全国にたった140店。
「一丁焼き」と呼ばれる焼き方をする、たいやき屋さんの数です。
普段よく見るたいやきは「養殖もの」と呼ばれ、大きな型で何匹も同時に焼くもの。全国に数十万店あるそちらと比べると、一丁焼きの希少さがわかると思います。
一匹ずつの焼き型に液状の生地を薄く敷き、あんこをぎっしり入れて、直火にかける、一丁焼き。
カンカンと、互いがぶつかり合う音を立てながら、すばやく型を回転させていく。しばらくすると、パリッとした皮のたいやきができあがる。
杉並区阿佐ヶ谷にお店をかまえる「たいやき ともえ庵」。
ここで働くスタッフを募集します。
こだわりの材料を、すべて店で一から仕込んで焼き上げた自慢のたいやき。行列ができる人気のお店です。
お客さんに出せるものが焼けるまで、3ヶ月。経験は不問です。
自信を持って「おいしい」と勧められるものをつくる。素直なよろこびを日々感じられる仕事だと思います。
J R阿佐ヶ谷駅の南口。駅前から続く商店街のアーケードを歩いて5分ほど。開店前のともえ庵を訪れる。
朝10時。様子を覗かせてもらうと、1時間後の開店に向け、店内は準備の真っ最中。
男性2名、女性1名のスタッフさんが、落ち着きながらもテキパキとした様子で動いている。黙々と作業を進めるなか、時折、お互いの様子を確認する声が響く。
仕込みの一番大きな仕事は、餡を炊くこと。
鍋いっぱいの小豆を火にかけ、砂糖を加えて混ぜていく。少し見ていただけでも、だんだんと艶やかな餡になっていくのがわかる。
見学のあと、代表の辻井さんに話を聞かせてもらう。
ともえ庵を運営しているのは、有限会社ともえ産業情報。辻井さんが1999年に設立した会社で、行政との調査研究事業や地域活性化事業などに取り組んでいる。
どうして、本業とはまったく異なるたいやき屋をやることに?
そう聞くと「もう100万回くらい言うてるんですよ」と笑いながら、柔らかい京都弁で丁寧に教えてくれた。
「商店街活性化のための調査研究の仕事をやるようになったんです。調べていくと、大型のショッピングモールができて商店街が廃れていくっていう、明らかな流れがある。でもそのなかにも、活気づいている商店街はあって」
「それは、ええ店があるところなんですよ」
いい店があれば、そこに人が集まる。同じように人を呼び込もうとする店ができ、競争が生まれる。その流れのなかで商店街の価値は上がり、まちの魅力も高まっていく。
「それに気づいたら、ええ店ってどんだけ頑張ったらできるのか、それともできないのか、試してみたくなるやないですか」
2011年に、中野にともえ庵をオープン、2014年にここ阿佐ヶ谷へ移転してきた。
「商店街の小さな店でも、店内で製造販売するたいやきなら成り立つなと。あと、歴史が長いです。流行のスイーツって、いつ飽きられるかわからないけれど、たいやきは100年間ずっと続いてきから、これからもなくならないやろと」
『養殖もの』と呼ばれる普通のたいやきだと数日の研修でお店に立つことも多いので、一見長いかもしれないけれど、職人の世界で3ヶ月って早い感じしません?」
たしかに、そうかもしれません。
「季節ごとに違う商品をつくるお店とは違って、たいやきだけに絞り込んでいるからできるんですよ。基本の技術を身につけて、身体がついてきたら焼けるようになる。その後は品質やスピードをさらに上げて、職人としての技術を磨いていきます」
職人といっても厳しい修行のようなものはなく、身に付くまでじっくり丁寧に教えていくという。
メニューに並ぶのは、定番のたいやきと、10年以上販売され続けている名物商品の白玉たいやき。それ以外に月替わりのたいやきや、阿佐ヶ谷練乳餅、夏はかき氷など。
材料は「特別にいいものではない」と辻井さんは言うものの、小麦粉と砂糖以外の材料は基本的にすべて国産で、信頼できる味のもの。
先週は、夏場に販売するかき氷のシロップ用に、広島にレモン果汁、京都に梅の仕入れの相談に行ったところだという。
「小さな店でここまでこだわっているところ、そうそうないと思うんですね。材料の特性まで理解しないといけないから、新商品開発もむずかしい。ほかのお店で売っているものは出さないし、ほかがやっているなら、レベルの違う何かがつくれない限り販売しません」
「うちが働く人に提供できるものとして一番大きいのは、後ろめたくないお店だってことだと思います」
後ろめたくないお店。
「会社の方針だからって、自信の持てないものを売るのはつらい。反対に、自分が納得できるものを人に勧められる仕事は、すごく幸せだと思うんです」
「うちは、素性が明らかな材料を自分たちで手を動かして加工して、商品にして、お客さんにお渡しできる。そこに対しての納得性ってすごく強くて。うちの店の一番の自慢は、スタッフほぼ全員の家族が買いに来ていることですね」
仕事だから、ではない。ここで働く人にとって、ともえ庵のたいやきを勧めたいのは、純粋に自慢できるほどおいしいからだと思う。
一通り話を聞いたあと、お店でたいやきをいただく。
一口かじると、皮がパリパリ。端までぎっしり、アツアツの餡が詰まっていて、おいしい。
「うちのたいやきの皮はおそらく日本で一番薄いんです」と辻井さん。
目指しているのは、どこを切っても1ミリの厚さ。すべて手作業なのでときには2〜3ミリになる部分も出てくるものの、明らかに厚いものは提供しない。
「皮が薄くてパリッとしているのがおいしいから、あんこの量も限界まで増やしています。鼻先から尻尾の先まで、このレベルで安定して焼ける店は、私の知る限りほかにはありません」
試行錯誤して、一丁焼きに合うよう限界まで甘さを抑えたという餡は、口いっぱい含んでもくどくなく、あっという間に一匹食べ終えてしまった。
このたいやきを焼いてくれたのが、店長の安部さん。ひと段落したところで、話を聞かせてもらう。
「朝は、早番の人は8時に来て、仕込みからはじめます。餡を炊いたり、ほかの商品の下準備をしたり。11時にオープンしてからは、焼きと販売を1時間ごとにローテーションしていきます」
火の前に立ち続けることは体力をうばわれる。とはいえ、交代時間がはっきりしているので、しっかり休憩もある。女性スタッフも多いものの、問題なく働けているそう。
新しく入る人はまず接客を中心に覚え、合間で仕込みを学んだり、焼きの練習をしたりすることになる。
「今日の客足は、まだまだ落ち着いているほうですね。週末は、お待ちいただいているお客さんが常に何組かいる状態です」
焦ってしまうこともありそうですね。
「今はないですよ。どうしてもお待たせしてしまうので、頑張って早く焼こうっていう気持ちはありますけど」
「入社数ヶ月でコロナ禍になって、家が近所の数人だけで店をまわしていた時期があって。そのときの、人がいない大変さを経験したあとだと、全然大丈夫に感じちゃいますね」
安部さんがともえ庵で働きはじめたのは約3年前。
それまでは、新卒で入った食品の卸売会社で3年ほど働き、その後は個人事業主として、商品販売の仕事を請け負っていた。
辻井さんと出会ったのはそのころ。しばらく経って、スタッフを探していると知り、連絡をとってみたのが入社のきっかけ。
以前の仕事では、自分でつくったものを売る経験はなかった。「本当は別のもののほうがいいのに」と思いながら商品を売る仕事もあり、悩んでいたこともあった。
「でも今は、すべて自分でつくったものを、その場でお渡しして食べてもらえる。その反応を直接見られるのが楽しいしうれしいですね。大変さよりも、そっちが強いです」
「ほかのたいやきを食べても、自分のところのほうがおいしいなと思うし。僕が自分のことが好きなので、なかでも自分が焼いたやつが一番おいしいなと思っています」
そう言いきって、爽やかに笑う阿部さん。この仕事をする自分への誇りが感じられて、聞いていて気持ちがいい。
一緒に働くならどんな人がいいですか?
「うちの労働環境は、小売や飲食のなかではかなりホワイトなほうだと思います。それでも、店の商売をしていると頑張らなきゃいけないときが絶対に出てくるので、そのときにちゃんと頑張れる人」
「たとえばテレビで紹介いただいてめちゃくちゃ忙しくなっても、その状況をありがたいと思って、むしろやる気を出して乗り越えてくれる人がいいな」
「恥ずかしいんで、写真マスクしたままでいいですか?」と笑顔を向けてくれたのは、長谷川さん。
以前ともえ庵で働いていた方で、今は独立し、品川区で「たいやき と」という自分のお店を持っている。今日はわざわざ駆けつけてくれた。
岡山出身の長谷川さん。上京し、イラストを描いていたものの、それだけでは食べていくのがむずかしかった。
たまたま興味を持っていた一丁焼きのたいやき屋があると知り、ともえ庵に応募。面接のときから、「いずれは独立したい」と話していた。
「30歳も過ぎてて、独立まで目指さないとやる意味がないと思って。あとたいやきなら、お寿司屋さんとかと違って、頑張れば今からでも極められるんじゃないかって思ったんです」
「日本らしい部分も魅力的でした。昔は欧米のものがよく見えていた時期があったんですけど、日本っぽいものもかっこいいんじゃないかって思うようになってきて。そのころ一丁焼きのことを知って、興味を持ったんです」
将来にプラスになるからと、辻井さんは転職を後押ししてくれたそう。関係はずっと続いている。
「いろいろとお世話になっています。わからないことがあれば聞いたり、独立のときは焼き台とか焼き型を手に入れるのを紹介してもらったり」
ほかのお店も経験した長谷川さん。ともえ庵の特徴ってどんなところだと思いますか?
「焼き立てにこだわってるのが一番じゃないですかね。焼いてから20分までのものしか出さないっていうのを貫いている。それを過ぎたら『たいやきの開き』にまた加工するんですけど、その発明もすごいなと思います」
たいやきの開きは、焼いてから時間が経ってしまったたいやきを半分に開き、皮を付け直してからプレスして焼いたもの。
廃棄することなく、保存もきくし、パリパリの食感もおもしろい。8回も設備の改良を重ねて開発された。
相槌を打ちながら、二人の話を隣で聞いていた辻井さん。
あらためて、ここで一緒に働くならどんな人がいいでしょう?
「真面目で誠実な人。食べものが好きで、お客さんのことが好きになれて、ちゃんとおいしいもんを食べてほしいなと思ってくれる人。そんなに特殊なことはいらないんですよ」
まずは、技術を習得するための3ヶ月。お店の戦力として、数年。それを経たら、長谷川さんのように独立する人も応援したいと、辻井さんは話していました。
自分のつくった、自慢できるものを売って、目の前の相手に喜んでもらう。
その経験から得られる手応えは、これからの人生の自信にもつながっていくように思います。
(2023/5/1取材 増田早紀)