く人を募集します。

自給自足の暮らしを実現しつつ、経済的にも持続可能な地域づくりを目指しています。

これから養豚やオリーブの栽培などもはじめる予定。仲間に加わる人次第で、さらに事業の幅は広がっていきそうです。

経験や知識は問いません。

 

山口宇部空港でレンタカーを借りて、2時間弱。南から北へ車を走らせると、向津具(むかつく)半島という変わった名前の半島に到着する。

その先にあるのが、本州最北西端の地・油谷島。あたりは50%以上を原生林が占め、2本の河川を通じて山の栄養が海に流れ込んでいる。

この豊かな土地で、井上雄然さんは塩づくりをはじめた。

お話を聞いたのは、自ら改装したという古民家のテラス。以前は民宿としても運営していたそうだ。

自然に寄り添い、必要に応じてその恵みをいただく。自給自足の生活をかれこれ24年続けてきたという。

そもそも、どうしてそんな暮らしをはじめたんだろう。

「ぼくの一番の原点はおじいちゃんですね。うちが母子家庭で、小学校のまとまった休みとかは、おじいちゃんのところに預けられてて」

川へ行って魚を釣る。畑を耕して野菜を収穫する。山に分け入って山菜をとる。日々、その繰り返し。

「それって子どもからしたら、遊びじゃないですか。年金暮らしとか知らないから、おじいちゃん、毎日夏休みでええなって。おかげで、食べるっちゃそういうもんだ、生きるってそういうもんだっていう感覚が染み付いてたんですね」

高校卒業後は東京の食品メーカーで働き、地元に戻って環境問題に取り組んだ時期もある。でも、講演会で話を聞いただけで人は動かない。自分の生活を変えなければ、説得力もない。

いろいろ調べるうちに興味が湧いてきて、23歳のとき、ひとりで自給自足の暮らしをスタートした。

その要にあるのが塩づくりだ。

「海水って、ぼくらの外にある体液なんです」

どういうことでしょう?

「太古の時代までさかのぼれば、生きものはみんな海から生まれていて。その名残で、子孫を残すときに必ず海をつくるんですよ。人間でいったら羊水、爬虫類は卵、植物なら子房。そこには塩分があって、組成が海水とよく似ているんです」

つまり、すべての生きものは海とつながっている、と。

「そう。塩づくりは全部につながるんですよね。海を汚せばその影響は返ってくるよってことも、だから一緒に守っていこうよってことも伝えられる。ぼくは、塩づくりをやるために生まれてきたんじゃないかと思うんです」

海を守るため、当初は雄然さんひとりではじめた海岸清掃。今では1,000人規模まで広がってきた。

さらには山口銀行と協働で、塩と地域食材を活かしたスペインバル「Dining Bar Zen」を銀行内にオープンしたり、全国のドトールコーヒーの朝食で百姓庵の塩が使われたり。

自然の循環やつながりを観念的に伝えるだけでなく、食べて体感できることも、塩のよさだという。

これから養豚やオリーブの栽培もはじめようとしている。塩との相性がいいし、何より「食べたい」という気持ちがモチベーションになる。

「ぼくらは金持ちじゃなくて、糧持ちになりたいんです」

糧持ち。

「もともと会社に対していいイメージがなかったんですよ。でも語源を調べると、companyって“ともにパンを食う仲間”って意味で」

ああ、そう聞くと印象がだいぶ違いますね。

「それはいいなと思って、うちも3年前に法人化したんです。いろんな糧をつくって、地域の人たちやファンになってくれる方々と分け合っていければ、社会的にも環境的にもいい形がつくれるんじゃないかと」

過疎・高齢化や環境問題など、課題はたくさんある。雄然さんは、百姓の仕事を通じて自給できる地域をつくっていくことが、次の世代にバトンを渡すためには必要だという。

そもそも「百姓」というと、農業のイメージがあるけれど、もとは100の仕事を表す言葉。

塩を炊き、動物を飼い、建物を直し、料理し、野菜を育てる。今回募集する人も、いずれか専属というのではなく、あらゆる役割を担いながら糧を生み出していってほしい。

「普通の“会社”に入りたい人は求めていないというか。たぶん務まらないですよね。自然相手なので、アドリブが利かないと無理なんですよ」

たとえば実物の野菜は、日が昇るまでに収穫しないと甘みが失われていく。そもそも、夏場の日中は暑くて作業にならない。

豚が出産する満月の夜中には、とことん付き添う。

塩の本炊きという作業は、朝5時からはじめて夜まで続く。季節や天候によって、炊き上がりの時間は大きく異なるらしい。

ペットや家庭菜園など、生きものと付き合った経験のある人は、もしかしたら百姓という仕事のイメージが少しは湧くかもしれない。その対象がより多岐にわたり、同時進行していくのだから、きっと何倍も大変でおもしろい。

「はじめは誰だって素人なので、下手なんです。でもやればやるほど、できるようになっていく」

やる気さえあれば、経験もスキルもいらないという。

「仲間になりたいって人が現れたら、その人のやりたいことが、うちのやりたいことになるので。チャンスをつくって、一人ひとりの夢を叶えていけるような組織をつくりたい。そのための仲間づくりをしたいっていうのが一番ですね」

一歩ずつ、目指す会社への道を歩んできた百姓庵。

ところが、今年に入って2つの困難が待っていた。

まず、新型コロナウィルスの感染拡大。飲食事業を中心に、決して小さくない影響を受けた。

そして4月末のこと。塩屋が原因不明の火事で全焼してしまい、塩づくりが完全にストップしてしまった。

「直後は、目の前が真っ白になりましたね」

雄然さんとともに百姓庵を営んできた、妻の井上かみさんはそう振り返る。

「でもその日の終わりぐらいには、『自分たちで生み出したんだから、またやり直せばいいじゃないか』って。切り替えは早かったです。むしろこういうときだからこそ、新しく人を入れて、次の事業を立ち上げていこうと」

すぐに再建の計画を立てて、クラウドファンディングを実施。初日で目標金額の500万円に到達し、その後も応援の輪は広がっていった。

8月の完成を目指して、雄然さん自ら現場に立って再建作業を進めている。

「今できることは何かなって考えて、行動する。その繰り返しですよね」

振り返れば、試行錯誤の日々は雄然さんと出会ったときからはじまっていた。

もともと旅行会社で営業を担当していたかみさん。全国トップセールスをあげたこともあったものの、働きすぎて体調を崩してしまう。

そんなあるとき、知り合いに連れられて百姓庵を訪ねた。

「ボロボロの家をひとりで直して、米と野菜を育てて、鶏を飼っている。しかも鶏小屋の上には、マリーゴールド畑があって。それがすごい、グッときて」

「お金はどう見てもなさそうなんです。でも一日中観察していたら、『これが生きるってことだな』って、すごく腑に落ちたんですね」

それから半年後には結婚。移り住むと、すぐに開拓生活がはじまった。

「見渡す限り、耕作放棄地で。自分の背丈ぐらいの雑草が一面に広がっているんですよ。最初の一年半ぐらいは、毎日つなぎを着て、半泣きになりながら泥だらけで作業して。こんなことするために結婚したんじゃない!とか、心のなかで思いながら」

「ただ、達成感はすごくあって。毎晩主人と祝杯をあげるんです、北の国からのように。目の前の土地が、一つひとつ田畑に戻っていくからですね。しんどいんだけど、たのしかった」

都会でバリバリ働いた経験と、自給自足の生活。両極の世界を経験したから今があると、かみさんは言う。

「やってみらんとわからん世界っていっぱいありますよね。どちらも経験したからそれぞれの立場が理解できるし、その振り幅のぶん、人生を楽しめていると思っていて。失敗を怖がらずに、なんでも挑戦してたのしめる人に来てほしいと思っています」

 

そんなおふたりが「彼のおかげで今の百姓庵がある」と口を揃えるのが、スタッフの北口さん。ランチタイム後のDining Bar Zenで話を聞いた。

神奈川出身で東京の大学に通っていた北口さん。一年間休学して、ニュージーランドで過ごしたことがあったそう。

「途中で語学学校をやめて、働いてみたけどそれもやめて、最終的にバックパッカーみたいなことをやってて。もともと自然とか動物はあまり好きじゃなかったんですけど、人里離れた環境で過ごすうちにどんどんハマって。あ、自然ってこんなにきれいなんだって」

満員電車や、スーパーに並ぶ商品との距離感。帰国してから、いろいろなことが気になるように。

より自然に近い暮らしを求めて、偶然見つけたのが百姓庵だった。

「ここって日本のなかでもだいぶ端っこじゃないですか。同じ時間で東京から海外いけちゃうぐらい遠い。そんなところでおもしろい成功事例をつくれたら、うちのところでもできるじゃん!って地域が増えるかなと思って」

「攻めの田舎暮らしっていうんですかね。のんびりしたい人はちょっと違うかもしれません。どうせなら一番難しそうなところに行ってみたいとか、そういうチャレンジをたのしみたい人がいいのかなと思います」

Dining Bar Zenのメニューは、北口さんが中心となって開発。もともとの調理経験は、ピザ屋でのアルバイトぐらいのものだった。

「石窯で焼いたピザが食べたいから、じゃあ自分でつくろうって。ここがオープンする前から、百姓庵のほうで日曜限定で出してました。バイトで教わったことを思い出しながら、何回も試作して」

それも、素材を育てるところからお客さんに提供するまで、すべての過程に関われるからおもしろい。そこがこの仕事の醍醐味だと北口さんは言う。

羊のチーズやお酒など、ほかにもつくりたいものはたくさんあるそうだ。

「まったく新しい業態で『これをやりたいんだ』って言ったら、普通『ほかの会社行けば?』ってなるじゃないですか。それがここだと、『どうすればできるか、みんなで考えよう』って話になる。能動的になれないとつらいけど、何事もおもしろがれる人にはいい環境だと思います」

“『大変』は大きく変われるチャンスと受けとめ…”

百姓庵のブログには、かみさんのそんな言葉が記されていました。

みなさんにとって今の困難は、もはやチャンスなのかもしれない。それは強がりではなく、日々の真剣で豊かな暮らしに裏付けられた、「本当のこと」なんだと思います。

研修期間を通じてわかることもあると思うので、まず何よりこの土地に飛び込んでみてください。

(2020/6/10 取材 中川晃輔)

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