誰かではなく、顔がわかる「あの人」のために仕事ができる。
それって、とても幸せなこと。
鹿児島県の甑島(こしきじま)にある、「東シナ海の小さな島ブランド株式会社」のみなさんは、そんな手触り感を持って日々働いています。
通称、island company。山下商店と呼ばれたり、とうふ屋さんと呼ばれたり。いろんな呼び名で呼ばれています。
なぜなら、いろんな事業をしているから。
とうふの製造販売や、カフェ、民宿、加工食品の製造販売、イベント企画など。計17もの事業を展開している面白い会社です。
社員は全部で18名。7割が島外から移住してきています。
今回はそんなisland company の事業の中心となる、とうふ職人を募集します。週2日のとうふづくりに加え、店舗販売や、とうふ以外の自社商品の製造なども担当します。
あわせて、宿やレストランのスタッフも募集しています。
いろんな事業があるから、ほかの業務を手伝うこともしばしば。いずれも経験は問いません。
島に溶け込み、日常になる。まずは、island company の想いを知ってください。
薩摩半島から西へ沖合に約40キロ。
甑島へは、薩摩半島の北西部にある串木野新港からフェリーで75分、高速船に乗れば50分ほどで到着する。
船を降りると、目の前には海と山。海底の岩が透けて見えるほど透き通っていてすごく綺麗。
港から車に乗り、island companyが運営しているカフェ「オソノベーカリー」へ。
古民家を改装した店内に入ると、座敷でお客さんと話していたのは、代表の山下賢太さん。
甑島出身で、スタッフや島の人たちからは、ケンタさんとか、ケンタ兄ちゃんと呼ばれて親しまれている。
さっそく、座敷に上がって話を聞く。
「僕たちはいろんな事業をしているけれど、これらはすべて、『島の風景をつくる』ことにつながっているんです」
「高校生のとき、大好きだった島の港が、ある工事で姿を変えてしまって。工事のおかげで新しい道ができ、大きな港もできた。けれども、それと引き換えに自分たちの暮らしを失っていった」
その港は、島の人たちの憩いの場だった。大きな木の陰で漁師が網を繕う。夕方になると、みんなが集まって、世間話や、天気の話をしている。そんなふるさとの幸せな日常の風景だった。
「大切な風景がなくなっていくのが悔しくて。島の後輩や子どもたちに、同じような経験をさせたくないって思ったんです」
京都の大学に進学。まちづくりに関わる会社で経験を積み、2011年に島に戻った山下さん。
耕作放棄地を再生するための米づくりから始め、島の名産品を使った加工品など事業を拡大。2012年にとうふ屋「山下商店甑島本店」をオープンした。
どうして、とうふ屋さんだったんでしょう。
「朝の風景を取り戻したかったんです。子どもの頃は、毎週土曜日の朝にとうふを買いに行っていて。店に行くと、ばあちゃんが白いタオルを首にかけて、汗をびっしょりかいて働いていた」
「『ケンちゃん、おはよう』って言いながら、ボールに出来立てのとうふを入れてくれる。そのときの湯気と大豆の香り、ばあちゃんのニコって笑った顔が記憶に残っていて」
オープン初日。初めてひとりでつくったとうふは、本来の3倍ほどの大きさ。
不恰好だったけど、島の人たちは「美味しい」と心から喜んでくれたそう。
「朝6時オープンなのに、4時には島の人たちが店の前で待っていて。『まだや、まだや』って。みんなに喜んでもらえて、すごく幸せでした」
山下さんが大切にしているのは、とうふの美味しさだけではなく、とうふをきっかけに生まれる人との交流や、活気がある島の朝の風景。
だからこそ、店舗や移動販売をして直接売ることにこだわっている。
新しく入る人もとうふをつくるだけでなく、山下商店の店舗に立ってお客さんにとうふを手渡してほしい。
現在、山下さんに代わってとうふづくりをしているのが弟の銀次郎さん。今回はスタッフ体制の強化のため、新しく人を募集することにしたんだそう。
とうふをつくるのは月曜日と金曜日の週2日。朝4時ごろからスタートし、1人で約250丁をつくる。
7時までにはすべてをつくり終わり、休憩をとりながら10時ごろまで作業場を綺麗に掃除。その後は店番をするのが基本的な過ごし方だ。
「とうふをつくる日は、12時間くらい働いてもらうこともあって。今は忙しいけれど、人を増やしてもう少し負担を減らしていけたらと思っています」
「ちなみに、とうふづくりはサウナとか禅みたいな感覚があるんですよ」と山下さん。
サウナと禅ですか。
「つくっているときは、そのことしか考えられない。普段と全然違う脳と身体を使うのが気持ちいいんです」
大豆の様子や香りで、タイミングを見極める。大豆と水とニガリというシンプルな素材でできているからこそ、量や時間が少しでも違うと、味も変わってしまう。
さらには大豆を蒸すときの蒸気で、夏の作業場の室温は35度を超え、湿度は80%になることも。文字通り、サウナにいるような感覚なんだそう。
とうふづくりをする以外の日は、何をするんでしょう。
「店番をはじめ、自社で企画している加工食品の製造や新商品の企画をしてもらいたいと思っています」
island companyでは、島の海で獲れるきびなごという魚を使った、バーニャカウダや、島の名産の柑橘を活用したクラフトソーダシロップなど、島の素材を活かしたさまざまな加工食品も手掛けている。
「島の海や山の幸をつかった商品をつくることが、漁師さんや農家の方々を支えることにもつながる。それが、この島の風景を守っていくことにもつながっていると思っています」
大変さもあるけど、頑張れるのは、喜んでくれる人たちの顔が浮かぶから。
それを日々実感しているのが、厚揚げなどをつくる「揚げ」の工程と、車で島を巡ってとうふを売り歩く「行商」を担当している平川さん。
「前の会社にいたときは、体は元気だったんですけど、心が元気じゃなくて。でも、ここで働き始めてからは、身体はめっちゃ疲れる。けど、心はすごく元気です」
甑島に移住する前は、鹿児島県の大手企業で働く営業マンだった。
「とうふづくりをする日は、とうふ職人と一緒に作業場に立って、出来立てのとうふを揚げにするんです。それが終わったら車に商品を積んで島中を回る。休憩をとりながら朝の4時半から夕方まで働くから、身体はしんどいです」
「夏なんて、ヘロヘロですよ。でも、とうふを売りながら島のおばちゃんと話していると癒されて。疲れるはずなのに、行商に行くと元気をもらえるんです」
車にとうふや揚げ、パンなどを積んで、島中を回るのが行商の仕事。コースが決まっているから、ラッパの音を聞くとすぐに常連さんたちが集まってくる。
「『あんたが来ると安心するわ』とか『来てくれてありがとう』って言ってもらうことも多くて。近い存在になれているって感じる瞬間が、やっぱり一番うれしいです」
とうふを売りながら、天気の話や、家族の話をする。とうふ以上に、平川さんに会うことを楽しみにしてくれている人も多いんだろうな。
「揚げをつくるときも、島のおばちゃんの顔が頭に浮かぶんです。煮物に使いたいから、揚げはもう少し固い方がいいって言ってたよなあとか。その人のことを想って、いつもよりちょっと硬めに揚げてみる」
「ひとりの笑顔を見るために動けてる自分って楽しいな、幸せだなって。これが自分のやりたかったことなんだって思っています」
甑島の自然や暮らしに惹かれて、4年前に夫婦で移住した平川さん。
今ではすっかり「とうふ屋の兄ちゃん」として島に馴染んでいる様子。
「何も持たず、知らずで移住するのって難しいと思うんです。でも、自分は『山下商店の子ね』ってすんなり受け入れてもらえて」
縁もゆかりもない場所で、ゼロから関係性を築いていくのは不安。だからこそ、求められている役割があるのは、移住する人にとっては心強い。
「移住してきたときは、コンビニとか、遅くまで開いてる飲食店とか、いろんなものがないから心配だったんです。でも、全然なくて良かった」
なくて良かった?
「疲れて帰ってきた日は、遅くまでやっているご飯屋さんがあればなあ、って思うこともあります。でも、夕方にふらっと海岸に出て、夕日を見ながらただのんびりする。そういうゆっくりした時間ができたことのほうが、自分にとっては良かったなって」
山も海も身近にあるからこそ、気が向いたときにふらっと行ける。
仕事の休憩時間に1時間だけ海に潜ったり、釣りをしたり。そんな楽しみ方をしているスタッフもいるんだそう。
island companyが運営する宿「FUJIYA HOSTEL」に移動して、宿スタッフの古賀さんにも話を聞く。
「ここは島の日常を覗いてもらうための宿。だから、特別な観光プランはないんです。とうふ屋がやっている宿だからこそ、見せられる島の日常があると思っていて」
「島の人が自分の釣った魚や貝をたくさん持って宿に来てくださることもあるんですよ」
ご飯をつくったり、掃除をしたり。ルーティーンの仕事も多いけど、この宿で出会うお客さんは毎回違う。
「宿では、お客さんと向き合う時間が長いから、いろんな人の人生に触れられる。お客さんと話しながら泣いた日も、元気をもらった日もたくさんあります」
大学時代に短期インターン生としてisland companyで働き始め、そのまま就職した古賀さん。働き始めた当時は、周りの同級生と自分を比べてしまい、迷いや不安もあったんだそう。
「お客さんから『これが幸せって自分が思えるなら、比べる必要ないよ』って言葉をもらって。私が納得してここで働いているなら、それで良いはずって思えたんです」
ほかにも、話をしているなかで古賀さんの言葉に刺激を受けて「出会えてよかった」と言ってくれる人や、古賀さんに会うために再び島に来てくれる人も。
「ただの宿のスタッフとお客さんじゃなくて、人と人として向き合える。働いてるけど、『お店の人』にならなくていい。自分のままでいれるのが大きいなって思います」
古賀さんは宿に加えて、島を紹介するZINEや、県内にある離島同士の連携事業など、いろんな仕事を掛け持ちしている。
「らしさに向き合う会社だと思っていて。役割として『あなたはこれだけしてください』っていうんじゃなくて、その人のらしさが活きることを考えて、働き方をつくっていく。まだ完璧じゃないけれど、ゆくゆくはもっと、そうなっていきたいって思っています」
ただの働き手としてではなく、その人自身を受け止めることで、会社全体が変わっていく。
island companyは、そんなやわらかさと、懐の深さを持った組織。
「全部が前向きなエネルギーじゃなくてもいい。自分の弱さとか、過去とか。いろんなものをひっくるめて、それでいいって思える場所だと思います」
古賀さんの話を聞きながら、代表の山下さんの言葉を思い出しました。
「うまく伝わるかわからないけど、働いてるっていう意識があんまりないんです。ただ、自分の人生をより良く生きようとしている人たちが集まっている」
ただ、自分のままで。島で生きて、働いて。
とうふ屋として、島の日常に欠かせない風景の一部になる。
そんな生き方に魅力を感じた人は、一度甑島を訪ねてみてください。
(2024/7/8 取材 高井瞳)