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自分にとってあたりまえのことが、他の人から見ると珍しかったり、新鮮だったりすることってあると思います。同じものを見ていても、感じ方は人によって千差万別。視点がちがうからこそ、いい点も見えるし、さらによくするためのアイデアも出てくるのかもしれません。
栃木県真岡(もおか)市は、県の南東部に位置するまち。
SLが走るまちとしても知られており、近くを流れる鬼怒川流域では、古くから綿の栽培が行われてきました。近年ではいちごの生産量が日本一になるなど、農業も盛んな地域です。

まちで暮らす人たちを取材して、真岡のローカルな情報や暮らしぶりを発信したり、移住者向けのイベントやワークショップを企画、運営したり。
真岡市の魅力を市外に伝えると同時に、市内の人にもまちの魅力を再発見してもらうようなコンテンツをつくっていく役割です。
上野駅からJR宇都宮線、水戸線と乗り継いで真岡駅へ向かう。この日はとくに冷え込んでいたせいか、車窓から見える風景は霧に覆われていた。
下館駅で真岡鉄道に乗りかえて約30分、ようやく真岡駅についた。

最初に話を伺ったのは、シティプロモーション課の小宮さん。

「今日は一日取材に同行させてもらうので、気合い入れるぞって感じです」
パッと目に入ったのが、真っ赤ないちごのトートバッグ。「もっと真岡を知ってもらうために課でつくったんです」と、笑いながら教えてくれた。
名刺もいちごの形で、胸についているピンバッチもいちご。いちごが盛りだくさんという感じだ。

「なので、まずは真岡のことを知ってもらって、名前を聞いたときにイメージが浮かぶ、ゆくゆくは、移住先の候補に入れてもらうことを目標に活動してきました」
そこで活用しているのが、真岡で日本一の生産量を誇るいちご。“日本一のいちごのまち”をPRするための冊子を作成したり、いちごをモチーフにしたグッズを製作して販売したりするなど、さまざまな取り組みをしてきた。
また、いちご以外にもSNSを使った広報や、移住イベントへの出展など、地道な活動も続けている。

「行政の人間が『真岡ってすごくいいんですよ』って言っても、真実味に欠ける部分があるのかなと思っていて。それよりも、地域でお店を営んでいる人とか、農業をしている人とか。実際に住んでいる個人の方が発信したほうが、関心を向けてもらいやすいと思うんです」
「たとえば、まちの高校生が運営している“真岡すきすきシェアクラブ”っていうSNSアカウントがあるんですが、それは投稿への反響も大きくて。そんなふうに、行政とはちがう視点で発信してくれる人がいることで、より多くの人に真岡を知ってもらうチャンスが広がるんじゃないかなと」
今回募集する地域おこし協力隊に担ってもらいたいのが、まさにその発信をする役割。「行政として」ではなく、「まちで暮らす住民として」真岡の魅力を掘り下げていってほしい。
どんなことから始めていけばいいのだろう。
すると、同じくシティプロモーション課の光安さんが教えてくれた。

たとえば、アウトドアブランドを立ち上げて自らリノベーションした倉庫で販売している人や、障がいを持つ人も働ける食堂を運営している人など。
草の根的な活動をしている人たちへ取材し、SNSへの投稿や、移住に特化したメディアを立ち上げての発信などを通して、より多くの人に知ってもらう取り組みを進めてほしい。

たとえば、移住者の交流イベントを企画して移住者同士のコミュニティづくりをサポートしたり、まちのイベントの情報を定期的にお知らせして地域に溶け込むきっかけをつくったり。移住と定住、両方の面をうまくサポートしていくことができれば、真岡はより活気あるまちになっていくはず。
市役所の職員、地域の人、そして移住相談者など、さまざまな人と関わるので、何より人とかかわることが好きな人にとっては楽しい仕事だと思う。
とはいえ、新しく来る人自身も初めての環境。いきなり大きなことから始めるよりも、まずは小宮さんと光安さんのサポートを受けながら、少しずつ人脈を広げていけば大丈夫。
「真岡には面白い人がたくさんいて。協力隊の人には、ぜひこういう人を取材してほしいんです」と、紹介してくれたのが、いちご農家の猪野さん。
以前は20年間保育士として働いていたそう。2年前に実家のいちご農園を引き継いだという。

「ビニールハウスって60m〜80mのところが多いんですけど、うちは120mもあって(笑)。作業をするのも一苦労ですね」

「母親が、農業の団体で役職についていて。小さいときは、その娘って言われることがいやだったんですよね。まさか自分が母親と同じ農業をするなんて、思ってもいませんでした」
「でも大人になってみると、母親たちが長年築いてきたものをなくしてしまうのは、やっぱりさみしいなと。自分がうまく受け継げるかは不安だけど、がんばってチャレンジしてみようって、真岡で農業をすることを決めたんです」
実際にやってみて、どうですか?
「宇都宮から戻ってきて、やっぱりわたしは、都会よりも田舎に住むのがいいなと、あらためて思いましたね(笑)。ご近所付き合いが濃いところとか、誰かが困っていたら当たり前のようにみんなで助け合う、みたいな雰囲気があるのが心地いいのかな」
「強いて言うなら、農業をしているとまるまる1日の休みがなかなかないな〜っていうのがちょっとした悩みです。そのなかでも、時間をうまくつくって友達と遊んだり、趣味で尊徳太鼓をしたりしていますね」
尊徳太鼓?
「いわゆる和太鼓のことなんですけど、この二宮地区は、二宮尊徳が地域の人たちと一緒に開拓したという歴史があって。その二宮尊徳の教えを太鼓の響きにのせて伝えたい、という思いから始まったのが、尊徳太鼓なんです」

「二宮尊徳の教えのひとつに『積小為大』というのがあって。小さなことをコツコツ頑張っていけば、いずれ大きなことを成し遂げられるっていう意味なんです」
「コロナ禍で予定していた公演がほとんど中止になってしまって、気持ちも落ち込んでしまった時期があって。そのなかでも、みんなで声を掛け合ってくじけず練習を続けてきたら、今年の5月、和太鼓の全国大会で優勝することができたんですよ」

「みんなで頑張ってよかったねって。後づけかもしれないけど、二宮尊徳の教えが息づく尊徳太鼓だからこそ、がんばってこれたのかなって。今後は、地域の人に聞いてもらえるような機会をもっとつくっていきたいなと思っています」
尊徳太鼓も、二宮地区の人には知られているものの、真岡市という広い範囲ではまだまだ知らない人も多いそう。
たとえば真岡のローカルメディアを立ち上げて、猪野さんを取材した記事や動画をのせることで、二宮尊徳ゆかりの地としての歴史を広く知ってもらうきっかけをつくれるかもしれない。
また、移住してこれから農業を始めてみたいという人にとっても、猪野さんの体験談は貴重な情報になると思う。
新しく来る人も、こんなふうにひとりの取材からどんどん枝葉が広がっていく面白さを感じられるような人だといいかもしれない。
最後にもう一人紹介したいのが、生まれてからずっと真岡で暮らしているという奈良田さん。

自宅の一室をネイルサロンとしてひらいており、現在は子育ての合間を縫って仕事をしているそう。
「基本的に女性のお客さまが多いので、施術中にいろんな相談をしてくれることもよくあって。私も、お客さまに子育ての悩みをよく聞いてもらっているから、いろんな相談事をしたりされたりという関係ですね。なかには結婚式に呼んでくださるくらい、仲良くなった人もいるんですよ」

その土地に住む人が、どんな想いで暮らし、どんなことをしているのか。今回の取材で知ることができたのは、あくまでも一部分です。
新しく入る人には、自身の視点で真岡を切り取って、発信していってほしいと思います。
(2021/10/28 取材 杉本丞)
※撮影時は、マスクを外していただきました。