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あとは、前に進むだけ
ベンチャー企業のような
400人の村

福島県葛尾村(かつらおむら)。 

2011年、福島第一原発事故の影響により、全村民が避難を余儀なくされました。あれから10年。この村に戻ってきた人たちによって、さまざまなチャレンジが生まれています。

そんな村の活動を発信し、村内外の人をつないでいるのが、葛尾むらづくり公社です。

公共施設の維持管理や、イベントの企画・運営、ふるさと納税の導入など、設立からの3年間で幅広い活動を展開してきました。

今回は、葛尾むらづくり公社で働くスタッフを募集します。

まだまだスタートしたばかりの組織です。既存の業務内容にとどまらず、常に新しいことに挑戦できる環境だと思います。

 

東京駅から新幹線に乗り、約1時間で福島県の郡山駅に到着。そこから1時間ほど車を走らせ葛尾村に入ると、あたり一面に田園風景が広がった。

取材に向かったのは、葛尾むらづくり公社が運営している「葛尾村復興交流館 あぜりあ」。

施設内の棚には、葛尾村の物産が並んでいる。奥には休憩コーナーがあり、勉強中の学生や、キッズコーナーで遊ぶ親子の姿もあった。

「ここは村の人たちが気軽に集まれる場所として、2018年につくられた施設なんですよ」

そう話すのは、葛尾むらづくり公社の専務理事兼事務局長を務める松本さん。会議スペースに移動し、まずは村について詳しく教えてもらうことに。

現在、葛尾村内に住む人は、およそ400人。

10年前は、その3倍以上の約1500人が暮らす村だった。

「福島第一原発事故が起きて。避難区域に指定されて、避難せざるを得なくなったんです。5年前に解除されて、少しずつ人が戻ってきました」

「私は、解除後すぐに村へ戻ってきたんです。この場所で生まれ育って、ずっと役場で働いてたからね。やっぱりほかで暮らすことはできなくて」

村に戻ってきたとき、人が減ってしまって寂しくはありませんでしたか。

「寂しいと思うことはなかったなあ。なんとか復興させたいっていう気持ちだけ。現状を受け止めて、これからどうやって良くしていこうか考えていました」

「ここに住んでる人はみんなそうかな。戻ってこようって自分で決断した人たちなので。否定的な言葉を使う人は少ないし、前向きな方がほとんどです」

避難解除後、すぐに村のために動き出した松本さん。

行政とは違う角度から、復興に向けてアプローチしていく組織が必要だと考え、2018年に葛尾むらづくり公社を立ち上げる。

そこから3年間、12人のスタッフとともに、マルシェやお祭り、自転車ロードレース大会の企画・運営など、さまざまな活動をおこなってきた。

「イベントについて、ラジオやテレビの取材を受けることもあって。そうすると、ほかの地域に住む知り合いから『最近、葛尾村面白そうだね』とか『葛尾村、頑張ってるね』って言われるんですよ。そういう声は、地元の人の自信になる」

「ほかにも、村民の雇用創出のために、草刈りに取り組むパートさんを雇っているんです。毎日のように5名から10名で作業しているんですが、みんな楽しく話しながら刈っていますね。草刈りがひとつのコミュニティにもなっていて、とてもいいなと思ってるんです」

活動を通じて村のことを発信したり、村民が集まる場や機会を設けたりすることで、村をもっと元気にしていきたい。

「今の葛尾村は、ベンチャー企業みたいな良い雰囲気がありますね」

ベンチャー企業みたい、というのは?

「住んでいるのは、葛尾村が好きな人ばかり。村をなんとかしたいっていう想いで、いろいろな人がどんどん新しいチャレンジをしているんです。それを見て、周りも刺激を受けて、自分たちにできることを頑張っている」

この短期間で、一度は完全にストップした産業を復活させた事業所も多い。

さらには、牛農家が羊の飼育を始めたり、栽培の難しい胡蝶蘭の生産に挑戦する会社ができたりと、新たなことに挑戦する人も増えている。

たしかに、そのスピード感や雰囲気はまるでベンチャー企業のよう。

松本さんのように、もともと葛尾村に愛着を抱いていた人だけでなく、最近では外から移り住んでくる人も少なくない。

「もとからの住民、Uターン者、移住者って、いろんな人が刺激しあった結果が今につながっているんだろうな」

避難していた間に、それぞれが自分の暮らしや地域での役割について、あらためて考えたことを形にしているのかもしれない。

 

常に新しいことに挑戦している葛尾むらづくり公社。その推進力を生んでいるのが、米谷(まいや)さんだ。

以前は新聞記者として葛尾村を訪れていたそう。

「村民のみなさんの避難時から追っかけていました。避難解除されてすぐ、まだ誰もいない村を取材したんですが、人のいない村って色が少ないんですよ。花もないし、建物も掃除していないので灰色。木の緑か土の茶色しかない」

「そこから少しずつ、人が戻ってくるにつれて色が増えて。やっぱり、人がいるってすごいんだなと感じましたね。ただ、まだまだ人手不足で、やりたくてもできないことも多くて。記者という立場から見ていて、次第にもどかしく思うようになったんです」

手伝いではなく、地域のプレイヤーとして力になりたいと、葛尾むらづくり公社に入社したのが2年前。

「来てすぐ、当時の副村長に『俺にはやりたいことがあるんだ、それを一緒にやってほしい』って言われて。まずは、それらに取り組むようになりました」

そのうちの一つが、薪能(たきぎのう)と呼ばれる、村の伝統文化の復活。

かつて葛尾村の豪商が自身の屋敷に藩主を招き、能を披露したという江戸時代の記録があるんだとか。その屋敷があった場所は、現在「葛尾大尽屋敷跡公園」として残っているそう。

「とはいえ、映像や詳しい資料があるわけではない。どんなものだったのか、知る人もいない状況で」

まるで雲をつかむような話。それでも、携わる人たちの熱い想いに押されつつ、160年ぶりの復活を夢見て奔走した。

「能楽の先生に連絡していろいろ調べたり、演者や舞台を貸してくれる業者を探したり。時間のないなかで、ほかの業務と並行して進めるのは、本当に大変でしたね」

プレスリリースを打つと、多くのメディアに取り上げられ、チケットは締め切りを待たずに完売。本番は300人もの人が集まったそう。

「月明かりの下、スポットライトが舞台上の演者を照らして。浮かび上がるようでしたね。能なんて観たことない、よくわからないって人も多いだろうに、みんな夢中になって観ていて。村の歴史を感じる、特別な空間だったなと思います」

「公演後は『こんなすごい歴史があったなんて』とか『村に自慢するものができた』って、村の人からたくさんの声をいただきました。今年も開催する予定なんですよ」

今後、米谷さんは村でどんなことをやりたいですか?

「たとえばですけど、誰でも本を置ける持ち寄り図書館みたいな場所をつくるとか。あと、この村は昔から、まるごと自然公園って言われるほど野生の動物をよく見かけるので、村全体をキャンプ場にできないかなあとか考えています」

「先日、交流館の開館3周年イベントをやって。そしたら、400人もの人が村内外から遊びにきてくれたんです。これも3年かけて少しずついろんな人たちとのつながりを築いてきた結果だなって。ここからまた、新たな関わりしろもつくっていきたいですね」

 

最後に話を聞いたのは、短大卒業後に新卒で入社した須賀さん。

「葛尾村には、学生時代にボランティアでよく来ていたんです。村の田園風景も好きだし、人と密に関われるのが良いなと感じていて。仕事面でも、ここなら常に新しいことに取り組めて面白そうだなと思って、入社しました」

「最初は村の人と仲良くなるところから始まりました。スタッフの一人に、村のことはなんでも知っている、たみこさんっていう地元の方がいて。最初の頃はずっと、たみこさんと一緒に活動しながら挨拶してまわっていましたね」

たみこさんがいると、村の方も打ち解けやすい。誘われたところへ顔を出すうちに、村とのつながりは自然にできていったそう。

「自分からも積極的に話しかけるようにしていました。人見知りで、最初は目が合わないなって思っていた方とも、今では『おお!元気か!』って声をかけてもらえる仲になれました(笑)」

「都会だと、外を歩いていて知り合いに会うことってあんまりないけど、ここだと『今日はどこ行くの?』って、いろんな人に声をかけられる。見守ってもらえているような安心感があります」

新しく入る人も、まずは運営施設の管理や草刈りなど、地区活動のサポートをしながら、村になじんでいってほしい。

その後は、米谷さんたちと一緒に新しい企画に取り組んだり、自分のアイデアを形にしたり。関係性が育っていくほどに、できることの幅も広がっていくと思う。

須賀さんは今、ふるさと納税の担当をしているそう。

「村の商品をもっと多くの人に知ってもらおうと、2年前からふるさと納税をスタートしています。補助金の申請や、協力してくれる事業者とのやりとり、農畜産物をどう商品にしていくかまで、全部公社のメンバーで進めてきました」

「ジンギスカン用の羊肉やハーブ鷄、お米や胡蝶蘭など、少しずつ商品の数も増えてきました。特に羊肉は、ふるさと納税の週間ランキングで全国2位になったこともあるんですよ」

ふるさと納税のECサイトやカタログは、須賀さん一人で作成したんだとか。

「一昨年かな、スタッフ全員で半年間、みっちり勉強したんです。SEO対策、文章の書き方や写真撮影の方法など、専門家の方を呼んで教えてもらいました。私は、デザイン会社に3ヶ月ほどインターンにも行かせてもらって。新しい業務に取り組むときには、会社としてスキル面をサポートしてくれるのがありがたいですね」

 

「400人の村は小さいけれど、400人の会社だと思うとそれなりに大きい」と、米谷さんは言っていました。

村のみんなが、それぞれ実現したいことへ向け、のびのびと挑戦できるベンチャー企業のような土壌が育ってきている地域だと感じました。

そんな土地をフィールドに、自分は何がやりたいか。面白がって考えられる人を待っています。

(2021/8/4 取材 鈴木花菜)
※撮影時はマスクを外していただきました。

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