「教室の隅にいた子が、自分の好きなものを見つけて主体的に行動するようになったりして。そういう変化を間近で見られるのが教育の面白さだと思うんです」
学生時代の経験や人との出会いは、その後の人生に大きな影響を与えると感じます。
今回は、地域や学校を巻き込んで生徒の成長機会をつくっていく高校魅力化コーディネーターの仕事を紹介します。
舞台は、京都府の中央にある京丹波町。大粒で甘味が強い丹波の黒豆をはじめ、豊かな土壌を活かしてつくられるワイン、ジビエなど豊かな食材がそろう「食のまち」です。
そんな京丹波町の唯一の高校が、府立須知(しゅうち)高校。
食品科学科と普通科の2つの科があり、食品科学科ではチーズやヨーグルトなどさまざまな食品を製造。食品製造の技術を活かして、地元の酒蔵とのコラボ商品の開発など、「食のまち」というフィールドを活かして学びを深めてきました。
コーディネーターは、「総合的な探究の時間」の支援を中心に、イベントの企画や、SNSなどを使った情報発信など。学校の先生や町役場、地域の人たちと連携しながら、生徒にとって魅力的な学校をつくっていく仕事です。
食品科学科があることを活かして、地域の食をテーマに探究、実際に製品開発をしてみるなど、この場所だからこそできる学びもあると思います。
地域おこし協力隊として着任するため、任期は3年。教育に携わりたい人や、地域の課題解決に興味がある人におすすめです。
京都の中部に位置する京丹波町。
山々に囲まれた京丹波町の清らかな水や、良質な土壌で育った農作物は「丹波ブランド」として知られる。
まちには「丹波の黒豆」と書かれた看板や、畑が並ぶ。
京都駅から電車と車で50分ほどで、町役場に到着した。
2021年に建て替えたばかりの役場は、地元の木材をふんだんに活用したデザイン。息を吸うと、木の香りがうっすらと鼻を抜けて心地いい。
「丹波って黒豆が有名なんですけど、地元では黒枝豆も人気なんです。黒豆になる手前の段階で収穫したもので、味が濃くってすごく美味しいんですよ」
そう教えてくれたのは、高校魅力化担当の谷口さん。
2年前に中学校の校長を退職し、教育委員会へ。今は、高校魅力化プロジェクトの中心メンバーだ。
「須知高校は、京丹波町の唯一の高校。全国三大農業教育発祥校として、明治9年に創設した歴史ある学校なんです」
「でも、今は生徒がなかなか集まらなくて。今年は定員90人のうち50人となってしまいました」
農業生産や食品製造の販売、流通までを一貫して学べる「食品科学科」と「普通科」の2コースに分かれる須知高校。
なかでも普通科は生徒数が少なく、子どもたちの多くが隣町の学校に進学してしまっているのだそう。再編案も浮上しているため、このままだと学校がなくなってしまうという危機感が高まってきている。
「違う価値観や地域を知りたいという子どもたちの気持ちもわかるんです。でも、須知高校でいろんな人に出会える機会がつくれたらここを選ぶ意味になる」
「学生時代に関わる大人って家族と学校の先生くらい。それ以外の人と関われる機会ってあまりない。だから、コーディネーターや地域の人と関わる機会が増えることは、生徒にとって本当にいい刺激になると思うんです」
高校魅力化プロジェクトは、生徒たちに「この学校に通いたい」と思ってもらえるような魅力づくりを目指すもの。公営塾、学生寮、総合的な探究の時間の3本柱があり、今回コーディネーターが担当するのは、総合的な探究の時間。
毎週1時間ほど、生徒がそれぞれ問いを設定、解決するための情報収集や分析、実践を行う。
新しく入る人は普通科の探究学習を中心に担当することになる。学校の先生と協力しながら、生徒の探究がより深まるようにフィールドワークやインタビュー先の調整、発表会の企画運営などを進めていく。
地域の課題を取り上げたい生徒がいれば、地域の人の声を聞ける機会をつくったり。食品ロスに興味を持つ生徒がいれば、地元の飲食店とつなげたり。
まずは学校に慣れながら、地域のイベントに顔を出すなど、地元に馴染んでいくところからはじめてほしい。
「私はコーディネーターさんのコーディネーターになれたらいいなって」と谷口さん。
以前、別の学校のコーディネーターから、着任後しばらくはHPの管理と部活の写真撮影しかさせてもらえなかったという話を聞いたそう。
「せっかく来ていただくので、最初から仲間として受け入れてもらえるように、学校の先生方とはすでにお話を始めています。場を温めて、コーディネーターさんが仕事をしやすいようにサポートできたらうれしいですね」
役場を後にして、須知高校へ。
東京ドームおよそ3個分もの広大な敷地の中には、食品加工の施設や、羊やポニーの放牧場、森林が広がる。
自然が豊かで、気持ちがいい。学校内を歩いていると、生徒たちが「こんにちは!」と元気に挨拶してくれる。
応接室に場所を移し、話を聞いたのは食品科学科の八里(はちり)先生。
穏やかな雰囲気のなかにも、仕事に対する強い熱意が伝わってくる方。
「うちの学校では、ヨーグルトやソーセージ、味噌やパン、クッキーまでつくっていて。食品加工の施設がしっかり揃っているのが、ほかの学校にはない強みやと思います」
須知高校の加工品は質が高く、町内外のイベントや、京都、大阪の大手ホテルなどにも卸している。
たとえば、京都の有名ホテルの朝食に学校で製造したヨーグルトを提供したり、地元の酒蔵の酒粕をつかった酒粕アイスを開発したり。学校内での生産、販売にとどまらず、外部の人たちと協力しながら生徒が地域と関わる機会づくりに力をいれている。
ほかにも、校内にある林を活かして学習につなげるため、2026年の入学生からは狩猟について学べる科目も新設する予定。
「学校の周りをサファリパークのように鹿が走ってくるんです(笑)。せっかくなら、生徒が罠猟免許を取れるようにすれば、その肉を学校で加工してジビエソーセージをつくることもできる」
担当するのは普通科の探究学習だけれど、食品科学科があるという特性を活かして探究のテーマをつくっていくこともできると思う。
「実は今年も、探究学習の一環で普通科の生徒がデザインの探究をしたいと言って。うちで製造している鹿肉ソーセージのパッケージを題材により良い案を考案してくれたんですよ」
食品科学科の教員や生徒に対して、現状のパッケージの課題をヒアリング。さらには、販売先のワイナリーで現地調査をするなどして、新しいパッケージ案を考案した。
今後は、その生徒が考えたパッケージを使って商品を販売するんだそう。
企画から調査、リブランディングまで。現場感を持った学習ができるのは、製造から販売まで学校で一貫してやっているからこそ。
昨年は、普通科の探究学習にも関わっていたという八里先生。今はどんな課題があると感じますか?
「今の探究学習は、正直パソコンに向き合っているだけの調べ学習がほとんどで。そうではなく、『実際にこの人に会いに行ってみよう』とか、『こういうことをしてみたら?』というような引き出しを教員側が持てていないと思うんです」
日々の業務に追われる先生たちの代わりに、コーディネーターが地域に出ていろいろな引き出しをつくっていき、生徒の学びを深めるためのアドバイスをしていってほしい。
「やっぱり生徒が成長して変わっていくのは面白いですよ。うちに来る子のなかには、中学時代は落ち着きがなかったり、勉強が苦手だったりする子も多いんです」
「そういう子が、うちに来ると販売会とか外部のイベントに参加していろんな人と関わるようになる。そのうちに、勉強は苦手だけど人としてすごく成長したりするんですよ。そういうのを見るのがやっぱりうれしいですよね」
生徒の日々の変化を、一番身近に感じられるのが学校の現場。コーディネーターの仕事を通しても、そんな変化の瞬間に何度も立ち会うことができると思う。
最後に話を聞いたのは、高校魅力化プロジェクトに伴走している株式会社Prima Pinguinoの塚越さん。
現在は、京丹波に加えて軽井沢、秩父、愛媛の上島町の4自治体のプロジェクトマネジメントを担当している。
「いろんな地域の事例を見てきているので、研修やアドバイスなど、新しく入る人のサポートをしながら一緒に京丹波町を盛り上げていけたらと思っています」
新卒で隠岐島前高校の魅力化プロジェクトに参加し、10年間公営塾のスタッフとして現場で働いていた。
当時の印象に残っている生徒の話をしてくれた。
「鹿島アントラーズというサッカーチームがすごく好きな女の子がいて。ずっとJ1にいたものの、なかなか勝ちきれていなかったアントラーズに球団職員として関わり、チームをのし上げたいというのがずっと彼女の夢だったんです」
話を聞くなかで、塚越さんから「いろんな人に自分の野望を発信していこう」と提案。
言葉にしてやりたいことを伝えていくと、次第に応援者が増え、別のサッカーチームのインターンに参加できるように。
今年からは、アントラーズの本拠地である茨城県の筑波大学に入学した。
「生徒たちと話をするときはいつも、その子の『野望』を聞くようにしていました。夢よりも野望のほうが実現しそうな感じがあるでしょう」
「そういう話をしたり、いろんな体験を通じて、生徒が『出来る』って自信を持っていく姿を見れたりするのがやりがいでした」
現場の大変さや仕事の面白さを一番よく知っている塚越さんは、コーディネーターに寄り添ってくれる心強い存在だと思う。
地域おこし協力隊の任期後、どんなキャリアを歩む人が多いんでしょう。
「まちに残って起業してコーディネーターの仕事を続ける人もいます。仕事を通じて知り合った人のもとで農業をしたり就職をする人も多いですね」
ほかにも地域を離れて地元で先生になったり、スタートアップの企業に入ったり。まったく別の仕事に挑戦する人も多いんだそう。
「人を育てる経験や、地域に入り込んで社会のニーズや課題を知っていることって、いろんな企業で役に立つと思います」
「新しく来る人が、安心して失敗できるようにしたいですし、心の底から汗をかける仕事をしてもらいたい。そのために一緒にチャレンジしていきたいです」
自分の仕事がきっかけで誰かの人生の選択肢が広がる。そんな確かなやりがいを感じられるコーディネーターの仕事。
食のまち、京丹波という場所の魅力を生かしながら、生徒にとってかけがえのない学びの場をつくっていってほしいです。
まずは地域に飛び込むところから。気づけば自分自身も一皮剥けていると思います。
(2025/04/21 取材 高井瞳)