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選択肢のデパートを
島につくる

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

「島にはスタバがない、マックがないという声も聞きます。だったらスタバよりおいしいコーヒーを出せる場所があったらいいよねっていう話で。島の暮らしにおける選択肢を、これでもかと増やしていきたいんです」

一般社団法人ツギノバ代表の大久保さんはそう話します。

仲間たちと離島経済新聞社を立ち上げ、代表理事も務めていた大久保さん。全国のさまざまな離島に関わるなかで、根を張ろうと決めたのが北海道・利尻島でした。

2020年の夏には、閉校となっていた中学校を活用し、定住移住支援センター「ツギノバ」をオープン。

仕事や暮らしの相談窓口のほか、カフェやコワーキング、音楽室を使ったレンタルスペース「オトノバ」など、さまざまな機能を提供しています。体育館を活用した屋内遊戯場や空き教室を活用した取り組みなど、これ以外にもやりたいことはまだまだあるよう。

鹿児島・沖永良部島にも拠点をつくっていて、こちらもサテライトオフィスや飲食店、子どもたちのサードプレイスなどさまざまな機能を盛り込む予定。さらには、利尻と沖永良部で連携して、季節仕事の人手をシェアする仕組みづくりも進めています。

今回はそんな大久保さんの右腕として、利尻のツギノバと沖永良部の新拠点それぞれで働く事業ディレクターと、広報・PR担当を募集します。

 

羽田→函館→札幌丘珠→利尻。

国内で飛行機を2度乗り継ぐのははじめてかもしれない。およそ半日がかりの大移動。夏場は札幌新千歳空港からの便もあるので、乗り換え1回で行けるみたいだ。

そんな移動時間の長さが気にならないほど、空から眺める北海道の景色は美しい。なかでも別名「利尻富士」とも呼ばれる利尻山は、近づくにつれて胸が高鳴るような迫力があった。

空港に到着すると、代表の大久保さんが降り口のところで迎えてくれた。さっそく車で15分ほど離れたツギノバに移動して、なかを案内してもらうことに。

閉校となっていた旧沓形(くつがた)中学校をリノベーションし、2020年にオープンしたツギノバ。

定住移住の相談窓口をはじめ、さまざまな機能がある。

入口をはいってすぐ左手のカウンターには、コーヒー豆とハーブティーがずらりと並ぶ。ここで飲みものを頼んで、カフェ利用だけする人もいるし、コワーキングスペースで作業する人もいる。

間仕切りは曖昧で、ソファーやテーブルの配置によってゆるやかにエリア分けがされている。壁沿いの棚には本が並び、卓球台やハンモックも置いてある。もともとの学校のつくりを活かしているので、窓が多く、光が差し込んで気持ちいい。

「離島ですけど、Wi-Fiは爆速です。100人同時にYouTubeを観てもサクサクいけるものを導入したので(笑)」

ちらほらと中高生の姿もある。町が運営する公営塾の生徒やスタッフ、それから小・中学生向けの塾を運営する方にもスペースを貸し出していて、放課後は学びの場へと移り変わってゆく。

別棟の音楽室は、「オトノバ」という名前のレンタルスペース。バンド練習に使ったり、家族や友だちと映画鑑賞をしたり、自由に使うことができる。

これからオープン予定の体育館の一部には人工芝を敷いて、冬も子どもたちが走り回れるスペースにしたり、スケートボードパークにしたり。

2階の教室の一部はサテライトオフィスとして整備中で、すでに2社入居が決まっているそうだ。

いやあ、あらためて、学校って広いですね。

いろんな形で活用されていますけど、空き教室も残っているし、まだまだできることはありそうです。

「そうですね。たとえばテストキッチンを整備して、自分でお店を持ちたい、加工品やお土産物をつくりたいという人に半年ぐらい格安で貸してあげて、いけると思ったらまちに出ていってもらう、とか。利尻の海産物をうまく活用することにもつなげたいですね」

「ここで出版関係の仕事をやりたいという方もいるし、塾をやっている事業者にも教室を使ってもらいたい。あとは民間の託児所をやりたくて。利尻町って保育所が2つあるんですけど、延長保育の時間が限られていたりするので、シルバー人材の力も借りながら、ここで子どもを預かれたらいいなと思っています」

そもそも大久保さんは、なぜこんな場所をつくろうと思ったのでしょう?

「もともとは2014年に、離島経済新聞社と日本財団の共同事業をきっかけに利尻との縁が生まれて。そのうち毎月通うようになったんです。2018年には、まちの総合振興計画の策定に関わることになって」

そのなかで、ある問題意識を抱くようになる。

「観光や産業振興、福祉など、地域のなかにはいろんな領域があって、どうしてもその場面場面では各自の担当領域を主語にしがちなんですけど、本来まちの主語って住民なんですよね」

まちの主語は、住民。

「どの課題もどこかでつながり、折り重なって今がある。包括的な視点から取り組めることってもっとあるんじゃないかなって、明確な根拠はないけど、そう思ったんです」

その鍵となるのが、定住支援だという。

そういえばWebサイトなども、「定住移住」支援センターツギノバ、という語順になっていますね。耳馴染みがあるのは「移住定住」のほうでした。

「利尻町は、毎年平均30人が転出しているんですよ。30人を新たに呼び込み続けるのは難易度が高いし、そもそもなんで30人が出ていってるんだろう…?って、ぼくだったら思ってしまう。まずは今暮らしている人が、これからも住み続けたいと思えるように、暮らしの困りごとに寄り添って解決していくことが大切だと思うんです」

ツギノバでは、空き家バンクの運営や、島内で人手が不足している漁師や地域商店の求人情報の掲載、地域おこし協力隊の伴走支援なども幅広く行っている。

住まいや子育て、教育や仕事など。何か困ることがあれば、まずツギノバに行ってみる、というような場所にしていきたい。

「暮らしの選択肢を提供することに、まだ全力を注げていないなって思うんですよ。あれもあった、これもあった、でも何かを選んで出るというのはいい。でも、何もないからという理由で出ていってほしくない。もっともっと選択肢を提供していきたいなと思いますね」

今回の募集職種は3つ。

まず利尻の事業ディレクターは、ツギノバの運営をはじめ、さまざまな業務に携わる役割。カフェでの接客や定住移住の相談対応のみならず、行政とのやりとりや事務作業が得意な人に来てもらいたい。

2つめは、沖永良部島の事業ディレクター。今、ツギノバでは、鹿児島・沖永良部島の知名町でも拠点の整備を進めている。

こちらも利尻と同じく、コワーキングや飲食店、子どもたちのサードプレイスとしての機能を持たせつつ、サテライトオフィスを整備して企業誘致に力を入れていきたいとのこと。

「社会人経験3年はほしいなと思っています。欲を言えば、編集や制作の業務に携わってきた方がよくて。ぼくも編集者なんですけど、これからまちに必要な機能は何か、そのために何ができるか、俯瞰で捉えるときに編集思考が活きてくるんですよね」

さらに、6〜9月の利尻での昆布干しと、10〜5月の沖永良部での農業という季節仕事を組み合わせ、通年で人材をシェアする仕組みも構築中。

盛りだくさんな事業を、大久保さんと一緒にどんどん回していける人を求めている。

そして3つめの募集職種は、広報・PR担当。

こちらは、編集・制作経験2〜3年は必須。利尻に軸足を置きつつ、沖永良部の取り組みについても発信したいので、大久保さんと一緒に出張する機会も出てくる。

「SNSの運用や情報発信が苦にならない方がいいですね。あとは目線を使い分けられる方。情報の受け手によって、使うべき言葉も変わってくると思うので、TPOを自分で判断できることも必要です」

利尻も沖永良部も住まいは確保してあるので、すぐに住みはじめられるそう。利尻の借家を見せてもらうと、目の前が海でとても気持ちよさそうな場所だった。

暮らしの困りごとが生まれても、ツギノバのみなさんならうまく相談に乗ってくれると思う。

 

日々の仕事はどんなふうに進んでいくのだろう。

名刺に「ディレクター」とあった大良(たいら)さんに話を振ると、「という名の“何でも屋”です(笑)」と答えてくれた。

「8時半に出社して、まず開館作業ですね。掃除や鍵開けをして、9時ごろに朝礼をします。その日何をするかの報告や相談をして、それぞれの仕事に取り掛かって。カフェ対応もしますし、空き家調査の日は物件の写真を撮りにいったり、所有者さんにヒアリングしたり。たまにイレギュラーで、話好きなお客さんがいらして、ずっと話しちゃうこともあります」

するとすかさず、「イレギュラーじゃないよ、レギュラーだよ」とツッコミが。

「そうですね(笑)。仕事のような、プライベートのような、切り分けられない時間も多いです。で、ここは16時半に閉館なので、ゴミ捨てなどをして17時過ぎに終礼、っていう流れです。わたしは、毎日彩りがあって楽しい仕事だなと思っています」

 

ツッコミを入れたのは、理事の八木橋さん。

地域おこし協力隊を卒業後、大久保さんとともにツギノバを立ち上げから支えてきた方だ。

「住宅とか仕事に関わる大きめの悩みもあれば、ちょっと話を聞くだけで気持ちが楽になって帰っていかれることもあります。相談に乗っているうちに、わたしたちが逆に教わるようなこともあって、日々成長させてもらっているなと感じますね」

移住者だから打ち明けやすいこともあるし、地域の一員として認められてこそ聞ける話もある。このあたりは広報・PRに限らず、大久保さんの話にあった「目線の使い分け」が大事になってくるのだろうな。

八木橋さんには、忘れられない瞬間があるという。

「去年の夏休みの時期に、おばあちゃんと娘さんとお孫さん3世代で来てくれて。おばあちゃんがここの卒業生なんですよね。その方が『ああ懐かしい、もう涙出ちゃう〜』って言ってるそばで、わたしも涙が出そうになって」

「ツギノバの名前の通り、次の時代を担っていく子どもたちへ、このまちのいいものを受け継いでいく場になっているなと思って。その場面に一緒にいられることが幸せですし、わたしも人に寄り添っていける働き方をしたいなと、あらためて思いましたね」

学校を残すのも、暮らしや仕事の情報を発信するのも、おいしいコーヒーを出すのも、選択肢をつくること。

未来に向けて新たな+1を提案していく働き方は、清々しく感じられました。

まちは劇的に変わらない。でも少しずつ、よいほうへと変えていけるのだと思います。

(2022/4/4 取材 中川晃輔)

※撮影時はマスクを外していただきました。

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