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金持ちじゃなくて
糧持ちになりたい
海と生きる百姓のまなざし

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

どんなふうに働いて生きていこうか。

就活や転職にあたって、いろんな想像をすると思います。

そのなかで、自給自足の生活をちらっとでも考えたことのある人は、わりと多いんじゃないでしょうか。

さまざまな事情から「自分にはできない」と思っていたけれど、心のどこかで望んでいる。そんな人にこそ、この仕事を知ってほしいです。

山口・長門で、塩づくりを軸に農業や飲食店の運営など、さまざまな事業を展開する株式会社百姓庵。今回はここで働く人を募集します。

調理や広報の経験者が望ましいですが、主体的にやってみたいことがある人なら未経験でも歓迎とのこと。

自給自足の暮らしを実現しつつ、経済的にも持続可能な地域づくりを目指して。新たなフェーズに入った百姓庵を、ともに前に進めていける人を求めています。

 

山口宇部空港でレンタカーを借りて、2時間弱。南から北へ車を走らせると、向津具(むかつく)半島という変わった名前の半島に到着する。

その先にあるのが、本州最北西端の地・油谷島。あたりは50%以上を原生林が占め、2本の河川を通じて山の栄養が海に流れ込んでいる。

この豊かな土地で、井上雄然さんは塩づくりをはじめた。

お話を聞いたのは、自ら改装したという古民家のテラス。以前は民宿としても運営していたそうだ。

自然に寄り添い、必要に応じてその恵みをいただく。自給自足の生活をかれこれ26年続けてきたという。

そもそも、どうしてそんな暮らしをはじめたんだろう。

「ぼくの一番の原点はおじいちゃんですね。うちが母子家庭で、小学校のまとまった休みとかは、おじいちゃんのところに預けられてて」

川へ行って魚を釣る。畑を耕して野菜を収穫する。山に分け入って山菜をとる。日々、その繰り返し。

「それって子どもからしたら、遊びじゃないですか。年金暮らしとか知らないから、おじいちゃん、毎日夏休みでええなって。おかげで、食べるっちゃそういうもんだ、生きるってそういうもんだっていう感覚が染み付いてたんですね」

高校卒業後は東京の食品メーカーで働き、地元に戻って環境問題に取り組んだ時期もある。でも、講演会で話を聞いただけで人は動かない。自分の生活を変えなければ、説得力もない。

いろいろ調べるうちに興味が湧いてきて、23歳のとき、ひとりで自給自足の暮らしをスタートした。

その要にあるのが塩づくりだ。

「海水って、ぼくらの外にある体液なんです」

どういうことでしょう?

「太古の時代までさかのぼれば、生きものはみんな海から生まれていて。その名残で、子孫を残すときに必ず海をつくるんですよ。人間でいったら羊水、爬虫類は卵、植物なら子房。そこには塩分があって、組成が海水とよく似ているんです」

つまり、すべての生きものは海とつながっている、と。

「そう。塩づくりは全部につながるんですよね。海を汚せばその影響は返ってくるよってことも、だから一緒に守っていこうよってことも伝えられる。ぼくは、塩づくりをやるために生まれてきたんじゃないかと思うんです」

海を守るため、当初は雄然さんひとりではじめた海岸清掃。今では1,000人規模まで広がってきた。

さらには山口銀行と協働で、塩と地域食材を活かしたスペインバル「Dining Bar Zen」を銀行内にオープンしたり、全国のドトールコーヒーの朝食で百姓庵の塩が使われたり。

自然の循環やつながりを観念的に伝えるだけでなく、食べて体感できることも、塩のよさだという。

「ぼくらは金持ちじゃなくて、糧持ちになりたいんです」

糧持ち。

「もともと会社に対していいイメージがなかったんですよ。でも語源を調べると、companyって“ともにパンを食う仲間”って意味で」

ああ、そう聞くと印象がだいぶ違いますね。

「それはいいなと思って、うちも5年前に法人化したんです。いろんな糧をつくって、地域の人たちやファンになってくれる方々と分け合っていければ、社会的にも環境的にもいい形がつくれるんじゃないかと」

過疎・高齢化や環境問題など、課題はたくさんある。雄然さんは、百姓の仕事を通じて自給できる地域をつくっていくことが、次の世代にバトンを渡すためには必要だという。

そもそも「百姓」というと、農業のイメージがあるけれど、もとは100の仕事を表す言葉。

塩を炊き、動物を飼い、建物を直し、料理し、野菜を育てる。あらゆる役割を担いながら、雄然さんたちは糧を生み出してきた。

「普通の“会社”に入りたい人は求めていないというか。たぶん務まらないですよね。自然相手なので、アドリブが利かないと無理なんですよ」

たとえば実物の野菜は、日が昇るまでに収穫しないと甘みが失われていく。そもそも、夏場の日中は暑くて作業にならない。

豚が出産する満月の夜中には、とことん付き添う。

塩の本炊きという作業は、朝5時からはじめて夜まで続く。季節や天候によって、炊き上がりの時間は大きく異なるらしい。

ペットや家庭菜園など、生きものと付き合った経験のある人は、もしかしたら百姓という仕事のイメージが少しは湧くかもしれない。その対象がより多岐にわたり、同時進行していくのだから、きっと何倍も大変でおもしろい。

「はじめは誰だって素人なので、下手なんです。でもやればやるほど、できるようになっていく」

「仲間になりたいって人が現れたら、その人のやりたいことが、うちのやりたいことになるので。チャンスをつくって、一人ひとりの夢を叶えていけるような組織をつくりたい。そのための仲間づくりをしたいっていうのが一番ですね」

一歩ずつ、目指す会社への道を歩んできた百姓庵。

ところが、そこへ2つの困難が待っていた。

まず、新型コロナウィルスの感染拡大。飲食事業を中心に、決して小さくない影響を受けた。

そして2020年4月末のこと。塩屋が原因不明の火事で全焼してしまい、塩づくりが完全にストップしてしまった。

「直後は、目の前が真っ白になりましたね」

雄然さんとともに百姓庵を営んできた、妻の井上かみさんはそう振り返る。

「でもその日の終わりぐらいには、『自分たちで生み出したんだから、またやり直せばいいじゃないか』って。切り替えは早かったです。むしろこういうときだからこそ、新しく人を入れて、次の事業を立ち上げていこうと」

すぐに再建の計画を立てて、クラウドファンディングを実施。初日で目標金額の500万円に到達し、その後も応援の輪は広がっていった。

再建作業は、雄然さん自ら現場に立って進めた。

「今できることは何かなって考えて、行動する。その繰り返しですよね」

振り返れば、試行錯誤の日々は雄然さんと出会ったときからはじまっていた。

もともと旅行会社で営業を担当していたかみさん。全国トップセールスをあげたこともあったものの、働きすぎて体調を崩してしまう。

そんなあるとき、知り合いに連れられて百姓庵を訪ねた。

「ボロボロの家をひとりで直して、米と野菜を育てて、鶏を飼っている。しかも鶏小屋の上には、マリーゴールド畑があって。それがすごい、グッときて」

「お金はどう見てもなさそうなんです。でも一日中観察していたら、『これが生きるってことだな』って、すごく腑に落ちたんですね」

それから半年後には結婚。移り住むと、すぐに開拓生活がはじまった。

「見渡す限り、耕作放棄地で。自分の背丈ぐらいの雑草が一面に広がっているんですよ。最初の一年半ぐらいは、毎日つなぎを着て、半泣きになりながら泥だらけで作業して。こんなことするために結婚したんじゃない!とか、心のなかで思いながら」

「ただ、達成感はすごくあって。毎晩主人と祝杯をあげるんです、北の国からのように。目の前の土地が、一つひとつ田畑に戻っていくからですね。しんどいんだけど、たのしかった」

都会でバリバリ働いた経験と、自給自足の生活。両極の世界を経験したから今があると、かみさんは言う。

「やってみらんとわからん世界っていっぱいありますよね。どちらも経験したからそれぞれの立場が理解できるし、その振り幅のぶん、人生を楽しめていると思っていて。失敗を怖がらずに、なんでも挑戦してたのしめる人に来てほしいと思っています」

 

そんな火災からの再建真っ只中の取材から2年弱。

あらためて新しい仲間を募りたいということで、おふたりにオンラインで話を聞いた。

ご無沙汰しています。お元気でしたか?

「はい、おかげさまで。あれから養豚もはじまって、前回の募集で入った子がものすごい情熱を注いでくれています。ほかにもいろいろなことが起こっているんですよ」

塩屋は再建し、製造可能な塩の量は倍以上に。

東京の代々木公園の近くには、四季によって味わいの異なる塩をテーマに「umi to mori」という店舗もオープンした。

今後は海外進出もしそうな勢い。この取材の直前も、タイとカンボジアとZoomをつないでミーティングをしていたそう。

「この2年弱で何が一番変わったかというと、協働の機会が増えたことですね。大それた言い方ですけど、地球をよくしていく仲間をひとりでも多く増やしたいんです」

「主人もわたしも50歳の年で、人生100年時代とすると折り返し。次世代が生き生きと人間開花できるような、ふかふかの土壌をつくりたいという想いは今も変わっていません」

目指しているのは、トライ&エラーを繰り返せる6次産業のシリコンバレーのような土地。

そのビジョンをより広めるため、100の生業をつくり、100人雇用し、100年続く企業に向けた「百匠園」というビジョンマップも制作した。

塩づくりだけでなく、農業や飲食店の運営、加工品の開発や養豚、大工など。単体で価値を生み出せる生業が増え、それらが結びついてまた新しい何かを生むような、いいサイクルが回りはじめている。

「法人化して5年目を迎えて、そろそろ広報担当が必要なフェーズに入っていて。広がり続ける百姓庵のことを、端的に、こまめに発信していただけるような方に今回は来ていただきたいと思っています」

ビジョンマップも、それまで頭のなかにあったことを世に出したことで、さまざまな反響があった。そこから新たな協働のきっかけも生まれるだろうし、今後ますます大事な役割になりそう。

加えて、Dining Bar Zenで働く人も募集したい。料理についてはしっかりとマニュアル化しているので、料理の好きな人であれば実務経験がなくても大丈夫。もちろん、メニュー開発などのアイデアがあれば提案もしやすい環境だと思う。

「広報経験があって、料理も好きな人が来てくれたら最高じゃない(笑)?」と、かみさん。

「うちはなんでもできる土壌がありますし、それぞれ専門がありつつも、ジョブローテーションで助け合いながら働くスタイルです。今日はみんなでこの作業をやろうねとか、流れで仕事が毎日変わるところもあるし。なんでもやってみたい人がいいですね」

自然や生きものに触れる原体験があってこそ、それを伝える言葉や料理も磨かれていく。体を動かすことで、クリエイティブな発想も生まれやすくなる。

広報や飲食の仕事も、100の生業(=百姓)のひとつと捉えると、ぐっと視野が広がるような気がします。

(2020/6/10 取材 2022/3/28 更新 中川晃輔)

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