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「何か変わろうというときって、誰かが変えてくれるわけじゃなくて。自分を変えられるのは自分だけなんですよね」
これは、しただ塾2期生の松永さんの言葉。
しただ塾は3ヶ月の滞在型プログラムです。新潟県三条市の下田(しただ)地区で、地域資源を活かした事業づくりや働き方について学びます。
「観光・アウトドア」をテーマに、さまざまな分野の講師から“教わる”時間もありつつ、多くを占めるのは自ら“考える”時間。
自分は何がしたいのか、地域の魅力ってなんなのか。座学やフィールドワークを通じて、ひとりで、みんなで、考える。
今回はそんなしただ塾の7期生を募集します。
答えは自分にしかわからない。ただ、自分だけでもわからない。いろんな人と関わりながら、前に進むきっかけを見つける3ヶ月です。
(取材はオンラインで行いました。現地の写真は提供いただいたものを使用しています)
しただ塾の舞台となるのは、下田地区にある旧荒沢小学校。6年前に廃校となって以来、しただ塾や、その運営にも携わっている地域おこし協力隊の拠点として活用されてきた。
上越新幹線の燕三条駅からは、車で40分ほど。あたりには豊かな自然環境が広がっていて、アウトドアブランド「スノーピーク」の本社も近くにある。
今の季節、暑いけど気持ちいいだろうなあ…。以前訪ねたときの記憶をたぐり寄せつつ画面をつなぐと、協力隊の橋本さんと中野さんの姿が映った。
おふたりともしただ塾の卒業生だ。
向かって左側に座る橋本さんは、下田が地元。塾の期間中も自宅から通っていたそう。
遠方から来る人は、男女別のシェアハウスで共同生活を送ることになる。
今年のしただ塾について、コロナ禍を受けて何か変わることってありますか。
「プログラム自体はあまり変わらないですね。こっちに来てしまえば、密な状況ってそうそうないので(笑)」
ロープの結び方やテントの張り方を学んだり、下田の魅力的な観光コースを考えたり。実践的なフィールドワークもあれば、マーケティングやコンサルティングなど座学の時間もある。
地域の人を招いたクリスマス会や、郷土料理の「ひこぜん」や笹団子づくりに取り組む日も。学校のなかだけにはとどまらずに、さまざまな体験をすることになる。
「変わるのは、英語の授業が増えるぐらいかな。三条市に住んでいる外国人の方に講師をお願いしていて」
それは、インバウンド向けに?
「そうです。外国の方がいつ来れるようになるかは、まだわからないですけど」
なぜこの状況下で英語を?と思う。
と同時に、過去に代表の柴山さんが話してくれた、こんな言葉を思い出した。
「しただ塾は、一人の労働者を育てるわけではないんですよ。しただ塾に参加してもらうことで、遠くにある光に向き合えるような人になってもらえればいいと考えているんです」
目先のことを考えたら、しばらくは海外からの観光客は見込めない。
それでもいつかまた、国境を越えて旅する日はやってくるだろうし、直接訪ねることが難しい今だからこそ、SNSなどを使って海外向けに発信することが大事になってくる。
3ヶ月という短い期間で、すぐに役立つ知識やスキルを身につけるのは難しいけれど、その先を見据えて自分に何ができるのか、本当にやりたいことはなんなのか。向き合うにはちょうどいい時間なのだと思う。
「新しくチャレンジするきっかけにしてもらえたら」と橋本さん。自身もしただ塾の運営に携わりながら、就農を目指して野菜づくりを続けている。
「一昨年のしただ塾に参加していた埼玉の須田くんは、卒業後しばらくしてから戻ってきて、下田の蕎麦屋さんで修行しています。そんなふうに何かやりたいこと、はじめたいことがあるなら、ここがその一歩目を踏み出せる場所になればいいなと」
「まず来てみたら?って、そういう言葉に救われてぼくも来ました」と話すのは、隣に座る中野さん。日本仕事百貨の記事を読んで6期に参加したひとりだ。
「ぼくの場合はアウトドアが好きだったし、アウトドアショップも開きたいから、その足しになればと思って参加したんです。けど、いろいろやっていくなかで、アウトドアというより昔ながらの暮らしがしたいんだなって気づいて」
自然に浸りながら、食べるものは自分でつくる。しただ塾を通じて、自給自足の生活を求めていた自分に気がついたという。
最近は橋本さんと一緒に汗を流しながら、畑づくりをしているところ。
しただ塾にはさまざまな人が集まる。ワーキングホリデーで長らく海外にいた人、東京の会社で役職にも就いていた工場の設計者、映画のシナリオライター、フェスが大好きな人、学校の先生…。
中野さんは、どんな経緯でしただ塾にたどり着いたんですか。
「まず庭師をやって、そこから工場で働いて。リーマンショックで工場が全部ダメになり、職業訓練校に入って、北欧ヴィンテージ家具の修理をしてました。あとは静岡の初島で皿洗いしたり、車の板金塗装をしたり…いろんなバイトをして」
「塗装の専門職で車の工場に入って、そこではじめて目玉飛び出るぐらいの給料をもらって。貯めたお金で、30歳のときにグラフィックデザインの専門学校に入ったんです」
卒業後、デザインの仕事には就かずにしただ塾へ。
その経験は、思わぬ形で活きることになる。
「しただ塾の卒業制作で、下田を紹介するマップをつくることになって。絵を描かせてもらったんですね。張り切ってつくったらとんでもなく大変だったんですけど、そのときにイラストレーターいいな、って思うようになって」
マップをつくって以降、イラストの仕事が少しずつ舞い込むように。
小学校のイラスト講師を務めたり、チラシを制作したり、ブラックバス釣りのイベントに合わせてバッジをつくったり。
今は農作業をメインにしているけれど、ゆくゆくはイラストレーターとしての仕事も自分からつくっていけるようになりたいという。
「しただ塾の3ヶ月って、ものすごくあっという間なんですよ。その期間でできることは少ないかもしれない。でもぼくにとって、本当にかけがえのない3ヶ月で」
「これから来る人は、焦らずにじっくり過ごしてもらえたらいいんじゃないかなと思います。大人になってからこれほどいろんなことに向き合える時間って、なかなかないので」
コロナ禍を通して、自分のライフスタイルや働き方を見直している人も多いと思う。
3ヶ月も経てば、世の中の状況もきっとまた変わっている。つい目先のことに捉われてしまいがちだけど、こういうときこそ「遠くの光に向き合う」ような時間が必要なのかもしれない。
橋本さんや中野さんのように、地域おこし協力隊として現地で活動を続ける人もいれば、別の道を歩んでいる人もいる。
長野県から会話に加わってくれたのは、しただ塾2期卒業生の松永さん。
後ろは、バーチャル背景じゃないですよね…?
「そうですね、自宅近くの公園からつないでいます。標高1,000m近くに家があって、気温も24〜25度くらいなので、比較的過ごしやすいです」
普段は蓼科の保養所で、小中学生向けの登山ガイドや飯盒炊爨などといった体験学習の指導員をしている松永さん。
今は保養所自体が閉鎖しているので、館内のメンテナンスや来シーズンに向けた準備などを進めているそう。
しただ塾の「観光・アウトドア」というテーマからすると、王道を進んでいる感じがする。
「地元は愛知県で、もともとは畑違いのプログラマーをしていたんですよ。20代の後半からスキーにハマってしまいまして。スキー場で仕事ができたらいいなっていう曖昧な考えから、35歳で仕事をやめて、新潟に引っ越したんですね」
スキーのインストラクターや自然ガイドの仕事を経験し、そこでアウトドアのおもしろさに目覚めたそう。
紆余曲折あってそのスキー場の仕事をやめたあと、新潟県内でもう一度自分を見つめ直す時間をつくれないかと思っていたときに、たまたま見つけたのがしただ塾だった。
当時経験したことで、どんなことが印象に残っていますか。
「三条って、一日で1m近く雪が降るときもあるんですね。そこで生活するとなると、必ず除雪が必要になる。長野県の今住んでいるあたりは、雪もあまり降らずに通年過ごしやすいので、同じ田舎でも環境は違いますね。ほかの土地では感じられない、自然の厳しさを知れる土地だと思います」
食文化や農業を中心とした地域の生業にも、雪深い土地ならではの特徴がある。カリキュラムとして学ぶことだけでなく、暮らすこと自体がきっと貴重な経験になると思う。
「あと自分のなかで記憶に残っているのが、プレゼンテーションの企画で。下田の認知度を上げるためにはどうしたらいいか?というお題で、Wikipediaのページをつくろうと思ったんですよ」
取り上げたのは、「いしぶみ」と呼ばれる石造物。下田地区には石像や石碑、道祖神などが数多く点在しており、これまでも調査やガイドツアーなどが企画・運営されてきた。
歴史を調べていくとおもしろいのだけど、当時は表立って紹介しているページが少なかったという。
「それで、勝手にページをつくったんです。そうしたら、英語のメールがたくさん届きまして(笑)。Wikipediaは百科事典だから、そういうものを勝手に載せるんじゃない、削除しなさいと怒られてしまって」
「その一方で、擁護してくれる人も現れたんです。下田のいしぶみは後世に残すべきいいものなんだよってことを、日本の歴史を研究している方が言ってくれて。結果的に、ちゃんといしぶみのページができたんですよね」
自分から動けば、批判されることもある。でも、どこかに応援してくれる人は必ずいて、動く前より少し状況を変えられる。
みなさんのお話を聞いていると、自分で考えて企画したことや体験したことほど、記憶に残っているんだなと感じます。
「そう思います。しただ塾の3ヶ月をどう過ごすかって、本当に自由で。逆に言うと、行動しなければ何も起きないんですよ」
先陣を切って、まずやってみる人。人をサポートするときに生き生きする人。ピンチになって力を発揮する人。
自由な環境に置かれて、どう動くか。そこに自分が表れる。
「田舎は刺激が少ないので、嫌いな仕事を続けてものうのうとしちゃう。自分は好きなことじゃないとがんばれないタイプで、やりたいことを続けるには自分から動かないとだめなんだなってことが、しただ塾に参加してよくわかったことですね。それが一番大きいです」
のんびりとした田舎暮らし体験でもないし、単なる職業訓練でもない。
たったの3ヶ月。でも、ここから新しく何かがはじまったり、大事なものに気づけたり。いつか自分を支えてくれるような時間になるかもしれません。
自分次第で変えていけるのが、しただ塾なのだと思います。
(2020/8/3 オンライン取材 中川晃輔)