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日本人は、特定の宗教を信じていない人が多いと言われています。
それでも、人生で迷うことがあったとき、不安に感じる出来事が目の前に迫ってきたとき。心の支えとなる何かを求めたい気持ちは、誰しも抱くものではないでしょうか。
そんな気持ちに寄り添おうとしているのが、ひいらぎのみなさんです。
ひいらぎは、東京・谷中にある数珠屋さん。葬儀で使う正式な数珠、そして自分で選ぶことができる「おまもりブレス」などを販売しています。
今回募集するのは、店頭とオンラインストアの販売・運営業務を担うスタッフ。
谷根千界隈の空気感が好きな人や、石や工芸に興味のある人を求めています。
千駄木駅を降りて、駅の東側へ。
緩やかに続く長い坂道をのぼっていく。この辺りはお寺が多く、下町の雰囲気がある。
駅の出口から歩いて7分ほどで、ひいらぎの店舗を見つけた。
中に入ると、コンクリートの打ちっぱなしの空間に一面のドレープカーテンが広がっている。
「暑いなかありがとうございます」と迎えてくれたのは、ひいらぎを運営する株式会社ペンネンノルデ代表の市原さん。
ひいらぎが開業したのは、2008年。当初はジュエリーブランドとして、市原さんがひとりで商売を始めた。
「お数珠をつくり始めたのは、2013年からですね。数珠の珠も石なので、研磨はジュエリーと同じ工場でおこなっていて」
「研磨の職人さんと『お数珠って、買うの難しいよね』っていう話をして。いつかは必要になるんだろうけど、どこで買っていいかわからなかったり、値段もわからなかったり。いろんな不安がある道具だったんですね。それで、わかりやすい価格で素敵なトーンのものがあれば、自分も欲しくなるな、と思ったんです」
そう考えた市原さんは、老舗の数珠問屋や糸の工場などを訪ね歩き、染色からオリジナルでつくった房を使い、数珠を仕立てることに。
「宗教に関わるものなので、自分がつくっていいのかという怖さはありました。とくに最初の展示会は、誰かに文句を言われるんじゃないかとすごく不安でしたね。とはいえ、せっかく出すなら新参者にしかできないことをしたい。正式なルールは確認した上で、オレンジと水色など、これまでの数珠ではあり得ない配色をあえて定番に入れました」
「意外と反応がよかったんです。百貨店のバイヤーさんも、ちょっとおしゃれな数珠を求めていたし、お寺の住職さんにも『こういうの面白いね』って言っていただけて」
最初のお店は千駄木駅のすぐ近く。5坪ほどの小さなスペースに、十種ほどの数珠を並べただけのお店だった。
そこから移転したのが、今のお店。
「なるべく柔らかい印象にしようっていうことはすごく気にしていて」
柔らかくする、というと?
「数珠って固いイメージがあるけど、それをデザインや空間で柔らかくする。柔らかいけれど、法具でもあるから、きちんと感も失わない。見え方の塩梅を工夫しました」
「百貨店のポップアップに出るときも、数珠って興味のない人にはまったく引っかからないので、ちょっとでも興味を持ってもらえるようにしたい。あとはファンになってもらうためにどうしたらいいのかっていうことが課題でした」
たしかに、数珠って一度買ったら、なかなか買い替えないものですよね。
「そうなんです。それで考えたのが、「おまもりブレス」だったんです。ブレスなら宗教問わず、いろいろ楽しんでもらえるんじゃないかと」
「おまもりブレス」は、心願成就を込めて仏師さんが削った木珠を一粒、ほかは好きな珠を選んでつくれるブレスレット。
出してみたら海外の方の反応が良く、コロナ前は半数以上が海外のお客さん。リピートで再来日する方も出るほどで、一気にひいらぎの人気商品になった。
「少し珍しい石のチョイスをしていたので、そこもよかったのかなと。店に来てもらいたかったのでオンラインでは出さずにいたんですが、コロナ禍になってからはそうも言っていられなくなって」
「ひいらぎらしいデザインを毎週オンラインで販売するようにしました。そこでかなりお客さまの層が広がって、求められるものも変わってきて」
どんなことが変わったんですか。
「最初の頃はとにかく数珠の専門店だぞと思ってたんですけど、皆さん自分の心とうまく付き合っていきたい、そのためのものをいろいろ欲しているんですよね。それでお香やアロマ、鉱石、とセレクトが広がっていきました。最近だと二見光宇馬さんの仏さまも扱うようになって」
「数珠はひいらぎの根っこなんですが、その人の心の中と接点が生まれるものを扱うお店になってきたと感じています」
お守り自体が、直接的に不安なことや悲しい気持ちをなくしてくれるわけではない。
それでも、見えない何かを信じて自分で選んだものが、心を少し楽にしてくれることはある。
市原さん自身、お客さんからそれを感じた瞬間があったという。
「明るくって、辛そうなそぶりもないお客さまだったんですが、ブレスをつくり終わって、あとはお会計だけっていうときに『いやぁ、主人が癌でね。さっき言われちゃったのよ』って、ぽろっと」
「『すぐ家に帰る気になれなかったから、そういえばこのお店があったと思って。ここでブレスつくって帰ろうと思ったの』って。見た目じゃわからない、それぞれ抱えてるものがあるとあらためて感じて」
「お店とオンラインと。結構いそがしいので、あれもこれも!となる時もあります。お待たせしないためにテキパキ、も確かなんですが、お客さまにとっては思いを託して選んだものなので、テキパキのなかにも丁寧さを忘ずにいてほしいと思います」
そう話を継いでくれたのが、店長の児玉さん。市原さんとともにひいらぎを支えている方。
ひいらぎは児玉さんと市原さん、そして数名のアルバイトでお店を回している。
「もともとは私もお数珠を探してたんですよね。成人して社会人になったときに、お数珠を持っていないのってどうなんだろうってふと思って。探したんですけど、黒とか紫とか、固いイメージのものしかなくて、なんだかなぁって」
いろいろな数珠を探すなかで辿り着いたのが、ひいらぎの商品。現代的でおしゃれなデザインに一目惚れした。
「お数珠のデザインもだし、お店全体の雰囲気が私の好みとドンピシャだったんです。学生時代から谷根千界隈が好きだったので、谷中にあるというのも個人的にポイントが高くて。転職を考えていたこともあって、お数珠を買うより先にアルバイトに応募しました」
無事採用された後、すぐにコロナになったものの、1年ほど働いて正社員に。
「扱っているものがお数珠なので、ゆったりした仕事が多いのかなと、入る前は想像していて。いざ入ってみると、まあやることがたくさんあっていそがしい(笑)。入る前のイメージとギャップはありましたけど、前職がバリバリいそがしい販売職だったので、個人的には合っていて」
「覚えることや、自分たちでやることがたくさんあるんですよね。たとえば石の種類はかなりあるし、オリジナルの検品や最終仕上げ、箱詰めもやります。大変だなって思う反面、そういうところにも関われるんだな、といううれしさもありました。2年半くらい勤めてますけど、今でも一日あっという間に終わるなって感じます」
「おまもりブレス」は、お客さんに石を選んでもらったあと、概算を出し、仮組みをしてサイズやバランスを確かめてもらい、仕上げをする。
そうやって店での対応をしながら、オンラインストアの注文動向を見て、発送業務をしつつ遠隔オーダーのご提案も考える。想像以上にマルチタスクなところがある、と児玉さん。
印象に残っていることを聞いてみると、オンラインストアである注文を受けたことを話してくれた。
「コロナが一番不安だった時期のオーダーで、私がご提案したものをお届けした後に手紙が来たんです」
「『実は医療従事者で、忙しない日々を送っているけれど、これが手元にあるだけで癒しを感じられて、勤務中もポケットにいつも入れています。みなさんもどうぞお気をつけてお過ごしください』って。しかも、同じようにメッセージをくれた医療関係の方が何名かいらっしゃったんです。私たちもがんばらなきゃと思ったし、身が引き締まる思いでした」
誰かの日々を支え、癒しになるもの。だからこそ、覚えること、やるべきことが多くとも、丁寧に向き合いたい。
「誰でも同じように何かを抱えながら生きている。そこに静かに寄り添えるように、ひいらぎを続けていかないといけないなと思うし、そんなブランドであるように私もお手伝いできたらいいなって思っています」
お守りは、目標に向かって頑張っている人の背中を押したり、新しい価値を生むのを助けたりする。
一方で、ちょっと弱ったり、不安が心を覆ったり。立ち止まりたくなるような場面にそっと寄り添い、支えることもある。
ひいらぎのみなさんは、ブランドのあり方を体現しているような、やさしくて気持ちのいい人たちでした。
(2022/7/1 取材 稲本琢仙)
※撮影時はマスクを外していただきました。