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いつか原体験になる1年
食に向き合う力を磨きに
小さな島へ

料理人になりたい。食を通して何か伝えたい、お店を持ちたい。

その、はじめの一歩はどうやって踏み出そう?

学校に行く、お店に入って修行をするなど、いくつか思いつく選択肢もある。

一通り考えてみて、どれもしっくりこないようなら、これから走るべきレールはまだ世の中にないのかもしれません。

もっと柔軟に可能性を探るために。料理の基本を、食材の源となる自然環境のなかで学ぶ取り組みがあります。

島根県の沖合に浮かぶ離島、海士町で3年前からスタートした「島食の寺子屋」は、農業や漁業などの営みが身近に感じられる環境で、1年かけて和食の基本を学ぶプログラム。

今回は来年4月から生徒として参加する人を募集します。通常の1年コースのほか、途中入学や短期コースもはじまる予定。秋には、2泊3日の体験ツアーも開催されます。

頭で考えるだけでなく、五感で感じ、伝える力を磨いていく。そのチャンスにあふれた島で、学びのかたちを覗いてきました。



本土から船で3時間、東京からは半日かけてたどり着く海士町。

朝7時半、ドイツ出身のムラーさんの農場で、島食の寺子屋で学ぶ4人の生徒さんたちと合流した。

鶏舎では鶏が元気な声を上げている。鈴を鳴らしてヤギも寄ってきた。ナスやトウモロコシ、スイカなどの夏野菜が実った畑の中を進んでいく。

摘みたてのハーブの香りを嗅いでみたり、花を観察してみたり。

赤く色づいたミニトマトを、さっと水で流して口に入れてみる。プチッとはじけるような皮の弾力と、酸味がある。

ハウスのなかでは、トマトがちゃんと伸びて育っていくように紐で支えている。ムラーさんが、日本語と英語とジェスチャーを交えて教えてくれた。

どれも見慣れた野菜だけど、もぎたての色や葉の感触、上に伸びようとする力、土の匂い、畑で直に触れると新鮮な気持ちが湧いてくる。

30分ほどの間に収穫作業は完了。お土産にもらったコスモスを手に、島の南側にある校舎へ。

授業は毎朝9時から。この日の課題は、4人でひとつのお弁当をつくること。

揚げ物、焼き物、酢の物、炊いた物、4つのおかずを分担する。それぞれどんな組み合わせにするか話し合うところから実習はスタート。

今年度からこの寺子屋の指導に当たっている鞍谷浩史さんは、もともと京都で腕をふるってきた料理人。

野菜や魚など素材に合わせた包丁の使い方など、和食の基礎となる部分はしっかり指導する一方で、献立を考えるときは生徒たちのアイデアを大切にしている。

この日も、しばらく話し合ったあと「一度それぞれで考えてみて、また相談します」ということになったので、その間に別室で鞍谷さんからお話を聞かせてもらう。

授業のなかでは、細かく教えるというより、生徒さん自身に考えさせる部分が大きいんですね。

「最初の2〜3か月は本当に基礎をみっちりやりましたけど、今日みたいなときはまず『何がやりたい?』って聞くんです。自分で試してみて振り返りをするほうが、いろんな可能性が見えると思うので」

島食の寺子屋へ生徒としてやってくる人の多くは、料理の業務経験はない。

包丁の使い方、調理の仕方など、教えたいことはたくさんあるけれど、まずは、この1年間だからできる学びを大切にしてほしいという。

「僕の場合は親も料理人で、高校を卒業したら店に働きに行くことが決まってたんですけど、あの子らはそうじゃない。『料理が好き』っていう思いが先にある。せっかくなら、その一歩目を大きく伸ばしてやりたいなと思います」

「自分で思うようにやって失敗したとしても、僕は怒りません。それより、なんで失敗したのかを考えることが大事。お店で修行中だったら『何してんねん!』ってなりますけどね(笑)」

お店で働きながら勉強する場合は、その店の味に合わせて料理を覚えていくことになる。ここでは、完成された味を真似するよりも、まず視野を広げて柔軟に考える力をつけていく。

蒸し器やあたり鉢など、少し時間がかかる調理方法を試せるのも教室という環境ならでは。

教科書に沿った授業ではないので、いろんなことに自分から疑問や興味を持って、学びのきっかけを見つける好奇心があるといい。

「今日みたいに畑に行くと、形がいびつなトマトとか、スーパーでは見られない野菜がいっぱいある。生産者の顔が直接見えるから、食材に対するありがたみも感じ方が違いますよね」

「そのままで使えないものは、スープにしたり野菜くずを出汁にしたり。魚一匹、野菜一つをどう使い切るかって考えるようになる」

同じ品種の野菜でも、時期によって微妙に変わる素材の味。甘味、酸味、苦味や旨味も。実際に食べて、そのものの味をどう生かすか考えていく。

海士町は海産物も野菜も、豊富にとれる環境ではあるけれど、その日ごとに何がどれだけ手に入るかは自然の状況に左右されやすい。

知識に頼らず、目の前にある状況や素材のなかに答えを見出す力が鍛えられそう。

「こっちはイカでも魚でも、そのまま見られる。都市部にいると、魚を“なり”のまま見ることすらあんまりないんですよ。レストランで仕入れてくる魚って、鱗をとって、下手したらすでに三枚に下ろした状態のもあるから」

半年前に、京都からこの島へやってきた鞍谷さん。今は毎朝、漁船が出て行くエンジンの音で目を覚ます生活なのだそう。

「家から定置網の漁場が見えるんですけど、天気や海の具合で漁ができないときは、船が早くに戻ってくる。そしたら、今日の授業どうしようかなって考える」

その日使える食材が変われば、授業の内容も変わる。

魚が手に入らないときは、焼いて乾かしたトビウオからあごだしをつくったり、季節によっては梅仕事をしたり。一年かけて学ぶ場だからこそ取り組める課題もある。

隠岐神社のそばにある「離島キッチン海士」に予約が入れば、鞍谷さんの指揮のもと、お客さんに提供する懐石に取り組むことも。

お客さんに食べてもらう実践は貴重な学びの機会。今年は島を訪れる団体のお客さんが減っているかわりに、島民向けの会食やお弁当づくりにも取り組んでいる。

島で原木シイタケ栽培や、お米づくりを籾種まきからを手伝ったり、定置網の漁船に乗って漁の様子を間近に見たり。

生きた教材がたくさんあるこの島で過ごす1年。何を吸収して、どう成長できるかは、本人の意識次第。

「やろうと思えば、竹を切って箸をつくるとか、道具や器のことも勉強できますしね。この島は、本当に料理に専念できる環境だし、この先の道を見つけていくきっかけはたくさんあると思います」

鞍谷さんの話を聞いている間に、キッチンからいい匂いが漂ってきた。

一人ひとりの手元を覗いてみると、「お弁当」という共通の課題のなかに、それぞれの取り組んでみたいテーマが表れている。

揚げ物を担当することになった森塚さんは、畑でムラーさんと手づくりマヨネーズの話をしたのをヒントに、タルタルソースをつくっていた。

生産者さんとの距離が近いからこそ、料理のヒントをもらえることもありますね。

「そうですね、もっと島のいろんな生産者の方と話してみたいです。私たちも今、小さな畑で野菜を育てているんですけど、思うように育たないこともあって。農家さんに軽々しく『あれちょうだい』って、言っちゃいけないなって感じるようになりました」

畑で採れるものだけでなく、春には山菜やタケノコを採りに行ったり、海でワカメを採ったり。

自然の恵みである食材が、本当においしく食べられる旬はすごく短い。いつでもそこにあると思っていた食材は、刻々と変わる季節のなかにあることを暮らしのなかで体感していく。

ここでの生活のことを楽しそうに話してくれる森塚さん。

料理を好きになったきっかけは、子どものころ、家族がよろこんで食べてくれる姿を見たことだったという。

「昔から料理の仕事をしたいっていう気持ちはあったんですけど、夢を追いかけるより、親を安心させたいっていう気持ちが強くて。しばらくはほかの業界で働いていました。今からでも料理の道に入れるチャンスがあるなら、と思ってここを選んだんです」

授業では、自然豊かな島のなかで学ぶだけでなく、関西の日本料理店に見学に行くこともある。実際に現場を見て、今後の実践の場として日本料理の世界に興味が湧いてきたという森塚さん。

希望によっては島に残って働く道もある。日々出会う物や人と接するなかで、少しずつ仕事の形を考えていく。



自然に囲まれた環境での学びを、1年前から心待ちにしていたという岡村さんにも話を聞いてみた。

「この学びは自然をベースにできているから、授業自体が生きているんです。カリキュラムに沿って決まったことをやるんじゃなくて、その時どきであるものを生かして学んでいくような」

「毎日刺激が多くて、インプットしたもの全部はまだ整理ができていないけど、常に感じることが沢山ある。子どもに戻ったような感覚というか、ここでの時間は将来、自分の原点になるんだろうなって思います」

今は一緒に学ぶ生徒同士、シェアハウスで共同生活を送っている。

毎日の食事は自分たちで当番を決め、学校であまった食材や、農家さんからのおすそ分けを工夫してご飯をつくっているという。

「人への思いやりを持って料理をつくったり、人がつくった料理から愛情を感じたり。私は今まで一人暮らしだったこともあって、人と食卓を囲むってこんなに温かいんだって、あらためて感じます。島に来て一番の発見は、もしかしたらそれかもしれません」

一緒に料理を学ぶ仲間だからこそ、食材のこと、味のこと、いろんなかたちで話しながら、その日その日の料理を口に運ぶ。

毎日のルーティーンではなく、意識を持って目の前の食材に向きあうような時間なのかもしれない。

「私はやっぱり、丁寧にご飯をつくって食べるっていうサイクルを日常のなかで大切にしていきたい。いつかそんなふうに、食を通して人がつながれるような場づくりというか、その時間の温かさを伝えられる仕事ができたらいいなと思います」

「私は勢いだけで来たっていう感じですけど、本当に島食の寺子屋で学びたいっていう気持ちが強いなら、まずは来てから考えてみてもいいんじゃないかな」



ちなみに、この日の課題であった「お弁当」は、実は私の晩ごはん。

ほどよい酸味の酢の物や、梅の風味の効いた焼き魚、やさしい味の煮物、お豆腐を使った揚げ物。

それぞれのおかずは、朝、私が「さっぱりしたものが食べたいです」とお伝えしたことに対する、4者4様のお返事のかたち。

自分の五感で捉えた食材を、食べる人のことを思いながら料理にしていく。

感じたことを、どう伝えるか。ここは、ひとつのコミュニケーションのように、食に向き合える場なのかもしれません。

(2020/7/20 取材 高橋佑香子)

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