求人 NEW

ミシンひとつで
身を立てる
その生き方をもっと豊かに

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

「うちのばあちゃん80代ですけど、まだうちでミシン踏んで仕事して、みんなから頼りにされていますよ」

若いころから培ってきた技術や、時間をかけて身につけた感覚は一生もの。ライフステージが変わってもずっと続けていける仕事。

今あらためて、そんな働き方に魅力を感じます。

一方で、縫製業界は今のところ、必ずしも割のいい仕事とは言えない面もあります。海外も含めた価格競争のしわ寄せが、長い時間をかけて日本の工場に影を落としてきたからです。

その状況を受け入れ続ければ、先細りしてしまう。下請けではなく、品質で選ばれる工場として勝負していきたい。そんな「新しい工場のあり方」の実現に取り組んでいる人たちがいます。

ナイスコーポレーションは岡山・児島にある縫製工場。デニム製品を中心に、国内外のデザイナーのアイデアをOEMで形にし続けてきました。

今まではアパレルのブランドネームの下に隠れていたつくり手ですが、工場としてのあり方を見直し、みずから発信することで、ものづくりの現場を変えていこうとしています。

ここで縫製や生産管理などを担当するスタッフを募集します。先輩もみんなゼロからのスタートだったので、知識や経験は必要ありません。

ナイスコーポレーションでは今、オリジナルプロダクトの生産も視野に、ブランディングを進めています。そのEC運営を見据えたブランドマネージャーも求めています。

岡山駅から高松に向かう在来線が瀬戸大橋に差し掛かる手前に、児島駅はある。ホームに降り立つと、自動販売機もエレベーターもデニム柄にラッピングされている。

駅のそばにある「ジーンズストリート」には多くのデニムショップが並ぶ。

もともと学生服などの縫製業で栄えた児島のまち。1970年代以降は、国産デニムの産地として国内外から厚い信頼を集めている。

ナイスコーポレーションのオフィス兼工場は、駅から車で5分ほど。

一階は、入り口付近に事務所、そこからパターン製作室、アイロンやミシン、大きな裁断機が並ぶ作業場へと続く。

それぞれの持ち場で仕事をするスタッフの方と挨拶を交わしながら、奥へ奥へ。

階段を上がって2階はサンプルなどが置かれた広いスペース。そのすみには、おもちゃが片付けてある。

「子育て中のメンバーも多いので、夕方になったら毎日、学校や保育園から帰ってきた子どもらが来るんです。『ちゃんと挨拶せぇよ〜』って声かけたりして。もともとうちが家族経営なのもあって、みんな家族みたいなアットホームさはあるかな。この年末も社員とその家族で、毎年恒例の餅つきをしたんですよ」

そう話してくれた代表の井筒さんも、子どものころは、ミシンがけをするおじいちゃんの膝に座って仕事を眺めていたという。

今の会社の形が出来上がったのは30年前、井筒さんのお父さんの代になってから。当初は小さな縫製工場として、各工程を近隣の工場と分担しながら仕上げるやり方で仕事をしていた。

パターン、裁断、縫製、ボタンつけ、穴あけ、加工後の洗い、検品と、一着の服が出来るまでにはいろんなプロセスがある。

「分業だとどうしても納期の調整とか、細かいニュアンスの意思疎通が難しくて苦労することも多かったみたいで。父が少しずつミシンや機械類を集め、人を育てて、パターンから検品まで、自社とグループ会社内で一貫生産できるようにしてきたんです」

日本製で縫製加工された服って、全般に品質がいいという漠然としたイメージはありますが、具体的にはどういう良さなんでしょうか。

「技術力で海外が日本に劣るかというと、そうではなくて。デニムは特殊な素材なので、ミシン針のストロークや糸のテンション、生地の縮みを想定したパターン調整など、慣れや感覚が必要な部分はあります」

「児島がデニムの町として世界中のアパレルから引き合いがくるのは、先人たちがそういう専門性の高い技術を集積してきたからこそだと思います」

18歳でカナダに留学し、現地で古着のベンダーとして働いたこともあるという井筒さん。今でも鞄ひとつで海外へ商談に行く。

そうやってデザイナーと直接話をして生産を受注し、グループ会社内で一貫生産できるため、コミュニケーションの行き違いが少ない。

パーツごとの細かいニュアンスまで正確に理解して、かたちにできるというのは、この会社が信頼されるポイントのひとつだという。

「ありがたいことに、うちはコロナでも業績は伸び続けていますが、縫製業界の単価水準はまだ厳しいと感じます。子育て世代や働き盛りのスタッフが豊かな20年後を迎えられるように、工場のあり方を根本から改善する取り組みを進める必要があるんです」

そのためにはまず、取引先であるアパレルに、きちんと価値を感じてもらえる工場でありたい。

そう考えた井筒さんがこれから力を入れようとしているのが、社会環境への取り組み。

「B Corpって知っていますか? アメリカの団体が定めた環境基準のひとつで、SDGsとも多くの項目を共有しています。日本ではまだあまり知られていないんですが、現地ではパタゴニアなど多くの企業が賛同し取得しているんです。うちも今その認証を目指していて」

縫製工場の環境課題は、主に廃棄物のこと。残布を綿の繊維に粉砕すれば、新たなデニム製品がつくれる。

ナイスコーポレーションでは、繊維会社と共同でその試作を繰り返し、環境に配慮したオリジナルプロダクトの生産から、ECサイトでの販売まで、自社で行える仕組みをつくろうとしている。

「SDGsも形だけ追いかけるんじゃなくて、きちんと国際的な認証をとって、取引先の信頼を得ていきたい。『環境に配慮している工場でつくった服です』って言えるのは、アパレルにとっても価値につながるし、児島という地域ブランドの価値を高めることにもなるから」

今まで服を選ぶとき、メーカーやブランドの名前を意識することはあっても、それをつくる工場のことまで知る機会はほとんどなかった。

ファッションのニーズが量から質へシフトしつつある今だからこそ、工場がみずからのスタンスを発信していく意味があるのかもしれない。

さまざまなアイデアを、高いクオリティで形にしてきたナイスコーポレーション。

OEMのプロとしてこれからは、アパレルだけでなく、さまざまなジャンルのクリエイターとコラボレーションの機会を広げていきたいという。

たとえば、スポーツ選手と一緒に、体型にあったオーダーデニムの企画をするなど、新しい糸口を探り続けているところ。

だからこそもう一度、工場の働き方を見直したいと井筒さんは繰り返す。

最初の課題は業務の効率化。今は、子育て中のメンバーなどを除き、1日1〜2時間ほどの残業が必要なことも多い。

「残業は強制ではないんですが、僕らを中心にコアメンバーになると残ることが多いのも事実です。やっぱり、日々、意欲的に働くためにも、早く家に帰ってゆっくり休める体制をつくりたい」

「残業代を収入に見込んでしまうところもあるけれど、業務を効率化して、浮いた残業代をボーナスで還元したほうがいいですよね。それが軌道に乗れば、さらに休日を増やすこともできるはずなんです」

そのヒントは、ナイスコーポレーションのもうひとつの生産拠点、山口・萩市の田万川(たまがわ)工場にある。この工場は経営元の閉鎖により、数年前にナイスコーポレーションが買い取ったもの。

当初は現場の士気が低く、技術力に対して生産性が低いという課題があった。

「当時代表だった父が山口に通いながら、スタッフ一人ひとりと向き合うようにしたんです。一緒に目標を決めて、達成できたら評価し、足りない部分は励まして。それを続けたら、メンバーは同じでも、3年くらいで数字が変わってきました」

「やっぱり、個人として向き合うっていうのは大事なことですよね。誰だって、認めてほしいという気持ちがあるのは当然のことですから」

そうした努力の甲斐もあり業績は順調に伸びていて、まだのびしろもある。

「ただ、続けていけばいつか給料は頭打ちになる。自分で技術を磨ける人なら、将来独立するという道もあります。縫製でもいいし、パターン、裁断、ここで自分の適性を見つけたらいい。2、3年修行して独立しますっていう簡単な世界ではないけど、身につければ一生続けられる仕事ですよ」

実際に、ナイスコーポレーションで検品出荷を担当していたOBが、地域のなかで独立し、今は協力会社として一緒に仕事をしている。

そんなふうに独立後もいい関係を築けるような仲間を増やしていきたい。

児島の工場には、海外からの研修生も含め、現在16名のメンバーが在籍。その中心は30代で、ほぼ全員が未経験からのスタート。

入社してまず覚えるのは、芯地貼りというアイロン作業。

縫う前の準備こそ、製品のクオリティを左右する大切な工程。蒸気がたっぷり吹き出す業務用アイロンを使って、パーツの処理をしていたのは入社4年目になる丸本さん。

児島で生まれ育ち、会社まで徒歩10秒というご近所さんだ。

「ときどき指を火傷しそうになるんですよ。アイロンの面を使うのか先を使うのか、動かし方もそのときどきで違っていて。そういうこともほぼ感覚で覚えてきました。私は本当に感覚人間なので(笑)」

感覚で身につけていくのが得意な人もいれば、頭でじっくり考えて動くタイプの人もいる。

丸本さんとほぼ同じ時期に入社した秋山さんは、どちらかというと後者。その適性を生かして今は、縫製だけでなく営業や生産管理のサポートにも携わっている。

「最初は地道な作業も多いんですけど、そこを乗り越えたら楽しくなるはず。覚えることは多いので、一回教えてもらったはずなのに、できなくて悔しい思いをしたこともあります」

そういうとき、先輩に注意されたりするんですか?

と聞いてみると、みんな心当たりがあるような笑みを浮かべている。

それを見た井筒さんが、「先輩、どうですか?」と声をかけたのが、隣に座る岡田さん。創業時からのスタッフで、前職での経験も含めるとこの道50年という大ベテラン。サンプルから本縫いまで社内の仕事はなんでもこなせる、頼れる先輩だ。

同じ仕事を続けていて、飽きることはなかったですか。

「つくるのが好きっていう気持ちが、一番なんですよね。それしかないと思う」

「簡単なサンプル縫いが続くと、社長に『ちょっと難しいのちょうだい』って言ってみたり、難しいのが続いて疲れたら、『今度は簡単なの、ない?』って言ったりね。注文ごとに全然違う服を縫うから、飽きないですよ。難しいのが縫えるようになると、うれしいしね」

近道はできないけれど、歩んできた道がたしかな糧になる仕事。

新しい工場のあり方を目指す取り組みは、まだ始まったばかり。与えてもらうだけでなく、一緒につくっていく気持ちで、取り組む人が加わるとさらに加速していくはず。

おだやかな海のあるまちで、じっくり、時間をかけて向き合ってみてください。

(2022/1/12 取材 高橋佑香子)
※撮影時にはマスクを外していいただきました。

この企業の再募集通知を受ける

おすすめの記事