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仕事を選ぶ基準は人それぞれだと思います。
給料を重視してもいいし、やりがいを求めて選ぶのもひとつ。もちろん両方を求めることも。
理想だけではどうにもならないこともあるけれど、せっかく自分の時間を費やすのであれば、やりたいことを仕事にできたほうが心地いい。
全国各地で募集している地域おこし協力隊は、その思いを形にしていくための仕組みです。
3年間、興味関心のあるミッションにチャレンジしながら、任期後もまちに住み続けるための土台をつくる。
今回募集する岩手県洋野町(ひろのちょう)では、8つのテーマのもと、たくさんの協力隊が活躍しています。
どんな人たちがいて、3年間をどんなふうに過ごしつつあるのか。その声を聞いてきました。
洋野町へは、新幹線で八戸まで行き、八戸線の久慈行きに乗り換えて南下。三陸の海沿いを走っていく。
中心地である種市駅までは、八戸駅からだいたい1時間ほど。外の景色を眺めていたらあっという間に到着した。
まず向かったのは、一般社団法人fumotoのオフィス。昨年リノベーションして完成した。
「お久しぶりです。おかげさまで立ち上げから無事にここまでくることができました」
そう迎えてくれたのが、fumoto代表の大原さん。
大原さんは洋野町の元協力隊。観光振興の担当として2016年に洋野町へやってきて、任期後には、洋野町へ来る協力隊をサポートするための組織としてfumotoを立ち上げた。
取材で洋野町を訪れるのは、4回目。
fumotoの立ち上げから、新しい事務所ができたり、新しい協力隊が入ってきたりと、ここまでの変化を見ることができて感慨深いです。
「おかげさまで最近は仕事も増えてきていて。協力隊の募集や活動支援をメインにしてきましたが、新しいプロジェクトのディレクションとか、岩手県の地域おこし協力隊ネットワークの理事とか。町外での活動も増えました」
大原さんひとりで立ち上げたfumotoも、現在は2人のスタッフが所属。まちの高校魅力化プロジェクトに関わるなど、それぞれが活動の幅を広げている。
協力隊のサポートを3年間してきて、どうですか?
「やっぱりむずかしいなって。もともとは、協力隊一人ひとりが3年後どうするかを考える支援をしたいと思って始めたんです」
「自分のやりたいことを見つけて形にすることと、食べていくための仕事をつくっていくこと。この両輪が回っていくような活動のあり方を考えていくのは、すごくむずかしい」
現在の洋野町の地域おこし協力隊は15人。そのうち6人は役場の担当者が、残りの9人をfumotoがサポートしている。
半期ごとの活動計画の作成や、進行中の企画の相談など。隊員たちは自由にオフィスに出入りできるようになっていて、お互いの活動について話す機会もよくあるそう。
大原さんも元協力隊だし、1、2、3年目それぞれの先輩がいる環境だからこそ、相談しやすいのかもしれませんね。
「もちろん僕もみんなも相談にのるし、以前は月に一回全員が集まるミーティングなども開いていました。ただ、その会も結局僕が話すだけになってしまったから、今はしていなくて。協力隊員はもちろん、支える僕らも試行錯誤という感じですね」
今回募集する協力隊は、役場がサポートするパン工房等運営支援員、にぎわい創造推進員、放課後児童クラブコーディネーター、ジオ・トレイルツーリズムプロジェクト推進員と、fumotoがサポートする農業を通じた地域貢献事業推進員、食を通じた地域貢献事業推進員、移住コーディネーター、企画提案型、という全部で8つ。
大原さんは、どんな人に来てもらいたいですか?
「3年後に起業するぞっていうモチベーションがある人でもいいんですが、どちらかというと、洋野町の文化を一緒に育てていけるような人のほうがいいと思っていて」
文化を育てる。
「たとえば、洋野町には大野木工っていう工芸品があります。いいもので、僕も使っているんですけど、町の人が外の人に対して自信を持って勧めるかというとそうでもないんです。でも、特産のウニの話になると、うちのウニはうまい、外から来た人に食べてほしい、って言うんですよ」
「その意識の差って、すごく大きいと思うんです。だって外の人から見たら、大野木工も十分素晴らしいと感じてもらえるものじゃないですか。だから、外の人の『これっていいよね』という視点を持ち込んでもらうことで、 “大野木工も、ウニもいいよね”って町の人にも自信を持って言ってほしい。胸を張って紹介できるものが増えると、まち全体の文化を底上げしていくことにもつながると思っていて。そういうことに共感して活動してくれる人が来てくれたらいいなと思います」
ここからは、実際に協力隊として活動している人たちにも話を聞かせてもらう。
まずは、協力隊2年目の梅林寺さん。企画提案型のミッションで活動している。
「就活のときに、スーツを着て満員電車に乗る生活が無理だなと思って。大学では民俗学を勉強していて、よく遠野を訪れていたので、岩手はいいなと思っていたんです。それで県のサイトを見ていたときに協力隊の募集を見つけて」
「歴史を仕事にするとなると、研究員とか学芸員しかなくて、けっこうむずかしいじゃないですか。でも企画提案型の協力隊だったら、好きなことを仕事にできるんじゃないかなと。それで歴史を通じた地域おこしを提案したら採用してもらった、という感じですね」
洋野町の歴史散歩をオンラインで企画したり、三陸ジオパークのガイド資格の勉強をしたり。最近は神社の例大祭など、伝統芸能の写真を撮って展示する企画を進めているそう。
「洋野町は有名じゃないところが面白いんですよ。昔話を調べていくと、滝の主がウニの妖怪だとか。土地柄を感じるのも面白くて」
まちの人が、外から来た人に対して閉鎖的ではなく、オープンに接してくれるところもよかった。
「最近、昔の観光パンフレットに載っていた滝を見つけて。昔は道があったけど、今は塞がっていて行けなかったんです。その話を地域ですごく面倒見てくれるおじいちゃんに話したら、『草刈りとか土木工事の手配をしたる!』って言ってくれて(笑)」
「申し訳ない気持ちになったけど、その方も『もう一度あの滝に行きたいから。きっかけをつくってくれてありがとう』って言ってくれて。すごいですよね。だから、やりたいことをちゃんと持っている人だったら、それを形にできる環境なのかなと思います」
続いて、協力隊3年目になる川崎さん。fumotoの立ち上げと同時に協力隊になった方だ。
「大学でプロダクトデザインやグラフィックデザインを学んでいたので、デザインの仕事をする人として協力隊になって。最初はSNSのアカウントをつくったり、まちを紹介する動画を撮ってYouTubeにアップしたりしていました」
「今はデザインの仕事もしながら、洋野町の特産品の木炭を使って、なにか新しい商品をつくれないかなと企画しているところです」
町内のさまざまなデザインの仕事に取り組んできた川崎さん。任期後の展望を聞いてみると、デザインとものづくりの二つの軸で仕事をしていきたいと考えているそう。
「大学を卒業したてのときは、どちらかというと受け身な考え方をすることが多かったんです。でも協力隊になってからは、やりたいことや、自分が何を考えているのかを深掘りする機会が何度もあって。この数年で少しずつ成長できているような気がします」
「うまく言えないんですけど… 自分の人生にちょっとだけ責任を持つようになってきたっていう感じですかね。なにを大切に生きるか、ちゃんと考えようって」
川崎さんの任期は今年度まで。ただ、来年度以降もまちには関わり続ける予定なので、なにかあれば相談することもできると思う。
「職とか生き方を決めるとき、やっぱり行った先にどんな人がいるのかが大事な気がしていて。ぜひ来てもらって、話をして。雰囲気を知ってもらえたらいいなと思います」
最後に、昨年できたばかりの交流施設「ヒロノット」へ。もともと中学校だった場所をリノベーションした場所。
迎えてくれたのは、施設の企画・運営・管理などを担当している協力隊の吉川さん。
にぎわい創造推進員の担当者は、吉川さんと一緒にミッションに取り組んでいくことになる。
「鞄メーカーの小売店で10年くらい働いていて、ショップのマネージャーも務めていました。ただ、大量生産大量消費みたいなことに疑問が出てきて。どうせ働くのであれば、やりがいのある仕事をしていきたいなと」
「年齢的に都会に住むことに魅力を感じなくなってきたのも大きかったですね。あと、以前少しやっていたサーフィンにまた挑戦したくて、海が近いところで探していたときに、日本仕事百貨の記事を読んで洋野町の協力隊のことを知りました」
洋野町はサーフスポットとして有名。記事に出ていた大原さんたちの雰囲気にも惹かれて、協力隊に応募した。
ミッションは、ヒロノットの企画運営と維持活用。
施設には簡易宿泊とコワーキングや貸事務所、体育館などの機能が備わっており、町内の人はもちろん、町外から来た人も利用できるように設計されている。
「僕と役場職員の数人で回しているので、日々の運営でギリギリな状態なんですよね。新しいことをしようにも、なかなかそっちまで手が回らないのが正直なところで」
元学校なので、建物も広く、現在の人数では掃除など日々の管理だけでも一苦労。
新しい協力隊に加わってもらいながら、この場所をもっと活用してもらうための方法を一緒に考え、少しずつ形にしていきたい。
「ほかの協力隊の方がマルシェを企画しているので、その会場として使ってもらったり、フリーマーケットを開いたりすることも考えています」
「あと今はキャンプ需要があるので、校庭をキャンプ場として使えるように、ルールづくりをしているところです」
にぎわい創造推進員で入る人は、基本的に吉川さんたちとシフトを組んで施設運営を担うことになる。
人が増えれば、お互いに新しい企画を考える余白もできるだろうし、校庭や体育館など、活用できそうなものはたくさんある。自由度の高い施設なので、来た人のアイデア次第でいろいろな可能性が広がると思う。
「ほかの協力隊の人は、ミッションの内容的に個人プレーの人が多いと思うんです。ただ、ここは隊員同士で協力して日々の運営をしていくので、チームプレーが大切で。協調性がある人が来てくれたらいいなと思いますね」
「あとは海と山、両方あるのでアウトドアが好きな人にもおすすめです。自分もまだまだ試行錯誤しながらなので、一緒に考えていける人が来てくれたらうれしいなと思います」
最後に、fumotoの大原さんの言葉を紹介します。
「それぞれのやりたいことが形になるように、僕は精一杯協力したいと思っています。僕自身もいろんなことをやってみたけど、『これかな?やっぱ違うな』っていうのを繰り返して、今まで来たので。3年間を一緒に自分の在り方と向き合い、次の働き方をつくっていきたいですね」
やりたいこと、求められること、お金を稼ぐこと。
すべてをカバーすることは、正直むずかしいかもしれない。けれど、そのなかでも自分のできることを形にする。そしてそれが、地域のためになり、自分の暮らしのためにもなる。
洋野町の人たちは、そのいい循環を生み出している真っ只中にいるように感じました。
(2022/7/7 取材 稲本琢仙)
※撮影時はマスクを外していただきました。